愛の豚薔薇小間切れ100gあたり90円
愛の豚薔薇小間切れ100gあたり90円 (2)



 それからぱたりと住吉からの連絡を途絶えてしまった。同じ授業を受けているはずなのに、住吉はいなかったり遅刻してくるようになった。
 そのくせ、上田や三城は何かを知っているようだった。それなのに二人に聞いても誰も住吉のことを教えてくれなかった。
 上田や三城にしつこく聞くたびに僕は悲しくなった。だって、上田や三城よりもずっと僕の方が住吉と仲が良いと思っていたのだ。
 キスもセックスも僕としかしていないと思っていたけどもしかして上田や三城ともしてるのかもとさえ思いはじめた。ずっと僕が一番だって思っていたのに。

 今日も住吉は授業に来なかった。勝手に代返だけはしたけれど、いつまでも授業に出ていなかったら、レポートが書けないのに。
 一緒にご飯だって食べようと勝手に思っていた。結局実家から送ってもらったソーセージの山もやけ食いでなくなってしまって、作れたものといえばおにぎりだけだったけれど。

「住吉、なんで僕にだけ教えてくれないの」

 僕が傷心でそう呟くと、三城が神妙な顔で僕に言った。

「いや、それがさ住吉の奴、丘田だけには言うなって」
「何それ。 ひどい」
「いや、お前もそう聞いてやるなって」

 口を挟んだのは三城だった。

「住吉と言う男は死んだと思ってやれよ」
「え!?」

 どういうこと、それ。
 僕がそう聞くと、三城と上田は顔をあわせて笑った。何その笑い。僕は自分だけ本当に知らされていないことに愕然とした。

「もういい。 三城も上田も裏切り者だ」

 ぷいっと顔を逸らして、僕は弁当を持って一人で教室を飛び出した。いつもは皆と教室で食べるのだけれど、今日は一人中庭に向かう。
 外は風が寒くて、失敗したとすぐに気づいた。けれど、その失敗を失敗にしたくなくて、僕は寒い中おにぎりを貪った。おかずも無くて、一口で食べれてしまうおにぎり一個が僕の今日の弁当だった。あまりにも足らなくて、勝手に住吉の分と決め付けていた分のおにぎりも僕は手をつけようとした。
 けれど、手をとめた。なんだか食べる気になれなかった。

「あれ? 丘田、一人? 珍しいじゃん」

 突然声をかけられて、僕は周りを見渡した。
 初めて見る顔の男が僕を見つめていた。眼鏡をして、黒地に薄いチェックの入ったジャケットに眩しい紫色のトレーナーを着ていた。大学生らしい着こなしだなぁっと自分とは無関係のことのように思った。

「ごめん、誰だっけ?」
「一応同じ学年なんだけど。 国際政策専攻の山根(やまね)」

 そういえば同じ授業をいくつかとっていたかもしれない。山根は僕の手元を見ると、首をかしげた。

「今日の昼飯、それだけ?」
「うん……」

 本当は一個分の米しかなかったおにぎりを無理やり二個にしたのだ。サイズが小さくても仕方ない。その瞬間、グルグルグルと僕のお腹が大きく鳴った。

「うは、漫画みてえ」

 山根は大きく口を開けて笑った。僕は恥ずかしくなって、顔を俯かせた。おにぎり一個食べたはずなのになぁ、と心底自分の胃を憎らしく思う。

「そうだ、一緒に飯くわね? 俺結構料理上手で、今日は牛スジ煮込みすんだ」

 ぎゅうすじにこみ。そんな料理あったっけってくらいに初めての響きがした。
 僕がそのまま料理名を鸚鵡返しにすると、山根は笑った。

「いつも、住吉と一緒じゃん。 俺、丘田としゃべってみたかったんだよね」

 ほら、と言って山根はポケットから飴を取り出し、僕の口に放り込んだ。まるで動物園の餌をやるみたいだった。けど、その飴が思いのほかおいしくて僕はトロンとしてしまった。
 そういえば、甘いものもしばらく食べてなかったことに気づく。
 バイト代が入るまで僕の主食は米、これ一本だ。それもこれも住吉が僕のことを構ってくれなくて、そのせいで僕が魚肉ソーセージを馬鹿食いしたせいだ。
 そうだ、これもそれもあれも全部住吉のせいだ。

「行く。 ぎゅーすじにこみ、一緒にたべる」

 そう僕が言うと、山根は楽しそうに笑った。僕の手を引くと、

「よし行こうぜ。 俺が腕によりをかけて作ってやる」
「ちょ、引っ張らんで! 引っ張らんで!」

 僕はバランスを崩しながら、山根に腕を引かれてつんのめた。学生の多い中庭だったので、皆の注目を浴びてなんだか恥ずかしかった。
 もしこの手を引いてくれている手が山根の手じゃなくて住吉の手だったらなぁって思って胸が苦しくなった。そしたら、住吉の部屋に行ってお肉食べて、一緒の布団で寝て、抱きしめてもらうのに。

 そのまま山根にされるがままに連れられて、山根のアパートに引っ張られていった。
 山根は本当に料理が好きみたいで、本格的な腰エプロンを身につけると、「さぁ、料理するぞ!」と楽しそうに肉を冷蔵庫から取り出した。
 しかし料理をするうちに何かがおかしい。サッと切って、サッと煮込んで、サッと盛り付けてくるかと思いきや。
 しばらくすると山根は鍋を弱火にして、キッチンを出てきてしまった。

