truth-and-lies(1) グレーのシャツに衿元で交差された黒のクロスタイ。 ダークカラーのスラックスの上には胸からすねまであるマスター用の長いエプロンだ。 腰のひもをきゅっと引き締めると、雰囲気まで引き締まる。フェロモンを垂れ流してそれでもストイックな雰囲気をかもし出すママはまるで俺の知らない男みたいに感じた。 あれからもう何度も見てるのに、いまだママの男装には慣れる事ができない。といってもこれが本来のママの姿なんだけど…。 俺が胸をキュゥッとさせながら、ママを見つめていると、ママがふとそんな俺に気付く。いや、多分最初から気付いていたのだろう。 「智、お前もそろそろ着替えたらどうだ?」 ハッとして、俺は自分の身体に目を向ける。昨夜、店の二階にとまっていって、その時当然のようにママに抱かれてしまいとどのつまり俺は裸のままだった。 隣で俺よりもはやく起きて支度するママを見ていたらすっかり魅入ってしまっていた。 「み、みないで!!」 俺は慌てて自分の身体を布団にもぐらせた。男として完璧なママに貧弱な体を見られるのはなんとなく恥ずかしい。 「何を今更。」 ママはフッと笑って、布団を剥がしてそこにいる俺を追い詰める。口に深いキスを与えられ、思わず体が疼いてしまう。それをママは知っているように、サワサワと触りながら楽しそうに俺を嬲って来る。 「マ、ママっ…!!時間大丈夫なの!!?」 俺が赤い顔でそう聞くと、ママはフッと笑って「お前をイかせる時間位あるさ。」と囁いた。ママの言葉にいちいち体がキュゥンとしてしまう俺の体はもう本当に末期みたいだ。ママに触られると体中がすぐピクピクと反応してしまう。 「可愛い俺の智はすぐ欲情しちゃうんだな。」 「だ、だってママがやらしい目で見てくるからっ!!」 「いやらしいのはどっちだか。」 「俺じゃなっ!!……ん、あ…。」 「そうだな、お前じゃないよな。」 「ママの…バ、カ……ん、あっ…あ…。」 ママはそんな会話も言葉遊びのように楽しみながら俺を苛める。そのままシーツに縫い付けられたまま、俺は朝からママの手で果てさせられた。 *** ママと恋人同士になって一ヶ月経った。 あれから俺は会社が休みの日はすっかりここに入り浸っていて、ママとイチャイチャばかりしていた。前会った真冶という人は時々来るけど基本ここの二階はママの別宅と化している。そんなわけで、俺はすっかりここに泊まっちゃったりしちゃったりで。しかもそのままママが仕事に入る時なんかはママはそのまま仕事の制服に着替えるのでなんていうか…すごく興奮する。 ママとつきあうようになってたくさんのことが分かった。 ママが「男」として極上だっていうこと。女の格好をしていても十分きれいだったけど、最近は男の格好しているだけで俺はドキドキしてしまう。しかもそれがバーの制服だったりするともう本当にピシッと決まっていてかっこいいのだ。 それ故にママはすごくモテる。 バーの客には何故か俺のことが大体ばれていて、ママと結ばれてからはやたらに「おめでとう」「よかったな。」「やっと落ちたのか。」とか声をかけられた。けれどその中で俺にすごく敵意を向けてくる男達もとても多かった。 多分…、ママのことが本気で好きだったんだと思う。 俺よりもたくさん可愛い子もいればかっこいい子もいて、何でママが俺を選んだかも分からないけど。 「アンタがトモって奴?」 それからhide-and-seekでいきなり知らない男に話しかけられたのはまた別の日のことだった。 俺がママを邪魔しないように奥のテーブルで静かに一人で飲んでいたら男はやってきた。真正面から睨んできて、俺はビクッとして一歩だけ引いてしまった。 なんていうか、美しい人ほど怒っている顔が怖いって言うのは本当なんだなって思った。 その俺に話しかけてきた男は本当に今までで見たことが無いほど綺麗だったのだ。 「ねぇ!俺、聞いてるんだけど!」 