イタズラなフール2



俺は結局、家に帰れないまま、近くにある河原で暇をつぶしていた。
最悪だ。
馬鹿なことを言った。とても馬鹿なことを言った。
今の俺はリストラサラリーマンもびっくりな哀愁だ。それに見合うように夕日まで赤く染まる。
ああ、このままこの空に溶けてしまえればいいのに。
また涙がブワッとでてきた。俺は膝頭に頭を埋めた。
「朔夜君?」
不意に声をかけられて、俺はびくっと体を揺らした。
振り返ると、隣に住むサラリーマンの吉岡さんが立っていた。吉岡さんは見目は良くないが、心優しい人間だった。どこか遠くに旅行に行くと、毎回律儀にお土産を持ってきてくれる。
俺は慌てて涙を拭うと、その場を取り繕うように言った。
「わ、吉岡さん。会社は?」
「もう終わってるよ。朔夜君、いつからここにいたの?」
吉岡さんの言葉にハッとして、周りを見渡すといつのまにか夕日もとっくに沈んでいて、あたりは暗くなっていた。
「えっと、4時くらいから…。」
えぇ!と吉岡さんがオーバーに驚く。その様子に俺は笑った。
「帰ろう、朔夜君。」
吉岡さんが穏やかにそう言った。吉岡さんは俺がなんでこんなところで泣いていたかなんかは聞かない。
俺は黙って頷いた。
大丈夫。流石にもうヒロだってうちにはいないだろう。
帰り道、吉岡さんは今日あった出来事をおもしろおかしく話してくれた。
俺は吉岡さんの失敗話なんか笑っちゃいけないと思うのに笑ってしまった。笑いたい気分だったからだと思う。笑いすぎて涙が出てきた。笑いたいのに、今度は泣きたい気分だった。
「ほんっと…吉岡さん、おもしろすぎ…だよ…」
そう言って、俺は涙を堪えた。けど、なんだか堪えられなくてうぅーっと泣き出してしまった。吉岡さんは何も言わずにポンポンと頭をなでてくれた。

その瞬間、ガツッと音がした。
何だろうと思って頭を上げると、ヒロがいた。そしてそこにいたはずの吉岡さんが視界から消えている。
ヒロが吉岡さんを押し飛ばしていたのだ。
「何してんの!!?ヒロ!!」
突然の出来事で涙が引っ込んでしまった。
「うっせー!朔夜を泣かしてんじゃねーよ!」
「って別に吉岡さんは!!」
「お前もなんでかばうんだよ!!」
怒鳴り込んでくるヒロが視界に大きく入る。
その横で吉岡さんが静かに立ちあがって、俺にあの穏やかな笑みのまま手を振って帰るのが見えた。吉岡さんはきっと今日の出来事を自虐的にブログに書くんだろう。あの人はそういう人だ。
「お前!吉岡さんに謝れよ!!」
「やだね!アボガドみたいな顔しやがって。」
「アボガドみたいな顔ってなんだよ!!」
「うるせー!俺は今アボガドに対してこれ以上に無い嫌悪感を感じているんだ!」
あーもう、吉岡さんの自虐ネタを増やすようなことはやめてくれ。って半分は俺のせいか。
「大体お前もなんなんだよ!!あのアホみたいな嘘は!!」
俺はサッと押し黙った。さっきの話を蒸し返す気なのか、こいつは。
「俺、まさかと思ったけど、絶対無いとおもったけどさ!!もしかしてって事もあるかもしんないから、お前の母親に確かめたんだからな!」
「え、それってまさかアボガド星…。」
「そしたら爆笑されたんだからな!何が昨日の食卓はアボガドだった、だよ!!」
母とヒロのやりとりを想像してブフッと噴出した。目の前のヒロは顔を真っ赤にさせて怒っていた。
俺が一通り笑い終わる頃には、ヒロも少し落ち着いたようだった。
「お前さ、結局何が本当で、何が嘘なんだよ…。」
それをお前が言うか。
おちゃらけた仕草で俺の気持ちをかわしつづけているくせに。

