ゆるゆるのまにまに(6) 今日は日曜日だ。 いつも世話をしてもらっているということで、今日は山本に厚木が昼ごはんを作ってやる約束をした。昼前の11時頃に呼び鈴を鳴らすと山本がパジャマ姿のまま出てきた。 「あ、おはよ〜」 完全に寝ぼけた顔のままだ。厚木は冷水でも山本の顔に浴びせたい気持ちになった。 「お前、まだ寝てたのか! まったく不規則な生活は身を滅ぼすんだからな」 「……厚木さん、俺の父親みたい」 「ち、ちち父親だと!?」 「わー! じゃ、僕とひーちゃん、兄弟? ひーちゃんがお兄さん?」 「そうだね」 樹が嬉しそうに声をあげたので、反論ができなくなる。 くそ、兄弟だなんて冗談じゃない。 俺は自慢じゃないが、最近お前になただならぬ気持ちを抱いているんだからなっ! 山本と関係を持って以来自分はひどく山本が気になるのだ。 今も尚、山本の適当で大雑把な生活習慣を全て許す気にはなれないが、それでも山本を嫌いになれない。 それは山本の生き方に人を慈しむという意味があったから。 それに、実際山本と会ってから、樹との関係も格段と良くなった。今は、家で二人っきりになっても普通にしゃべっていられるし、樹は厚木の前でもよく笑うようになった。 「最近、お父さんとひーちゃんが仲良いから嬉しい」 樹はニコニコしながら言った。樹にはジャガイモの皮を剥かせているところだ。 「ひーちゃんってすごいよね。 お父さんってすごい偏屈で意地っ張りなのに」 おーい、お前の本音はそれか。 「俺は間口広いからね! 大抵どんな人でも受け入れるよ」 「えー!」 山本は誇らしげだ。手元のにんじんはピーラーで随分中身を削られている。 「ゆるゆるのゆるは許すの”ゆる”なんだよ!」 自分で上手いことを言ったと思っているのか、山本は胸を張った。 なんじゃそりゃと思うが、言っていることはなんだか至極山本らしい。 厚木が律する人間なら、山本は許す人間だ。 何気に真理だよな、それって。 許す人間は自分に対しても相手に対しても優しくあれる。心が深くて、強いのだ。そういうところが悔しくて、腹立たしくて、羨ましくなる。 男3人で作ったカレーライスを鍋いっぱい平らげると、ずっと前から気になっていたことにやっと着手できた。 万能マスクにエプロン。ゴム手袋をはめて、戦闘開始だ。 「さ、部屋を片付けるぞ」 樹が「おー!」と合いの手を打った。更にそれに呼応するように山本の方は「えー」と不満タラタラの声をあげた。 やはり衛生上この部屋はよろしくないと思う。カビも繁殖しているだろうし、いつも閉め切っているせいで日光で殺菌されることも無い。ベッドもいつシーツを変えたのやら。 「僕も手伝うー」 「よし」 樹が名乗り出たので、頭を撫でてやる。樹には無難にトイレ掃除と風呂掃除、玄関の掃き掃除をやらせる。その間にこの部屋を埋め尽くしたゴミやガラクタを厚木が片付けていく。 40Lのゴミ袋がいくつもいっぱいになる。それを一つ一つ山本に中身を確認させてから、ベランダへと移していった。 その調子で数時間続けるとみるみるうちに部屋は綺麗になった。 「うお、すげえ」 山本は目を真ん丸くしてあたりを見渡した。 片付けてみて知ったのだが、山本の部屋はうちよりも間取りが広い。何せ最上階の一番良い部屋なのだから。 「よくもここまで汚せたもんだ」 厚木は呆れながらも、喜ぶ山本を視界に入れて、軽く微笑んだ。 最後に三人でフローリングの雑巾がけをして、山本の部屋は見違えるほど綺麗になった。綺麗好きの厚木は更にワックスもかけたいところだが、それは次のお楽しみにしよう。何よりご褒美は分けてもらいたい。 「部屋が綺麗だと気持ちがよいだろう」 厚木が問うと、山本はうんうんと頷いた。 「本当、そうだな」 山本は素直に肯定した。樹もそれに乗じた。 「ね、ひーちゃん? 僕のお父さんってすごいでしょう」 「うん。 厚木さんってすごいね」 かわいい二人が笑顔でやりとりをするだけで、厚木は随分と気がよくなった。 「厚木さん、ありがとう」 山本に礼を言われると自分まで得をした気分になる。 前はこうではなかったと思う。 自分は早苗にお礼なんて言ったことがなかった。早苗がそうする事が当たり前だと思っていたからだ。早苗のために動いてやることもなかった。自分は結局指示を出すだけの思い上がった司令官のような存在だったんだろう。 けれど、今ならなんとなく分かるのだ。 