再度聞きなおされて俺はやっと我に返った。 「あ、そうです。俺が智です。」 「ふぅん。じゃ、今恭一がつきあってるのってアンタなんだ?」 ママの名前が出て、俺は一瞬だけ目を見開いた。俺はちょっと顔を赤くしながら(こんなところで嘘ついても意味ないもんな)と思い頷いた。 その瞬間、男の眼はギンッと光って…いや、光ったように見えて、突然俺の胸倉につかみかかってきた。 「ちょっ!なにす…!!」 「お前みたいな平凡な奴に恭一をとられるなんてーーーー!!!」 「えええええ!!」 俺はつかんでくるその手をはずそうとしたが、一向にはずれない。鬼の手に掴まれているようだった。 「恭一はね!!ずっと僕のなんだ!!!それをおまええええぇぇえ――!!」 「えええ??!!」 (ママがこの人のだなんて!嘘でしょーー!!!) 涙目になりながら、その男を見る。男は真っ赤な顔でそれでも美しく俺なんかよりもずっと綺麗だった。 「恭一を返してよね!!」 「い、嫌だ!!」 それでも男の理不尽な言葉に対して絶対拒否の言葉だけは出た。たとえどんな人間にだって、ママを譲ってやるもんか。 「大人しく返せよ!!」 「嫌だーーーーー!!」 「…そこまでにしろ。結城。」 パッと掴まれていた所が外された。目を開けて見てみれば、呆れ顔のママがいた。 結城と呼ばれた男はバツが悪そうにそっぽを向いていた。 「ママ…?」 「智、この男に何言われた?」 俺の顔を覗き込むママは真剣そのもので、俺はつい大丈夫という意味で首を横に振った。ママは一瞬だけ眉を顰めると、ため息をついた。そして結城の方へと振り向き、 「お前はもう二度と来るな。顔も見たくない。」 と一言言った。 俺はママのあまりの言い方に目を見開いた。なんというか、とても冷たい言い方だった。 結城とて納得がいかないようで反論する。 「なんなんだよ!!俺のどこが悪いって言うんだ!!あんなに俺のこと愛しているって言ってたじゃないか!!俺のことそうやって簡単に捨てるんだな、あんたは!!」 結城の言葉で俺は凍った。 (あんなに愛しているって…) ということは結城はママの昔の恋人?それにしてはママの扱いがひどい気もするが。 ママは俺の方をチラッと見ると、心配させないようにか、頭をなでた。 「昔のことだ。」 「何が昔のことだよ!!俺は今でもあんたのことが好きだって言うのに!!」 「俺にはもう関係ないことだ。」 ママは俺の手を引っ張るとそのまま自分へと引き寄せた。見せ付けるように唇にキスをしてきた。俺の顔はその瞬間、真っ赤に染まって体から力が抜けた。 ママはそんな崩れ落ちる俺をしっかり受け止めるとそのまま俺ごと結城に背を向けて、一言だけ残した。 「早く出てけ。じゃないと本気で追い出すぞ。」 結城の顔は見えなかった。 けれどひどく悔しい顔をしているのではないだろうか。 「智、おいで。」 耳に囁かれると、そのままカウンターに連れて行かれた。ママはひどく優しげな瞳をしていた。いつも俺を見てくる瞳は最近になって冨に優しくなった。 時々意地悪で獰猛なハンターの目をするけれど、優しく慈しむ瞳もするようになった。 俺はどちらの瞳をしているママも好きだ。 「智、大丈夫か?」 カウンター席に座らされると、ママは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。 俺は小さく頷いた。 ママは俺が何も聞いていないのに、静かにしゃべった。 「あいつ、結城天(ゆうきそら)っていうんだ。いいたかねーけど、昔、つきあってた。随分昔の事だ。」 「…。」 「俺が言うのもなんだけどな、性格がかなりきついからな、アイツに何言われたか知らないけど気にするんじゃねーぞ。」 俺は音も無く、首を縦に振っていた。 ママは俺の頭をまた一なですると、そのまま業務に戻っていった。 その時俺はひどくドキドキしていた。 昔の恋人、そういう存在がいるなんて当り前のことだ。