猫にキス(3)



土曜の夜、慎太郎はまず静歌のアパートに静歌を迎えに行った。
チャイムを鳴らすと、既に準備のできた静歌がそこに立っていた。
いつもの部屋着ではなく、少しおしゃれをした風貌の静歌に慎太郎は小さく笑みをこぼした。
「星太郎は?」
「今、寝てる。」
「そっか、じゃ行こう。友達、もう家で待ってるからさ。」
「え?そうなんだ。」
少し緊張しているのか、静歌は無口だった。友達作りが苦手と言うだけある。けれど慎太郎はそんな静歌をできる限りフォローしてやろうと意気込んでいた。

慎太郎のアパートは静歌のアパートから比較的近くにあった。自転車で15分くらい、車なら5分だ。
ドアを開けると、既に慎太郎の友達が二人、待機していた。
部屋に入る慎太郎と静歌を見て、「チワーッス。」と声をかける。どちらも気さくで真心のある慎太郎の友達だった。
「え?この人が前言っていた猫の人?」
「うん。」
一人が好奇心旺盛な目で静歌を見つめる。茶髪で軽そうな感じだが、愛嬌満点の表情だ。静歌はそれに対して軽く会釈した。
「うわー綺麗な人だね。」
その言葉に静歌がびっくりした。綺麗?なわけがない。
静歌はそれは絶対違うな、と思いながら慎太郎に促されるまま座った。
「で、その猫は?」
もう一人の友達が聞く。こちらはもう一人よりも少し大人っぽく硬派な雰囲気だ。
それに対して、静歌が答える。
「あ、今家で寝てるんです。」
「ってなんで敬語―!?そっちが年上でしょ?」
茶髪の方の友達がゲラゲラ笑いながら茶化す。静歌はそれに対して穏やかな表情で笑った。

茶髪の方の男の名前は花田泰明(はなだやすあき)と名乗った。
そしてもう一人は都築芳樹(つづきよしき)と言うらしい。
二人とも静歌には好意的でいかにも明るい慎太郎の友達といった感じだった。体もやたらに大きい。特に芳樹の方は。体育系だ、と静歌は心の中で思っていた。

会話は思いのほか弾んだ。同じ学部ということが良かったのだろう。
静歌は一学年上と言うこともあり、授業の内容や先生の性格などを事細かに教えることができた。静歌の平坦なしゃべり方に泰明や芳樹はうんうん、と頷いたり、なるほどと感嘆したりしてくれた。
「シンは最近機嫌いいよね〜。」
「あぁ、確かに。」
泰明と芳樹が会話を始める。慎太郎が二人にシンと呼ばれているのに、静歌はその時初めて気づいた。
(いいなぁ…。…友達って感じ。)
なんとなく羨ましい気持ちが心の中で拡がったがもちろんそれを口に出すことは無かった。
慎太郎は二人の言葉に首をかしげる。
「そうか?」
「そうだよ〜。どうせいつも猫と静歌と遊んでんだろ?和むだろうに。」
泰明が口を尖らせて言う。
何故自分と猫が並列に扱われているのだろうか、と静歌は胸中で思った。まぁ、別にいいけど、とも。
「な?俺も今度静歌んち行っていい?」
泰明が不意にそんなことを言った。
静歌は一瞬だけきょとんとした。
「でも猫しかいないよ?」
「星太郎だよ、静歌。」
「あ、そうそう。星太郎しかいない。」
どうも猫と呼ぶのに慣れてしまっている静歌だ。
泰明は静歌の目を見て朗らかに笑った。
「いいよー。猫、見たい。」
「あ、うん、それじゃ今度来て。」
静歌は頬を染めた。家に招くなんて友達みたいだ。
それを見て、芳樹は心底そう思っているように言葉を漏らした。
「静歌って俺らの中にはいないキャラだよな。」
「あー確かに!なんか和むよね!」
芳樹と泰明がきゃっきゃとそんな会話をする中、静歌はなんだか急にまぶたが重くなってきた。
目をこすり、無理やり意識を戻そうとするがなかなか上手くいかない。

実は酒を結構飲んでいたのだ。

気持ちがフワフワと浮ついている。今日はいっぱい人としゃべれて嬉しかった。芳樹と泰明が笑いながらしゃべっている姿がぼやけて見えてくる。でもそれはやたらに輝いている。
静歌の様子に気づいた慎太郎が声をかけてきた。
「静歌、大丈夫か?」
「うーん、なんか眠い。」
「アンタって酒弱いの?」
「…普段飲まないから。」
そう言っている側からまぶたがどんどん落ちてくる。
そして限界が来たように、いろんな音が遠ざかっていった。
「静歌、ねたのか?」
「えー静歌寝ちゃったのー?っつーかまじ可愛い寝顔だね、これ。」
「うわ、本当だ。」
「お前ら、静歌に―――」
どんどん音が遠ざかっていて、仕舞いには何がしゃべられているかも誰がしゃべっているのかも分からなかった。
でも静歌はとても幸せな気分で眠れた。

夢の中で「ニャァン」と星太郎が鳴いていた。
静歌はそんな星太郎を抱き上げて、瞳を真正面から捕らえる。

お前がきっかけでこんなに幸せな気分になれた。

静歌は星太郎にそう伝えたくて猫の言葉で「ニャァン」としゃべった。


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