相対的ジャイアニズム(1)



『熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。
まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。
ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。
それが相対性というものです』


 かの有名なアインシュタインはそう言った。

 そう物事には相対性というものがあるわけである。
 だからアイツが僕に対してだけ意地悪に思えるのもきっとそれなわけだ。僕は他の人よりもちょっとだけびびりだし、パシリ体質なのかもしれない。だからアイツが僕以外の人間には割と普通になじんでいるいるのに、僕にだけ独自のジャイアニズムをふりかざしているように見えるのも全部全部相対性なわけで…。
 
 …ってそんなことあるわけないじゃないか!

 アイツの名前は鬼塚不二夫(おにつかふじお)、僕とは昔ながらの仲、つまりは幼馴染だ。
 けれど現実は幼馴染なんていう甘い関係じゃなくて。ただただ僕はアイツの言いように使われているパシリ悪く言えば下僕みたいなものだ。

 正直、思いだしたくも無いけれど、思い出せばキリが無い。
 小学生の時、アイツと一緒に公園で遊んでいた時にふとトイレに行きたくて「帰る」と言うと、アイツは何故か「あぁ?お前、帰るのは俺様の許可をとってからだ!」とか意味不明なことを言ってずっと拘束され、おしっこを漏らしたことがある。その後1週間僕はおちびりの冬真(とうま)くんと笑われた。
 ちなみにこの頃からアイツは僕としゃべる時だけ何故か自分のことを「俺様☆」と呼んでいる。なんでだよ。俺様呼びの小学生なんてありえねーのに。
 中学生になって、いつも勝手に僕の部屋に入ってくるアイツを遠ざけたくて両親にお願いして部屋に鍵をつけてもらったことがあった。それで安心して、部屋に閉じこもっていろんなことをしていたら、アイツ、足でドア蹴破って僕の部屋に突然入ってきた。そのせいで僕はオナニーしているところを目撃された上に、写メをとられた。その後の一週間は「ふにゃちん冬真くん」と馬鹿にされた。ふにゃちんだったのは不二夫のせいだ。いきなりドアが轟音と共に僕に向かって倒れてきたんだからそりゃ驚くだろう!しかもその時とられた写メをアイツはあろうことか僕が不二夫に電話したときの携帯着信画面に指定しやがった。ひどすぎる。だから僕は絶対不二夫には電話をしないようにしている。したら、僕の恥ずかしい写真が着信の長さだけ不二夫の携帯にお目見えしてしまう。恐ろしい。
 どっちにしても、僕は不二夫になんて電話する必要なんてないけど。だって不二夫のメールは毎日のように来るが全部命令形だ。逆らうと「お前の恥ずかしい写メが火を噴くぜ!」とのことだ。言葉の使い方がなんだか間違っている気がするけど、それを指摘するだけで火がふきそうで怖いから言わない。
 ああ、そういえば僕のファーストキスは不二夫にとられたんだっけ。不二夫はその頃彼女がいたんだけど、いきなり僕の部屋に入ってきて「キスの練習するぞ!」とか言って僕にチューをしてきた。あの時の悲惨な思いはもうたくさんだ。なんでカラムーチョを食べた後の口でチューしてくるのか理解できない。不二夫は辛いの好きかもしれないけれど、僕は大の苦手なんだよ!キスされた後はなんだか口がヒリヒリしていたし、ファーストキスだったせいで僕のハートはブロークンハートだったし、っていうかファーストキスの味がカラムーチョって!って感じでダブルショックだったし、さすがに泣きながら不二夫に怒った覚えがある。でもそれも結局不二夫には通じず「間抜けな顔してやがる!ハッハッハ!」と笑っていた。そんなわけで僕は小さい頃から立派に奥に秘めたる殺意というものを持っている。


