朕は猫である
朕は猫である(7)



 タカヒサには弟が二人いた。三つ下のヨシと更にそれより二つ下のノブだ。ノブは末っ子の弟でやんちゃで笑いながら問題を起こす奴だ。ヨシは何も問題は無いが、何に対してもクールで我関せずという姿勢の弟だ。
 二人ともタカヒサが育てたと言っても過言ではない。
 何故なら、幼い頃にタカヒサの父親は肺をわずらい長い間病床生活を送っていた。
 必然と母は働きに出ることになり、家の事は全て当時中学一年生であったタカヒサがやることになった。
 母はタカヒサに対して「お兄ちゃんなんだから」とか「もう中学生なんだから」と言っていろんなことをやらせたが、タカヒサはそれよりも病院で父に言われた言葉を胸に抱いて日々を過ごしていた。

『母さんを頼むな。 お前は父さんの自慢の息子だからできるよな』

 力強く頷くと父は「よし!」と笑い、いつもタカヒサの頭を撫でてくれたものだ。

 同級生達の生活ぶりとはかけ離れている生活だった。五つ下の弟は我儘し放題で、タカヒサが作る飯はいつも「まずい」と言って残した。三つ下の弟は部屋にこもったまま出てこなく、たまに叱ると「ちゃんと勉強してるんだから放っておいてくれ」と返される日々だった。母親に求めていた我儘も文句も全てタカヒサにシフトして、それを受け止められないと二人ともブツクサと文句を言った。
 それでもノブの食べられなかったものが一つ一つ減っていったり、ヨシに分からないところを教えてやったりすることはタカヒサの楽しみ、そして父の楽しみであった。
 下の弟二人の成長をタカヒサはいつも父に報告し、父は楽しそうにそれに耳を傾けていたから。どんなに二人が問題児でも父はいつでも愛情を忘れず、二人の様子を事細かに聞いてきた。
 そんな父がタカヒサに残してくれたものが銀の時計だった。
 弟二人にも個別で違うものを父は与えた。けれど、タカヒサには父がいつもつけていた時計をくれた。
 もう手に入れる力さえない状態で、父はタカヒサのために時計を外して、それをタカヒサの手首に繋いだ。そのまま、タカヒサの手を握り締めると、いつもの笑顔で、

「家族をよろしくな。 お前を信じてるからな」

 と、そう言った。タカヒサはいつもよりも深く大きく頷いた。
 その時計をくれた一週間後に父は亡くなった。
 タカヒサは泣かなかった。
 時計だけじゃない。父はタカヒサにいろんなものを贈ってくれた。本当は父が自分の手で弟たちを育てたかっただろう。そんな楽しみを彼はタカヒサに譲ってくれていた。
 多分、タカヒサが母を支え、弟を育てる事がこの身体に流れている父の血に報いる事だろうと思っていた。
 だから、弟の世話だってそうだし、世話のかかる人たちを見てもタカヒサはそれが苦だとは思わなかった。それで自分が損していると思ったことも無かった。人に関わる事でその分、楽しみも増える。
 それでもたった一回弟に泣いて怒ったことがある。
 父がタカヒサに譲ったあの時計をノブが欲しいと言った時だ。
 泣いて駄々をこねるノブにまだ中学生だったタカヒサは泣いて応戦した。いつもならすぐに折れるはずのタカヒサに、ノブは意地になって駄々をこね続けた。
 今では大人になりきれなかったのだな、と思う。けれど、大学生になった今でもそれは同じなのかもしれない。自分は分別のある顔をした子供なのかもしれない。
 ちんになくされた時計を考えると、胸が黒く煙く。中学の時から毎日つけていた時計は今やお守りのようになっていたのかもしれない。
 だから、ちんが「ご褒美」を与えると言った時にどこか冷静にタカヒサはちんが一番嫌がることを探していた。
 ちんの耳は垂れ下がっていたし、一回り小さくなったちんは謝罪を言葉にしていなくても反省しているのは見てとれた。それでもどす黒い疼きをかき消せなかったのは自分の弱さだろう。

「抱かせろ」

 そう言った瞬間、ちんは泣きそうな顔でタカヒサを見た。何度かタカヒサの顔と床を交互に見てから、困った顔のまま、小さく頷いた。

 布団の中でちんは小さく震えていた。本当はこの時までタカヒサはちんを抱くつもりなんて無かった。ただの腹いせだった。脅かすつもりでちんの服を乱暴に剥ぐと、ちんの白い肌が露になった。
 いつも風呂場で見ているはずの肌なのに、実際に触れてみてそれが絹のように皇かである事を確認すると自分の中の欲望が爆発した。首元に吸い付くと、ちんが「ひぃん」と動物のように鳴いた。けれど、タカヒサは止まる事ができずに既に反応を知っている奥の蕾に手を伸ばした。ローションを軟膏で代用しながら、それを塗りつけた指でちんの奥底にねじりこむ。
 ちんは喉を鳴らしながら、細かく震えた。

