ホーリー2



バイトから帰ってきたらいつものように希が座ってゲームをしていた。
希が来るようになって電気代は倍になった。それだけ希は紀一の生活に影響している。
「遅いよ、変態。」
希はイラついていた。
時刻は夜の7時だった。平日にこの時間までいるというのは珍しい。
「帰らないのか?」
紀一の言葉に希はぴくりと反応した。
「何、もう帰れっての?」
「そんなことは言ってない。」
やれやれお姫様はご機嫌斜めだな、と紀一は頭を掻いた。
「昨日も遅かった。」
希の言葉に紀一は驚いた。昨日も今日と同じように夜7時に帰ってきたのだが、その時希は紀一の部屋にはいなかった。
「昨日も来ていたのか。」
「悪い?」
「悪くない。」
希はしばらくゲーム画面を見たままだった。だが、操作をしないのだからゲームオーバーになるのは当たり前だった。ゲームオーバー画面に流れる不吉な音楽が二人の間で静かに響く。
「…どうせお前は変態だから。」
「何?」
希の言葉に紀一は眉をしかめた。希が何を言いたいのかよく理解していなかった。
「どうせ他のかわいい男の子でもつけまわしていたんだろう。このド変態が。」
ひどい言い草だった。
紀一は目を細めた。そして次に作ったのは呆れ顔だ。
「バイトにいっていたんだが…。」
「今まで水曜はバイト入ってなかったじゃないか。」
責めるような希の口調だ。
「お前が新しいゲーム欲しいとか言うから単発のバイトを増やしたんだ。」
希がフッと視線を紀一に向けた。きょとんとしたつぶらな黒目が紀一の鼓動を速くさせた。
「そうなの?」
「そうだ。」
「そうか…でも僕の世話してくれなきゃダメだ。」
憮然として希は言い切った。
紀一は困ったなと心の中で呟いた。
「そうしたら、すぐにはゲーム機買ってやれないぞ?」
「やだ、ゲーム欲しい!!」
ハァッとため息をつく。どうすれというのだ…。
紀一は少し考えてから、もう一度ゆっくりと言葉にする。
「じゃお前が選べ。二ヶ月待てばゲームは買ってやる、今すぐ欲しいなら俺はバイトにいかなきゃ無理だ。」
二ヶ月待ってゲームを買うというのは普段の生活をどうにかやりくりして、という事だ。7万は少し大きい金だ。蓄えの無い紀一にはすぐには出せない金だった。
希はしばらく考えるそぶりを見せた。そうして、苦渋に満ちた表情で
「二ヶ月待つ…。」
と小さく言った。
最もその表情は見ようによっては照れた表情にも見えなくは無かった。
紀一はつい希の頭を撫でてやった。それはごく自然な流れだったが。
「触るな、変態。」
ぴしゃりと言われてしまった。
仕方なく紀一は希の頭から手を外したが、紀一を見上げた希の顔は悪戯っぽく笑っていた。

その日も結局希は紀一の部屋に泊まっていった。平日に泊まっていくことはかなり珍しかったが、次の日の学校の用意までご丁寧に用意してあったので紀一は何も言わなかった。
隣り合う布団の中で希は射抜くような視線で紀一を見つめてきた。
変なことをしないか観察しているのかと思いきや、その奥には何やら不安げな影が見えたような気がした。
「寝れないのか。」
紀一が優しく言葉を投げたが、希は首を横に振るだけだった。

なんだか希は最近少しおかしいような気がした。
前から希はよく我侭を言った。けれど、それはもっと些細なことが多かった。
まさか7万のゲームを買えなんて言うことはなかったのだ。
その割にはこうやって見せる表情はまるで怒っている親の顔を伺い見るようだった。
自分の我侭がどこまで許されるのかをおしはかっているようにも見えた。
(俺の愛を確かめてたり…とか)
そんな自分に都合の良い考えが頭をよぎり、紀一はそれを振り払うように頭を振った。
そんなことはありえない。きっと希は紀一をとことん利用してやろうと思っているに違いない。
「変態。」
呼ばれて希を見た。希は依然として不安そうな顔を紀一に向けていた。
「なんだ。」
希は少し迷ったように目を伏せてから、もう一度紀一を見た。
「今日はご褒美だ。手。握ってやる。」
一瞬固まってしまった。
希がそんなことを言うなんて晴天の霹靂か、それとも真夏の豪雪か。紀一は何度かぱちぱちと目をしばたかせる。
希はそんなことを気にもせず、ガッと紀一の右手を引っ張った。そうしてそれを自分の布団まで招き入れると、両手でそれを握りなおした。
紀一はそんな希の手の柔らかさが本物かどうかをかみ締めながら、ハッと一つのことに気づいた。
( なんてことだ。このままじゃ写真がとれない。)
けれどこの幸せな感触を解いてまで、天使の笑顔を写真におさめようとは思えなかった。
仕方なく紀一は肩肘をついて、眠る天使を穴が開くほど見つめる。
天使はもう既に夢の中だった。
口付けたい、口付けたいという叫びをどうにか無視しながら、その柔そうな唇を見つめる。
不意にそれがかすかに動くのが見えた。
「…あと、四ヶ月で…。」
その後の言葉は聞こえなかった。紀一は目を細めた。
あと、四ヶ月で…お別れ…とか?
嫌な考えが紀一の頭を掠める。
まるで時限装置が突然作動したかの緊張だった。
紀一は二人のこれからについて真剣に考え始めた。


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