愛の豚薔薇小間切れ100gあたり90円
愛の豚薔薇小間切れ100gあたり90円 (3)



 本日の財布の中身。250円。

(缶ジュース二個が俺のライフラインか)

 俺はハァっと深くため息をついた。実は財布を見ようが、預金残高を見ようが似たようなものであるという恐ろしさ。小さい頃から溜めていた20万を全部あいつの食べ物に貢いでしまった。毎日松坂牛は流石に財布には厳しい。一ヶ月前にはあった厚みはどこへやら。
 それにしても幸せな日々だった。毎日最高級の牛肉を食べた後に至福のエッチ。俺はいつも肉でうやむやにして、おーちゃんをベッドに連れ込んだ。だっておーちゃんは本当に可愛かった。お肉食べただけであんな風にとろーんとして、口元が自然と笑っちゃうのだ。その顔で「きもちいい」だなんて言われたら、俺はもうとにかくおーちゃんがもっと欲しくなってしまって気持ちが止まらなくなる。
 正直、あの素晴らしい日々を取り戻したい。素晴らしい(肉への)愛をもう一度だ。たとえそれが堕落した考えだと言われようとも。貢ぎ男だと言われても構うものか!

 寮内の仲間である上田と三城には俺のおーちゃんへの気持ちはもうバレている。奴らは不憫そうな目で俺をいつも見る。青春を謳歌している俺を羨ましがっているのか、哀れんでいるのか。
 実を言うと、ここのところ、夜の街でお金を荒稼ぎしていた。なくなった20万円を取り戻す為だ。大学の授業にも遅刻したり、行かなかったりして、それでもおーちゃんの肉の為、しいては自分の為に金を溜めていた。

 夜の街に働いていると言った。
 実はそれは女装クラブだった。金髪のカツラをかぶって、ワイン色のドレスを着て、用意されたカラコンをつけて『ジャスミンでーす』って笑いながら、男に媚びていればいい。って俺は攻めだっつーの。
 耳にイヤリングをつけながら、今日も鏡の向こうにいる自分に笑顔を投げかけた。
 うん、今日も気持ち悪い。

「ジャスミンちゃーん、指名よ〜」

 ママに呼ばれて、俺は更衣室から頭を出した。金払いの良い客を望みつつ、期待に満ちた目で入り口を覗いた。しかし、客を見て、ゲッと俺は声をあげた。

「三城、上田!」

 三城と上田は俺を見るなり馬鹿笑いした。あからさまに指を指して、ヒーヒー腹を抱えている。

「お前ら、馬鹿にしやがって!」
「こら、ジャスミンちゃん! お言葉遣い!」

 ママにたしなめられて、俺は渋々口を閉ざした。そんな俺を見て、三城と上田は一層笑いを倍増させた。
 三城と上田にはここで働いていることを自分から言った。おーちゃんにバレないように上手に言い訳してもらう為だ。

「お前ら、おーちゃんにはこのことバラしてないだろうな?」
「あー大丈夫なはず」

 三城が答えて、俺はホッと乳パットが入った胸を撫で下ろす。とりあえずボックス席に二人を座らせて、一番安い酒を注いでやる。この店は従業員に国籍を問わないこともあり、外国人が多い。サービス料もどちらかといえば良心的な値段だ。

「っつーかおーちゃん、可哀相だろ。 そろそろ戻れよ」
「いや、あとちょっとで20万また稼げそうだからさ」
「ってお前どんだけ荒稼ぎしてるんだよ」

 この一ヶ月間、金をもらえるなら何でもした。踊れと言われれば踊ったし、三回まわってワンと言えと言われればそうした。学園祭でやった女装喫茶となんら変わりは無い。全ては金の為、おーちゃんの為だ。

「お前見てると、哀れで仕方ないよ。 お前みたいに男にだまされて体売ってる女もいるだろうに」

 上田に言われて、俺は口を噤んだ。男にだまされて、とはひどい言い草だ。

「……俺は勝手にやってるんだよ。 おーちゃんには言うなよ」

 上田と三城は顔を見合わせて肩を竦める。
 俺は自分の手を握り、目を閉じた。もう少しで給料日だ。これさえもらえればしばらくはまたおーちゃんとのゴールデンデイズが待っている。

 だってあの時、おーちゃんが言ってくれた「好き」は、きっと俺に対してのものじゃないだろう。肉を食べて、気持ちがふわふわして、頭もふわふわしてしまったおーちゃんがポロッと言ってしまった一言。
 まるで甘い蜂蜜のように甘かった。

「ジャスミンちゃん、また指名よ!」
「はーい」

 ママに呼ばれて声を裏返して、返事をする。三城と上田が腹をかかえて、ソファに倒れる。そんな奴らを尻目に俺は立ち上がった。
 その瞬間、凍りついた。
 おーちゃんがその場に立っていた。
 いかにも学校帰りに来たという格好だった。ストライプのインナーに水色のパーカー、ジーンズをはいて、リュックを背負っている。夜の街には不似合いな学生の格好だった。

