ガチャキス(6)



 門田と映画館で待ち合わせをしていた亮平は、待ち合わせ時間よりも15分前にもう来ていた。パンフレットを事前に買って、映画が始まる前にパラパラと予習しておくのはヲタクの嗜みである。
 亮平が座って読んでいると「よぉ、早いな」と声をかけられた。顔を上げてみれば、門田がいつもより一割り増しかっこいい服を着て立っていた。更に笑顔の方もいつもより輝きが一割増しのようだ。まるで門田の後ろから太陽が昇っている気がする。余計に自分の地味な格好が悲しくなる。
「和穂、おはよう」
「天気いいな。良い映画日和」
「それって天気関係ねーじゃん」
「ハハ、ばれたか」
 笑いながら門田がチケットをカウンターで交換しに行く。
 あくまでも門田がリードしてくれる様子がなんだか気恥ずかしい。亮平にとって友達と映画に行くなんて初めてだ。アニメの劇場版があるときだけ、一人でこっそり観に行くのがいつもの事だ。
「ポップコーン買って来ようかな?」
 なんとなく売り場を見てそう呟くと、隣にいる門田がはじけるように言葉を放った。
「じゃ、俺がいってくる!」
 そしてそのまま、駆けていってしまった。
 あまりにも自然と言うので追いかけることもなく、なんとなく門田を待つ形になってしまった。しばらくすると門田が二つ大きなポップコーンを買って帰ってきた。
「お金払うよ」
 亮平が財布を出そうとすると、門田が手で制止した。
「あー大丈夫!」
「え、でも……」
「なんか一つ買ったらおまけくれた。ポップコーンにくじついてたから」
「くじ?」
「俺、いつもここのポップコーン当たるんだ。気にせず食べろよ」
 ハイ、と言われてポップコーンを渡される。ふと渡されたポップコーンを見つめて、なんだか慣れている感じだなと思った。門田はなんというか、強運に慣れすぎている。そこまで分かってやっと実感した。
 門田は本当にうまれついての強運なんだ。
 けどそれってもしかして楽しいだけじゃないのかもしれない。
 この前の園原の事だってそうだ。
「でもやっぱりお金払うよ」
 気が引けた亮平がそう言い出すが、門田は目を大きく開いて手をぶんぶんと振った。
「なんで?いいって!」
「お前、いつもこんな事ばかりしてるの?やっぱ利用されてるんじゃないの?」
「亮平も変な奴だよな。いいって言うんだからもらえばいいのに」
「だってお前ばっかり損してる気がするから……」
 ぶはっと門田が噴き出して笑った。亮平がむっと口を噤むと、門田の大きな手が降ってくる。いつの間にやら頭をなでなでされていて、亮平は目をひん剥いて睨んだ。
「亮平はいい奴だな。でもいいの!俺がそうしたいって思ってるんだから!それなら利用しているって言わないだろ?」
「そうだけど……」
「もういいじゃん。あ、もう入っていいみたいだぜ?中、入ろうぜ」
「うん」
 結局、言われるがままポップコーンを受け取ってしまった。
 何故か上機嫌な門田を追いかけて、亮平は席に着いた。
 場内が暗くなる時には亮平もすっかりドキドキして、きたるアニメを見るための心の準備をした。



『死ぬのが怖くて逃げろだぁ!?死ぬのなんてのはな、全然怖くねぇんだよ!俺は命がけじゃなきゃ生きる意味がねぇんだ!』

 映画の兄貴のセリフに感動する中、亮平の右手にふと妙な感覚が走った。右側に座っているのは門田である。
 何かと思って目を向けると、門田の左手ががっしりと亮平の右手の上から覆いかぶさっていた。
(門田も兄貴の勇姿に感極まっちゃったのかも?)
 ニヤニヤ笑いながら思っていたら、手をニギニギと上から揉まれた。なんだか気持ち悪いな、と思って門田を見ると門田は真っ直ぐ亮平の方を見ていた。まさか目があうと思っていなく、亮平はどきっと胸を鳴らした。
(なななななんで俺のほう観てるんだ!?)
 笑顔のままの門田を困惑の表情で見つめる。そうしている間にも映画の中の兄貴が燃えるような熱いセリフをしゃべっていた。なんだかむかっときた。
(なんで上映中に兄貴じゃなくて俺なんか観てるんだよ!)
 がっしりと握られた手を勢い良く振り落とす。そのまま、右手は自分の膝の上に戻す。
 門田の左手は追いかけてはこなかった。なんだか釈然としない感じだったが、亮平にとってはそんなことよりも映画の中の兄貴を追う事が先決だった。



