ダメ人間奮闘記(1)



俺は自分がダメ人間になったのは誰のせいでもない、自分のせいだと思う。

昔から俺には自我というものが人より無いという事は薄々感じていた。だからいつでも両親や周りに流されるままに生きてきた。
高校時代勉強を頑張ったのも親に「勉強しとけ。」と言われたからだ。とある有名な医大に入ったのも親が「ここ受けとけ。」と言ったからだ。それ以外には何の理由も無かった。
しかしそうして親元を離れて、大学付近で一人暮らしを始めたのだが、不思議な事にここにきて今度は自分を勝手な理論で流してくれる人間もいなくなってしまった。誰も命令してこないこの環境は元々大して無かったはずの生きる意味まで奪うような場所だった。
そう言う日々を過ごし、そのうちに大学に通うのも億劫になった。「大体、何故俺は医大に通っているんだ?」「医者になりたいわけでもないだろう。」といろいろ考え始めたら何もかもが嫌になってしまった。
そんなわけで大学に入って早々一年目を留年した。自分のアパートに引きこもってインターネットやゲームをしていたせいだ。親はひどく怒ったが、まるで寛大な悪の大魔王のように「次やったら許さないぞ。」と言ってそれでも俺に無理矢理学校に通わさせた。
親の言葉もあって仕方ないのでしばらく大学に通ったが、やはりやる気は一向に沸かなかった。その時にどうやら俺は武藤という人間に出会っていたらしいのだが、俺はそんなのに気付いてもいなかった。



いつのまにか、猫に後をつけられていたのは大学二年生になった頃だ。

よく分からないが、白いはずの毛がひどくよごれて薄茶色になっているようなそんな小汚い猫に後を追い回されていた。気付いてみれば俺が食べ歩きしていたビスケットの残りカスを追ってきたらしい。
どうしよう、と思った頃には俺の足元にぴっとりくっついていた。
そもそも自分の世話だって見れていないのに猫の世話まで見れるかよ。っと思っていたが猫にはそんな言葉も通じない。結局俺のアパートに居付いてしまった。

そしてその次の日だ。
武藤が初めて俺にしゃべりかけてきたのだ。その時が俺にとっては武藤を知った最初の日となったわけだが、武藤は俺のことをずっと前から知っていたようだ。
きっと「ひどく不真面目でやる気が無く、留年した先輩」として俺はある程度有名になっていたに違いない。医大で留年なんて珍しい事ではないと思ったが俺の場合はそもそも最初から単位を満たそうと授業を受けようともしていなかった。それがいけなかったのだろう。
そういうあまりよろしくない俺の評判のせいだと思う。武藤はいきなり俺にこういった。
「自分の世話もできないのに、猫の世話なんか貴方にできるんですか?」と。
ひどい言い草だと思ったが、全くその通りだと思った。
どうやら武藤は俺が猫を連れ帰る様子をどこかで見ていたらしい。
そして自分のことも真剣にやらないような人間に引き取られた猫の行く末を案じて、俺に話しかけてきたようだった。
結局、俺がモゴモゴ何か言うよりはやく、アイツは俺のアパートに押しかけた。
てきぱきと猫の道具をそろえ世話をしてやるうちに、いつのまにか俺のことを世話してくれていた。そう、武藤までいつのまにかうちにいついてしまったのだ。

