ダメ人間奮闘記(4)



武藤の家を無断で出てきて、俺は初めてのバイトをする事になった。
住む場所も無いので住み込みのバイトを探して、やっと見つけたのが『弁当屋・カツ親父』。
その名の通り、弁当屋だ。カツ弁当がメインで、やっぱりその名の通り、頑固そうな親父が明るそうな奥さんと夫婦二人で経営していた。
愛想笑いもろくにできない俺をやとってくれたのはどうやら頑固親父のおかげだったらしい。へらへら笑っている奴なんか信用できるか!というのが信条だそうだ。
この親父の怒鳴り声のせいで今までのバイトは全員やめてしまったの、と奥さんは親父を横目で睨みつけながら俺に話してくれた。
「貴方はやめないでね。」
と真剣にお願いされてどうだろう、と思った。
俺はダメ人間だからダメかも、と思ったがもう俺にはすがれる場所は無いということに気付いた。
親は俺を勘当しているし、まさか武藤のところには戻れない。
一人で生きていかなきゃいけないのだ。
武藤に迷惑をかけないで、一人で。
そう、思うと少し落ち込む一方で少しだけやる気がでた。
武藤の為にも一人で生きていこう、なんて勝手に理由づけをすることができたからだ。

最初にまかされた俺の仕事はキャベツをの千切りをすることだった。
プラスチックの弁当ケースに入れるのは親父が揚げるカツと惣菜二種類と米とカツの下に敷き詰めるキャベツだ。惣菜はおばさんが作ってくれるので、俺はひたすらキャベツを切ることとそれをケースに詰めること、そして接客を任された。
今思えば俺は物覚えは悪い方ではなかったのだ。
そういえば勉強は好きだったのを思い出した。
新しい事を覚えるのは決して嫌いではないのだ。
そして単調な作業もまた嫌いではなかった。

どうやら医者なんて職業よりも弁当屋はよっぽど俺にあっていたらしい。モチベーションが違うだけでこうもやる気が変わってくるとは知らなかった。
俺はしばらくしてこのバイトにも慣れてきた。

親父は相変わらず頑固でやたらに後ろで奥さんと喧嘩したり、俺の切るキャベツの幅が気に入らないとかけちをつけてきたが、俺は親父の言われたとおりにすぐに切り方をなおしたし、親父の怒号は別に気にならなかった。医者だった実の父親の冷静な声の方がよっぽど怖いと思う。何故ならいつもと同じ声音で「お前は勘当だ。」なんて言えるのだから。

しばらくすると、俺の存在にも慣れてきた奥さんは俺のことをいっちゃんと呼ぶようになった。一成のいっちゃんらしい。

「ねぇ、いっちゃん、その前髪はどうにかならないの?」

奥さんに言われた時、俺はあぁっと気付いた。
前髪はずっと切っていない為、すごい長さになっていた。

「うちは食品を扱ってるからね、切るなりしてくれないとねぇ、やっぱり。」

俺が無表情で頷くと、奥さんは困った笑みを浮かべて俺の頭を撫で回した。時々、この人はこういうことをする。
まるで本当の母親みたいだな、と思う。実の母親も頭を撫でられるなんてずっとされていなかったけど。

家に帰って鏡を見てうーんと考えた。

髪の毛を切らないと、と思ったけど、ふと誰かの声を思い出した。

『時間が空いたら、俺が先輩の髪の毛切ってあげますから。』

武藤の言葉だった。
もう武藤のマンションを出て二週間経ったのに我ながら女々しいと思った。

けれど結局髪の毛を切るのはやめて、前武藤がしてくれたみたいに頭のてっぺんで前髪を結んで店の方に出た。
親父は俺の髪型を見るなり「お前は俺は馬鹿にしてるのか!」と激昂したが、奥さんの方は違う反応だった。

「あらあらまぁまぁ。いっちゃんって結構顔可愛かったのねぇ!!」

と言われて、「この髪型もにあってるわよ!」と何故か誉められてしまった。
結局奥さんの方がとても気に入って、親父を裏でこっそり説得しているのが見えた。親父も奥さんにだけは肝心なところで弱いようだ。

