愛の豚薔薇小間切れ100gあたり90円
愛の豚薔薇小間切れ100gあたり90円 (1)



「おばあちゃん、おばあちゃん。 うちはなんでいつもお肉が魚肉ソーセージなの?」

 小さい頃に僕はおばあちゃんに聞いた。
 おばあちゃんはそれはすばらしく魚肉ソーセージの栄養について語ってくれたとも。だが、しかし。僕はずっとテレビのCMやデパートのちらしにあるような、そんなお肉が食べたかった。おばあちゃんは一度もうちが貧乏だってことを口に出したりしなかったけど、僕は知ってた。
 うちは貧乏で、だから、毎日魚肉ソーセージだったんでしょ?
 そう僕が言うとおばあちゃんはきっとこう言うだろう。

「馬鹿にしなさんな。 魚肉ソーセージが一番美味しいからに決まっているでしょう」



***



 大学に入って初めて寮というものに入った。関東の国立大学でそれなりに名前レーベルはある所だけれど、如何せん都会が遠いこの大学に来る生徒は頭が良いが、少し貧乏だったり実家が農家だったりする人が多い。
 この寮は一ヶ月に2万払うだけで住めて、しかも水道代タダという驚きの救済力だった。そこに送り出された僕、丘田 靖司(おかだ やすし)は今日も部屋に魚肉ソーセージを食べていた。

「おいしいな〜」

 20年食べ続けているこの棒状のやらしい形をしたヤツは実家から大量に送られたものの一つである。すぐに食べるのがもったいなくて、舐めたり、少しずつ前歯で削って食べたりしていると、実家にいる祖母にいつも「みっともないからやめなさい」と言われていた。
 けどそんな祖母もみていない今、好き放題に食べている。
 とは言っても。

(流石に飽きたなぁ……)

 実家に仕送りをしてもらわずにバイトで生活をしている僕としては、これ以上の贅沢は言っていられないけれど。
 せめて、たんぱく質を魚肉ソーセージ以外のものから供給されたい気もする。

 そんな時、チカチカと携帯が光った。僕は薄めでそれを見やる。
 携帯の小さな画面には、『住吉 春哉(すみよし はるや)』と映っていた。ここ1年で仲良くなった大学の友達だった。同じ授業ばかり履修したせいで、毎日顔をつき合わせている。同じく寮に住んでいて、部屋は二つ横にある。

「ってか、直接言えばいーのに」

 メールを開くと、僕はオッと思わず口に出した。

『肉マーク 食べに来る?』

(やだこの子、僕の気持ちが見えてるの!?)

 そう思いながら、コタツからバッと起き上がる。年末年始のこの時期に実家に帰らず、ここにとどまっているのは確かこの階では住吉と僕だけだ。僕の場合は家に帰るお金がなくって、住吉は両親がハワイでバカンス中だという。
 半纏を着たまま、サンダルをひっかけて、隣の隣に飛び出す。

 鍵をしめていない部屋を無遠慮にバタンと開く。勢いがつきすぎて扉が壁に当たって何度かバウンスした。

「肉喰いにきたど!」
「おう!」

 五畳強しかないこの部屋は入ったらすぐに部屋の主が丸見えになる。住吉は、既に円卓テーブルに電子グリルを設置し、肉を箸で掴んで僕に見せた。

「うおおおおおおお! 肉!」

 僕は目を輝かせて、サンダルを脱ぎ捨て、部屋にスライディングした。

「すごいね! 住吉、僕の気持ち分かるの!? エスパー!? エスパー住吉!? SS!?」
「いや、分からんけど」

 住吉は苦笑いしながら、僕の座布団を用意してくれた。僕がそこにちょこんと正座で座ると、住吉はおお、と唸った。

「おーちゃんの正座可愛いな! おーちゃんの正座、まじキュート! OSMCだな!」
「いや、意味分かんないけどさ」

 笑いながら僕は中身を覗き込んだ。多分、箸が転げても笑える瞬間は今だろう。
 おーちゃんこと僕と住吉はどういうわけか、友達の中で『やけに仲が良い』位置づけにされている。それが僕はちょっと恥ずかしいけど、住吉はまんざらでも無さそうに「やめろよぉ〜」と楽しげに他の仲間の背中をバンバン叩いている。僕としても住吉と一緒にいるのは一番楽しいし、こうやって時々夕飯を一緒に食べてくれる貴重な存在だ。
 もう既に十分な熱を持ったグリルを見て胸がわくわくする。