武藤という男はなんというか本当に世話上手な人間だ。
俺より一つ下の学年なのだが、俺が留年したせいでとりあえずは同じ学年だった。そのせいか時々俺を気遣ってノートとかとってくれたり、頼んでも無いのに代返してくれたりした。けれど、そんなことをやっても無駄なのだ。俺は医者になる気なんて毛頭無かった。
俺のアパートにいる猫の世話も武藤が大抵やった。毎日のように奴はうちに来て、猫の餌をやる。そしてそれと同格な感じで俺にもえさを作ってくれた。しかもこれが上手い。
俺は猫に名前をつけるなんて事は面倒だからしないのだが、奴は勝手に猫のことを「コウチ」と呼ぶようになっていた。「何故だ?」と聞いてみたら「アンタの名前が大内一成(おおうちいっせい)でしょ。どっちも世話のやける奴ですからね。大内小内って,なんかコンビみたいで可愛いでしょ?」と笑って俺にキスをした。
ちなみに奴が俺にキスやらセックスをするようになったのは二年の後期にさし当たってからだ。俺はそれが存外気持ちよかったから別に抵抗しないようにしている。奴の好きなようにさせておいた。
奴には口癖があるようだが、それは結構ひどかったりする。
「なんで俺、貴方みたいな人、好きになってしまったのかな…。」
トイレとかで一人で言っていればまだいいものを、わざわざ俺の居る小さな部屋にまで来て壁に話しかけている。そんなの俺が知るわけない。こっちが聞きたいくらいだ。俺は自分で自分の世話も出来ないダメ人間だぞ?
けれど結局武藤のノートのおかげで俺と武藤は一緒に三年、四年と進級していった。その頃には武藤とはなんていうか既に半同棲状態だった。
しかし四年になる頃から大学の授業も実習が極端に増えてきて、俺はまた大学が嫌になった。なんとなく気付いていたが、人の体、如いては人の命まで責任を持つことが怖かったのだ。特に実習ともなると責務がついてまわってくる。自己満足じゃいけないのだ。それが嫌になった。
結局医者になんて最初からなれるタマでは無かったのだ。
武藤の説得もむなしく俺はまた大学にも行かずにアパートに引きこもるようになった。その時からインターネットのオンラインゲームに手を出してしまったから、いわゆるネトゲ廃人になってしまったわけだ。武藤は文句を言いながらそれでも俺のアパートによく来た。俺は武藤の文句を聞き流しながらネットのゲームに夢中だ。
相変わらずの「なんで貴方みたいな人好きになって〜」の独り言は消えない。その頃には「本当にマジでなんでかなぁ?」と真剣に頭を悩ませていた。
その後、俺は結局二年間留年して、流石にキレた親に「どういうことだ?」と怒られた拍子にポロリと本音をいってしまった。

医者になるつもりは無い、と。

その後の親の対応はまるで冷たくなってしまった。
まず、勘当された。そして学費も打ち切られた上に仕送りも無しだ。それを即日にされたから俺は本当に困った。
家賃も払えなくなり追い出された俺とコウチは路頭に迷った。
初めてコウチが昔一匹で彷徨っていた頃の気持ちが分かった気がした。ひどく心もとない。

するとそんな俺らの前に奴が現れた。
結局武藤は俺が留年している間に、ストレートで大学を卒業してした。国家試験も一発で合格して、研修先も既に決まっていた。
俺とは全く違うエリート人生だ。


けれど奴は俺に対して、こう言ったのだ。

「嫁にきませんか?」

行くところも無かった俺はすぐに頷いた。






***






そんなわけで社会人となった武藤と俺との共同生活が始まったのだが、考えると共同生活も何も今までとやっていることは大して変わりない。武藤が学生から社会人になっただけだ。
俺は武藤の借りたマンションで一日中ネットゲーム。その間、武藤は臨床研修医としてせっせと病院に出勤だ。
ちなみに俺は家事を一切やっていない。
料理も洗濯も掃除もみんな武藤がやってくれる。洗濯と掃除は週末にまとめて、料理にいたっては毎日である。
俺の生活サイクルといえば、昼ごろ起きて、ネットゲーム、そして夜寝る感じだ。ちなみに朝は武藤が俺の分の朝食も作って行ってくれる。武藤が一人で家を出る時間は俺はすやすやベッドの中だ。そうして一歩も外に出ないまま、ネットゲーム。疲れると昼寝して、テレビ見て、マンガを読んで、またネトゲ。武藤が家に帰ってくる時間は本当に夜になってからが多い。夕食も武藤が作るわけだから、武藤の帰りが遅くなると俺の夕食も遅くなる。けどそれに関しては全然気にならない。ネトゲというものは、時間を忘れさせてくれる作用があるらしい。いつも武藤が帰ってきて声をかけられるまで俺は大抵時間に気付かない。
そんなわけで俺の武藤に対して貢献している事なんてのはセックスくらいだ。けどこれだっていろいろ大変なわけだ。武藤は最近やたら忙しいらしくて、疲れていて勃たないか、疲れていて勃ちすぎるかのどちらかだ。どちらにせよ、俺は頑張っている。これ一つしか貢献できていないけれどそれでいいのだ。
だからコウチの餌だって武藤がやる。それくらいやれよ!とコウチに睨まれても俺は絶対動かない。不動の大内様とは俺のことだ。




