ズボンをおろせ! 事件だ。 昴は朝起きてその状態を見て、ふぅっとため息をついた。 「またかよ…。」 最近よくこんなことが起きる。 朝なんだか肌寒いな、と思って起きるとこの状態だ。 気づかない自分も自分だが、何回も同じことをしかけてくる犯人も犯人だ。 怒りを通り越して呆れが昴を支配する。 いや、こんなことではいけない。犯人にはしかるべき罰を与えるべきだろう。 くそ、と昴は呟いた。 誰だ、俺のズボンを毎回脱がしている変態野郎はっっ!! 夜履いたはずのパジャマのズボンが必ず朝になるとなくなっている。 そして当のズボンはどこにいったかと思うとベッドの脇に無造作に捨て置かれている。 しかし探偵・昴は即座に犯人が分かっていた。 その根拠は奴の平素の変態的な性癖にある。しかも犯行が起こるのは必ずそいつが昴のアパートに泊まっていくその時のみだ。 昴は隣で天使の寝顔よろしくぐーすか寝こけているその男に拳骨を食らわした。 「いでっ!!」 男は痛みに目を覚ますと、目の前にある鬼の形相の昴に気づいた。男は意味が分からないという様子で首をかしげる。 「起きろ。そして、そこに正座だ。」 昴はこれ見よがしに腕を組んで、怒気を口から吐いた。 男は状況が飲み込めずにいたがとりあえず昴の命令だ。すごすごと従う。 「いいか?俺は謝罪以外受け付けないからな。」 「俺が何をわびる必要がある?」 「よくこの状況を見ろ。」 昴が視線を促すと、男は昴の生白い脚にやっと目を向けた。まぶしそうにそれを見て、うっとりとした表情を作る。 「朝から扇情的だな。誘っているのか?」 「ダンジテ、サソッテイマセン。それよりごめんなさいはどうした?」 「俺じゃないぞ。」 男のきっぱりとした答え方に昴は疑わし気な視線を男に向けた。 「お前以外誰がこんなことをするんだ。」 「俺以外だな。俺は神に誓ってもこんなことはしない。」 神に誓っちゃったよ、と昴は呆れた目線で男を見た。 「マジ救いようがねーな。じゃ、他に誰がやるっつーんだよ。」 「自分でやったんじゃないかな?」 「俺はどこの変態だ。大体、寒いんだよ。こんなことが続けば俺は風邪を引くかもしれないぞ。」 そう言うと男はやっと事態を重く見たようだ。 うーんと唸って眉間に皺を寄せる。 「腹巻でもすれば?」 言った瞬間、昴は男にボディブローを食らわした。 どこのバカがズボンを脱いで腹巻して寝るっつーんだ!! かくして、男のその一言でベッドの上にズボンを脱いだ男と寝ぼけ眼の男が対峙するという奇怪な状況は終わったわけだが当然それでは昴の気がすまなかった。 ぷんぷんと怒ったまま、相変わらず下はパンツ一丁で部屋を出て行く。男はその後姿をうっとりと眺めていたが、昴はそんなの知らない。 (あいつ、しらを切るつもりかよ!) 新しい服に着替えるとパジャマを洗濯機の中に力任せに投げ入れた。 (現行犯で捕まえてやる!) 探偵・昴は執念深いのだ。 その夜、昴はまた男を自宅に誘い込んだ。 連日呼ばれた男はウキウキと鼻の下を伸ばしてやってきた。 (バカな奴め…) 昴は心の奥で目を細長くして男をあざ笑っていた。 (お前がのうのうとしていられるのも今のうちだぜ) 昴は普段の自分を装い、男とごく自然に接した。 男がキスを求めてきた時も、それ以上を求めてきた時も、昴は仕方なしに応じた。 これも全ては男を夜中に現行犯でしょっ引く為だ。いわゆる囮捜査という奴だ。探偵はつらいネ。 夜になってコトが終わると、二人は同じベッドで就寝した。 もちろん昴は事前にコーヒーをガンガンに飲んでおき、目をギンギラギンにさせてその時を待っていた。 隣で寝ている男はすやすやと寝ていて、今だ動く気配は無かった。 (すっきりした顔しやがって。こっちは体がいたくて寝れないっつーのに…) と別口の怒りも湧いてきたが、それはとりあえず触れないようにしておこう。 かち、かちと時計の針が触れる。 もう深夜3時だ。昴も流石に眠くなってきた。 と、その時、隣でもぞもぞと男が動き出した。 昴は息を止めた。しかし、ハッと気づいて次の瞬間不自然な寝息を立てた。 (やばいやばい。寝てるフリしてるのに息とめちゃダメだよね。) 探偵は演技力も求められる。大変な仕事だ。 昴は目をゆるくつぶって、いかにも俺は寝ていますよというポージングをした。 