「これどうしたの?」
「あー実家から送られてきた。 両親そろってバカンスしてるから、ちょっとした罪悪感みたい」
「ふぅん」

 いいなぁと僕は思った。
 僕が実家から送られてくるのはいつも魚肉ソーセージだったから。

「他の奴呼ぶとすぐなくなっちゃうから内緒な」

 僕はうんうんと何回も頷く仕草をした。そして住吉の指先をとろける視線で追った。住吉の箸が波打つ松坂牛を捉えて、それが鍋へと運ばれていく。
 正直初めて見たかもしれない。霜降りの松坂牛なんて。

「住吉、住吉! それ、光っているよ! お肉が光っている!」
「あ、ああ。 白いのは脂肪だからな」

 住吉は笑いながら、鬼畜にも肉を鍋に投下した。僕は口を開けたまま、ハラハラとそれを見守った。
 しばらくして色が赤色から茶へと変わる。僕はお肉のやけ加減なんて分からないから、お肉と住吉の顔を交互に見る。

「ん。 もういいかな」

 その瞬間、住吉がどれだけ男前に見えたか。
 僕は箸で肉を掬うと、ハイテンションでそれをいただいた。

「いただきます!」

 口に入れた瞬間、とろりととろけた。とろけるにも程があるほどとろけにとろける。比較対象がソーセージしか無いからよく分からないけど、どう考えても質量で負けているのにまろやかさは松坂牛が圧勝だ。

「……住吉、僕今までで一番幸せかも」
「いや、俺もまさかここまで喜んでもらえるとは」

 涙が出そうになりながら、最初にいただいた一切れの余韻を楽しむ。

「……あわよくば良い雰囲気になりたいとは思ってたけれど」

 隣で住吉が何か小さく呟いたが僕には聞こえなかった。まるで鐘が頭の上で鳴っているようだった。世界中の人たちが僕の肉を食べる瞬間を祝ってくれている。
 ツーッと涙が零れ落ちた。住吉が珍しいものを見るような視線で僕を見たが、僕は気にせず箸を進める。
 そのまま、泣きながら僕は肉を食べ続けた。

「うわーーん、おいしいよ! 生きてるって幸せ! ご飯食べる事は最高だ! 生きているだけで丸儲けだ!」
「お、おう」
「住吉もちゃんと食べて! 僕に全部とられちゃうよ!?」

 そう言って住吉の口に僕の箸でお肉を放り込んでやると、住吉も僕が望んだにやけ顔になった。うん、おいしいお肉を食べてるって顔だ。

「おーちゃんにあーんされた……なんておいしいシチュエーションだ……」

 なんかよく分からないけれど、おいしいと言っているわけだし、大丈夫だろう。住吉はデレデレしながらお肉をほお張っていた。
 その後、お酒も入り、僕は本当に本当に気分がよくなり始めた。お花畑の上を飛ぶ蝶々のように、とにかく肉の香りにやられてフワフワと漂っている。とろーんとした顔のまま、何度も住吉に「おいしいねー、おいしいねー」と確認を取った。
 まさにエクスタシー。酒でも変な薬でもなく、お肉でこうなれるなんて幸せである。そんな中、住吉がゴクリと唾を飲んだ。

「あのさ、丘田!」

 珍しくあだ名でなく名前を呼ばれて、僕はうん?と首をかしげた。こんなにも美味しい肉をくれた住吉はまるで後光がさしているようだ。眩しくて僕には直視できないくらい。

「俺、お前が好きなんだ」
「俺も好きだよ?」

 即答で答えると、住吉は少し不満げに僕を見つめた。負けじと見つめ返す。
 だってこんなお肉くれる住吉を嫌いなわけないじゃないか。僕が住吉に笑顔を投げかけると、住吉はいきなり僕をベッドに押し倒した。

