サポウズ・トゥ・ビィ ぼくのおとうさん ぼくのほんとうのおとうさんはちいさいころにしんでしまいました。 だけどさいきんあたらしいおとうさんができました。 みためはむくちでこわそうなんだけどおかあさんはそんなところがかっこいいといっています。 ぼくもそんなおとうさんがすごくかっこいいとおもいました。 あたらしいおとうさんはぼくとたくさんあそんでくれます。 ぼくはおとうさんができてとてもうれしいです。 おとうさんがだいすきだし、これからもずっとだいすきだとおもいます。 みさわはるみ 「え…、離婚?」 二週間ぶりの母からの電話はいきなりその単語から始まった。 三佐和春海(みさわはるみ)は現在高校二年生で、親元を離れて独り暮らしをしていた。 学校が家から遠いというものも理由の一つだったが、それだけではなかった。実際に春海は中学二年生の頃から一人暮らしをしている。中学の頃はまだ家に近いアパートに住んでいて、母親が二日に一度は会いに来る、という形をとっていたが。 それもこれも家には春海の義父がいたからだ。 まだ物心つく前から春海の本来の父親は亡くなっていた。若くして春海を産んだ母は夜の仕事をしながら一人で春海を育てた。 そんな母が二度目の結婚をしたのが、春海が小学校2年生の時である。相手は大手会社に勤めるエリートで母とは夜の店で知り合ったらしい。随分無口な人間で、いつも眉間に縦皺を寄せていた。それでも母よりは一つか二つ年下らしく、確かに和らいだ顔は幾分か若く見えたものだ。 最初は春海もおっかない父が来たと怖がっていたが、義父が難しい顔のまま春海にお菓子やゲームを買い与えるものだから次第に春海も慣れていった。餌付けといってもよかったかもしれない。春海はそこらにいるごくごく単純な子供だった。 そんな春海を義父が突然殴ったのが春海が中学一年生の時だ。 春海は他の子と比べても比較的体が小さく、力の差は歴然としていた。春海は一回顔を強く殴打され、その衝撃で歯が2本抜けて、顎骨を骨折した。母親が帰ってくると悲鳴をあげ、父親をひどく罵っていたのをよく覚えていた。その母親の悲鳴が骨折した部位にじんじんと響いて痛かったのだ。 結局それでも母は義父とは離婚しなかった。 離婚しない代わりに、春海を別のアパートに住まわし、義父と隔離した。そして母親は家とアパートを往復するようになったのだ。 高校生になってからはそれまで住んでいたアパートから更に遠いところへと移った。単純に高校が近い方が良いと思ったからだ。それからは母が頻繁に来ることはなくなったが、春海はもう既に一人暮らしには随分と慣れていたので特に寂しいとも思わなかった。 そんな折の電話だった。 「離婚する…の?」 驚いた声音で春海はもう一度尋ねた。 電話の向こうでは母がうんざりとした表情でいるのがなんとなく春海には分かった。声が既に面倒くさがっていた。 「するんじゃなくて、離婚したの。」 春海は瞠目した。 春海はあの殴打事件があってから義父とは会っていないし、怖くて会えない。けれど、少なくとも母親と義父の仲は悪くなかったはずだった。もちろんそれは春海の幼い記憶に頼るところが多かったが。 「もう随分前から離婚の話は出ていたのよ。」 母の声は年相応に疲れた様子だった。 春海は一つのことに思い当たり、ゆっくりと呼吸してからそれを聞いてみた。 「もしかして…………母さんも……殴られていたの?」 自分もあの男に殴られたのだ。たった一回で、それきりの事だったが、それでも春海の心に恐怖の種を植え付けるには十分だった。それを母にも強いていたのだろうか。 「違うの、そういうのじゃないわ。」 母はきっぱりと言い切った。それに対して春海はふぅっと安堵の息をついた。 「それなら………どうして?」 言葉を慎重に選びながら春海は一言一句ゆっくりと聞いた。 「どうせあんたもすぐ分かるわよ。私がいくら説得しても無駄だったんだから。」 「え?」 