死んじゃえばいいのに
死んじゃえばいいのに(3)



体調は最悪だった。
(眞澄さんの奴、笑顔であんなえげつない仕事よこすんだもんな…)
眞澄という男は常日頃から俺に何かと言っては仕事をくれる。しかしわざわざ選んでくれるわけではない。何でもいいから紹介してくる、そういう感じだ。
眞澄さんは有名大学の附属病院に勤めている人間だ。附属病院といえば、一般の診察よりも研究や実験に金を費やしている所だ。つまり、俺はそういうところで働かせてもらっては金を取ってくる。もしかして働くというのは御幣があるかもしれないが。
「学校…行きたくないな…。」
けれど、いかなくてはならない。ただでさえ、眞澄さんのバイトの件で一週間の間学校とバイトを休んでしまった。大学はわざわざ休んだ人間の分まで考えて先を進めてくれるような優しいところではない。
「遅れ…取り戻さなくちゃ。」
しかも、今日の一時限目は成瀬教授の授業だ。命に代えても出たい授業だった。
けれどそうして無理して出たからよくなかったのだと思う。






授業が始まった時、驚くほど講義内容が頭に入ってこなかった。そればかりかガンガンと頭の中で教授の声が響いてきてそれが苦痛だった。
(しまった、授業なんて受けちゃダメだった…)
と思ったところで時既に遅く、気付けば講義を聴くことを体中が拒否していて、つまり俺はぐったりとその場で寝てしまった。

「授業に真剣に取り組めない人間は出て行きなさい!」

起きた時、成瀬教授が般若の顔で俺を睨みつけていた。
俺は真っ青な顔のまま数秒遅れで成瀬教授の言葉を理解した。
(…居眠りなんて…最悪だ……)
「あの、教授、すみませ…。」
「御託は良い。真剣に聞いている他の生徒に失礼だ。とにかく出て行きなさい。」
俺は俯いたまま、授業道具をかき集めるとそのまま出て行った。
一番前に座っておいて寝るなんて失礼極まりなかった。けれど、俺は成瀬教授の授業はいつも一番前に座って聞いていたからついいつものくせで座ってしまったのだ。
そのまま後ろの扉からすごすごと退席する俺はみじめだった。
途中、ふと視線に気付いて顔をあげた。
うわって思った。
あいつがいた。逢坂美鶴。
逢坂がきょとんとした顔で俺を見つめていた。俺はバツが悪くて、すぐに目をそらした。
(あいつもこの授業とってたんだ…最悪…)
嫌なところを見られた。今度会った時に何か言われるかも。
部屋を出た瞬間、眩暈が襲ってきた。
もしかして退席させられて良かったのかもしれない。俺はそのまま、すぐ近くにある休憩所に行くとそこにあるテーブルに上半身を寝かせた。
(頭…ガンガンする…)
眞澄さんはバイトの後、しばらくは体を安静にしろって言っていた。
けれど俺にはそんなことできるはずもなく、次の日からバイトもフルで入れていた。ある意味では自業自得なのかもしれない。こうなるという結果は目に見えていたのだ。
机の上でうつ伏せでしばらく寝ていたら少し楽になった。
それがどれくらいの間だったかは分からないが、遠くでチャイムの音が聞こえた。一時限目が終わったという証拠だ。
「村井!!」
突然、自分の名前を呼ばれ、ぱちりと目が開いた。
呼ばれた自分の苗字が頭の中でひどく呼応する。一気にまた頭痛がひどくなった。
そろりと声がした方向を見れば、逢坂美鶴が仁王立ちで立っていた。
随分周りの注目を集めている。当り前だ。逢坂は自分がどれだけ目立っている人間か分かっていて行動に出たのだろうか?
俺の頭痛は余計に悪化した。

「お前、しんじらんねーよ!」

逢坂は大きな声というハンマーで俺を殴りつけてきた。ように感じた。それくらいの衝撃が頭の中に響いた。
俺は米神の痛みに耐えながら、逢坂の声に耳を傾けた。
「お前が俺のストーカーだってことは知ってたけど、授業の邪魔までするなんて最悪だ!!俺はお前みたいに遊びで学校に来ているんじゃないんだ!勉強しに来てるんだよ!!」
烈火のような怒りだ。
子供の癇癪のように純粋で、それ故に本気さが伺えた。
どうやら逢坂は俺が逢坂目当てであの授業をとっていたと思っているらしい。
俺はそれを否定しようとしたが、どうしてもその一言が出なかった。頭が割れそうな痛みに耐えることしかできなかった。ましてや、逢坂は俺が口を挟む隙も与えなかった。

「それに俺、あの教授のことすげー尊敬してんだ!!あの人の講義聞くためにこの大学受けたんだ!!なのに、お前!!」

逢坂の激昂を聞きながら
(ああ、こいつも成瀬教授を尊敬しているのか…)
とおぼろげに思った。
俺だってそうだ。成瀬教授の講義を聞きたくてこの大学に来た。けれど居眠りしてしまったのも事実だった。今更、俺もそうなんだなんて言えないと思った。言える資格など無いのだ。

「…っもうお前なんか知らねーよ!!二度と俺のあと、つけるんじゃねーぞ!!」

悔しそうにそう言うと、逢坂はそのまま行ってしまった。
周りに小さくできていた人だかりがザワザワとしだす。
(ストーカーだの何なの、勝手に言っていきやがって。)
周囲の人間はばっちり聞いていただろう。それに対してため息をつきたいが、それさえも頭が痛くてかなわない。
逢坂の怒りは至極まともだと感じた。
むしろそれで奴の勉強に対する姿勢がどれだけのものなのかも理解できた。好感を持った。
(怒って当り前だ。俺でも他の奴が寝てたら怒る。)
誰よりも尊敬してやまない成瀬教授の授業だったから。

それでもどこかで自分を擁護する自分がいるような気がした。

疲れているんだ。
もう動けないほどに。
最初から無理があったんだ。
俺は悪くない。
俺は全然悪くない。

その言葉を打ち消そうとしたが、素直に消えてくれなかった。
俺はそれと戦うのがつらい。
自分に負けそうで怖かった。





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逢坂の感情の起伏はやたらに激しいようです。
written by Chiri(10/5/2007)