「すげぇよかった!やっぱ兄貴最高!」
 映画館を出るなり亮平がそう叫ぶと、門田が笑顔のまま亮平を振り返った。
「今日来れてよかった?」
「うん、本当良かった!」
 興奮した顔のまま、答えると門田は本当に嬉しそうに口を綻ばせた。
「あの兄貴が敵ボスに体当たりするシーンとかすごくなかった?」
「うんうん」
「で、兄貴が名乗りを上げて、必殺技出すシーン!」
「うん、すごいすごい」
 門田の心のこもっていない言い草に気付いて、亮平はハッとした。門田はいつものように笑っていたが、亮平のように興奮した様子は無かった。そうだ、門田は所詮ヲタクじゃないのだ。そのことに気付くと、亮平はなんだよっと小さく呟いた。
「本当はおもしろくなかったんだろ……。そういえばお前映画途中観てなかったもんな」
「そんなことなかったよ。すごくおもしろかった」
「嘘つけ」
「本当だって。映画観てる亮平観てて、すげー楽しかった」
 門田の言葉に亮平は全く意味が分からないという顔を見せた。当たり前だ、亮平にとって最高のエンターテイメントである兄貴の映画を差し置いて、何故自分を見るのか全く解せない。
「はぁぁ?なんで俺観てるんだよ?兄貴観ろよ!兄貴!」
「だって、亮平の方が観てておもしろいんだもん」
「これだから非ヲタクは!そもそもおもしろいってなんだよ」
「うーん、おもしろいっていうか、なんだろう。亮平って本当一緒にいて飽きないんだ」
 な?と何故か笑いかけられて、亮平はグッと押し黙った。
 なんだか甘い言葉を言われて、笑顔をプラスアルファで見せられれば大抵は門田にとって都合の良い展開になっているような気がする。
 けれどそんな甘い言葉を結局喜んでしまうのは自分なのだ。なんだか悔しい。

 結局、それ以上は何も言えずに亮平と門田は昼を済ませにファーストフードに向かった。カウンターでハンバーガーセットを頼むと、向き合うように座る。
 目があう度、門田は楽しそうにコロコロと笑う。
 しかし不意にふと沈黙が降りると、門田は二人にしか聞こえない声で話し始めた。
「俺さ、本当は亮平ってもっと暗い奴かと思ってたんだ」
「え、今も我ながら暗いと思うけど……」
 門田は首を小さく横に振った。
「んー、そうじゃなくて……。なんかさ、前、誰もいなくなった教室でさ、亮平が一人だけ教室に残ってたの見かけたことあるんだよ。そのとき、お前、紙くず持ったままじっと親の敵みたいにゴミ箱見てるの。誰もいない教室でゴミ箱しか見えてないの。ゴミを捨てるのかと思えばそういうわけでもなくて、なんかひたすらにゴミ箱を頭が正常に働いてなそうな目で見ててさ。なんかその様子がやばそうだった。」
「やばいって?」
「んーなんだろう」
 亮平はよく意味が分からなくて眉を顰めた。
 門田は目をあわしたままだった。静かで品の良い笑い方。良家のおぼっちゃまがしそうな笑みだった。
「本当は仲間かなーって思ってた」
「仲間?」
「俺、友達としゃべってても彼女作ってもなんか毎日つまんなかったから。全然満たされないって言うか。黒木も学校じゃつまんなそうにしてるから、同じかと思ってた」
 亮平は息を呑んだ。そんな風に門田が思っていたなんて知りもしなかった。門田はいつもやたらと笑っていて、亮平が憧れる楽しそうできらびやかなものの中心にいた人間だ。
 けれど考えればそうなのかもしれない。時々学校で見せる門田の笑顔は隙が無さ過ぎた。
「でもお前にあってから、何かに熱中するって事やっと知ったよ」
 門田の言葉に亮平は顔をパッと上げた。
「それってお前も少しは俺の好きなアニメにはまってくれたってこと?」
「……あーえーっと、……うん、まぁね」
 門田はなんだか曖昧でちょっと困ったような笑い方をした。けれど、さっきの笑い方よりはいい、ずっといい。そう思えて、亮平は自然と笑みを浮かべた。

