朕は猫である
朕は猫である(4)



 その日、朕は朕の生まれた日が確か冬と春の狭間だった事をふと思い出した。朕が人間だったのはたったの15年間ではあったが、それに対して猫になってからは一千年も経っている。
 なんだかとても長い間、損をしている気分になった。
 朕の誕生を祝う機会を何度も逃したと言うことである。

「タカヒサ、今日は朕の誕生日であるぞ」
「は?」

 ある朝、朕が思いつきでそう言うと、タカヒサは眉を顰めて、朕を見た。朕はこの頃えすぱあになりつつある。タカヒサの思っている事がなんとなく分かるようになった。
 今のタカヒサは(また、めんどくさい事を言い出したぞ、この猫)と思っているであろう。全く無礼なヤツである。

「なので朕は七面鳥とほーるけーきが食べたい。 今夜買ってまいれ」
「お前、またそんな我儘……」

 ちでじでなんとなく誕生日を祝う形態が分かってくる。この国ではご馳走をたんと作り、その後にケーキを食べるようだ。当たり前だがろうそくも忘れないで欲しい。

「そうじゃな、ろうそくは1515本くらいじゃ」
「そんな数のるかよ」

 はぁ、とタカヒサはため息をついた。財布を覗き込んでもう一度長いため息をつく。

「本当お前来てから財布が薄くて仕方ねぇよ」

 ちなみにタカヒサの体も同じように少し薄くなったかもしれない。最近のタカヒサはバイトを一つ増やして、深夜に帰ってくることが多い。家に帰っても朕の世話をし、風呂に入れて、寝る頃にはげっそりである。それでもタカヒサは一言も文句を言わない。全く屈強な男である。

「帰ってくるの八時位になるけど、何も食わずに待ってろよ」

 朕は神妙な顔で頷いた。小腹が減るに決まっておるから、またぽてとちっぷすのコンソメ味をいただこうと心の中で画策する。
 タカヒサは朕の頭を撫でてから、コキコキと肩を鳴らしつつこの部屋を出て行った。
 タカヒサはどうやら肩が凝っているらしい。気配りのできる朕はすぐにそのことに気づいたけれど、だからといって何をするでもない。朕は高貴な存在だから、卑しい臣下の肩のことなど気にかける必要は無いのだ。
 そういえば、この時間はいつもドラマをしている。韓流の時代劇ドラマとはかくもおもしろいものである。朕の生きた時代と少しだけ似ている。朕の国は豊かではなかったから、あのように金尽くしの服など無かったが。それでも鉱物のよく取れる国だった。朕によく似合った瑠璃の石でできた飾りは本当に美しかったのだ。そんな、少しだけ懐かしさに似たものを感じながら、朕は毎日かじりつくようにテレビを見る。毎日2本立て放映されているので一日でも見逃しては一大事である。
 朕はチャンネルをあわせた。そうだ、最近毎日やっているこのドラマの続きが朕は一番気になっていたのじゃ。タカヒサの肩こりなど二の次、三の次である。



***



「ただいまー」

 ふと気付くとコタツで寝ていたようだ。タカヒサの声がして、目線だけ玄関の方へと移す。ドタドタと廊下を歩く足音が聞こえる。どうやら、一人では無いようだ。
 朕はハッとして起き上がった。

 一応廊下と部屋を隔てる襖が一つある。けれど、それを開けたらすぐにこの部屋である。
 朕は慌ててタカヒサが作った帽子を探した。あの帽子がなければ朕のこの醜い猫耳が見られてしまう。果てには、どこかに売られて、解剖されてしまうかもしれない。

「ま、待て! タカヒサ」

 帽子はどこじゃ。
 確か、どこかに放っておいたはず。えーい、タカヒサが綺麗にしてしまってどこにしまわれたか分からぬ。とにかくクローゼットを見てみるしかない。
 クローゼットを開けると、雑多にジャケットが吊られていた。朕は注意深く辺りを見渡した。

(あ、あった)

