ガチャキス(5)



 バイト先のフロアに見慣れた顔が一つ。亮平ははぁっとため息をついた。
「……また、来たんだ?」
 一度店に来てからというもの、それから門田は何度も亮平の働いている店に来ていた。今では学校でだって毎日しゃべっているというのに。店長もすっかり顔を覚えてしまって時々オマケでサラダをつけてあげるくらいだ。
「まさかあの親父パフェが気に入ったわけでもないだろうに……」
 亮平が呟くように言うと、耳ざとく聞き取った門田がにやりと笑った。
「それ、そのまま店長に言ってやろうか?」
「わーーやめろって!またどつかれちゃうよ!」
 亮介が慌てて門田を制止すると門田はハハっと爽やかに笑った。
 けれど門田はいつも一人で来るのだ。話す相手もいないのに何が楽しくて来るのか分からない。
「今度は主水も連れてきたら?」
 亮平が思いついたようにそう言うと、門田は口を小さく尖らせた。
「……なんで?」
「なんでって……。つまんないだろ?一人だと」
「つまんなくないよ。俺、亮平ずっと見てるもん」
 いきなり名前で呼ばれて、亮平は小さく驚いた。
「ただでさえ最近主水のせいでなんか二人だけの時間減ってきちゃったのに……。いいじゃんか」
「ふ、ふたりだけのって……」
 門田の何気ない言葉にどきっと胸が鳴る。
 門田は時々こういうことを気軽に口に出す。なんというか、……まるで恋人に向けるような甘い言葉だ。普通、友情でこういうことを言うものだろうか?亮平は今まで門田のような友達がいたことなかったのに正直よく分からなかった。そして困った事に、門田の甘い言葉は亮平を戸惑わすのだが同時に少し気分も良くさせた。
「あ、そうだ。俺のことも和穂って呼んでね、これからは。あと、今日バイト終わるの待ってるから一緒に帰ろうぜ」
「え?え?」
 言いたい事は全部言い切ったのか、門田は満足そうな顔で亮介を見た。
亮平は返事をする前に他の客に呼ばれたので門田に返事を返せなかったが、門田はいつまでたっても帰る気配は無かった。
 結局、亮平のバイトが終わるまでずっとアイスティー一杯で粘っていった。



 バイトが終わると、裏口に既に門田が待ち構えていた。
 分かっていた事だったが、なんとなく亮平は聞いてしまった。
「なんで待ってるの?」
「え?待ってるって言ったじゃん?」
「そうなんだけど……」
 もっと根本的になんで自分を待っていてくれるかが知りたかった。そもそも店に来るのだってなんだか不思議だ。お金と時間の無駄遣いだなんて分かるのに。
 何秒か考えると、やっぱり考えるのはやめようと亮平は頭を振った。バイト後の疲れた頭だと考えが飛躍してしまう。
「今日はガチャガチャやってかないの?」
「うーん……。今日はいいや、最近金使いすぎだし」
「そっか。じゃ、駅の方寄って帰ろうよ」
「いいよ」
 二人で歩き始めて、亮平はふとさっきの会話を思い出した。
 そういえば、門田は自分のことを名前で呼べとか言っていた。門田和穂。前は女みたいな名前だと半分馬鹿にしていたけど、今考えると綺麗な名前だと素直に思える。
「何?なんか考えてる?」
 黙ってしまった亮平を門田は不思議そうな顔で見やる。
 その顔を見ていればやはり整っている。笑った顔は意外とあどけないが、口を開けなければ知的で品良く見える。髪の毛さえ染めていなかったら、きっと正しい流派のお坊ちゃまみたいな顔だ。
「門田和穂、うん、名前にあってるなって思って」
「え?そうかな?亮平にそう言われると嬉しいな」
 その言葉に亮平が照れてしまう。
「これからは名前で呼べばいいんだ?」
「うん、呼んで呼んで。はやく」
 せかしてくる門田に笑えてくる。
「和穂」
「いいね、も一回」
「和穂」
「ハハ、いい響き」
 嬉しそうに笑う門田につられて亮平も笑った。
 門田がいるだけでこんなに心が温かくなるんだなぁ、と思った。門田がいないときはこんなに心が穏やかではなかった。門田はいろんな温かさを運んできてくれた。
 出会えたのが本当に幸福の始まりだったのだ。
 しかし、その穏やかな時間も誰かの声でいきなり現実に戻った。
「あれ?門田じゃん?」
 いつのまにか駅の近くまで来ていた門田と亮平を目ざとく見つけてきたようだ。クラスメートの園原だ。園原は他の奴らと数人でつるんでいたようで、門田の隣にいる亮平を見てまた少しだけ顔を歪ませた。
「何?また黒木と一緒なんだ?」
「いいじゃん、別に」
 門田は存外冷たい声で言ったが、園原は気にならなかったようだ。
「あ、そうだ」
 すると、ふと何かを思い出したように園原が自分のかばんをまさぐる。亮平と門田がそれを目で追っていると、中から何やら横に細長い紙が出てきた。
「これさっきCD買ったときにもらったんだ」
「ん?それって抽選券?今、駅ビルでやってる奴?」
 門田も知っているのか、その抽選券をまじまじと見る。
「そう、それ。それでさ、抽選なんだけどさ、お前やってくれない?」
 園原の隣にいる奴が「え?あげちゃうの?もったいない」と口を挟んだが、園原は「あげないって。こいつ強運だからひいてもらうだけ」と答えた。
「俺、一等のWii欲しいんだよ。お願い!」
 亮平は園原のその言葉にカチンと来てとめようと思ったが、門田はすぐに答えてしまった。
「別にいいよ」
「やった!」
 亮平はむっとして、門田の肩を押して園原から引き離した。聞こえないように小さい声で話しかける。
「なんでわざわざやってやるんだよ?お前、利用されてんじゃん!」
 亮平の真面目な顔を門田は目をまんまるくして見返した。
「別にいつものことだぜ?俺、結構人につくすの好きだし、ありがとうって言われるの嫌いじゃないし」
「それでも!」
 亮平が更に言おうとするが、門田は掌を広げてそれを制止した。
「分かったって。まぁ、確かに今回は俺もあいつらにはこの間からちょっとむかついてるし」
「この間から?」
 門田の意味するところが分からなくて亮平は眉を顰める。
「お前地味じゃねーもんな」
「あ……」
 あの時の話である。
「たまには俺もあいつらを利用するかな?」
 口端をにやりと上げると、門田は悪戯そうに笑った。初めて見たその顔に亮平はなんだか門田を誤解していたのではないか、となんとなく思った。