「お前、本当に俺のこと、好きなの?」

ヒロの言葉に俺はハハッと乾いた笑いをしてしまった。
本日、二度目の殺意だ。
いつから俺はこんなにやばい人間になったんだろう。
俺はスッと息を吸い込んでその質問に答えた。

「好きじゃない。全部、嘘だよ。」

もちろんそれこそが嘘だった。でも、もうそれでいいと思った。
二ヶ月は長かった。少なくとも俺にとっては。
毎日今日こそはヒロの気持ちを聞けるんじゃないかって。
何度も何度もヒロの顔を伺う日々にはもう耐えられなかった。
俺がフフッと笑うと、ヒロが激昂した。
「なんなんだよ!お前!俺がどんだけ悩んだか…。」
「へぇ。」
渇いた返答にヒロが燃えるような瞳で睨んでくる。一方で、俺はなんだか心が冷えていく。
「本当だよ、本当に悩んでたんだよ。」
くそっとヒロが自身の前髪をかき乱す。
俺はそんなヒロの仕草を不思議な気持ちで見ていた。
悩んでいたようには見えなかった。ヒロはいつもみたいに、いつも以上に俺をからかって、悪い冗談を連発してきた。
「…嘘にしたいのはヒロのほうだろ。」
いつのまにか声に出していた。
「は?」
「俺の告白なんて無かったことにしたかったんだろ?ヒロは。」
「別にそんなこと…。」
俺はヒロの顔が見れなかった。
顔を背けたまま、右手で自分の服をぎゅっと握り締めた。
「でも…だから俺は…」

嘘をついたんだ。

俺がそれ以上、何も言わないでいると、ふとヒロが口を開いた。
「朔夜、今日朝言った事なんだけど…。」
あの嘘のことだろうか?俺をだまそうとした残酷な嘘。
俺はヒロの顔をそろりと見た。ヒロは言いづらそうに、首周りを掻いていた。
また少し間があってから、ヒロが決心したように言った。
「お前が好きってのは本当なんだ。」
信じられなくて顔をガバッとあげた。
ヒロはまっすぐに俺のことを見ていた。嘘をついているようには見えなかった。
俺は困惑した。
「え…?だって…」
「その後にうっそぴょーんって言っただろう?本当はその後、そっちが嘘だって言おうと思ってて。」
俺は開いた口がふさがらなかった。
ヒロは、照れたようにして顔を背けた。
「だけど…お前が早とちりして…。」
って普通するだろう。
ヒロが俺の顔を見た。そして困ったように笑った。
「な?両想いだよ、俺ら。」
やばかった。きゅんときた。
ヒロはそのままの笑みのまま、こう言ってくれた。
「だから、お前もう嘘つかなくていいよ。」
俺の頬は今、完全に桜色だった。
ヒロにもそう見えたのだろう。
「朔夜、ほっぺが赤い〜。」
といって、俺のほっぺたをつついてくる。何するんだ、こいつは。
でも拒めない俺も大概乙女だ。

俺はヒロの広い肩に頭を預けた。
ヒロはそんな俺の頭を優しく撫でる。
ささくれ立っていた心が嘘みたいだった。
明日から、ヒロとはもうしゃべらないって。もう近寄らないって。
そんなことばかり考えていたのに。
今はそっちの方が嘘になってしまったのだ。
俺は泣き笑いだった。本当に今日は上下の激しい一日だ。

「朔夜。」
名前を呼ばれて顔を上げるとヒロが悪戯っぽく笑っていた。
「もうアボガド星には帰んなくていいの?」
もちろん俺は桜色のまま、答えた。
「そんなとこ帰るか、ボケ。」
そう言った瞬間、唇に何か衝撃を感じた。
ぶつけるような一瞬のキスだった。
「おまえっ!!」
俺が驚いてヒロを見上げたら、ヒロがうしし、と変な笑い方をしていた。
その馬鹿笑いが可愛く見えて、なんだか毒気が抜かれてしまった。
だから俺も眉を垂れ下げて笑った。

幸せで仕方が無い。

ヒロが好き。
ヒロが好き。
溢れ出す気持ちでいっぱいだった。

それは、エイプリルフールで語られた一つの真実。


終わり


written by Chiri(4/1/2007)