一緒に暮らすこと、互いを思いやること、持ちつ持たれつ、だということ。 この男が自分に無いものを教えてくれたからなのだろうか。 樹が発掘されたガラクタで遊んでいる間に、厚木は山本の横にこっそり立った。山本の右手にカーテンのように優しく触れる。 「なぁ。 褒美をくれよ」 「へ?」 こそっと囁くと山本も同じくらいの囁き声で返してくれた。 「掃除頑張ったんだ、だから褒美」 山本の指を撫でる。山本はふふっと笑った。 「……あー、厚木さんも好きだね?」 「うん、好きなんだ」 厚木はそのままの囁き声で言った。 「お前を好きになった」 「んぁ、ぁん、ん、あ、あ、……あぁ」 夜、樹が寝てから厚木はもう一度山本の家を訪れた。山本を抱く為だ。 山本を抱くのはこれで3回目だが、山本は最初の時と比べて花開くようにより艶やかに反応するようになっていく。 「あ……つきさ……、あ、そこ、いやぁ」 「嫌じゃないだろ、キュッと締まったぞ」 上気した頬にキスを落とす。頬に口付けてから、その横にある唇の膨らみがどうにも欲しくなる。厚木はむしゃぶりつくようにそこを口で塞ぐと、山本の口内を丁寧に舐めた。 ふと気づいたが、ここにきて初めて山本にキスをした。山本もそれに気づいたのか、少し呆けた顔をした。 「厚木さん、今、の……」 「キスなんて久しぶりにしたな」 笑って言いながら、腰を何度かグラインドさせると、山本は「ああぁ!」と喘いだ。 「な、なんで……キスなん、て……ん、ああ!」 リズムに揺られながらそれでも山本は厚木に問いかけた。 「……お前が好きだからだ」 パンパンと肉がぶつかりあう音が後追いする。山本はつかまるようにして厚木の背中に手をまわす。 「ん、あ、あ、あ……ん!」 山本の額についた髪を払ってやる。 山本はちゃんと自分の告白が聞こえているのだろうか。 「ん、ん、俺も好き。 厚木さんとのエッチ好きぃー!」 がくんと腰が落ちた。 こなくそ。 さては全然分かってないな、こいつ……。 若干の憎らしさを感じながらも、その夜厚木は山本を長い間放さなかった。 山本の家に通うようになって1ヶ月以上経った。夏休みもそろそろ終わる。だが、今年の樹は夏休みの宿題はもう7月で終わらせたと誇らしげに語っていた。 せっかくの夏休みだ。特に遠出することもないまま終わってしまうのはもったいないということで、夏休み最後の週末に男3人で海に出かけることにした。 水着やら浮き輪やらを持って山本を迎えに行くと、山本の暑苦しかった髪の毛がさっぱりなくなっていた。肩につくほどあった髪がばっさりなくなっている。それでも髪の毛が猫っ毛な為、あちこちにはねていて、それがどこか若者の髪型に見せている。 「お前、何髪の毛切ってるんだよ」 開口一番に厚木がそう言うと、山本は首をかしげた。 「厚木さんも前から切った方が良いって言ってたじゃないか」 確かにあのもっさりした髪の毛は見苦しかったが、こうも爽やかになられると困るのだ。山本の顔は理知的な顔である反面、女性に持てそうな甘い顔だ。性格がだらしないのが功を成して、どこか優しそうにも見える。きっと人目を引く部類の人間だ。 「わ、ひーちゃん。 かっこいい! そんな顔してたんだー」 「あはは。 久しぶりに髪切ったよ」 樹と山本が楽しげに会話する中、厚木は恨めしそうに山本を見ていた。 「普段ひきこもりのくせに外出するのに浮かれてるじゃねぇよ」 ボソッと厚木が呟くと、山本がひでぇっと笑った。 くそっ、こんなんじゃ山本を独り占めできないじゃないか! と厚木はかげながら地団駄を踏むが山本はちっとも気づく様子は無かった。 一番近場のビーチに着くと、そこは人でごった返していた。右を見ても、左を見ても人、人、人。上を向くと、灼熱の太陽。軽い地獄絵図に似ている。 「な……んじゃこりゃ!」 あまりの人の多さに山本が唖然とする。普段からひきこもっている人間にはハードルの高い人口密度かもしれない。 「さぁ、泳ぐぞ! 樹」 「うん!」 樹を連れていち早く砂浜に繰り出すと、後ろから山本の声が追いかけてきた。 「お、おい! 待ってよ」 山本は大学卒業してからはずっとあのマンションで働かずひきこもっていたらしい。外に出るのは久しぶりのようで、どこか不安げなところが見ていておもしろい。 「一人にしないで!」 人ごみの中で置き去りにされるのが嫌なのか、山本の声は必死だった。 ……なんだこの快感。 人ごみの中を分け入って追いかけてくる山本を見て、厚木はなんだかマニアックな幸せに酔いしれた。