 つまり断言しよう。
 僕は常に被害者である。
 傲慢な不二夫に常に巻き込まれる可哀想な存在である。

 だから今、目の前にいる不二夫に対しても正直勘弁してくれ、と言う感じである。

「これ、……何?」

 不二夫はいつものように無断で僕の部屋に来て、僕の目の前にそれをたたきつけた。
 目の前に置かれたうちの高校の制服。しかも女子のである。
「はやく着ろよ」
「はぁ!?」
 僕は限りなく正しい反応をしたと思ったが、それさえも気に喰わなかったのか不二夫はイライラした様子で早急に僕の着ていたシャツを剥ぎ取ってしまった。
「不二夫、寒いよ」
「だからこれ着ろって」
「やだよ!何で、僕が女子の制服なんか…」
 僕が口を尖らすと、不二夫はめいっぱいその僕の唇を掴んで握った。
「いひゃい〜〜!!」
「言う事聞かないと、お前のふにゃちん晒すぞ!」
 鬼だ。
 僕はべそをかきながら制服に手を通した。女の子のセーラーって不思議だ。なんで脇にファスナーがあるんだろう。あげにくいじゃないか。
 不二夫にスカートも無言で投げられ、諦めてそれを履く。下にズボンをはいたままなのが最後の抵抗のつもりだったのだが、不二夫にいともあっさりと脱がされてしまった。
 羞恥心に震えた瞳で不二夫を見上げた。
「お前、すっげー地味!女装しても地味!限りなく地味!」
 不二夫は僕を女装させたのに満足げなのか、嬉しそうに笑っていた。しまいにはまた写メをとられてしまった。ああ、こうやって僕の恐喝材料はちゃくちゃくと増えて行くわけだ。僕はぎゅっと制服のスカートを握り締めた。男がさせられる格好じゃない、こんなのただの屈辱である。
そんな僕に不二夫は気付かないのか、そのまますくりと立ち上がった。
「ほら、行くぞ」
「何?」
「何って、何のために女装させたと思ってるんだよ」
「不二夫の趣味?」
「俺様はそんな変態じゃねーよ!!」
 変態じゃなくてもいじめっ子だ。いじめっ子で鬼畜だ。
 結局不二夫に無理矢理手を引っ張られて、僕はそのままの格好で家を出た。周りが僕に気付かないかそれだけが怖くて、僕はずっとうつむいていた。
「お前みたいな地味女、誰も見てねーから顔あげろよ!」
「僕、女じゃないもん……」
 逃げないようにずっと手を繋がられていた。その手を見て、ああ、本当に不二夫はでかくて嫌みで生まれついてのいじめっ子だと思う。しかも僕の手は貧相でいじめられっこの典型みたいな気がする。振り払う勇気をもちたいものだ。
「ついたぞ」
 やっと到着したらしい場所を見るために顔を上げると、一番近いゲームセンターだった。僕がハテナを飛ばしていると、不二夫はやっぱり僕の手をひっぱってズンズンと奥に進む。
 奥に進んだ先は……プリクラコーナーだ。
「不二夫、プリクラとりたいの?」
「だってここ、男子だけじゃ入れねーじゃん!一回とってみたくね?」
「……別に」
「うるせぇ!俺様がとりたいんだからお前もそう言えよ、さもなくばお前のふにゃちんが……」
「とりたいです。僕、プリクラ初めて。わーい、嬉しいなぁ」
 しまった。口が勝手に動いた。
 恐るべし。これも昔からの調教の賜物である。
 プリクラコーナーに入るとき、監視している人がジロリと僕たちを睨んだけれど僕の格好を見て何も言わなかった。不二夫のつまんなそうな声が上から降ってきた。
「きっとさえねぇ女連れてるって思われてるんだろうな。屈辱だ」
 それは僕の科白だ。そもそも本当に女だって思われているのだろうか。……屈辱だ。
 たくさんあるプリクラの中で不二夫は一番大きくて派手なプリクラ機に迷い無く入っていった。それを僕が追いかける。
 中に入ってしまうとなかなかの密室ぶりに驚いた。前には画面があってその中でなんかハイテンションなキャラが高音で何かをしゃべっていた。不二夫がそれを真面目に聞いているのを僕は後ろから覗いた。
「小銭ねぇから、お前金出せよ」
 不二夫に命令されてしぶしぶと財布を出す。画面を見ると600円と書いてある。高っ!僕、別にやりたいわけでもないのに。
 600円分の重みがなくなった財布をバッグにしまうと、スクリーンの中のキャラが突然動きだした。そしてやはり不二夫が真剣にそれをみている。
「16連写とかおもしれー。これにするぞ」
「……うん」
 拒否権はどうせ無いので素直に頷く。
 不二夫が決定ボタンを押すと、画面に僕たちが映った。でも画面を見ても焦点があわないってことはカメラは別の位置みたいだ。
「カメラ上にあるぞ」
「あ、本当だ」
 不二夫がカメラを覗き込むと、不二夫の顔が画面にアップになった。
『用意できたらボタンを押してねー!シャッターをきり始めるよ!』
 中のキャラクターに、不二夫が「おぅ!」と返していた。馬鹿だ。
 僕がカメラに向かって、小さく笑顔をつくる練習していたら、ブハッと不二夫が噴出した。
「馬〜鹿!ただでさえ地味な顔なんだから普通に笑うなよ!変な顔しろ!変な!」
 ……ひどすぎる。自分は普通にキメ顔でうつる気満々なくせに。
「もう、ボタン押すからなー!」
「え、ちょっとまっ……」
 僕の言葉を待たずして不二夫はボタンを押してしまった。
 『はぁい!じゃ行くよ〜!』という声が聞こえて、続くシャッター音。僕は慌てて笑顔を作った。隣ではやっぱり不二夫のキメ顔。

