死んじゃえばいいのに
死んじゃえばいいのに(1)




「みんな、好きなの選んじゃっていいよ〜。」
「え〜本当に〜?」
「うん、だってみんな可愛いからさ!特別!」
「キャ〜〜〜嬉しい!!逢坂君大好き!!」

目の前にいる男。
何度この男を見て俺はつぶやいたことだろうか。

…死んじゃえばいいのにって。

いつものことだ。
都内にあるこじゃれた雰囲気の小さいカフェ。敷地面積はかなり狭いけど、それなりにアンティーク家具には気をつかっていて、緑も多く飾っている。それに甘いものには特に力を入れていて、数も多ければ味もかなり美味しい。
そのせいか、もう何度もスィーツ特集で雑誌に取り上げられている。
そこで週三日働くバイトで働く俺。
週二日は通うこの男。
しかも来る時は大抵両脇に五、六人可愛い女の子達をはべらしてやってくる。
この男の名前は逢坂美鶴。
何で名前を知っているかと言うと同じ大学に通っているからだ。しかも超有名。
顔もいけてるし、タッパもある。そんでもって金持ちのぼんぼんだった。
そんなこいつはいつも週二日で俺が働いているこのカフェ「フルール・エ・ショコラ」に来るわけだ。
自分でも一つケーキを頼み、周りの女の子にも「いくらでも食べていいよ。」と傲慢に言い放つ。
その時の勘定はいつも全部こいつ持ち。周りの女もそれを承知でこいつと来る。
女にたくさん誉めてもらい良い気分になって、自信たっぷりの顔して満足げに帰っていく。
女っけも無くて、激貧な俺としては見ているだけでもかなりむかむかしてくる存在だ。

しかもこいつ、俺がこの世で一番嫌いな人間に似ているんだよな…。
口の端を片方だけ上げる笑い方とかもうそっくり。
…この世で一番許せない存在、俺の父親に。

「村井君、もうあがっていいよ〜?」

不意にチーフに言われて、俺はうわずった声で「ハイッ」と答えた。
ここのバイトはいつも3時までだ。4時からまた別のところでバイトのかけもちをしている。それは俺のアパートから近いコンビニで。そっちは基本給は安いのだけれど深夜までやるので深夜割り増しになってまあまあ儲けられる。というか、それくらいに稼がないと俺の生活がままならないのだ。

そうだ、俺は身も心も枯れ果てた勤労大学生。
バイトと勉強の毎日で生活の潤いも見出せない。
なんもないつまんない男…、村井郁也…。

…。
なんとなくのりで名乗ってしまった。

先のバイト先から次のバイト先に行く時は大抵バスだ。
電車でもいいんだけど、バスだとちょうどいい時間にバイト先のまん前に止まってくれる。
だから俺はいつもの停留所に向かった。
そしてゲッと思う。

これも実はいつものことなのだ。
さっきの男がそこで待っていた。
逢坂美鶴だ。
なぜかこいついつも俺がバイトを終える時間くらいにうちの店を出る。
そして女の子達をご丁寧に駅まで送ったあと、バス停までやってくる。
それがちょうど俺が支度を終えてここにやってくる時間と重なってしまうわけで。
ハァ、と息をついた。
いつも先に待っているのは逢坂の方だ。
それを俺は居心地悪そうに少し離れたところで立っている。
そっと後ろから逢坂の顔を眺めてみた。
なんなんだこいつ。やたらに整っている。鼻筋がすっきりしていて、目元は切れ長で、黒目がなんつーかすげーきれい。でもきれいなだけじゃなくてなんつーの?オスのフェロモンみたいなのがすごい。まさに美形って奴だ。
けれど今は周りに誰もいないせいかさっきみたいに自信たっぷりに笑っていない。そりゃそうだ。誰もいないところで笑っているなんて薄気味悪い。
けれど、そうやって普通の顔をしていると妙に知的だ。

(笑わなければ、父さんとも似てないんだけどな…)

なんてことをおぼろげに思う。
父親に似ていなければあんなにムカつくことも無いのに…。

そんなことを心の中で呟きながら逢坂の方をぼんやり見ていると

「おい。」

突然画面の中の男がこっちを見てしゃべった。
まるでスクリーンを見ているようにぼんやりしている俺はそれが生きた人間だと言うことをすっかり忘れていた。

「おい、アンタさ。何見てんの?」

もう一度逢坂が口を開く。
俺はやばい!と心の中で叫びながら、顔に中途半端な笑顔を作った。

「い、いや、見てないですよ…ハハ。」

ちょっと苦し紛れだっただろうか?
とにかく俺は笑ってごまかしながら、一歩後ずさった。
逢坂はそんな俺の姿を目を細めながら見ていた。

「いや、見てたね。ウットリしながら。」

は?ウットリ!?

「アンタいつもここで一緒になるよね?何、俺のストーカーなの?」
「ハァ?」

思わず声をあげてしまった。
そんな俺の声に男は一瞬ムッとしたように眉をひそめるが、すぐに表情を変えて笑みを浮かべた。

「別に男だからって隠さなくてもいいよ。俺、女に限らずつけまわされるの慣れてるから。」
俺はぽかんと口を開けた。なんていうか、どう返せばいいのかすぐに判断できなかった。
「なぁ、俺のこと好きなんだろ?いつも視線感じてたんだ、ここ来るたび。」
「いやいやいや!!そうじゃなくてですね。俺はただ…!!」
「だからいいって。俺、別にアンタだったらストーカーされてもいいかな。」
「ってハァァァ!!?」
更に大声を出してしまった。
だって意味が分からない。俺のことを勝手にストーカーだと思い込むのもムカついて仕方ないが、そのくせストーカーされてもいいって…。
どれだけぶっとんだ発想なんだ…。
「違うっ!!俺はっ!!」
ただ俺のバイト先にお前が来るから知ってるだけで!
バスにのりあわせるのだって生活圏がかぶってるだけなんだ!!
と、そう言おうとした瞬間、

「記念にプレゼントだよ。」

逢坂はズカズカと俺の領域に踏み込んできて、

俺にキスした。




…突然のマウス・トゥ・マウス…。

「エエエエエエエエエエエ!!!??」

びっくりしてドンッと逢坂の胸を押し出すと、逢坂は笑った。
「なんだ、照れてるの?」
照れるかよ、アホ!!
信じられないといった表情で逢坂の顔を見つめる。

逢坂は何も分かっていない顔でにやにやと笑っていて。
ああ、そうだ。
俺は思い出した。
あの身勝手な父親。
やっぱり似ている。どこまでも似ている。
俺と母さんに全てを押し付けて蒸発した父親。

悔しくて俺は右腕で口を拭うと、全速力でそこから逃げた。
「おい!ちょっと待てよ!」
後ろで逢坂が何か言っているように聞こえたが無論無視だ。
だってアイツとは会話が成り立たない。
話しても俺が余計にストーカー扱いされるだけだ。

走りながら、口をごしごしと服でこする。
(くそっ!!変なことしやがって!!)
男にキスだなんて正気じゃない。
そんな正気じゃないことも平気でやってのけられる。
なんであんなに自信に満ちていられるのかが分からなかった。

父親といい、アイツといい。

みんな、死んじゃえばいいのに!!





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また変な攻めキャラが完成しました。
written by Chiri(10/4/2007)