「あ、……あ、あ」

 可愛い。可愛い。可愛い。

 後はもう本能のままだった。

 指を増やしながら、ちんの胸に咲く花をつまんだ。ちんの声に悲壮さが増したが、タカヒサはどうやら完全にちんに欲情していたらしい。自分を止めるはずの理性なんてものはもはやどこかに消え去って、ちんの放つ濃密な色香だけが自分を動かしていた。

「タカヒサ……タカヒサ……」

 うわごとのように繰り返すちんの口に吸い付くと、ちんは目を大きく見開いた。涙を浮かべた目はどうしていいか分からない様子でただタカヒサを見つめる。
 タカヒサはちんの股を大きく割ると、それを高く持ち上げた。そして、しとりと濡れたタカヒサのそれを宛がった。
 ちんは両手で顔を隠した。タカヒサがちんの中に入った瞬間、ちんは声にならない叫びをあげた。それを知りながら、その快感にタカヒサは人格を忘れたように何度もちんの中へと穿った。

 ちんが壊れた楽器のように泣くのに、タカヒサは無我夢中のまま突っ走った。終わりが見えた時、そしてタカヒサがちんの中に精を放った時、タカヒサはやっと我に返った。

 腕の中にいるちんは幼い子供のように涙を浮かべて、じっと息を殺していた。急いで自分自身をちんの中から引き抜くと、ちんは最後にびくりと震えた。じわりと垂れる自分の液を見て、タカヒサはなんて馬鹿なことをしたのか、と一瞬で後悔した。
 ちんが声をあげずに泣き出し、タカヒサは呆然としたままちんを見おろした。

「ちん、身体洗い流そう」

 ちんの腕をひくが、驚くほどちんの腕には力が入っていなかった。

 ザーザーとちんの身体を洗いながら、ちんはシャワーに紛れて涙を流した。白い肌についていた無数の痣は、タカヒサがちんを陵辱した証だった。
 ちんは自分の後ろの蕾に手を入れて、そこから出てくるものを見てから、ぎゅっと目を瞑った。
 タカヒサはちんにとってこれが一番酷い事だと分かっていてやったのだ。
 大人でもなんでもない。ただの最低な奴だ。

「ごめん、ちん、ごめん」

 タカヒサがちんの身体を洗い流しながら、そう言うと、ちんは驚いた様子でタカヒサを見つめた。

「……タカヒサは素直に謝れるのだな」
「だって俺が全部悪かったんだから」

 ちんは虚ろな瞳でタカヒサを見ながら、口を強くかみ締めた。

「いや、先に朕がそなたのように謝っていたらこうはならなかったのだろう。 朕が悪かったのじゃ」

 いつものような子供らしさが消えて、ちんは突然悟りきった大人のような口調になった。そうさせている自分が恥ずかしくて、タカヒサは首を横に振った。

「違う。 俺が悪いんだ。 償わせてくれ。 もう俺はずっとお前の下僕でいるから」

 ちんは顔を上げて、タカヒサの方を見た。

「なら、タカヒサ。 そなたは朕をずっと抱き続けるが良い」
「は?」
「朕はタカヒサとは……対等でいたい」

 意味が分からなかった。
 タカヒサは信じられない気持ちでちんを見た。ちんは真っ直ぐにタカヒサを見つめる。漆黒の瞳が揺れた。

「なんでそうなるんだ。 お前はもう何もしなくていいんだよ」
「違うのだ。 だって最初は朕が悪かったのだ」

 ちんは不安げに首を振った。

「このままでは、そなたはもう朕に文句を言ったりしなくなるのであろう」

 タカヒサは口元を結んで、彼の言い分を知ろうとした。
 けれど、分からないのだ。ちんは我儘し放題だった。タカヒサは下僕体質だと高らかに言い放っていた。
 ちんは目を伏せた。

「それでもそなたが本当に朕の下僕となるとしたら……」

 鼻声のような掠れた声だった。

「朕は昨夜夢に見たような孤独な皇子になるということだ」

 彼の言う孤独な皇子がどんなものかは自分には分からなかった。けれど、自分はちんを孤独にするつもりは無かったし、ちんが望むことは全てしてやろうと思った。
 それが無闇にちんを傷つけたタカヒサの責任だと、そう思った。





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本当に下僕にしたいかと聞かれたら、そうでもなかったり
written by Chiri(5/23/2011)