 パシャ

 最初のシャッター音から三秒くらいして、また次のシャッター音。なるほど連写ってそういうことか。
『じゃ、次行くよ〜!』
 パシャっと鳴る音に僕はまたにこっと笑った。その瞬間、不二夫に殴られた。
「お前!変顔しろっていってんじゃねーか!」
「……そんなこといきなり言われたって!」
 僕が涙目になると、不二夫にいきなり頭を掴まれた。また殴られる!と思ったら。

『じゃ、次行くよ〜!』

 パシャ

 シャッター音が遠くに聞こえた。
 僕の唇には不二夫の唇がのっかっていて……つまりキスされていて、僕は気が動転した。
「ふ、ふじ……何す…………!」
「馬鹿、しゃべんな」
 そう言われて、ぬめっとしたものが口内に侵入してきた。
 僕がそれにびっくりして体をびくりと反応させたが、それさえも不二夫に押さえ込まれていたら意味が無い。
「ん〜…………ふぁ、んっ……はぁ、……」
 合間に入る吐息がうるさかった。
 シャッター音がドンドン遠ざかっていく。後ろでシャッター音が聞こえるんだけど、それ以上に舌と舌が絡み合う音の方が聞こえてきて。
 チューされているのに。僕は全然拒否できなくて。あまつさえちょっと気持ちいいかもとか思い始めちゃって。
 思えばディープキスは流石に初めてだった。
 不二夫はいつのまにこんなに上手くなっていたのだろう?

『はぁい!撮影終了でーす!』

 キャラクターの声でハッと自我を取り戻す。
 目の前には不二夫の顔がアップでうつっていて、僕はヒィィと小さく悲鳴をあげた。
 不二夫は笑っていた。そんな不二夫になんでキスしたんだよ、って聞く間もなく。
「よし!今までで一番変な顔してたぞ!」
 と何かのコーチのように言い放った不二夫に、僕はドッと力が抜けた。
 それだけのために僕の初ディープキスが奪われたのか…。
 なんだか年々、不二夫に純粋な部分を汚されていっているような気がする。乙女のような喪失感。僕って女々しい。
 不二夫は僕の落ち込んでいる様子なんか気にも留めず落書きを始めていた。
 あぁ、背景にバラとかやめてくれ!本当にそれっぽくなってしまう。僕に矢印をかいて「ふにゃちん冬真」って書くのもやめて!!花びら散らすのもやめて!!!
 心の中にあるものを何一つ言えずに悶々と不二夫を眺めた。不二夫が「よし!」と言うと、落書きモードは終了して、印刷に入ったようだ。
 数分後取り出し口に出てきたプリクラを不二夫が掴む。それを横から首を伸ばして見てみたが、まさに最悪な出来である。バラにユリの花に意味も無くハート。僕には矢印でふにゃちん冬真って書かれて、自分には天才不二夫って書いてある。まるで子供の悪戯だ。
 けれど不二夫は満足したようにそれを懐に入れようとした。
「ちょ、ちょっと待ってよ!それ僕にもくれるんでしょう!?ねぇ?」
「はぁ?やるわけねーじゃん」
 なんでだよ!
「だって僕がお金払ったんだよ!」
「落書きしたのは全部俺様だから著作権は俺様にあるんだよ!」
 無いよ!!じゃ、600円返せよ!って言ってもどうせ返してくれないのは目に見えている。不二夫の脳内では相変わらずの独自のジャイアニズムが展開されている。
 明らかにおかしいんだけど、僕が逆らえるわけもなく。
 あの世にも恐ろしいプリクラは不二夫の胸ポケットにしまわれてしまった。

 けど、この出来事はあくまでも序章に過ぎなかったわけだ。





next



この後、王道な展開を用意しています。なのに緊迫感の無い主人公のせいで何故かコメディ調…。
written by Chiri(12/17/2007)