王様の結婚
王様の結婚(2)



 会社に翔太を連れて行くと、あっという間に翔太は見世物パンダになった。まだ大きな会社ではないので、海堂に親近感を持つ社員が多いのだ。
 翔太を見るなり、

「海堂さんって子供いたの?」
「うわ、そっくり!」
「従兄弟の子供か〜、かわい〜」

 と、翔太はかわるがわる言葉をかけられ、翔太は目がまわりそうになっていた。

「おじさんって人気なんだな」

 それでも翔太はどこか満足気な様子だ。

「海堂さんはすごい人ですからね」

 岬がそう言って笑うと、翔太はふぅんと呟いた。と、そこへ。

「あっれ! 岬ちゃん、ついに子供産んじゃったの!?」

 この声は、櫻井さんだ。
 振り向くといつもながらに明るい笑みを浮かべた櫻井が二人を無遠慮にジロジロジロジロと見ながら立っていた。

「櫻井さん、翔太君の前でそういう冗談はよしてくださいね」

 言いながら足を踏みつける。櫻井は笑顔の下で痛がりながら、「わーごめんごめん」と謝罪の言葉を並べた。

「……誰、これ?」

 しかめっ面の翔太が聞いてくる。さぁ、第一印象が一番大事だ。

「櫻井さん。 海堂さんとこの人の二人でこの会社を興したんだよ」

 岬の言葉で翔太の顔がコロリと変わった。おそらく櫻井が海堂と同等のレベルだと認識し、尊敬の対象へと変わったのだろう。

「お、生意気そうな顔だな。 子供の頃のあいつそっくり」
「あ、やっぱりそうなんですか?」

 すかさず岬が目をキラキラさせると、櫻井は「うわ。 嫌な話題に突っ込んじゃったな」と顔を顰めた。

「岬ちゃん、もしかしてあいつの昔の写真とか欲しい?」
「欲しいですとも!」
「俺も欲しい!」

 うん?
 ふと右下に視線を向けると、岬と同じように意気込んだポーズの翔太がいた。

「翔太君も、欲しいの?」
「うん!」

 先ほどまでの岬と同じキラキラの瞳。そんな表情に囲まれて、櫻井は苦笑した。

「なんか翔太君もあいつの事勘違いしてない?」
「なんか憧れてるみたいですよ。 海堂さんに」

 岬がひそりと教えると、櫻井は不可解なものを見るような目つきで翔太を眺めた。
 おそらく翔太のそれは子供がサッカーや野球選手に憧れてカードを集めたりすることに似ているような気がするけども。

「まぁ、確かに外面も良いし、性格も男っぽいもんな、あいつ。 でも性癖が”王様プレイ”なのに」
「……櫻井さん」

 ぷくくっと笑う櫻井をはたく。

「……まだ子供にははやい話題だったな」

 櫻井は一瞬で顔をきりっと作り直すと、「仕事に戻るぞ!」とわざとらしく叫んで奥の部屋に引っ込んでしまった。「ったく困った人だな」、と呟くと翔太は「そんなこと無い!」と尊敬フィルターをオンにしたまま、岬につっかかった。
 岬は複雑な顔をして、翔太の頭を撫でようとしたが、翔太はそれを華麗にかわした。

(すっかり嫌われちゃったな……)

 岬ははぁっとため息をついた。海堂の親戚なのだからできれば仲良くなりたかった。海堂の親戚は自分の親戚のように接したかった。
 別に男同士だし、結婚するというわけでも無いだろうけれども。

 定時になり岬が翔太と共に帰り支度をすると、ガラス越しの個室から海堂と目があった。

「待て、岬。 俺も今日は帰る」
「え、大丈夫なんですか?」

 海堂は先週から新しい案件の案件に取り掛かっているはずだ。新しい顧客だからいつも以上に力を注いでいて、おかげで海堂は岬とあまり二人でいられなかった。

「ん、櫻井が仕事半分引き受けてくれた」

 個室から櫻井がニカッと笑って、手を振った。彼なりの気の使い方に胸が温かくなる。

「翔太、帰ったら一緒にゲームでもやるか」
「え、本当に?」

 思いがけない海堂の言葉に翔太はウキウキと明るい声を出した。

 翔太の頭をおそらく無意識に海堂は撫でて、岬にも笑いかける。
 岬の胸が思いがけずキュンと鳴った。

(王様、まるで父親みたいだ……こんなの、まるで家族みたいだ)

 キュンと鳴ると共にズキンと軋む。
 翔太は所詮人の子だ。結婚もできなければ、子供も産めなくて、岬と海堂はきっとずっと二人で暮らしていくしか無いだろう。海堂がいるから寂しくなんか無いけれど、それでも「もしこうであったら」、とか「ああできたら」とか考えてしまうのは岬の悪い癖だろう。
 けれど、海堂だって少しくらいは考えたりはしないんだろうか。彼はどう思っているのだろう。






 家に帰って夕飯を済ませると、海堂はウキウキ声で翔太に話しかけた。

「さぁてゲームするか? 翔太」
「うん!」

 岬が皿を食洗機に入れ終わると、海堂は押入れに頭を突っ込んでいた。

(はて、この家にゲーム機なんてあったか)