「え、すぐに食べれないの?」
「煮込みだっつったじゃん。 1時間は煮込むよ〜」
「え!」

 絶望に見舞われた。
 僕は、なんだぁ〜とがっくりと肩を落とした。そんな僕を見て、山根は「そんなにお腹すいてたの?」と少し不憫そうに僕を眺めた。
 僕は素直に頷いた。

「仕方ないなぁ〜」

 山根は立ち上がると、冷蔵庫から何かを取り出した。

「あ」

 魚肉ソーセージだ。
 はい、と渡されて、僕は目を輝かせた。これにかけては僕に適うものはいないだろう。僕はそれを上手に剥くと、いつものようにそれを口に入れた。
 嬲りながら少しずつ肉を殺いでいく。そうすると長く魚肉ソーセージを味わえるからであって。

「お、丘田……」

 言いながら、何故か山根が僕の膝に手を置いた。

「お前、その食べ方エロすぎだろ」
「え?」

 そう言えば、同じことを住吉にも言われたな。僕は口を尖らせた。だってそんなの知らないし、知ったものか。

「それとも、何? 誘ってるの、それ?」

 ぎくりと背筋が伸びた。
 なんだかいきなり山根を覆う空気が変わったのだ。僕は座ったまま、後ろに後ずさった。後ずさった先にはベッドがあった。
 このパターンは似ている。
 最初に住吉に押し倒された時と。

 山根は笑顔を崩さないまま、僕の横に間合いを詰めてきた。

「丘田、顔可愛いし、ぶっちゃけヤれそうだよね」

 その瞬間、山根の顔が近づいた。

(うわ、キスされる!?)

 と気づいた瞬間、悪寒が走った。
 だって、山根なんて知らない。僕は住吉しか知らない。後にも先にも住吉しか知らないのだ。

「お前は違う!」

 僕がそう叫んだ瞬間、扉を叩く音がした。山根は動きを止めた。
 ドンドン、と絶え間なく続く音に、僕と山根を息をのむ。

「おい! 丘田! 大丈夫か!」

 その声は聞いた事があった。僕はゆっくりと玄関に視線を移す。ドンドンと叩かれる玄関は今にも壊れそうなほど振動が響いている。
 だってこれは住吉の声だ。
 もう2週間くらい聞いてなかった住吉の声だ。

「住吉! 来てくれたの」

 僕は立ち上がって玄関に走った。扉を開くと同時に、僕は住吉に抱きついた。

「住吉!」
「おーちゃん! ……良かった、無事で」

 何それ。
 何で今まで放っておいたのに、今頃来るの。
 そんなことを聞きたかったはずなのに僕は何も言わずに、今いる住吉を逃がさないように無心になって住吉を抱きしめた。

「学年で有名なナンパ野郎に連れてかれたって聞いたから」

 住吉は肩で息をしながら、僕をそっと抱きかえした。僕は胸がきゅーんとなった。そうだ、僕はずっとこうされたかったってことにやっと気づく。
 その声に山根が「あのねぇ」と口を挟んだ。

「流石の俺でも男は無理ですよ」

 外国の人のようにとぼける仕草を山根がすると、僕はなんだか腹が立った。

「今、キスしそうだったくせに」

 住吉はサッと色を変えた。

「お前!」
「だってコイツエロいんだもん。 誘ってるとしか思えない」

 開き直った山根に僕は呆れて閉口した。
 けれど住吉は僕の方を振り返った。右手に今だ持っていたソーセージを見て、「それか」と般若の顔をした。

「もう、お前ソーセージ禁止!」
「え! 何それひどい」

   そう言いながら、住吉は僕の手を引き、山根の部屋を出て行った。山根もどうやら関わるのが面倒になったようで、すんなり僕達二人を帰す。あまつさえ、シッシッと掌で出て行けとジェスチャーをされてしまった。
 僕はぶーぶー膨れながら、先を引く住吉の袖を掴んだ。

「住吉、ソーセージ禁止だなんてひどすぎるよ」

 けれど、次の瞬間、僕は考えた。

「……僕、ソーセージ禁止でもいいよ。 住吉がずっと一緒にいてくれるなら」

 本当にそう思ったのだ。僕はいつの間にか住吉と一緒にいることがソーセージを食べる事よりも好きになってしまっていたみたいだ。
 住吉はハッとして僕を見た。
 僕は住吉を真っ直ぐ見た。もうどこにも行かないで欲しいな。前みたいに毎日ずっと一緒にいたいな。
 そんなことを思いながら、僕は住吉に抱きついた。住宅街の真ん中の道端だったけど、気にしなかった。やっぱり住吉がいないと僕はダメだ。寂しいし、住吉が傍にいないと何もすることが無い。
 けれど、住吉はそんな僕をなぎ払った。

「ご、ごめん。 それはまた今度……」

 鈍器で殴られた気分になった。いっそ殺して欲しいほど悲しかった。

「なんで!? 住吉」
「ご、ごめんな」

 住吉はそれだけ言うと、そそくさと走って逃げてしまった。僕は風のような速さで遠くなる住吉を見て、今度こそ本当に大声で泣いた。
 住吉が聞いているかもとか、誰か周りに人がいるかもなんて気持ちは消えうせて。
 ただ、悲しくて悲しくて。
 この気持ち、ご飯がなくて心細い気持ちに似ている。心がひもじいと悲鳴をあげている。でも欲しいのはお肉じゃない。
 僕は住吉に抱きしめて欲しいんだ。





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 ソーセージネタを引っ張ってすんません。(そしてまだ引っ張る)
written by Chiri(1/12/2011)