「丘田! もうごめん、我慢できない」

 多分僕は何もわかっていなかった。けれど、頭の中でお肉の妖精さんたちが踊っていた。舌の上から頭の中まであのとろけるような感覚。それがずっと忘れられないままだった。
 ポーっとした感覚の中、住吉が僕にキスを入れて舌を入れた。頭が働いていない僕は住吉は僕の食べたお肉の味を知りたいんだな〜とか意味不明なことしか考えなかった。住吉が体中触ってきてくすぐったかった時も、何かの新しい遊びとしか思わなかった。
 最後に住吉が「それ!」と何かをどこかに突っ込んだ気がした。どこそこが痛かったような、でもやっぱりあの時のお肉が忘れられないような。
 僕はむにゃむにゃと夢の中でお肉を食べ続けた。終始幸せな夢だった気がする。

「……おーちゃん、俺、幸せだ」

 そう、遠くで住吉が泣く声が聞こえた。うんうん、住吉もお肉食べれて幸せなんだね、と僕は思った。笑みを浮かべると、住吉はまた僕を抱きしめた。

 朝起きると住吉がやけに優しかった。何故か裸に剥かれた自分と何故か勝手に脱いでいる住吉を見て、僕はまず笑った。

「ちょ! なんで僕も住吉も裸なの! 肉でエキサイトしすぎた?!」

 あははと笑う中、住吉だけはやけに真面目な顔で

「痛かったよな。 ごめん」

 と僕の肩を抱き、キスをした。僕は流石にビックリしたが、眉を顰めて住吉の顔をぽーっと見た。そういえば、昨日も何回かキスをした気がする。過去20年間、今までにしたことのないような深いキスだった。なんだか昨夜のことが断片的に思い出されてくる。
 住吉の必死な顔、気持ち良さそうな顔、僕を気遣う顔。
 今までの住吉はいつも僕の傍では笑っている顔だったけど、昨夜ばかりは真面目で妙に男らしかった。
 あれ?なんか住吉の顔がかっこよく見える。気のせいかな?
 不思議と住吉は一夜明けた今、妙に頼もしく見えた。今までのおどけていた住吉以外の一面を見たからではあろうか?
 それとも、お肉を食べさせてくれたからだろうか。



***



 それから住吉は毎日お肉を食べさせてくれるようになった。味をしめた僕は夢中で食べた。自分の部屋のダンボールの中には魚肉ソーセージがいっぱい積まれていたけど、僕は松坂牛ばかり貪った。まるで浮気をしている気分になったけれど、いつかはお前に戻るのだから勘弁してくれと浮気男を演じきった。
 特上ステーキにカルビに牛ロース……お肉業界の宝石箱やった。
 お正月休み、毎日住吉と夕飯を一緒にした。肉を食べたあとは必ず僕は浮遊感に襲われる。気持ちが良くて、その時に住吉に毎度襲われたが、嫌な気分になったことは一度も無かった。
 そのうち、セックスの時も正気を保つようになった。住吉は相変わらず僕のことを何度も気遣った。
 もう何度も何度もしていることなのに。

「……大丈夫? 痛くない?」

 吐息交じりに聞かれて、僕は住吉を自分から抱きしめた。

「……うん。 大丈夫だよ。 きもちいいよ」

 そう言うと、住吉のが僕の中で大きくなって、僕ははぁっとため息をついた。僕のお腹はお肉をたっぷり食べてるから、すごくぶよぶよしていて、けれどそんな僕の体を住吉は愛しそうに撫で続けた。

「住吉、すき」

 僕がなんとなくそう呟くと、住吉は少し考えてからにこっと笑みを浮かべた。

「うん、明日も肉用意しておくからな」

 その言葉に僕も嬉しくなって、小さく頷いた。でも僕は今そういう意味で言ったのかな。お肉が好きって意味だったのかな。
 確かにお肉を食べてからするこれは気持ちがいいけれど。住吉の顔もいつも必死で可愛いし。

 僕は幸せだった。
 正月休みが終わっても、僕は毎日住吉の部屋に通った。
 寮に戻ってきた友達皆に「お前ら、二人でいつも何してるの」って言われる度にドラえもん全巻読んでるだとかジブリ作品全部見返してるだとか適当なことを言って、二人で篭った。そして、匂いが外に出ないように扉の隙間をダンボールで埋めては肉を焼いて貪り、セックスの時の喘ぎ声が漏れないように布団を二枚重ねにしてかぶって中で二人で睦みあった。
 住吉の部屋にいるのに、まるで秘密基地にいるようだった。秘密基地でいちゃつくカップルだなんて余計恥ずかしいことかもしれないけれど。

