イタズラなフール1



「俺、好きなんだ。ヒロがすき。」

そう、ヒロに伝えたのはもう二ヶ月も前だ。誰も居ない教室で本当にいつのまにか言葉になっていた。
ずっと親友だった。けれどいつのまにか俺がヒロに向ける視線は熱を帯びはじめて。
もうだめだと思った時、いつのまにか口をついて出ていた。

それを聞いたヒロは一瞬固まった。
そしてその後、小さく「え、まじかよ?」とあまりにもリアルな言葉を発した。

まさか、ヒロが俺も好きだ、なんて言うなんて思っていなかった。
でも俺はどこかで期待してたんだと思う。ヒロは俺に対していつもスキンシップをとっていたし、じゃれながら抱きついたことだってある。ヒロに一番近い人間はいつも俺だった。

それからヒロは少し考えたのか、俺に対する態度が今までとちょっと変わった。
どちらかというと悪い方に、だと俺は思う。何かというと、俺をからかうようになったのだ。俺がヒロに対して発言するたびに「そうだよな、お前、俺が好きなんだもんな。」と無理やりこじつけてくる。
その時のヒロは大抵意地悪な笑みを浮かべていて、俺はそれに随分戸惑う。分かっているならちゃんとした返事をくれればいいのに、それに関しては完全なる放置だった。

確かに、軽蔑されたような目で見られるよりはいいかもしれない。
けれど、俺は別の意味で限界だった。

もうだめだな…。

俺は薄い笑みを浮かべた。
ヒロとは友達には戻れる気がしなかった。恋人にはもちろんなれない。
なら、仕方が無いじゃないか。

ついさっきのことだ。
ヒロは俺の家にまで来た。もう奴は何度もうちに訪れている。
俺はヒロが何をしに来たかなんとなく見当はついていた。もう4年ものつきあいなのだから。
「朔夜、今日はお前に大切な話があるんだ。」
俺はにっこり笑って、
「改めちゃって…。一体何なの?」
と聞いた。
ヒロが何を言うかは分からなかったけど、その先の意味はわかっていたから。
「朔夜、お前が好きだ。返事、遅れてごめん。」
ヒュッと息が止まった。
ヒロはいつもならありえないほどのまじめな顔だ。
殺してやろうかと思った。
ここまで無神経だとは流石に思っていなかった。
「そう…。」
俺はヒロに背中を向けた。悔し涙が出てきたのだ。

今日はエイプリルフールだった。

ヒロは毎年いつもいろいろと考えては俺をだましにくる。
「俺、実は今度海外に引っ越すんだ。」とおととし言われたときは凍りついた。
「俺、彼女出来た。」と去年言われたのは本当かどうかかなり疑った。
こうしてみれば俺の片思いは無駄に長いし、無駄に傷つけられてばっかりだ。この残酷なほどに純粋な男に。

けれど、今年の嘘は今までで一番ひどい。

「なーんちゃって、うっそぴょーん!今日はエイプリルフールだよん!気づいてた?」

後ろでヒロのおちゃらけた声がした。この声を聞くのはもう今年で四年目だ。
俺はヒロの方へと振り返る。
あまりにもひどい顔をしていたのか、ヒロが一瞬俺を凝視した。
「ヒロ、俺もお前に言うことがあるよ。」
必死をこいて笑顔を作った。
ヒロが変な顔をした。それには気にせず、俺は続けた。
「俺もお前のこと、大好きだったよ。」
ポロッと涙が一粒だけ転がった。涙が地面に落ちた頃に付け加えて発言する。
「あ、今日はエイプリルフールだったな。」
俺がにっこり笑うと、ヒロが青ざめた顔で見ていた。
俺はヒロは本当に子供だなっと心の中で考えていた。自分の言葉に責任を持てないなんて。
俺は続けた。
「そうそう、ヒロがさ、ずっと返事くれないからさ。もういいやって思って、この間タイミングよく告白されたから彼女作ったよ。」
「え・・・っ。」
「ユキちゃんって言うんだ。今度紹介するよ。」
「え、ま、まてよ。朔夜。」
自分の名前を呼ばれて俺は馬鹿みたいにドキドキした。もちろん顔には出さなかったけど。
「あと、そうそう。俺今度エジンバラに引っ越すことになった。」
「エジン…そ、それどこ?」
イギリスだよ。馬鹿な奴だな、ヒロは。
「ずっと言えなくてごめんな。実はもう来週には引っ越すんだ。」
「は?」
「まぁでもユキちゃんも遠距離でもいいって言うし。まぁ幸せだよ。」
「それ、全部、う、うそだろ。」
「嘘だよ。」
俺は笑った。全部お前が俺についてきた嘘だよ。
まだ涙は流れてた。重ねた嘘が涙になってポツポツ落ちては消える。
「朔夜…泣きやめよ」
「あ、ごめん。」
男なのに恥ずかしいけれど止まらなかった。
俺はゴシゴシ手で擦ると、なんだか余計に瞼が熱くなった。逆効果だ。
「…ヒロと離れるのは寂しいな。」
俺がそう言うと、ヒロは困惑した表情を見せた。
俺は今日を限りに、ヒロにはもう近づかないことにしようと思っていた。こうやって話をするのもきっと最後だ。
だってもう戻れない。友達には、戻れない。
「な、なぁ。今の、どこからどこまで嘘なの?」
「全部嘘だよ。」
「全部?」
「二ヶ月前にお前のこと好きって言ったのも嘘だ。」
「ハァ!?」
ヒロが一際大きな声をあげた。間に受けているのか。
「俺とお前が親友だったのも嘘。お前、あほだもん。友達なわけないじゃん。」
「おい、朔夜。」
「ついでに俺の存在も嘘だ。本当は人の皮をかぶってる宇宙人なんだ。本名はサクヤーン・アボガドロ。エジンバラに引っ越すんじゃなくて本当はアボガド星に帰ることにしたんだ。」
俺は至極まじめな顔をしたままそう言った。
嘘をつきまくってやろうと思った。
嘘をついて、ついて、全てを無かったことにしてしまいたいと思った。
不意にヒロと目があった。
ヒロは馬鹿みたいにまっすぐに俺のことを見ていた。
なんだか急激に恥ずかしくなった。顔が真っ赤に染まっていくのが自分でもわかった。
「じゃ、お、俺は星に帰る。じゃあな。」
ってここ俺の家なのに。
分からないが、俺はすぐ側にいるヒロを突き飛ばして自分は部屋から逃げた。
後ろでヒロが俺の名前を呼んでいるのが聞こえた。
「サクヤーン!まて、サクヤーン!!」
ってそっちの名前かよ。アホか。


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