 ホッとしながらその帽子を手に取ったその時。

「お邪魔しまーす」

 タカヒサの声ではない声が部屋に紛れ込んできた。それと同時に部屋の襖が開かれた。朕は背筋を凍らせた。

「あ、本当だ! 猫人間!」

 タカヒサの他に見知らぬ男が二人たっていた。一方は朕を指差し、笑っている。もう一方は、ジッと朕を見つめたまま動かない。二人ともまだ齢15,6のあどけない顔をした男子である。
 朕はパクパクと口を開きながら、タカヒサに弁明を求めた。タカヒサは相変わらず無表情な顔のまま、首でクイッと促した。

「コイツ、俺の弟のノブ。 あと、ノブの幼馴染の小高 泰介(こだか たいすけ)。 小さい頃から知ってる奴だからこいつも大丈夫だ」

 大丈夫だ、というのは朕が猫だと言う事をばれてもいいということだろうか。
 何を勝手なことを。朕は声を荒げて、タカヒサに詰め寄った。

「何が大丈夫だ! 朕を見世物にしよって! 許さぬ! 許さぬぞ!」
「わー動いたー……」

 ノブと小高は朕をサーカスの芸でも見るかのように目を輝かせてこちらを向いている。朕はそれが居心地が悪くて、キーッとタカヒサの背中に爪を立てた。

「いて! いや大丈夫だって、ちん。 こいつらは信用できるから」
「ちんって言うの、そいつ!」

 ノブが明るい声をあげる。朕は恨めしくノブの方を向いた。
 ジッとノブを見たが、タカヒサとはあまり似ていない。身長も小さいし、髪の色も明るく、顔は丸顔だ。目はくりっとしてどんぐりのようだし、どちらかと言うと女顔である。タカヒサとは大間違いだ。

「わはは、変な名前ぇ〜〜」
「なんだと! そなたの兄がつけた名前じゃ! 朕とて好きではない」
「わぁ、とか言いつつ自分のこと名前で呼んでる〜! ノリノリじゃーん」
「えーい、黙れ! お前は一人称の『朕』を知らぬのか」

 腹を抱えて笑うノブの横で今だ驚いた顔のまま硬直しているのが小高らしい。こっちはもう既に朕と同じくらいの身長があるし、胸板も厚くなりつつある。黒髪の短髪で目鼻立ちが全体的に薄く長く男らしい。どちらかというと小高の方がタカヒサに似ている気がした。

「ほら、とりあえず座れ。 ケンタッキーで肉買ってきたし、ケーキもコンビニで買って来たぞ」

 タカヒサは、手に持った荷物をコタツの上に置いた。そうである、今日は朕の思いつき誕生日である。朕が主役なのじゃ。

「え? 肉」

 肉と言う言葉に男子学生二人は目の色を変えた。
 どういうことだ、朕を見た時の顔と同じじゃないか。朕の姿はその程度の驚きなのか。全く腹立たしい。
 朕がむくれながら、コタツに戻ると二人も遠慮なく足を突っ込んできた。タカヒサだけが皿を出し、夕飯の用意をする。米と肉とケーキ。今日の夕飯はそれらしい。

「今日、ちんの誕生日なんだって?」

 ノブは無邪気に聞いてきた。朕は神妙に頷く。

「そうじゃ。 だから、朕のものじゃ、この肉もケーキもぜーんぶ」
「えー! 何言ってるの、皆で食べるんだよ。 ちなみに僕この一番大きいヤツね」

 ノブはそう言いながら箸を一番大きなチキンに突き刺した。朕は目を見開いた。

「あーー!」

 朕が声をあげた瞬間、小高がまた箸を繰り出し、二番目に大きなチキンを奪っていった。
朕が言葉にもできずにそれを見送ると、ノブも小高も気にせずむしゃむしゃとかぶりついた。

「ひどい……。 朕は王族であるのに……。 朕の食べ物を奪うなどあってはならぬ……」

 残った小さなチキンを拾いながら、朕は涙を堪えた。

「王族か何か知らないけどさー、男四人集まってこうやって食べる時は先にとったもの勝ちっていうルールなんだよ!」

 手で直接骨を掴みながら、ノブは汚らしくチキンを食べる。朕は素手で触るのなんて嫌だから、用意された箸で一つ一つ綺麗に肉を取り出して食べる。けれど、それは時間がかかってしまい、ノブはまた次のチキンに手を出した。

