ガチャキス(2)



 次の日学校に行くと、昨日と同じ笑顔の門田に話しかけられた。
「あのさ〜、黒木〜」
 亮平が自分の机につくなり、すかさず寄って来た門田に亮平はびっくりした。
 なんていうか、やはり派手な奴が地味な奴に話しかけるというのは目立つわけで。亮平は、周りをちらちらと気にしてしまった。
「ちょ、お前、話しかけんなよっ!」
「はぁ?なんで?」
 何も分かっていない顔で門田は聞いてきた。くそっ、なんで分からないんだよ、と心の中で亮平は門田を罵倒した。
 周りのクラスメートは亮平と門田が一緒に居るのをいぶかしんでいる様子だった。
「あれ〜?何?お前たちって仲良くなったの?」
 早速門田といつも一緒に居る門田より更に目立つ奴に話しかけられてしまった。最悪である。
「昨日、仲良くなった。な?黒木?」
「仲良くなってねーってば。俺はお前に説教しただけだ」
「は?説教?」
 意味が分からずに会話に参戦してきた男は亮平を覗き込んできた。男の名前は主水要(もんどかなめ)。亮平のクラスじゃ一番人気がある奴、だと思われる。ひとえにやたらに整っている顔と高い身長のおかげだ、と亮平は勝手に思っている。
「なぁ?そういえばさ、俺この間、黒木がガンプラ屋にいるところを見た気がするんだけど。何お前、ガンヲタなの?」
 主水の言葉にドキィィっと体が跳ねた。亮平は兄貴アニメ以外にもガンダムは見る。いや、ガンダムはデフォルトだろう!男なら当然見るだろっ!という心構えで見ている。
 けれど昨今の若者はガンダムなんて見ないものだ。
「ガンヲタ…じゃねーよ」
 亮平は顔を赤くして答えた。
「なんだ、違うのか?見間違いかなぁ」
 主水はどうでもよさげに答えた。
 亮平は意味も無く門田を睨んだ。
(お前のせいだ!)
 そんな訳は無いのだが、門田は何故自分が睨まれているのか分からず不思議そうに亮平を見ていた。



 学校が終わってからの人が行き交う通学路。
「なぁ、なんで要に本当のこといわねーの?」
 門田が亮平に聞いた。
 亮平はイライラしながら門田より三歩先を無言で進む。それを全く気にもせず、門田はもう一度聞いた。
「なぁ、なんでヲタク隠すの?」
「うるさいな!そんなの俺の勝手だろ!」
 亮平はあくまでも隠れヲタクなのだ。男同士ならまだマシかもしれないが、女の子たちに「やだぁー!きもーい!くさそうー!」と形容されるキモヲタだとは思われたくなかった。
 でもそんなことを門田に言ったら自分がきもいのを肯定するようなものじゃないか。
「お前だって本当は馬鹿にしてるくせに……」
 亮平が小声で呟いた言葉はばっちり門田に聞こえていたらしい。
「はぁ?俺、昨日も言ったじゃん。ヲタク馬鹿にしてないって。何?要も馬鹿にしてるって思ってたの?」
 亮平を口をつぐんだ。正直に言えば、門田が言っていることに近いような心情だ。
 主水はクラスでも一番の美形だ。門田の上を行く奴だ。服も同じ学生服だとは思えないくらいおしゃれに気崩していて、髪形もなんていうかエアリーで洒落ている。そんな奴に「やっぱりお前ってきもい」なんて言われたら、かなり落ち込む。落ち込んで家に帰って、ドラゴンボールを全巻読み直さないと立ち直れない。
「馬鹿じゃん」
 門田は鼻で笑うように言い放った。
 ムカッときて亮平は門田の方を振り向いたが、門田は含むように笑っていた。
「何?」
「だってさ、実はさ、要もヲタクなんだよ。しかもガンヲタ。アイツ、俺たちとじゃガンダムを語れないからヲタクの友達が欲しいとかなんとか言ってたもん」
「はぁぁ!?」
 一際大きい声を出してしまった。門田はニヤニヤと笑っていた。
 亮平は何故か弁解するように言葉を続けた。
「え?でも、アイツあんなにかっこいいのに……」
「そう?でも要って家に帰るとプラモがいっぱいあるぜ?ガンプラとかピンクのショートカットの髪した女の軍服着たフィギュアとか」
「それきっとマルチダ中尉のフィギュアだ!」
「分かるのかよ……」
 亮平は何故か感動してしまった。
「うわ、本当にあの主水がヲタクなんだ!そうなんだーそうなんだー!」
 なんていうか常識を覆させられた気分だった。世の中にはかっこいいヲタクもいると聞いていたが本当に存在していたのだ、なんてまるでレアキャラを見たように鼓動が高鳴った。
「なんだよ。いきなり態度変えちゃって。」
 見ると門田が口をとがらせていた。
 亮平は慌てて、門田の隣に並び一緒に歩き出した。それを見た門田は小さく笑って、亮平に更に話しかけた。
「そうだ!俺も今日言おうと思ってた事あるんだよ!」
「え、何?」
「俺さ、昨日お前が言っていたアニメ借りてDVDが出てる分、全部見てみたんだぜ?」
「え?嘘!」
 亮平は口をぽかんと開けた。
 そんなに門田が能動的に動いてくれるとは思わなかったのだ。
「だって、お前やたらはまってるみたいだったじゃん?そういうのって気にならねぇ?」
 門田はなんでもないように笑ったが、亮平はなんだか胸がやたらにバクバクいっていた。
(どうしよう!これでもしもアニメにどっぷりはまっちゃったら俺がヲタク感染させちゃったって事!?)
 イケメンの人生を狂わしてしまうかもしれないというドキドキ感とそれでも語り合う仲間が欲しいという気持ちがせめぎあう。
「で?その、どうだった?」
 亮平は気持ちを抑えて感想を聞いた。
「ん。おもしろかったよ」
 亮平は目を瞬いた。
 いつものちゃらい笑顔を崩さない門田を見つめる。
「え?それだけ?」
「え?俺、変なこと、言った?」
「言ってないけど……」
 亮平はなんだか釈然としない気持ちで答えた。
(俺はもっと熱い反応を期待してたんだけど……)
 なんていうかすげーよかった!あの兄貴が使う必殺技超かっこよくね?兄貴が初めて変身した時なんて正直鳥肌がたったね!もう兄貴まじかっこいい!一生ついていきてぇ!
 そんな感想を一瞬で期待してしまった亮平は胸中でちぇっと舌打ちをした。確かにそんな言葉をつむぐ門田はちょっとだけ気持ち悪いかもしれないが。それにしても、だ。
(いるんだよな、こういう奴。ヲタクの話を受け入れてはくれるけど、染まらない奴)
 亮平はポツリと一言だけ言った。
「……お前、ヲタクの素質ないよ」
「別にいらねーし!」
 門田はやっぱり笑っていた。
 亮平はなんだかその笑顔に言い返す気にはなれなくて、話を変えた。
「っていうかお前なんでついてくるの?」
「え?ダメ?今日もガチャガチャしにいくんだろ?」
「そうだけど……。だからなんでついてくるんだよ?」
 図星をつかれてちょっとだけ亮平の唇が尖がった。
「だっておもしろそうだから」
 全く意味の分からない答えが返ってきて、亮平は余計に眉間に皺を寄せた。