「そういえば、なんであの時亮平、あんなにゴミ箱見てたんだろ?」
 不思議そうに頭を傾ける門田を見て、亮平は自分の首筋を掻いた。
「あーそのことなら。えっと俺、ゴミ箱にゴミを投げて入らなかったらライフポイント削られるとか思ってるから、かなり本気で狙いを定めてたんだと思う」
「ライフポイント?」
 門田は初めての言葉を覚えたみたいにそのまま返した。
 亮平はえっと、と言葉を継いだ。説明するのはなんだか恥ずかしい。
「うん、HPっていうか寿命って言うか。ゲームとかで必ずあるじゃん、ゼロになるとキャラが死んじゃうパラメーターのこと」
「あぁ、あれ」
 合点がいったように門田が頷いた。
「ドラゴン兄貴だって映画でいってたろ?『命がけじゃなきゃ生きる意味がねぇんだ!』って。俺もそうしようと思って。何をするにもライフポイントをかけて生きてんの」
「それライフポイントなくなったら死ぬの?じゃ、そのあとどうすんの?」
「……放っておけば生き返るけど」
 プハッと門田が噴き出した。ケタケタと腹を抱えて笑い出したから、亮平はムカッと来て門田のみぞおちめがけて兄貴もびっくりな強さで拳をくらわせてやった。もっとも、門田は兄貴もびっくりな速度でするりとかわしたけれど。
「ふぅん。でもそう言う生き方っていいよな」
 自然と口をついて出たように門田が呟いた。それを聞いて亮平はにこっと顔を明るくした。
「だろう?ドラゴン兄貴は最高だぜ!」
「そういう意味じゃないんだけど」
 今度はふんわり笑われた。
 空気が一瞬で華やいだ。
 今までの門田の笑顔で一番好きな笑い方だと亮平はなんとなく心の中で思った。けれど、それはどこか癖があって、中毒的だ。
 意識してやっているのなら魔性の笑い方だと思う。人間型で胸の大きいモンスターとかがいかにも使いそうなメロメロにして洗脳する類の技だ。きっと、デススマイルとかそういう名称に違いない。
(だって……なんか脳内、麻痺してくるし)
 どちらかというとしびれクラゲの類のモンスターかもしれないと亮平は思いなおした。けれどそもそもモンスターにあてはめるところがおかしい。
 頭の中でどうでもいいことから少し考える必要があることまでがぐるぐるぐるぐる回っていた。平均すると、やっぱりどうでもいいことなのかも、と亮平は勝手に結論づけた。
 そんな亮平の頭の中なんていざ知らず、門田はデススマイルを見せたままの顔で聞いてきた。
「亮平んち、ゲームってあるんだ?」
「結構なんでもそろってるよ。アクションにRPGに格闘……」
「え?マジ?今度遊びにいっていい?」
「いいよ」
 了承すると、門田は更に顔を崩して笑った。
人の心の中を判断するなんてできないけど、本当に嬉しいと思ったときの顔だろう。そう思うと亮平も自然ととびっきりの笑みを浮かべることができた。

 その日の亮平は門田の笑顔が胸に残ったまま一日を終えた。目をつぶると、優しい笑顔の門田が立っていた。もしあの笑顔に殺傷能力がついていれば、亮平は何度でも死ねるだろう。優しく、心地よい気持ちで何度でも何度でも死ねるだろう。
 そんなことを考えながらその夜、亮平は眠りについた。





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一緒に映画観にいってるのに、相手が全然どうでもいいところ観てるとか地味にむかつきませんか?
written by Chiri(2/6/2008)