意味が分からずすぐに聞き返したが、その時にはもう受話器からツーツーと電話が切れた音しか聞こえなかった。全く勝手な母親だ、と春海は口を尖らしたが特に気にはしなかった。母はいつも気まぐれだ。 しかし、義父と母親が離婚したとなるともう義父と会うことはなくなるだろうと言うことに春海は気づいた。どこか不思議な感覚だった。春海は義父が怖かったし、もう会いたくないと思っていた。けれど、いざ義父と自分を結ぶものがなくなったと思うと、まるで押入れの奥底にしまっていたものを勝手に誰かに捨てられたような気分だった。変な風に言えば少しだけもったいないと思ったのだ。 春海はそんな自分にハテナを出しながらも、まあもう過ぎたことだと割り切った。春海にとっては義父はそれくらいの程度の存在だった。 春海のアパートを義父が訪ねてきたのは、その次の日だった。 インターフォンがついているアパートにしなかったことを春海はそのときやっと後悔した。 扉の向こうには長身の男が存在感を無駄に知らしめているように思えた。 久しぶりに見た父親はあの頃と比べて全然老け込んでいなかった。前まではよくムースで固めていた髪形が今ではおろしているものだからむしろ若く見えるかもしれなかった。 (これで34かよ…。) 春海は自分のちょうど倍の年齢である目の前の男を見てげっそりした。 顔はあの頃と同じ仏頂面で、それでも離婚したばかりだからか少し痩せているように思えた。 義父の目を見て、春海は軽く足が竦んだ。子供の頃に植えつけられた恐怖はそんなに簡単には拭えなかった。 「あ…あの…お久しぶりです。」 春海がやっとの思いでそう言うと、義父はああ、と不器用に応えた。春海の口調は何故か昔と違って敬語になっていた。 「入ってもいいか?」 そう聞かれて春海はイエスと答える他無かった。 正直、絶対嫌だ嫌だと駄々をこねたいほどに義父を部屋に入れたくは無かったが、そんなことを言う勇気など春海には無かった。 春海のアパートは8畳一間の1Kで、実に手狭である。そんな中、本来なら一人用であるローテーブルを囲み、父親だった人と向かい合わせだ。春海は逃げ出せるものなら逃げ出したいと本気で思った。 「あ、あの。お茶入れてきます。」 沈黙に耐えられず、春海が腰をあげると、義父が春海を呼び止めた。 ハル、と昔呼んでいたときと同じ声音だ。春海は軽く眉を顰めた。 義父は春海に白いケーキボックスを手渡した。中を見てみると、昔春海がよく好んで食べていたフルーツケーキが二つだけ入っていた。 感じてはいけないと思うのに、急に懐かしさが春海を襲った。 義父に対する思いはただ暴力を思い出させるだけのそんな単純なものだけではなかった。最初の頃は義父は優しかったのだ。母親が来られないときはわざわざ会社を休んで授業参観にも来てくれた。その時、春海が読んだ「ぼくのおとうさん」という作文をひどく嬉しがっていたことも覚えている。小学生の頃はよく一緒にお風呂も入った。すぐに湯船を出ようとする春海を義父はいろんな方法を使ってひきとめたものだった。 それらが全部ぐちゃぐちゃに掻き混ざった状態で春海は義父を見つめていた。どう接していいかが全然分からなかった。 春海はお茶とケーキを出して、また義父と向かい合った。 「あ、あの…母と離婚したって…。」 春海が恐る恐るその話題を切り出すと、義父はまた「ああ。」と答えた。春海はああってなんだよ、それでは会話が続かないじゃないか、と心の中で泣いたが、義父は顔色一つ変えない。 がしかし、義父はふぅっと重いため息をついた。 「アイツには悪いことをしたと思っている。」 ということは少なくとも離婚を切り出したのは義父の方なのだろう。そういえば、母さんは説得したけどダメだったって言っていたなと春海はおぼろげに思い出した。 そこの辺をもっと詳しく聞きたかったが、それっきり義父はまた黙ってしまった。 春海はびくびくと義父の顔を伺うことと目をそらすことを5回ずつ位続けた。そしてもう耐えられないと思った。 