「住吉……、な、何してるの、これ」

 後ろで三城と上田が立ち上がり「あちゃー」と手を顔に当てていた。俺は奴らを睨んだ。

「僕、気になって。 三城と上田のあとつけてきたんだけど……」

 立ち尽くすおーちゃんに気づいて、ママがおーちゃんの肩をソッと抱いた。

「まーまー。 もしかして、ジャスミンのこと、知らなかったの?」

 おーちゃんが悲しそうに頷く。あの瑞々しい唇が細かく震えて、目は俺を避ける。
 そりゃそうだよな。こんな女装の格好をして、こんな店で働いている。そんな姿を見て、いつもの天使の笑顔で笑っていられる方がおかしい。
 巨体のママは膝をついて小さな子供に言うように諭した。

「悲しいけれどね、スミちゃんはね、……新しい扉が開けちゃったのよ?」
「ってママ、話をややこしくしないでちょうだい!」

 思わずオネエ言葉が出た。
 ボックス席を飛び出しておーちゃんを方に駆け寄ると、おーちゃんは涙を堪えているような表情で俺を睨んだ。俺は思わず歩みを止める。

「住吉。 新しい遊び覚えたんだ?」
「おーちゃん、あの、そうじゃなくて……」

 おーちゃんは俺の傍にツカツカと歩み寄ると、俺のカツラを外した。カポッと小気味いい音をして取れたそれをおーちゃんは自分の頭につける。

「僕もやる」
「えええええ!?」

 おーちゃんは相変わらず俺を睨んだまま、ママに「ママさん、ドレス着せて」と言った。悪ノリしたママは狂喜乱舞して、おーちゃんの背中を押しながら更衣室に連れて行く。
 俺は何がなにやらわけが分からず、その場に崩れ落ちた。カツラをかぶれるように中の髪をワックスで固めてあった俺は滑稽な七三分け。周りは「ジャスミンが七三だ」とワイワイと笑った。
 
 そうしているうちに、おーちゃんが早々と女服に着替えてステージ横から出てきた。フロアがざわつく。おーちゃんはまるでそこだけスポットライトが当たってるように光っていた。
 何これ、めちゃくちゃ可愛い。カツラは俺がかぶってたヤツじゃなくて黒髪の長くてカールがかったヤツ。それにレースのヘッドドレス。服はメイド服ってどんだけ俺好みだよ。

(なんだこれ。 どんなご褒美だよ)

 ママはすっかり楽しそうにおーちゃんをお客さんにお披露目する。おーちゃんは相変わらずしかめっ面のままだけれど、その表情のまま、周りにお辞儀した。

「クリスティーです。 ごきげんよう」

(どんなキャラ!? それどんなキャラ)

 ハラハラしながらクリスティーことおーちゃんを見守っていると、おーちゃんはいきなり両袖の中からシャキーンと何かを取り出した。
 俺はハッとした。

「特技はエロく魚肉ソーセージを食べる事です」

 そう言って、おーちゃんはいつもの如くエロく嬲りながら魚肉ソーセージを食んだ。しかも二本、両手で持ちながら、だ。
 思わず俺は飛び上がった。

「おーちゃん、ダメだ、それはぁぁぁぁ!」

 ステージに登って、おーちゃんの持つソーセージを取り上げる。おーちゃんは相変わらずやけっぱちの表情で俺の腕に噛み付いた。

「住吉なんて! 住吉なんて!」
「こ、こら! やめなさい!」

 噛み付くおーちゃんを振り払おうとするが、おーちゃんは首を横に振って放さなかった。別に布の上からだから痛くないけど、髪を振り乱して暴れるおーちゃんから涙が落ちると俺は胸が痛くなった。
 おーちゃんは涙の浮かんだままの目で俺を睨んだ。

「なんだよ! 住吉は僕に飽きたのかよ」

 その勢いでおーちゃんはカツラをぶん投げた。カツラは俺に命中し、べしゃりと変な音をたてて下に落ちていった。

「……もういい」

 そう言っておーちゃんはソーセージを丸かじりした。「うぐ」と後ろの方で誰かの声が聞こえる。おーちゃんはそのまま店を飛び出していった。
 客達は皆、痛そうな顔で股間を押さえていた。



***



 ドレスを着替えると、俺は店を出ておーちゃんを追いかけた。おーちゃんはメイド服を着たままだったから、人に聞いてまわるとすぐに見つかった。
 おーちゃんは外れにある公園のブランコで泣きながら揺られていた。

「おーちゃん」

 俺が声をかけると、おーちゃんは目を大きく開いた。一瞬だけ俺を見てから、目をそらす。俺はおーちゃんの元にかけよると、必死におーちゃんと顔をあわせようとした。

「話をしようよ」

 俺がそう言うと、おーちゃんはぷいっと顔を背けた。
 そして、両手を固く握りしめた。

「おーちゃん」

 もう一度名前を呼ぶと、おーちゃんの前髪が震えた。おーちゃんは鼻を小さく啜ると、「……うん」と頷いた。そうして、おーちゃんは俺の体に抱きついた。小さいおーちゃんの体は夜の風に当たり、冷えていた。そんなおーちゃんに自分のジャケットをかぶせると、俺はおーちゃんを自分の部屋に連れて行った。

