舐めたい指 俺が指原(さしはら)の指をうまそうだ、と思うのは、奴の手がやたらに動き回るからかもしれない。指原は自慢をする時、やたら手を仰いだり、自分を指差して「俺ってそういうところあるんで!」と誇らしげに笑う、それが彼の口癖だ。彼がしゃべる時、おそらく語尾に音符マークや星マークがついているに違いない。指原はチャラ男なのだ。他のバイト仲間は指原の話がウザイだとか面倒くさいだとか噂しているが、俺の場合は違う。俺はそもそも指原の話なんて聞いていない。いつも指原の指だけを見ている。指原の指は皺が少なくてプリプリしている。なのに、関節はやたらにごつくて、綺麗な輪郭を作っていた。爪は綺麗に切りそろえてあり、健康的な肌の色を見せる。それをうっとりと眺める俺。それがどんなに楽しいことかを理解できる人間はそばにいない。 よくあるだろう。猫じゃらしに飛びつく猫のようなもの。それとも、長いものを無条件で銜えたがる赤ん坊だろうか。それは全神経を支配される本能のようで。そして、俺の人生をすべてかけても良い宝石のようなもの。 そしてその日も、指原は一人俺の住むアパートの部屋で自慢話を続けていた。なぜ指原が俺の家にいるかというと、いつも指原の指に見とれるあまりいつの間にか指原と一番近い友人に認定されてしまったのだ。 「で、ヒデーんですよ、その女」 缶ビールを開ける指原。顔は真っ赤で目は潤んでいた。 俺ははて、と気づく。指原が最初に話していたのは確か女の子にモテてしまう自分の罪深さの話だったはずだ。けれど、いつの間にか、その女性にフラれた話になっていた。 俺は首をかしげながらも、ふよふよ宙に浮かぶ指原の指を見つめていた。 「って聞いてます、文司(ぶんじ)さん」 「あ、聞いてる聞いてる」 俺は体の向きを整えて、微笑んだ。まさかお前の話なんてひとつも聞かずに、お前の指をどの指から舐めていったら楽しいか考えていたなんて言えるわけがない。 指原はムッとしながら、口を尖らせた。 「ちゃんと聞いてください。 俺の話、聞いてくれるの文司さんだけなんですから」 お、と俺は片眉をあげる。 周りの反応なんて見えていないかと思っていたのだ、この男には。バイト仲間にうざがられているとか、自慢話がうるさいと思われていることとか。同世代には遠巻きにされるタイプかもしれない。俺は指原よりも三つ上だからガキだな、と一言で済ませられるが。 指原は酔っ払った顔をコタツテーブルに何度かぶつけながら、ぶつくさとつぶやく。 「どうせ、俺なんてプライド高いし、話も面白くないし、うざいって分かってるんです」 おお、当たりだ。俺は思わず拍手を送りたくなった。その指がなければ、俺だってもしかしたら単純に指原のことを遠ざけていたかもしれない。 しかし、そこまで自己分析できている人間も珍しい。俺は密かに感心しながら、酔っ払う指原を見やる。 指原はムクリと顔だけ上げて、俺の方を見た。 「……でも、文司さんはいつもそばで聞いてくれているから」 思わずドキッとした。 「皆、遠ざかっていくのに、文司さんはずっと居てくれるから」 いつも、ありがと、ございます、と口足らずに指原が続ける。こんな一面もあるんだ、可愛い……なんて考えが浮かびそうになってそれを必死にかき消そうとする。俺はバクバクと心臓を鳴らしながら、息を飲んだ。いやいやいや、違うだろこんなチャラ男が可愛いわけがない、と頬をパチンと殴る。我に返れ、我に返れ。 「あーあ、文司さんの前なら、見栄張らずにいれるのにな」 おいおい。だって俺は指フェチなのだ。指原の指がおいしそうで仕方ないだけなのだ。いつペロペロ舐めまわしてやろうかと隙を狙ってウロウロしていただけなのだ。なのに、好きなことしてただけなのに、これではまるで良い人扱いじゃないか。今までフェチ対象の要員としか思っていなかったことへの罪悪感でいっぱいだ。 指原はボーっと宙を見つめながら、息を溜める。そうして、小声でぼそぼそと呟いていた。 