 なんて考えながら、そんな海堂のお尻を翔太と一緒に見つめた。翔太は目を輝かせながら海堂を見つめていた。

「Wii? プレステ3? XBOX?」
「なんだその呪文の羅列は」

 海堂がやっと押入れから頭を出すと、

「うちにある遊具はトランプだけだ」

 と、自慢げにそれを右手に翳して言い放った。
 岬がぷっと噴き出すと、海堂は不満げに「何がおかしい」と唸った。あからさまにテンションが下がった翔太に「何を遊びたい? ばばぬき? 大富豪か?」と楽しそうに聞く海堂は、まるで海堂の方が子供のようだった。

「じゃ、大富豪しましょうか」

 と、岬が提案した瞬間、翔太が声を張り上げた。

「スピード! 俺、スピードがいい!」
「おお、じゃ二人で対決するか!」

 なんだかんだいって二人の波長がやはり似ている気がする。線を引かれた気分で、岬は少し距離を置いて二人を見ていた。実際に翔太は岬の前に線を引いたのだろう。

(二人でするゲームにするんだものな)

 無意識か故意的かは分からないが、頭の良い子供だ。岬は寂しそうに笑って二人を見守った。
 しばらくすると、対決に飽きたらしい。翔太が寝転がりながら足をぶんぶんと振る横で海堂がトランプを並べ始めた。

「……何?」
「今度は頭を使うゲームだ」

 海堂はトランプを全て横一列に並べ、ハートのキングとクイーンを両端に置いた。岬も不思議に思いながらそれを見つめる。初めて聞くゲームだった。

「ハートのキングとクイーンの間のトランプを消していくゲームだ。 消せるカードは同じ柄にはさまれたカード、もしくは同じ数字に挟まれたカードだけだ。 同じ柄、もしくは同じ数字に挟まれている1枚、もしくは2枚のカードを消していって、最後にエースのキングとクイーンとが隣同士になったら終わりだ」
「ほぉほぉ」

 翔太は眉間に皺を寄せながら説明を聞いていた。子供には少し難しそうなゲームだと岬は思った。

「ほら、岬もやってみろ」

 王様の計らいだろうか。岬も輪の中に入れてもらい、やっとトランプに触れられた。

「まず、俺が見本を見せてやろう」

 海堂はそう言って、真ん中にあるハートとハートに囲まれた数字の4と3を消した。岬は海堂の指先を見ながら、ふむと考え込んだ。

「これ結構難しいですね。 コツがありそう」
「そうだな。 慣れると結構簡単なんだがな」

 翔太はしばらく海堂の手を見ながら、「俺がやる!」と言い出した。とにかく、消せる数字を片っ端から消していこうとする翔太に岬は口を開けた。

「あ、翔太君、そこ消しちゃうと全部消えなくなるよ」
「もう、うるさいよ」

 岬の言葉なんて聞き入れず、翔太はそのまま進めていった。海堂は楽しそうに一人で笑みを浮かべながら、それを眺めていた。
 そして、ある時点で

「翔太、ゲームオーバーだ」

 と、口開いた。

「ええ〜?」
「ほら、もうこれ以上はどうやったってカードが消えないだろ? キングとクイーンが隣になれなかったからゲームオーバーだ」

 翔太は不満げに並んだトランプを見つめた。海堂は笑いながら「また明日もやってみろ。 賢くなるぞ」と翔太の頭を撫でた。
 岬はまたいつの間にか線の外に追い出されていたような気分になり、少しだけ胸の内が冷たくなった。
 海堂はトランプを戻しながら言った。

「このゲームはな、『王様の結婚』って言う名前のゲームなんだ」

 海堂の口元には笑みが浮かんでいて、海堂はどこか楽しげだ。岬は不意にその言葉が頭の鍵をかけるようなキーワードに聞こえた。

「ほら、もう寝るぞ。 翔太」

 思いのほか子供の世話が上手な海堂は、翔太といるとまるで親子のようだった。海堂が翔太を連れて自室に行こうとすると、翔太は首をかしげた。

「あの……俺のベッドこっちだけど」
「どうせお前今日も俺のベッドに潜り込むんだろ? なら一緒に寝ればいいじゃないか」

 海堂がそう言うと、翔太は不思議そうに海堂を見ていた。戸惑いを持った視線が海堂を追いかける。

「一緒に寝ていいの」
「ああ」

 海堂が頷くと翔太は嬉しそうに「うん」と頷いた。海堂は岬を見てから

「岬も一緒に寝るか」

 と聞いた。岬は当たり前のように首を振った。後ろで翔太が睨んでいたせいもある。
 けれど流石に一人は子供といえど男三人で寝るのはきついだろう。それに今、一人だけあぶれるとしたらそれは当然のように自分なのだろう、と理解した。

 海堂と翔太、そしてもう一人そこにいるとしたら。

 それは母親のような人間なのではないだろうか。
 そんな想いがでてきてしまって、岬はひどく心が冷えた。

(王様の、……結婚)

 さっきのゲームの名前が胸に刺さる。そして。

「……ゲームオーバー」

 呟くと、それは刃物みたいに痛い言葉だった。
 結婚できなかったエースのキングとクイーンとは誰と誰のことなのだろう。





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実際にあります。王様の結婚ってゲーム。
written by Chiri(12/5/2010)