ママにいたってはあれだけかっこいいのだ。いない方がおかしい。 胸がドンドンと内側から叩かれ、体を揺らす。 これはやきもちだろうか? 違う、嫉妬なんて感情は前の彼氏が浮気に浮気を重ねた時にくだらないと切り捨てたはずだ。 じゃ、なんなんだろう。 なんでこんなに怖いのだろう。 穏やかだったはずの日々が静かに終わった気がする。 その後は多分、何かにおびえる日々だ。その正体がよく分からないけれど、それでも怖いものは怖かった。 トイレに席を立つと、いきなりトイレで個室に連れ込まれた。 誰かと思ったら血走った目をした結城の姿がそこにあった。 (まだいたのか…) 俺ははぁっとため息をついた。 「…何?」 俺が疑り深い目を結城に向けると、結城はギンッと俺を睨んできた。 個室の間合いだとかなりつらい。憎しみのオーラを直に浴びているような心地悪さだった。 「お前、いい気になってんじゃないよ!!」 俺は上目遣いで結城を見た。 真っ赤な顔で血走った目をしていて、とんでもない罵り方をしているというのに、綺麗だって思った。 (なんでこんな人がママと別れたんだろう…) どうやって2人が愛し合ったかは想像できても別れたかは想像できなかった。普通の男なら、何を捨ててでもこの綺麗な人を捨てる気にはなれないんじゃないだろうか。 そういう風に感じてしまった。 「お前、聞いてんの!?」 「…聞いてます。」 実際には聞いてなかったがそう答えてみた。結城は特に追及しないで、続く言葉を走らせた。 「だからね!!俺は恭一を今でも尚愛してるんだよ!!お前みたいな平々凡々な男にとられたくないね!俺は信じてる!!恭一は最後にはまた俺のところに戻って来るんだよ!」 一体どこにその根拠があるのだろう、と思わせる言葉の数々だ。 それでも結城は自分の言葉を信じて疑わない。 そこに、とても違和感を覚えた。 「でも、ママは俺のことが好きって…。」 実際にその言葉を聞いてはいなかったが、俺だって大人だ。ママが俺のことを好きでつきあっているなんてわかっている。あの優しい瞳だって俺にだからこそ向けてくれているんだ。 けれど、結城にはそんなの関係なかったようだ。 「お前は恭一のことなんてなんも分かってねーんだよ!」 分かっていないと言われればきっとそれは正解だろう。 俺はママのことなんて全然分かっていない。ママの破片を見て、それだけで好きになってしまった。けれどそれが間違っているとも思わなかった。 「恭一はね、冷たい男なんだよ!!現に俺ともラブラブだったんだ!甘やかされて、どんな我儘でもきいてくれて、毎日のようにセックスして毎日愛しているって言って!!なのに、ある日突然別れようっていったんだ!!」 途中で声が震えていることに気付いた。 結城は目に涙を溜めていた。 「お前なんかどうせ捨てられちゃうんだ!それで…それで今度こそ恭一は俺のところに帰ってくるんだ!!」 そう言って結城は自分の涙を拭った。 俺はそれを見てどうしても結城を憎めなかった。 結城はきっと自分が何を言っているか分かっている。矛盾しているのも、見栄をはっているのもきっと分かっている。けれどそれほどまで言い切らないと不安で仕方ないのだ。 「ごめんね。でも、俺、ママが好きだから。」 俺はそっと口にそれを出した。 「だから、返さない。」 静かな決意を胸にして。 結城は小さく嗚咽を漏らしていた。 俺はそれがとても可愛そうだと思った。 胸に占めていたのは安堵でも優越感でもない。 俺はただ結城を見て一つの可能性に気付いた。その可能性が俺を不安で押しつぶす。 結城はもしかしたら未来の俺の姿かもしれない。 俺もいつかママに捨てられて、こんな風に見栄と嘘で自分を固める日が来るのかもしれない。 …それはたった一つの小さな可能性だ。 next あれ?なんでこんなにHI★KU★TSU??そして結城は一発キャラさ☆ written by Chiri(9/27/2007) |