「……俺、本当は人としゃべるの少し苦手で」 俺はそんな指原の指を眺めていた。 「なんだろう? だから虚勢はっちゃうのかも、しんないです」 そう言って自分の顔を指差す指原。 「ダメだってのは分かってるんすけど、……俺って、そういうところあるから…」 己を指差すのは指原の癖である。俺はその癖が発動されるのを見るのが大好きなのである。今日はそれに加えて、恥ずかしそうにする指原だ。俺はついに我慢できなくなった。 ぱくん。 指原が目を見開いた。 「ひゃ、何!」 俺は何も言わずに無言で指原の指をしゃぶる。人差し指にたっぷりと唾液を絡ませて、肌理に沿う様に丁寧に丁寧に舐めていく。 指原は小さく震えながら、信じられない様子で俺を見ていた。 「……ちょ、どうしちゃったんですか、文司さん」 その震えさえも良いスパイスだった。初めてお菓子を食べたときのように俺は夢中になりながら指原の指を吸う。 「ぶ、文司さん、俺のことからかっているんですか」 ぺろぺろ。 「ねぇ、そうでしょ」 れろれろ。 指と指の間に舌を這わせている頃には、指原は完全に子犬の目をして小さく震えていた。流石の俺もそれには申し訳なくなった。 のだが。 「……あの、文司さんってもしかして俺のこと好きなんですか」 指原の言葉に俺は口をポカンと開けた。 「いやいや、俺、指が好きでさ。 指。 指フェチなんだよ!」 偉ぶるつもりではないのに、なぜか堂々とカミングアウトしてしまった。俺がハハッと引き笑いをしていると、指原の顔はみるみるうちに赤くなった。漆の朱色のようにまんべんなく綺麗な赤。 「……ひ、ひどい! 俺、文司さんのこと、今ので気になっちゃったのに!」 「え、今の一瞬で?」 俺がドン引きの顔をすると、指原はひどくショックを受けた顔をした。指原の指をしゃぶった俺がするべき表情ではないことは分かっていたのだが、俺もなかなかの自分に甘くて素直な人間なのだ。 指原はプルプルとこんにゃくみたいに震えていた。顔は赤いから、味噌つきのこんにゃく、みたいな。 「わ、悪かったですね! プライド高くて、見栄張ってて、話面白くなくて、その上、勘違い野郎で!」 ……なんかネガティブ要素が増えている。俺が呆れてものを言えずにいると、指原はワーンっとひどく子供っぽい様子で泣きだしてしまった。 「ひどい、指じゃなくて俺のこと見てよ……」 俺は首を指で掻いた。意外とネガティブなのね、チャラ男のくせに。ワーンと泣く指原に対して、俺は面倒くさがるどころか、なんだか自分の中に見慣れない感情を見つける。 たとえば、愛しさだとか。 俺は口調を穏やかに、思ったことを口にした。 「お前、あほだなぁ。 たかが指とはいえそれだって長所だろ? なんでマイナス方向に走るんだよ」 俺が指原の頭を撫でると、子供の顔をしていた指原が少しだけ我に返った顔で俺を見上げた。よく分からないが、その表情から俺は色気を汲み取ったのだ。 指原は目を合わせずに、テーブルに視線を向けて、赤い顔で呟いた。 「……文司さんのそういうところ、……好きです。 僕の悩んでることがたいしたことないって断言してくれる、……そういうところ」 (う、わ) 指原が自分のことを『僕』と呼んだ時。チャラ男の本性を俺は見つけた気がした。 それと同時に俺の中で何かのバロメーターが振り切れた。 いやいや、だってさ。頑張って我慢してはいたけれど。 さっきから可愛いすぎだろう? 指原は伺うように俺を見た。もはや誘っているようにしか見えなかった。 猫じゃらしに飛びつく猫のように。もしくは、長いものを無条件で銜えたがる赤ん坊のように。 俺は指原の唇に吸い付いた。 おわり ツイッター上で募集したところ、36さんからリクもらえたので書かせていただきました。ちなみにリク内容が「指フェチ×チャラ男」wオイオイ既に指定からいっておかs…コホンコホン written by Chiri(10/6/2011) |