 抽選会場に行くと、抽選場は小さな列になっていた。そこに皆して並ぶ中、門田がいつものへらへらした笑顔で園原に言った。
「当たらなかったらごめんな」
「まさか!お前あーいうの、外したこと無いじゃん!」
 まるで門田の勝利を確信している園原は上機嫌そうに返した。それに相変わらずムカムカしながら亮平は門田の胸のうちの読めない笑顔をじっとりと見つめていた。
 門田たちの番になって抽選券を渡すと、係員のお姉さんは「一回ですね」と言った。
 抽選はよく見る木製のガラガラだ。中にいろんな色の玉が入っていて、金色が一等賞である。
「じゃ、ひくよ?」
 門田は木製のハンドルに手をかけると、ぐるりと簡単に回した。亮平はそれを傍からハラハラして見ていた。心の中では「ちゃんと精神統一しろよ!」だの「まだ気が溜まってないだろ!」だの門田への叱咤でいっぱいだった。
 けれど、出てきた玉の色を見て、予想外の声があがった。
「あ、当たりです!おめでとうございます!当たりです!」
 園原の友達からわぁっと驚きの声があがる。園原は何故か誇らしげに笑っていた。亮平は本当に驚いて、門田が出した玉をまじまじと見てしまった。しかしふと気付いた。
「これ、金色じゃないけど…」
「え?」
 亮平の言葉に驚いたように園原がそれを見る。色はなんとも微妙なパステルグリーンである。
「おめでとうございます、四等です!景品は来週から全国ロードショーの大人気アニメ「燃えよ!ドラゴンANIKIザ・ムーヴィー」のチケットをペアでご招待です!!」
「はぁぁぁ??」
 園原が素っ頓狂な声をあげる。
「アニメ?ドラゴンANIKI?ナニソレ……い、いらねぇ……」
 園原はみるみる消沈していき、渡されたチケットを見てはぁっとため息をつく。門田がぽんと園原の肩を叩く。
「ごめんな?いつも当たるってわけじゃないんだ」
「いや、俺こそ……」
 そう言いながらも園原は明らかにガッカリした様子だ。園原は彼にとってゴミクズも同然なそのチケットを一瞥してから、門田にそれを渡した。
「俺、そんなんいらねーからあげるよ」
「え?マジで?いいの?」
「そんなんいらねーっつの。じゃ、門田わざわざありがとな。俺たちいくわ」
 そう言って、園原は友達を引き連れてそのままいってしまった。
 小さくなる園原を目だけで見送ると、ずっと息を潜めていた亮平はやっと声を出せるようになった。すぐに門田にずっと言いたかった事を吐き出す。
「……ね、ねぇ、それって!!」
「うん」
 門田はへらっと笑った。
「お、俺も観にいっていい?なぁ、お願い!?いい!?」
「うんもちろん」
 快諾を得て、亮平は心身ともに舞い上がった。
 園原はそんなものといったが、ヲタクにとってはなんとも嬉しいチケットだ。人のものであるから図々しいと思ったが、それでも門田のものとなったなら口を出さずにはいられなかった。
「ら、来週のいつ行く?」
「初日から行くか?」
「うん!」
 声からも分かるほどワクワクしている亮平の声に門田がクスクスと笑った。
 亮平は頬を真っ赤にするほど興奮していたが、ふと主水の存在を思い出した。アイツだってきっと観たいに違いない。それに、門田と主水は亮平よりも前からの友達なのだ。
「でも、あのさ、……本当に俺と一緒でいいの?」
「へ?何で?」
「……主水は?」
「いいじゃん、あんな奴、別に」
 軽い口でそう言うから、亮平もころりと態度を変えて「じゃ、いいかな?」と甘えることにした。主水に悪いと思いながらもいきたいと気持ちが上回ってしまうのはもう仕方ない。本能というものだ。
 だからウキウキした様子でチケットを何度も見ている亮平に門田の小さい呟きは聞こえなかった。
「そのためにとったんだから」
 門田の運の強さがどれほどかなんて、亮平には計り知れていなかった。





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……どんどん亮平が素直な子に。
written by Chiri(1/28/2008)