 また戦いの時が来た。
 ガチャガチャの前に亮平は静かに歩を進めた。
 今日の軍資金は1000円。つまり5回分。5回やってもシークレットが出てこなければ今日のところは兄貴を諦める。
 男は引き際が肝心である。
 ガチャガチャのノブに手をのせる。すぐにまわすのは躊躇される。運命の分岐路がここで分かれるのだから。
「はやく、まわせばいいじゃん」
 すぐ横で空気の読めない発言がなされた。
「うるさいよ!今、気を溜めてるんだ!」
「ふぅん。めんどくせ」
「元気玉だって気を溜めるだろ!必要な作業なんだよ!」
 ふんっと鼻息を荒くして、亮平はまたノブに集中する。中にある力を最大限に高めて、ゆっくりとノブをまわした。
 ガコン、と落ちたカプセルを開けてみると、
「……子分Bだね。ハイ、残念」
 亮平の落胆を門田が口にした。
「くそー!なんでシークレット出ないんだよ……」
 結局十回やってもシークレットが出なくて、心底悔しそうな声を出すと、門田がまた空気の読めないことを言ってきた。
「だから俺がとってやるって」
 その言葉に亮平はシャーっと食って掛かる。
「馬鹿!なんで俺の勝負をお前がやるんだよ!そういうのは余計なお世話っていうんだよ!」
「だって俺がやれば絶対シークレット出るよ?」
「はぁ?そういえば、お前なんで自分がそんなにシークレット出す自信あるんだよ?」
「俺、強運だもん」
 平然と言い切った門田に亮平は目をまんまるくした。
「宝くじはいつも数十万当たるし、町内くじも絶対一等が当たるし、じゃんけんとかあみだじゃ絶対負けないもん」
 即座に亮平はそれを否定した。
「嘘だ」
「本当だって。ためしにガチャガチャやってみてやろうか?」
「うるさい!いらない!」
 そう声を荒げると、亮平はそのまま踵を返した。
 そんな亮平に門田はやはりついてきて、聞いた。
「どこいくんだよ?」
 亮平はいちいちめんどくさいと思いつつも答える。
「この後バイト!金無いとガチャガチャだってできないんだよ!」
 亮平は家にあるフィギュアやゲーム、アニメのDVDや全部自分のバイト代で買っていた。それが無いと、亮平にとっては死活問題なのだ。生きるための生活必需品だ。ヲタクなものが無いまま生きていくということは、薬草なくしてモンスターハウスに向かっていくようなものだ。
「ついていっていい?」
「やだよ!」
「いいじゃん、客になるから」
 やたらと亮平を構い倒す門田を訝しげに見つめる。
「何で俺にそんなに構うの?」
「おもしろそうだから」
 間髪入れずに帰ってきた返答に亮平はげんなりした。
 何か言うのもめんどくさくなり、そのまま無言でバイト先に向かった。少し後ろから聞こえる門田の足音は結局バイト先に到着するまでやむことはなかった。





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written by Chiri(1/15/2008)