 何も無い部屋だ。おーちゃんと会わないようになってからは寝る為にしか帰っていない。この部屋で毎日睦みあっていたのが嘘のようだった。
 俺はおーちゃんを座布団の上に座らせると、冷蔵庫に向かった。中を開けると、たいしたものはなく、たった一つ、100gあたり90円の豚バラ小間切れしか無かった。

「ごめん、これしかなかった」

 そう言って、俺はその豚バラを簡単な冷しゃぶにした。皿に盛ってごまだれをかけるとそれを円卓の上に置いた。
 おーちゃんはそれを不思議な様子で見ていた。

「背伸びしすぎていたんだ。 豚バラは所詮豚バラ。 松坂牛にはなれない」

 俺がそう呟くと、おーちゃんは俺の腕を取った。俺の顔を下から見上げるおーちゃんはいつでも可愛い。

「でも俺、豚バラ大好きだよ?」

 言われて、胸が苦しくなった。豚バラを好きと言われているのに自分が好きと言われているような気がして。

「ってか肉が好きなのと住吉が好きなのは関係ないよ?」

 俺はおーちゃんを見た。可愛らしさ半分憎らしさ半分だ。俺がどれだけおーちゃんの肉を仕入れる為に夜の街で頑張っていたのをきっとおーちゃんは知らない。
 けれど、言っていることはその通りで。
 俺はおーちゃんに変な小道具使わずに聞けば良かったのかな。俺のこと好き?俺はおーちゃんが大好きだよって。

「住吉、変なの。 僕、魚肉ソーセージだって豚バラだって大好きなのに」

 おーちゃんはムッとした様子で豚しゃぶを頬張る。口に豚を入れた瞬間、おーちゃんは「おいしい!」と笑った。
 あの時、初めておーちゃんを抱いた夜おーちゃんはお肉を食べて幸せそうに笑っていた。けれど、今おーちゃんを見たら同じ顔をしている。あんなに高いお肉じゃないとおーちゃんを幸せにできないなんて勘違いだったのかもしれない、と俺は思った。
 おーちゃんは肉を噛みながら、ふと思い出したように話し始めた。

「昔さ、うちはいつも魚肉ソーセージだったんだ。 貧乏だったから」
「へぇ」

 だから、いつもおーちゃんは魚肉ソーセージが持っているのか、と納得する。

「けれど、それが嫌いだったわけはないんだ。 僕は今もそれが大好きだもん。 ずっと食べてきたものだから余計に愛着があるし。 だからいつも大事に、大事に包み込んでそれを食べてるんだよ」

 あのエロさは大事さ故のものだったのか。
 おーちゃんの言葉に俺は「そっか」と呟いた。
 別に味とか値段とかは関係ないんだなと気づく。俺は何をやっきにお金を稼いでいたのだろうか。そんなのよりも目の前のおーちゃんを見ていたらよかったのに。傍に一緒にいたら良かったのに。
 おーちゃんは食べ終わると、「ごちそうさま」と礼儀正しくて手をあわせた。
 そして、ジッと俺の顔を見た。俺はたまらず、口を開いた。

「おーちゃん、ずっと避けててごめんね」

 そう言うと、おーちゃんはやっと満足したような笑みを浮かべた。へへっと笑うおーちゃんはいつも以上に可愛い。良かった、俺まだ嫌われてないんだ。

「おーちゃんに良い肉を食べさせたかっただけなんだ、俺」

 俺が正直に話すと、おーちゃんは腕を組んで楽しそうに俺を諭した。

「馬鹿だなぁ、住吉。 住吉が一緒にご飯食べてくれるだけで、どんなものでも何倍美味しくなるのに」
「おーちゃん……っ!」

 おーちゃんにキスをすると、おーちゃんは何も言わずに目を閉じた。至福の時間、アゲインだ。
 俺がすかさずご飯後の恒例のエッチになだれ込もうとすると、おーちゃんが俺の顔の前に掌を掲げた。何かと思って手を止めると、おーちゃんは僕の首を両腕で抱きしめた。

「すみよし、すき」

 ぶわぁっと染み渡るようだった。

 大丈夫、今度は取り違えたりしないよ。俺がおーちゃんを大好きなようにおーちゃんも俺を好きでいてくれるんだよね。
 俺はおーちゃんの服を脱がせながら、ふと考えた。

 さて、ジャスミンが溜めてくれたお金で今度は旅行にでも行こうか?

 おーちゃんは俺の考えなんて何も知らない様子で目を瞑り、気持ち良さそうに声をあげた。

 ああ、人生はなんてバラ色なんだろう。





おわり



なんだか天然受けとか貢ぎ攻めとか大学はお前どうしたんだなめんなよとかタイトルなんだよこれなめんなよとか不穏な題材が多いですが、結果オーライというお話。
written by Chiri(1/13/2011)