ガチャキス(1) 主婦達が訝しげに亮平を見ては通り過ぎる休日の昼下がり。よく名前を聞く全国区に展開するスーパーに黒木亮平(くろきりょうへい)は居た。 目的はその入り口付近に並ぶ箱型の機械だ。箱の中にはカプセルがいくつも入っていて、その中には夢が詰まっている。200円を投入すればその夢をひねり出す資格が与えられる。 そう、亮平(りょうへい)は今、カプセルトイ、いわゆるガチャガチャの前に立っていた。 亮平は目を細めてガチャガチャを睨んだ。聳える敵は強堅且つ非道なマシーンだ。今まで亮平の夢を何度も打ち破ってきた。 亮平はガチャガチャの前で精神統一した。自分の中にあるかもしれない魔法の力なんぞを引き出してそれを右手に集約させる。 「いざ!」 掛け声と共にハンドルを右に一ひねりすると、ガコンとカプセルが取り出し口に落ちる音がした。魔法力を使い果たした手でそのカプセルの中身を開けた。 「くっそーまた子分だっ!!」 中に入っていた子分Aのフィギュアは木刀を持ってポーズを決めていた。しかし、亮平が欲しかったのはドラゴン兄貴なのだ。 ……。 ここで説明しよう! ドラゴン兄貴とは日曜の朝八時からやっているアニメ『燃えよ!ドラゴンANIKI』の主人公キャラである。前述のアニメは所謂熱血アニメで、熱血な主人公であるドラゴン兄貴がたくさんの子分を連れて、巨大な悪組織『ダークマターズ』を倒していく壮大且つ感動的なストーリーなのだ……。 そんな燃えアニメを隠れヲタである亮平が見ないわけは無い。 案の定、亮平は燃えよ!ドラゴンANIKIにどっぷりとはまってしまい、DVDからフィギュアまで集めるようになってしまった。親からもらうお小遣いも高校にはいって始めたバイト代も全部それにつぎ込んでいる。 そして今こそが亮平にとっての戦場だった。 目の前にあるガチャガチャに入っているカプセルの種類は『燃えよ!ドラゴンANIKI第四シリーズ〜シークレットがあるかも!?〜』だ。そう、亮平が欲しいのはシークレットだ。 シークレットにはピンチの時にだけドラゴナイズするドラゴン兄貴のフィギュアがあると他のヲタ友から聞き及んでいた。 それが亮平はほしかった。喉から手が出るほど欲しかった。 けれど所詮はガチャガチャ。当たりが出る可能性は決して高くないわけだ。 「あ〜もう今ので20個目だ〜〜!!」 亮平は涙ながらに財布をしまった。 20個まわしても出てこなかったら今日はもうやめると決めていた。一回200円だからそれを20回で4000円。4000円のロスである。 「悔しい……」 実はシークレットのドラゴン兄貴はすぐそこの中古屋に行けば4000円で売っている。そう、4000円出せば店で買えるのだ。けれどそれは何か、敗北感を伴うことになる。他のヲタク曰く「お前、コレクターなら金払ってでも全部集めろよ!」と言われるのだが、中古で買うのはやっぱり悔しい。金がかかっても運が尽きててもガチャガチャで出す方が気分が良い。 「ガチャガチャでシークレットを出す事に意義があるんだ……」 そう言う亮平は妙なことにこだわりがちなヲタクだった。 かばんの中には子分Aやら子分Bがもっさり入っていた。これはもう家に帰って無意味に並べて楽しむしかない。 と、その時である。 「やっとあいたのかよ〜」 と亮平がちょうど退いたガチャガチャに誰かが駆け寄った。その人物は200円を投入すると躊躇無くハンドルを回した。 そして出てきたのは……。 「シークレットゲット!」 「ハッ!?嘘だろ!!?ずるい!」 思わず亮平は声をあげてしまった。 だってそのガチャガチャにさっきまで4000円もつぎ込んだ亮平には出なかったのにっ!! シークレットを出した人物に恨みは無いが、それでも恨めしいっ!腹たち紛れにソイツを睨むと、 「あれ?お前?黒木じゃん?」 驚いた顔で男はそう言った。 亮平はそれに対してゲッと内心思った。 クラスメートだ。地味で隠れヲタである亮平とは別で、クラスでもやたらかっこよくて派手な奴ばっかとつるんでいるこれまたかっこ良いがちゃらい奴。 名前は門田和穂(かどたかずほ)。女みたいな名前だといつも思って馬鹿にしていた。それくらいしか馬鹿にするところが無いのだ。 「え?何?黒木ってこういうの集める奴なの?ヲタクっての?」 プッと笑われてなんだか腹が立った。大体、門田の方も兄貴のフィギュアを持っている時点で同じじゃないのか?そういう意味を込めてじっとりと門田を亮平は見つめてやった。 門田は右手に持っている兄貴を見て、「あぁっ!これ?」と笑った。 「俺は暇つぶし+金稼ぎって感じ?知っている?このシークレットって中古屋で2500円で売れるんだぜ?200円でゲットしたから2300円の儲け!すごくね?」 まるで自慢のように誇らしげに話す門田に亮平はプツンと来た。 亮平のヲタク魂のこだわりを侮辱するような発言だ。 