そんなわけで俺はパイナップルヘアーで店のカウンターに立つようになったのだが、それが何故か客には受けたようだ。

もさい前髪のままカウンターに立っていた頃は客も無愛想だったのだが、俺が髪型を変えてからはまず俺の髪形を見てぷっと笑って、にこにこして弁当を受け取ってくれるようになった。そして何故か女性客が多くなったのだ。

その変化に目を丸くしたのは頑固親父と奥さんの方だ。

しばらくそんな日が続くと奥さんはいきなり「いいこと考えた!!」と叫んで、その後どこかにスキップしながら行ってしまった。そしてすぐに帰ってきたと思ったら、オレンジ色の筒状の布がくしゃくしゃとなっているヘアゴムを手渡された。

「シュシュっていうのよ!昔流行ってたけど今も流行ってるのね〜、知らなかったわ。」

そういいながら奥さんは俺の髪の毛を既に結んでいるゴムの上からそれをかぶせて結んでくれた。
奥さん曰く、オレンジ色なのはカツ弁当屋だかららしい。鮮やかなカツのオレンジ色をしたゴムが俺の頭の上に綺麗におさまる。

まさかと思い、見ていたら、奥さんは自分の前髪も俺と同じように頭のてっぺんで結びシュシュをつけた。
そしてまさかのまさか。
親父にも同じ事を強いたのだ。

「じゃじゃん!!みんなでおそろいよ!!」

俺が瞠目して親父を見ていたら、親父はギロリと俺を睨み「お前のせいだからな!この野郎!」と真っ赤な顔で怒鳴り散らした。
俺は笑ってはいけないと思ったが笑ってしまった。
おばさんも盛大に笑っていた。

そしてその後、いつも現れる常連客は俺たちを見て「かわいい〜!!」と言って笑っていた。親父は真っ赤な顔で厨房の方に引っ込んでしまったが、俺とおばさんは見世物パンダ状態だった。何日も経つとまるでそれがこの弁当屋の名物のように人が集まり始めた。

そんなわけで俺は何故か弁当屋・カツ親父の店おこしに計らずも貢献してしまったのだ。




更に、少し先の出来事だ。
弁当屋・カツ親父が地元のローカルテレビに取り上げられる事になって、おばさんは大喜びした。
「それもこれもいっちゃんのおかげよ!」
「そんなこと…。」
俺が否定しようとすると、奥さんは俺の髪の毛を撫で繰り回した。
けれど親父だけは浮かない顔で厨房に立っていた。
「…おい、まさか。その取材、この髪型で受けるのか?」
「当たり前じゃないの!?そこがうちの売りでしょ?」
「うちの売りはカツの味だ、ボケ!!」
それをきっかけに親父と奥さんが喧嘩をし始めてしまい、俺はははっと苦笑した。
キャベツの切り方は随分上手くなった。最初は料理さえもしたことが無かったのだから、当たり前のように指を何度も切っていた。
けれどそれに関しては親父も我慢強くて何度も包丁の角度やら左手の置く場所とかを教えてくれたのだ。
あれから親父にはカツ以外の弁当なら作らせてもらえるようになった。
例えば、しょうが焼き弁当とか焼肉弁当とかだ。あとはサンドウィッチなどの昼のメニューも増えて、それもいくつか作らせてもらえるようになった。

…もうダメ人間じゃないよな、俺。

俺はぎゅっと拳を胸の上で握った。

一人で生きている。プライドを持って生きている。
それはとても誇らしい事だ。
…けれどそれでもやっぱり寂しい時がある。

あの頃は恋をしていた。プライドも信条も何もないダメ人間の生活だった。
けど寂しくは無かった。
人を愛していたから。

俺は、恋がしたかった。

もう一度。

他の誰でもない、武藤に恋がしたかった。

けれどきっとそれはもう無理だろう。
あれからニヶ月くらい時が経った。
武藤の隣にはきっとアズミさんがいる。
武藤とアズミさんとコウチ、まるで理想のカップルのようにあのマンションで暮らしているのかもしれない。

それを思うと胸がキリキリと痛んだ。





next



カツ親父と奥さんの関係、かわいい。
written by Chiri(11/30/2007)