 しかし、そんな日々も突然終わる。
 ある日、僕が住吉の部屋を訪問すると、住吉がぎくりとこっちを見た。住吉はいつでもウェルカム状態で僕を迎えてくれていたから、僕が逆に怖くなった。

「ど、どうしたの」

 いつもは電子グリルが置いてある円卓の上に今日はカップヌードルが乗っていた。それを見て、僕は意味が分からず立ち往生した。いつもなら座布団を出してくれるのに。

「えっと、ウーロン茶飲む?」

 住吉がぎこちない笑顔で僕にそう言った。僕は目を泳がせたまま、頷いた。住吉が冷蔵庫を空けた瞬間、僕は鼻白んだ。
 冷蔵庫が空だった。いつもジュースやビールやらいろいろと入っているのに、珍しいなと僕は思った。そんな中、僕の専売特許である魚肉ソーセージがいくつか入っていた。

「あ、これ好きなんだよね」

 僕は身を乗り出して、魚肉ソーセージを手に取った。いつものように舐りながら食べると、住吉が股間を押さえだした。

「え、エロすぎだろ、お前」

 僕はちょっとホッとしながら、

(あ、もしかしてシたいのかな?)

 と思った。僕はよしっと力を入れた。なんだか元気が無さそうな住吉を僕の力で元気にしたかった。もし僕とシたら元気になってくれるかな?
 僕が住吉にごろんとくっつくと、住吉が唾を飲んだ。
 そして、声を殺して言った。

「しばらく会うのをやめないか?」

 びっくりして僕は住吉を見た。住吉は暗い顔で「ごめん……」と呟いた。住吉は目もあわせてくれなくて、僕は震える手で持っていたソーセージを円卓に置いた。
 僕はいきなり心細くなった。
 毎日一緒にお肉を食べていた。この一ヶ月間、こんなジューシーな日々を送るのは初めてだった。毎日のように油ののった最上級A5のお肉と至福のセックス。
 パタンと扉を閉じて、二つ隣の自分の部屋へと向かう。戻る途中、寮の仲間たちが僕に声をかけた。

「どうした? 名作アニメ劇場、最初から全部観る会はなくなったのか?」

 僕に声をかけたのは同じ階に住んでいる上田(うえだ)と三城(みき)だ。僕は上田と三城に泣きついた。

「……住吉が構ってくれなかった」

 上田と三城は目をぱちくりと開けて、お互いを見合わせた。

「へぇ、珍しいな」
「あいつ、お前にべったりじゃん」

 僕が何か言ったのだろうか。
 自分が言った言葉は住吉を傷つけたのだろうか。
 俯いたままでいると、じわりと目から涙が出てきた。上田と三城は驚いて、僕の背中を摩った。

「どしたの、お前」
「だって……すみよしが……構ってくれなくなったぁぁ〜〜」

 うわーんと大声で泣き出した。僕は性格が悪いから、この時本当に大声で泣いたのだ。扉を隔てた向こう側にいる住吉が聞こえるように。
 住吉が慌てて扉を開けて出てきて、

「おーちゃん、ごめん! 一緒にご飯食べよ!」

 って言ってくれるかなって。
 でも、扉は閉まったままだった。住吉は出てこなくて、上田と三城が戸惑ったままだった。一層僕がわぁわぁ泣くと、「どうしたどうした」と他の寮員たちも出てきた。けれど住吉は出てこなかった。
 その後、僕はいきなり我に帰って、

「……帰る」

 と言って、上田と三城の腕を外した。鼻を啜りながら、自分のこういう考えなしな言動が人を傷つけているのかも、と考える。
 二人にごめんと謝ってから、部屋に戻る。久しぶりに開くダンボールの中には実家から送られてきた魚肉ソーセージが詰まっている。
 僕はダンボールのガムテープを勢い良く引っ張った。ベリベリベリっという音をさせて、箱を開けた。そうして、僕は魚肉ソーセージをやけ食いした。
 あと、何日これで暮らさないといけないとかそういう意識はもう消え去っていた。
 僕はただそれを一本二本と開けては口に放り込んで、むしゃむしゃと食べた。今まで大事に大事に食べていたのが嘘みたいに、乱暴にそれを食べていった。
 僕はお肉が無いのが嫌なのか住吉に会えないのが嫌なのか分からなくなった。





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「それ!」で済ました初夜。(酷)
written by Chiri(1/12/2011)