ダメ人間奮闘記(2)



ニャオン

コウチの鳴き声を聞き、なんだか変だなと気付いたのは夜の10時過ぎてからだ。
俺は主人のいないこの部屋でやっぱりパソコンの前にいたわけだが、その右足をコウチがガリガリと甘噛みしてきた。
「痛い、痛いって。コウチ。」
それにしても、このコウチという猫も俺に対しては散々な態度である。
一応飼い主は俺だったはずだが、すっかり武藤になついてしまった。そもそも餌をやるのも砂を変えるのも全て武藤なのだ。俺がコウチにしてやっていることといえば、寝場所を提供しているくらいだ。というのも、俺がパソコンの前に座ると5,6時間は動かない事をコウチは知っているのだ。だから俺がパソコンの前に座ると、すかさず俺の膝にもぐりこんでくる。どんなに払いのけても、何度でも乗ってくる。しまいには退けようとして触るとキシャーと唸り声をあげられたりするのだ。
これではどっちが強いのか分からない。

そんなコウチが俺に対してメシをくれだの遊ぶ相手しろだのアクションを起こしてくるのはあまり無い。
不思議に思ってコウチを見てみると、何か訴えるようにニャァと鳴いた。

「あ、そうか。エサ…。」

時計を見て、コウチのエサの時間が大幅に過ぎている事に気付いた。いつもなら既に武藤がやっているのだが、どうやら武藤はまだ帰ってきていないらしい。夜勤でも無いのにこんなに遅くなるのは初めてかもしれない。
「ま、そのうち帰ってくるだろ。」
そう軽く思って、とりあえずコウチのエサを探しに台所へと向かう。
(そういえば、武藤の奴、コウチのエサっていつもどこから出してくるんだろう…)
そんなことさえ知らない自分に驚いたが、まぁ適当に戸棚を開けていればでてくるだろうと思って全ての戸棚を開けた。それでも見つからなくていろいろ探していたら最後に冷蔵庫の中のフードストッカーの中に保存されているのを見つけた。それを適当にすすいだコウチの皿に入れてやるとコウチはがっつくように食べ始めた。
「お前のエサはいいよな。簡単で。」
コウチのキャットフードを食べる様子を見ると少しだけ腹が減った。
俺の場合は武藤が帰ってこないと餌が出てこない。冷蔵庫にはいろいろ材料が入っているだろうがまさか俺には作れない。
「ま、ゲームでもして気長に待ってよう。」
結局コウチに餌をやった俺はまた同じ場所、つまりパソコンの前に戻った。コウチは腹がいっぱいになって満足したのか、そのまま俺の足元でぐーすか寝始めた。
ったくいいご身分だよ。






「ただいま、先輩!お腹すいてない!?」

そう言って慌てた様子の武藤が部屋に飛び込んできたのは既に次の日の朝の7時だった。俺はゼェゼェと赤い顔で息を吐く武藤の方を向いた。
未だにパソコンの前に座っていて、画面はゲームをうつしていた。
一日以上稼動し続けたパソコンは微妙に熱くなっていた。
武藤は訝しげに俺の様子を眺めた。
「…先輩、まさか寝てないの?」
言われてそうだと気付いた。
「お前が帰ってこないから時間に気付かなかった…。」
「あーもうアンタって本当!!」
どうやら俺は一日ずっと起きて待っていたらしい。
流石の俺も自分がここまで時間に無頓着だとは思わなかった。
ふと武藤が俺の顔を見るとびっくりして俺に駆け寄った。
「先輩、なんで泣いているんですか!?」
武藤の言葉にえっと驚いて、手を目にあててみた。なんだか知らないが濡れている。考え巡らせるとすぐに原因に思い当たった。
武藤はそんな俺を気にせず、勝手になんかしゃべっていた。
「ごめんなさい、先輩。俺、昨夜ちょっと連絡できなくて…。そんなに先輩が寂しがるなんて思わな―――」
「え?ずっとパソコン画面見てたから目が乾いただけだよ。」
俺の言葉に武藤は言葉を失った。俺はそんな武藤の顔を不思議そうに見つめた。
武藤は少し悲しそうに笑った。
「あーそうですよね。先輩って俺の存在も忘れちゃうほど、ゲームに熱中していたんですね。」
その通りだったから俺はなんとも言えなかった。
でも武藤の顔を見てなんとなく否定したい気持ちになった。今になって俺は武藤がいなかったことを随分寂しく思っていたように思えてきた。
武藤は心底疲れたようにため息を大きく吐いた。
「なんか俺、疲れた…。」
独り言のような武藤の言葉に俺は少しだけ慌てた。
「武藤、俺、おなかすいてる!!」
武藤は俺の方を見ると更に顔を歪めた。
何?俺、なんか変なこと言った?
「分かりました。今すぐ作りますよ。作ったら俺寝ますけど。」
「え?武藤今日仕事は?」
「ちょっと休みをもらいました。今日一日家で寝てます。」
そうなのか、と呟くと武藤は恨めしそうに俺の顔を見た。俺は武藤のその顔の意味が分からずきょとんとしながら武藤の顔を見かえしたが武藤は何も言わなかった。


その後、武藤は本当に簡単にご飯を作ると、それを自分は食べないで倒れるようにベッドに入った。
俺はそんな武藤が作ってくれたご飯をお腹いっぱいに食べて、やっと自分がどれだけ眠たいかに気付いた。
ベッドの中では既に武藤がすやすやと眠っている。今日に限っては揺さぶっても起きなさそうだ。いつもなら俺が擦り寄れば過敏に反応していろいろ触ってくるくせに。
俺は武藤の眠るベッドの掛け布団を少しだけ上げると、すかさずそこにもぐりこんだ。武藤が暖めてくれた布団は俺にとっても気持ちよい温度だ。そのまま目をつぶるとすぐに眠気が襲ってきた。
武藤の寝間着を両手で掴みながら俺は眠った。そうすると武藤の存在が近くにあると思えて安心できた。
俺はいつのまにか武藤がいなくちゃ眠る事もできないようになってしまったようだ。武藤はそれに気付いているのだろうか?
俺は別に気付いていなくてもいいや、と思った。だって、俺は武藤の嫁さんなんだ。これからもずっと一緒に暮らしていくんだ。

次に起きたらまた武藤に髪の毛を結んでもらわなきゃ、と心の中で考えた。
明日も明後日も結んでもらわなきゃと思っていた。

本当俺は馬鹿で呑気でダメ人間だったのだ。





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気の毒な武藤君。。。
written by Chiri(11/23/2007)