最後には「もう、ちゃんとついて来いよ」と言って手を引っ張ると山本はホッと胸を撫で下ろしたようだ。なんだかこの表情もまた違う快感を呼び起こす。 しばらく3人で海の中を泳ぎまわったり、ビーチボールで遊ぶと、まず山本が倒れた。げっそりした顔で「なんじゃこりゃ。 すさまじく疲れる……」と呟くと、山本はゾンビのようにして砂浜に戻っていった。やはり外に出る習慣がないと体力が無くなるらしい。今度は山本に自宅でできるトレーニングプログラムでも考えてやろうかだなんて思っている間に、一人で砂浜で休む山本の元へ早速悪い虫が3人寄っていくのが見えた。 「あ、ひーちゃん、ナンパされてる」 樹がすごーいと羨望の眼差しで山本とそこに群がる女子を眺めていた。 「くそ。 やっぱりナンパされたか」 どうせならこの間抱いた時にもっと痕をつけておけばよかったと後悔する。だが、この間はまだあのもっさり前髪ヘアーがあった為、そこまで人を惹き付けないと思っていたのだ。 「しくじったな」 と言いながら、隣にいる樹を見てぴかっと閃いた。 厚木さんと樹はまだ泳ぐらしい。 浅瀬で二人できゃっきゃっと楽しそうにしているのを見るとやはり親子だなと思うし、若いなとも思う。 「厚木さんも、髪の毛おろすと若いもんな」 正直水に濡れている厚木さんはちょっとかっこ良い。いつもは会社用に髪の毛をセットしているが、おろしている方が数段ワイルドに見える。 今度はお風呂でヤりたいな〜なんて品の無いことが一紙の頭をよぎった。にやにやと笑っていると、不意に声をかけられた。 「あの〜お一人なんですか?」 三人組の女の子たちがどうやら自分に話しかけているらしい。 「え? あ、あの、俺のことですか?」 こんなひきこもりに何の用か分からず聞き返すと、「やだ、かわいい」と背の高い女の子が言った。 大学生くらいだろうか。自分よりも若い子達だとは思うのだが、どうやら女の子たちは自分を同じくらいの年だと勘違いしているようだ。 「あの、良かったら一緒にカキ氷でも食べません? 向こうに海の家あったので」 「あ、いや。 それは……」 困ったな、と頭を掻く。すると、視界の隅で砂浜に上がってくる樹の姿が見えた。こっちに真っ直ぐと向かってくる様子にホッと安心した。 「あ、俺、連れがいるんで……」 そう言って、樹がここに来るのを待つと、樹が天使の笑顔で駆け寄ってきた。 「パパ〜!! 一緒に泳ごうよ〜!!」 ……んあ? 「あ……。 ……お子さんと一緒だったんですか?」 明らかにヒいていく女子の皆さん。心なしか心の距離がグングン離れていく。 「えっと、その……」 なんと答えて良いやら分からない。樹は何の悪気も無い様子で何度も連呼した。 「もう、パパさ、すぐばてちゃうんだもん。 パパってもう年なんじゃないの!?」 「い、樹?」 天才子役を前にしてついついたじろいでしまう。 これじゃ、まるで若いうちにオイタをしてしまった男みたいじゃないか。……まぁ、それはそれでいいか。 「あ……じゃ、私たち、これで」 そそくさに逃げていく女子たち。なんだこれ。効果覿面だ。 今度はのそのそと厚木さんが浜辺に上がってきた。 「うちの息子は天才だな」 「ってアンタの入れ知恵ですか」 ニヤニヤと笑う厚木さんにはぁっとため息をつく。 最近この人はどうも子供っぽいことをするのだ。最初に会った時の頑固で神経質なおっさんはどこにいったのだろう。今じゃ意外にかわいいことをする男なんだなと驚くばかりだ。 「まぁ、でも樹にパパって呼ばれるのはなんだか心地よかったけどね」 こんな可愛い息子がいたら幸せだろうと素直に思える。そういう意味では厚木さんてなんて羨ましいポジションだろう。 一紙がそう言うと、厚木さんは小声で言った。 「……なら、なればいいじゃないか。 樹の父親に」 ……は? 「樹だって二人父親がいたら嬉しいだろ?」 「うん!」 樹は多分何も考えずに元気良く答えた。 父親二人なんて何の話をしているんだか。そもそも自分の父親が二人いたらと思うとどれだけ大変だろうか。口うるさいのが二人に増えるなんて。 厚木さんもなんだかんだいって適当な事言ってるよな〜とぼんやり一紙は思った。 太陽にやけた厚木さんはなんだかとても顔が赤くなっていた。 next お父さん、だいぶキャラ崩れてきました。良い傾向。 written by Chiri(10/14/2009) |