「じゃ、二個目いただき!」

 チキンの数は全部で7個しか無かった。何故こうも中途半端な数なのかとタカヒサに聞くと、それしかもう残っていなかったのだと彼は言った。
 小高も相変わらず遠慮せず二個目に手を出す。そして、朕が箸で悪戦苦闘している中、タカヒサが2個目に手をのばした。

「あ! 最後のチキンが……!」

 朕が震えた声でタカヒサの手を追う。無情にもタカヒサは最後のチキンを一つ掴んだ。そして、それを朕の皿の上に置いた。

「ほら、やるよ。 俺はいらんから」
「……タカヒサ!」

 ダーッと涙があふれてくると、タカヒサは朕の頭を撫でた。
 ノブは何故かそんな朕を見て、一層笑い出し、小高は黙々と肉を食べ続けた。
 このようなやかましい食卓は初めてであった。主にノブのせいであるが、王族の食卓はどこか厳かでいつでも静かだった。朕以外には女官と料理人しか居なかったせいもあるだろう。

「……いいだろ? こういうのも楽しくて」

 不意にタカヒサがそう呟いて、朕はどう答えてよいか分からなかった。肉もケーキも自分の取り分は減るし、良い事はない。けれど。

「ちん、おめでとー!」
「おめでとうございます、ちんさん」
「ちん、おめでとう」

 そう言って、屈託もなく笑う人間が周りに居るだけでどこか幸せな気分になれる。不思議であった。
 その後、同じ調子でケーキもとられてしまい、けれどタカヒサが朕に彼の取り分を分けてくれて、宴は終わった。

 満腹になったノブはずっと朕の耳が触りたかったようで、いきなり朕に飛び掛ってきた。朕は悲鳴をあげて逃げた。
 前言撤回である。何が良いものか。

「こら、ちん! 耳、触らせろ」
「嫌じゃ! 嫌じゃ」

 タカヒサも小高も傍観を決め込み、朕とノブの鬼ごっこを楽しげに見ていた。すばしっこいノブに捕まると、朕はノブに馬乗りになられて、耳を触られた。

「こら。 やめ……」

 朕が囚われの身になり、小高も参戦する。ノブは朕の耳の奥に触れたり、耳の裏を撫でたりした。

「や、やめい」

 嫌なのにぴくんと反応してしまう。人間と同じように耳の中に息を吹きかけられるとどうしても体がビクンと揺れる。そして朕は屈辱的な鳴き声を出してしまった。

「にゃーんごろごろごろ」

 喉を鳴らした朕を見て、ノブはご満悦に笑った。

「はぁ、やっぱ猫可愛いな〜猫萌え〜」

 その割りには散々な扱いである。

「この尻尾とかいいよな」

 と言いつつ、小高が服に隠れていた朕の尻尾を発掘する。尻尾を掴まれて、朕は「ひあっ」と声をあげた。

「うち、犬はいるけど。 猫は飼えなかったもんな。 母ちゃんがアレルギーで」

 ノブは頬を膨らませながら、朕の耳をサワサワと触る。朕は恥ずかしくなってたまらなくなった。またこのように屈辱に耐えないといけないとは。

「タ、タカヒサ……」

 朕が蚊の無くような声で助けを求めると、タカヒサが目を伏せてから立ち上がった。

「こら、ノブ。 もうやめろ」

 ノブを朕の上から降ろすと、朕はタカヒサの後ろに隠れた。

「なんだよ、兄貴だって猫耳萌え〜なくせに」
「ノブ」
「だから拾ってきたんだろ」

 そういえば、と思い朕はタカヒサに疑いの眼差しを向ける。
 最初、タカヒサは朕を猫だと思って近づいた。凶暴な猫だと言う事は分かっていたはずだ。

「何だよ……」

 タカヒサは不満げに朕を見つめた。
 猫耳なんて俗なもの、いらないと思っていた。けれど、もしやタカヒサもこの耳や尻尾が好きなのではないだろうか。俗なものほど、心惹くものであることも確かである。