「っていうか先輩、最近本当に外に出てなくないですか?」

ある休日に武藤にそう言われて、そういえばそうかもしれない、とふと思った。ちなみに右手はマウスをひたすら連打。視線は目の前のパソコンスクリーンに釘付けのまま。
「まぁ俺も疲れてて外になんか行きたくないんでどこにも連れて行かないでいいのはいいんですけどね。」
「俺が家族サービスを頼む妻って柄?」
「でも一応嫁さんでしょ?」
やはり俺は武藤にとって嫁さん、なのか。こんなひどい嫁さんいていいのだろうか、と思う。家事は何もしていないのだから、どちらかというとペットっぽくないか?
そういう武藤の方は日々の研修でやたら疲れているのか、珍しく床に寝そべったまま雑誌を読んでいる。
けれど武藤は雑誌が退屈なのか、やたら俺に構ってくる。
「ねぇねぇ?先輩。こっち向いてください。」
「なんで。」
「なんでもです。」
子供かと思いつつ、仕方なくパソコン画面から目を離し武藤を見てやる。すると武藤は嬉しそうな顔を俺に見せた。
「で、なんだよ?」
と聞くと、ふふっと武藤は楽しそうに笑った。
「なんでもないです。呼んでみただけです。」
「お前は子供か。」
「だってつまんないですよ。構ってくださいよ〜。」
掛け合いがまるでお母さんと子供だ。珍しいな、武藤がこんなに甘えてくるなんて。
けれどせっかくの休日だし、と思い俺はパソコンの前から席を立った。
これでも囲われている身である。ご主人様はこの男なのだ。
俺は寝転ぶ武藤の横に同じように寝そべると、背中だけピトリと武藤の体につけて目を閉じた。コウチも俺の動きに触発されたのか、近くに来て丸まった。
「先輩、今度は寝ちゃうの?」
武藤の声は嬉しそうだ。
「ねぇ、先輩?」
「…武藤の好きにすればいい。」
俺のせいいっぱいの誘い文句に武藤は押し殺した声で笑った。
「じゃー、好きにしちゃおうっと。」
そう言って、体を起こしてどこかにいってしまった。俺は予想していた反応と違うくて、薄めで目を開けてみた。武藤は机の引き出しを漁って何かを探していた。
しばらくして何かを見つけると、またこちらに戻ってくる。俺は何故か慌てて目を閉じた。
武藤は目を閉じる俺にごそごそと何か仕掛けてくる。
ふと顔にかかっていたものがごっそり取り除かれた気がして目を開けたら、どアップで武藤の顔があった。
「先輩、可愛い!!」
何かと思って眉間に皺を寄せたら、手鏡を渡された。
鏡の中の自分は長く伸びきった前髪を頭のてっぺんで一つに結ばれていた。いわゆるパイナップルヘアーだ。しかも可愛らしいボンボンが二つついたゴムで結ばれていた。どうやら武藤の妹のものらしいが。
「最近先輩、髪の毛伸びたなぁっていつも思っていたんです。そんな前髪でパソコンやったら目、悪くなりますよ?これからはずっとその髪型でいてくださいね。」
にこりと微笑まれ、どうしていいか分からず鏡の中の自分をじっと見た。
これではまるで間抜けではないのかと思うが、可愛いと言った武藤を信じてしばらくこの髪型でいるのもいいかと思った。どちらにしろ自分を見るのは武藤だけなのだ。
「時間が空いたら、俺が先輩の髪の毛切ってあげますから。」
頭のボンボンにキスをされながらそう言われた。
俺が何も言わずにそのまま頷くと、今度は唇にキスされた。そしてそのまま風に押されるように押し倒されてそのまま抱かれた。
結局することはするのかい、と思いつつも穏やかに過ぎていくその日を俺は幸せに感じていた。

そのあとも、武藤はやたらにその髪型を気に入ったようで、いろんな小物屋にいっては俺にもっと可愛らしい髪ゴムを買ってくるようになった。リボンのもあるし、サイコロ型のもある。本当なら女子中学生くらいの年齢に向けたゴムなのだろう。最近はたくさん種類もあって武藤も選びがいがあるとか意味不明なことを言っていた。
一日が始まる時に俺の髪のゴムの柄を選ぶのが武藤の楽しみになった、らしい。
相変わらず変な奴だ、と思いつつも俺は武藤の膝の中で黙って武藤が自分の髪の毛を結んでくれるのを待っていた。

実を言うと、俺もそれをされている時間は決して嫌いではなかった。





next



今度は受けが変人…。がっかりだよ、本当私にはがっかりだよ。
written by Chiri(11/23/2007)