男は昴の寝顔を上からじっと見つめているようだった。男の呼吸が近く感じると思ったら、男は昴のおでこにキスを落とした。 (恥ずかしい奴だ…) そう思いながらも昴の心臓は早鐘のように鳴っていた。 男はそれに満足すると、今度は突然布団の中にもぐり始める。いよいよ、だ。 昴はドキドキしながらその時を待った。 男は昴の下半身が寝ているところまで布団の中を突き進むと、おもむろに昴のズボンに手をかけた。パンツは脱がさないように、丁寧に少しずつズボンだけ下げていく。 (今だ!!) そう昴は思い、バッと体を起こした。 布団をひっぺがえし、足元にいる男を瞳で捕らえた。 「やっぱりお前じゃねーか!」 男はしっかりと手に昴のパジャマのズボンを持っていた。それだけの証拠があれば決定打だ。 昴は怒りよりも男の鼻を明かしてやったという喜びの方が勝っていたが、ふと男の様子にあれ?と眉を寄せた。 男の目はぼんやりとしていて焦点があっていない。 男の目の前に掌を揺らしてみても全く見えていないのだ。 こ、こいつ!!寝ぼけてるっ!!? 男は手に持っていた昴のズボンをペッと床に投げ落とすとまるで何も無かったように布団を被り、寝始めた。 「お、おい!」 昴の呼びかけもむなしく、そのすぐ後に男の規則正しい寝息が聞こえ始めた。 驚愕の事実だ。 男は寝ぼけながら昴のズボンを下ろしていた。 これには探偵・昴もうーんと唸った。 寝ぼけながらの犯行はどう罪を与えればいいのだろうか。もしかして責任能力が問われないということになるのだろうか。 いやいや、それでは被害者がかわいそう過ぎるだろう。悪戯に下半身むき出しの姿に辱められ、それで寝ぼけていたから犯人は罰せられないなんておかしいじゃないか。大体寝ぼけていたら人を殺していいわけもなかろうに。 被害者兼探偵・昴はふぅっとため息をついた。 法学を習っていない昴にとっては難解な事件だった。しかし、流石にもう寝たいと思った昴は迅速な対応をすることができた。 昴は男が投げ捨てた昴のパジャマのズボンを拾い上げると、それを男の頭にかぶせた。 そしてそれに満足すると、10も数えぬ内に眠りについた。 朝、昴が目覚めると珍しく男が先に起きていた。 男は既に眼鏡をかけて、口を一文字に結んでいた。どうやら少し怒っているらしい。 「昴、起きてここに座りなさい。」 なんだなんだと思い、とりあえず男の言われたとおりにベッドの上に正座する。 「いいか?俺は謝罪以外受け付けないからな。」 どこかで聞いたことあるセリフだな、と思いつつも昴ははぁっと欠伸をしながら男に返した。 「謝罪って何の謝罪だよ?」 「よくこの状況を見ろ。」 男は腕を組んで、昴の答えを待った。昴は男の全身を眺めてようやく男が怒っている意味を知った。もっとも知ったとしても、謝る気なんてさらさらないが。 お察しの通り、男は昴のズボンを頭からかぶったまんまだった。 「朝からお前はアホか?」 「アホじゃない。それより謝罪しろ。ひどいだろう、これは。」 「俺じゃない。」 昴は平然と嘘をついた。男はむすっとした様子で続ける。 「お前以外誰がこんなことをするんだ。」 「俺じゃないもーん。神に誓ってもいいよ。」 昴は簡単に神にさえも嘘をついた。そしてそのまま聞き返した。 「自分でやったんじゃないの〜?」 「俺はどこの変態だ。」 「お前が変態じゃなかったら誰が変態になるんだよ。」 男は昴を細長い目で見続けたが、昴は心地よくそれを無視した。 ベッドから一人降りると、体を大きく伸ばした。 「さぁーて、ご飯でも食べるかな。」 昴のその一言でベッドの上に下だけズボンを脱いだ男とそのズボンをかぶった男が対峙するという奇怪な状況は終わったわけだが、男は尚も口を尖らせて昴を見ていた。 (昴め…この借りは必ずかえしてくれる) 小さく歯軋りをした男はそれでも白い脚をむき出しにしている昴の後姿をガン見していた。 この様子だともしかしたらまた更なる報復があるかもしれないが、昴はそんな可能性などには気づいていなかった。 かくして、事件は迷宮入りとなった。 終わり 寝言の続き。ノリノリでかいたがあとになってみればなんじゃこりゃ。 written by Chiri(6/11/2007) |