百万回殺された悪魔
百万回殺された悪魔(5)



あれから何度か自警団が追ってきた。
しかし、その度に地震が起こり、ラピは真っ赤なオーラに包まれ、そして火の粉が飛んだ。最悪な時は割れた地面からマグマが噴出した。
森は枯れ、一部の家屋も崩れ去った。
何人か死んだだろうが、ラピにはその数もわからなかった。
トランス状態になる時、気持ちがフワフワして、何も考えられなくなってしまう。かろうじて自分のした事の記憶は残るが実感は残らなかった。
自警団がラピを追うのをやめた頃、今度は王国の騎士団がラピを討伐しに来た。
それも結果は同じだった。
ラピの力に適う者はいなく、いつのまにか逃げ帰って、戦場となった場所にとんでもない被害が残るだけという状態が続いた。
ラピが自我を取り戻すときは必ず景色が崩壊している時だ。それをどうしようもない気持ちでラピは眺めた。
罪の意識でいっぱいだった。

ラピにはどうしても欲しくて手に居られないものが今も尚、あった。
弱い立場の時は、それを素直に望めた。あれが僕にもあったらいいのに、と。
しかし今のラピは望むこともいけないような気がした。

(そんな資格なんて僕には無いんだ…。)

惨事の後はいつもそう思っていた。

しばらくすると、騎士団の方も諦めたのか、ラピを追うことをぴたりとやめてしまった。こんな不毛な戦いに意味を見出せなくなったのかもしれない。ラピも全く同じことを思っていた。
ラピは攻撃さえしなければ、自分から襲ってくることは無いのだ。
それに気づくまでに、ここまでかかってしまった、という事だった。

ラピは町から遠く離れた山に住み着いた。
山の頂上近くには、誰かが捨て置いた屋敷があった。もしくは、ラピが近くにいると知って住んでいたものが逃げたのかもしれない。
とにかく、その屋敷を有難く拝借することにした。

山での生活は平和だった。

人間は誰もいないけれど、ラピを脅かすものも居なかった。
食べるものは魚や木の実、キノコでまかなえた。ラピは料理なんてものはできないから全てそのまま食べたが、お腹が膨れればそれでよかった。また悪魔の血のせいかお腹を壊すということもなかった。

そんなラピの生活を変えたのはある日のことだった。
ラピが独りで暮らすようになって一ヶ月は経っていた。

ダン、ダン

その日、地面が微かに揺れていた。

ダン、ダン

(なんだろう、地震?)

そう思いながらも、あまり気にするほどの揺れではなかったので最初は放っておいた。
しかし、音と揺れは次第に大きくなっていた。

ダン、ダン

すぐ近くまで聞こえてきたとき、ラピはやっと気づいた。

(これは、足音だ)

そう思い、窓を覗いたときにはソレはもうすぐ傍まで来ていた。
300人以上の人間の行列だ。

一番前に騎士団が居て、真ん中の方に馬に乗った男が数人。
そして、その後に美しい服に飾られた人間が300人ほど後ろ手に縛られながら歩行させられていた。
またラピを討ち取りに来たかと思えばどうやら様子がおかしい。行列の中に戦えるものが極端に少なく見えるのだ。

屋敷の前の平地に全員が並ぶと、馬に乗った男が降りた。
馬に乗っていた人間は3人いたが、おそらくは一人が身分の高いもので、もう二人が護衛だろう。

「リリス様!!リリス様!!どうかおいでになってくださいませ!」

その一番えらい素振りを見せていた男がいきなり叫んだ。
ラピはビックリして、その男を見る。

リリス、と言った。

昔、呼ばれていた名前だ。
まだタオスが殺しの儀式をしていた頃の。

ラピは玄関の扉を小さく開けて、おそるおそる体を現した。
場がシンと静まるのがラピにも分かった。
男はラピを確認すると、ラピの足元に突然跪いた。
「おお!!リリス様!!」
驚いたラピは気味悪くて思わず一歩引いた。
(な、なに?どういうこと?)
こんな風に頭を下げられたことなんて無いのだ。
この前までは殺されかけていた日々だった。それが何故こんな風に?

「と、突然、なんですか?」

びくついたまま、男に問いかけた。
男は顔をあげた。下品な顎鬚が揺れる。

「リリス様。私めはこの地の領主でございます。名をワゼルと申します。今回は、王の使いとしてここに参上いたしました。」

ラピは訝しげに小さく頷いた。
ワゼルの目は怖かった。瞳の奥でラピの様子を観察しているように見えた。

「この度は、リリス様に王からの進物をお持ちしました。」
「…しんもつ?」
「贈り物でございます。」

ラピは意味が分からないというように、眉を顰めた。
それにしてもこの男、どこかで見覚えは無いだろうか?
少し年のいった中年で、権力を誇示するような髭。そして鋭く光った瞳。
見れば、ワゼルはニコニコ笑っている傍から額が大汗を流している。何か後ろめたいものでもあるのだろうか。

ワゼルはラピの向ける不審な目線に構わず続けた。

「王様は双方の友好を深めるべく、ここにいる人間300人をリリス様にお贈りするよう私に命じました。」
「友好って…。」
「今後一切国からリリス様を攻撃しないことを約束します。リリス様の求めるものはすぐに用意いたしますし、リリス様の命とあらば、王様の名にかけてそれを遂行いたします。なので、どうか、わが国を攻撃することはやめていただきたいのです。」

つまりはお互いに危害を加えないようにしよう、ということだ。
ラピにもそれくらいなら分かった。今までのことを考えればラピがその申し出を断ってもおかしくはないが、ラピはその申し出に賛成だった。
元々、人間を自らの意思で傷つけたいなどと思ったことは無い。
その上で向こうが自分を傷つけないと約束するのならそれでよかった。

けれど、人間300人が贈り物?
その意味は?

「あの、人間が贈り物って…。」
すると、ワゼルがにやりと笑った。
「聞けば、リリス様は人間に恨みを持っているとか。」
そういわれてラピは目を見開いた。
(僕が、人間を恨んでいる?)
「リリス様の生い立ちを考えれば当然のことでございます。何千人、何万人の人間に殺されてきたのです。それを報復したいと思わない方がおかしい。」
ラピは身震いした。
あのことだ。
儀式のことまで知られている。

「よってリリス様にーーーー」
「リリスって呼ぶな!!」

気が付けば、叫んでいた。
場が一瞬だけ緊張する。

「僕の名前はラピだ。リリスなんかじゃ…リリスなんかじゃない…。」

ガタガタと全身が震える。あの頃のことを思い出せばいつもこうなる。
ワゼルはコホンと咳払いをした。

「失礼いたしました。よってラピ様に300人捧げるのです。これらの人間は位の高いものばかりでございます。煮るなり焼くなり殺すなり、ラピ様の思うが通りにして結構でございます。この人数で少なければもっと用意いたします。百万回殺されたというのなら百万の人間を用意いたします。それでどうか、お怒りを静めていただこうと思ったのです。」

ラピは耳を疑った。





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長いので二つに分けました。
written by Chiri(7/5/2007)