「おい、門田!!そこに居直れ!!てめーそれがどれだけ世のヲタクたちにとって崇高なものか分かっていて言ってるのか――――!!」 門田はぽかんと口を開けていたが、亮平はとまらなかった。 燃えるよ燃える、兄貴が燃えれば皆も燃える!暗黒組織にバーニングソウル!魂のメリーゴーランドはとまらない! 『燃えよ!ドラゴンANIKI』のオープニングテーマ『Burning魂』を15回は歌えるほどの長い説教だった。 「いいか!?だからな?お前が今その右手に持っているドラゴナイズ兄貴は、第8回放映日の兄貴が四代帝王『レッドデーモン』を倒す時に初めて俺たち視聴者に見せてくれた最高の姿であって……」 「……」 「ちなみにその後、ドラゴナイズ兄貴はあまりの竜気魂のせいで我を失ってしまうんだけど、そこに子分たちが兄貴をとめようと熱いハグをかましてやっと兄貴は自分を取り戻し…っ!!」 「……」 「更には、兄貴が最後にドラゴンストームアタックと叫んで発動した技にまさか味方が巻き込まれてしまって、その時の兄貴のとった行動が結果的に自分を傷つけることになってしまいっ……!!」 「……」 「つまりは、お前の今持っているそのフィギュアはとんでもなく素晴らしくレアなものだってことだよ!!」 亮平がハァハァ言いながらそう言い終えるとやっと門田が口を開けた。 門田はじっと亮平を見てきた。黒目に自分が映って亮平はやっと自分がどれだけ取り乱していたかに気付いたわけだが、奴は別に気にした様子も無く平然としていた。 「今まで黒木って地味な奴だと思ってたけど……」 「え?」 「……めっちゃおもしろい奴だったんだな」 そう言ってニカッと笑った門田に今度は亮平がぽかんと口を開けた。 そんな亮平の肩を門田はポンと叩くとそのままの笑顔で更に言った。 「まぁ怒るなって。お詫びにコレやるからさ。それで許せって」 亮平の右手に渡されたのはシークレットのドラゴン兄貴……。 亮平はそれを見て、静かに爆発寸前のソウルを引き出した。あれだけの説教を聞いたくせに何も分かっていないんだ、何も。 「馬鹿!お前本当わかってないんだな!!そういうのは自分でとらないと意味無いんだから!」 「へ?別にいいじゃん」 「違う!これは俺と運との勝負なんだ!お前からもらったら、試合には勝つけど勝負に負ける!!嫌だ!!」 「はぁ?お前マジ意味わかんねー奴だな?」 「意味分からないなら今から意味を分からしてやるよ!そもそもガチャガチャっていうものはなー、何かが出てくるか分からないというドキドキ感を味わう事にその究極の楽しみがあって……」 燃えつきた魂は静かに消える〜。お前もそうかい〜?あ〜に〜き〜! 今度はエンディングテーマ『静かなる兄貴』を5回歌えるほどの説教をかましてしまった。 だが、説教されている方の門田は終始笑っていた。 「ハハ!お前、マジおかしい奴だな!」 「お前こそヲタクの何も分かってないんだよ!!」 といっても門田はヲタクじゃないから仕方ない。 それにしても門田の笑顔は、悔しいがやはり亮平から見ても格好よいものだった。 そう、門田はヲタクじゃない。クラスでもやたらもてる奴らで集まっているグループの一人だ。クラスの女子もそれをいつも遠めに見ながら「かっこいー!」とか「つきあいたいー!」とか言っている。 髪の毛だって一度も染めたことのない亮平には考えられないほど脱色しているし、きっと切るところだって床屋じゃなくて美容院だ。 「どうせ、お前に俺みたいなヲタクのことなんかわかんねーよ……」 なんだかすねた口調になってしまった。全くの僻みにしか聞こえない。 けれど門田は特に気にした様子も無く、 「そう?ヲタクってなんだかんだいって熱くなれるものを持ってる奴らのことだろ?そう言う意味では羨ましいけど?」 と言い放った。 亮平は門田の顔を見上げた。亮平よりも5センチくらい高いその顔は爽やかに笑っていた。 計1時間半位の説教をくらった男の顔とは思えなかった。 亮平はなんだか自分が恥ずかしくなって、ぶっきらぼうにドラゴン兄貴を門田に押し付けた。 「とにかく!兄貴はお前がちゃんと持ってかえって神棚に飾れよ!俺はもう帰る!」 そのまま、駐車場を駆けていき自転車に乗って、家に帰った。 なんだか門田の顔が頭から離れなかった。 (なんだよ、アイツ!すました顔しやがって!) よく分からないけれどもとにかく門田を誹謗する言葉しか出てこなくて。自分の存在がすごく恥ずかしかった。 やっと家に帰った頃、母親に頼まれていた牛乳を買い忘れていた事に気付いた。 それもきっと門田のせい。 亮平は今日獲得した子分たちを部屋に飾りながらそう呟いた。 next 地味ヲタ受けです。眼鏡とっても可愛いとか無いです。っていうか眼鏡してないやん… written by Chiri(1/15/2008) |