「タカヒサ、もしやそなた猫耳が好きなのか……?」
「……バカ、好きじゃねーよ」

 タカヒサはそう言うと、コタツに入ってしまった。なんだか本音をあえて隠したように見えるのは気のせいだろうか。
 そんな考えを持ちながら、ふと朕は気付いてしまった。

「タカヒサ、そういえば朕へのばーすでーぷれぜんとが無いぞ?」

 ぎくりとタカヒサの肩が揺れた気がした。
 朕は目を細くして、舐め回すようにタカヒサを眺める。ジーッと回り込んで、タカヒサと目をあわすとタカヒサは目をそらした。

「ひどい! 朕の誕生日だというのに」
「仕方ないだろ。 お前、今朝誕生日とか言っても用意できねーって」

 朕は憤慨した。
 朕の誕生日に朕への贈りものが無いなんてあるまじき事である。

「我儘言うなって、ちーん。 兄貴、貧乏なんだから」

 ノブまで加勢して、朕はチッと舌打ちをした。

「なら身包み剥がして、金目のものをもらうまでじゃ」
「どこの盗賊だよ」

 朕はタカヒサの懐に潜り込み、ポケットを探る。けれど、ティッシュにハンカチ、レシート、メモ用紙とろくに金目のものが無い。
 本当に貧乏なのじゃ、こいつは。
 と、そう思ったその時。

「なんじゃ、この時計」

 高価のものには目ざとい朕が見つけたソレ。タカヒサの左腕についている腕時計だ。
 おそらく銀細工で出来ているものだろう。文字盤や針にアンティーク調の細工が施されており、中のネジや歯車がそのまま外から見える仕様となっている。繊細な作りと同時に黒く光沢した銀には洗練された鋭利さを感じる。
 タカヒサが息を止めたのを見て、朕は確信した。

「タカヒサ、この時計を朕に捧げよ」
「だめだよ、ちん、それは!」

 ノブが血相を変えた顔をして飛んでくる。朕とタカヒサの間に入り、タカヒサの持つ時計を見やる。ノブはタカヒサの腕の時計を食い入るように見ると、「……兄貴、まだつけてるんだ、それ」と意味深い笑みを浮かべた。朕は間に入ったノブを押しのけて、もう一度言った。

「朕が欲しい! その時計、朕が欲しい!」
「だめだって!」

 いつの間にか朕とノブとの戦いになっていて、ノブがよっぽど本気で嫌がっているのも分かっていたが、朕は止められなかった。
 しばしば朕のこういう我儘はものさしになる。
 臣下がどこまで朕の我儘を許してくれるかを測っている、そしてそういう風に測る事が朕の悪い癖、そしてどうしてもやめられない癖になっていた。

「嫌じゃ! 嫌じゃ! 朕のじゃ、これは」

 もはや涙すら浮かべて朕はタカヒサの腕にしがみついた。
 タカヒサは大きくため息を吐いてから、右手で時計を外した。朕の目前にだらんと時計を見せられる。

「……一日だけ貸してやる。 お前、誕生日だしな」
「兄貴!」

 ノブの非難めいた目を見て、タカヒサはノブの頭をポンと撫でた。朕はやっほーいっと歓声をあげてから、腕時計を朕の時計にはめ込む。

「銀じゃ、銀! 本物の銀じゃ」

 銀メッキや金メッキの多いこの国で、やっと本物を付けれた気がした。こうして本物の細工を身につけると、自分の右腕だけでもあの頃の自分に戻れたような気がした。朕は嬉しくてその右腕をノブや小高に見せびらかした。
 ノブは朕を恨めしげに見つめて、小高の袖をぎゅっと握った。

「タカヒサ、朕は嬉しいぞ! これから春の日は毎日朕の誕生日だと思え」

 朕はつい口が滑った。

「どういう理屈だよそりゃ……ってまさか」

 タカヒサが目を疑うようにして朕を見た。ノブも小高も同じようにして朕を見つめる。朕は首をかしげた。

「朕が自分の誕生日など覚えているはずもなかろう」

 朕がへらっと笑うと、タカヒサとノブと小高が同時に声をあげた。

「「「ふざけんな、この野郎!」」」

 その後、銀時計はすぐに回収されしまって、朕はとてもションボリした。ぬか喜びとはこの事である。





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ちんの詰めの甘さが憎めない☆(と感じてくれたらいいな☆)
written by Chiri(5/2/2011)