「きょ………今日は何で来たんですか?」 春海の声は本当に少しだけ震えていた。 春海は顔を少し俯けながら目だけで義父の顔を見つめた。 義父は一瞬小さく驚いた顔をしてから心外だという表情になった。 「…父親が子供に会いに来てはいけないのか。」 それにひどく腹がたったのは春海の方だった。自分に怪我をおわせたくせにさも当たり前のように父親と名乗るのが厭わしかった。 (もう父親じゃねーくせに。) 春海は心の中で口汚く義父を罵ったが、それを口に出すことは憚れた。代わりに少し抑えたような低い口調で言った。 「あの、……もう母とは離婚されたんですよね?」 「ああ。」 「じゃ、僕とももう…関係は無いですよね?」 義父は目を見開いた。 春海はそんな父親を見ないようにして、目の前にあるフルーツケーキだけを見ていた。 「こんな…フルーツケーキもってこられたって、僕、もうそんな好きでもないですし……。」 本当はそれは嘘だったが春海はあえてそう言った。義父にフルーツケーキだけで許しただなんて思われたくは無かった。 「あの…迷惑ですから、もう僕とは会わないでください。」 言い終わった瞬間、言ってやったぞ!と春海は勢い良く顔をあげた。 そしてその次の瞬間、総毛立った。 目の前の義父はひどく据わった目をして、春海を睨んでいた。 その顔は春海を殴打したあの時とまるで同じだった。 義父は静かに片足をあげて、立ち上がる。それに伴い、春海は座ったまま後ずさった。 義父がアパートの床をきしませて近づいてくるのが分かったが春海はそれ以上動けなかった。 逃げなきゃ。と思うのに逃げられない。 体が見えない糸で縛り付けられているようだった。 「や、やだ…。」 義父はゆらぁっと体を近づける。その動きがスローモーションになって春海には見えたが、それを一時停止することも無かったことにすることもできなかった。 義父が右手を振り上げたかと思い、春海はぎゅっと目を閉じた。 殴られるっ! そう思った瞬間、体がぐらりと傾いた。そして、義父が春海の上にと乗っかってくる。 (ヒィィ!!マウントポジション!?) 「や、やめてくれ…。」 春海は必死で両腕を宙に泳がせる。しかし、義父にその両腕を掴まれ、ベルトで一つに縛られてしまった。春海は怖くて目を開けられなかったが、いきなり口に何かを押し付けられて息を呑んだ。 「ん…っ!?」 目をそろりと開けてみると義父が春海に口付けていた。 信じられない心地でそれを見ていると、不意に義父と目があった。恐ろしい顔をしていた。その顔がもうとめられないということを如実に語っていた。 バタバタと抵抗する足の間に義父の足を入れられる。動きを全体的に封じられたと思ったら、今度は引きちぎるように服を脱がせられた。 「な、何する…っん!!」 敏感な場所を触られ、思わず声をあげた。 もぞもぞと体中に義父の手を這わせられ、春海はやっと自分の置かれている身に気づいた。 殴られるんではない。これは。 気づいたときにはもう遅かった。 春海は信じられなくて首を横に何度も振った。やめろ、やめろと何度も泣き叫んだ。 それでも義父が止まらないと分かると、悔しくて悔しくて目から涙がどばっとあふれてきた。嗚咽をかみ殺して我慢するが、決してそれはとまらない。義父はそれを目を細めてみていたが、その手が休まることは無かった。 *** 起きると、春海は義父に後ろから抱きしめられたまま、春海の狭いシングルベッドに横たわっていた。 体中がジンジンと悲鳴をあげていた。ただ殴るよりも中から体を壊すような感覚だった。 (強姦だ…。) 春海は声を押し殺したまま、手で顔を覆った。 (ひどい強姦だ。) 強姦にひどいも何も無いとは思うが、春海はただそう思った。 義父も自分ももはや素っ裸に似たような状態でそこに寝ていた。ベッドの下には無造作に脱ぎ散らかされた服が落ちていた。 何回したかは春海は覚えていなかった。けれど、途中からは痛みだけではなく快感も伴っていて、それが春海にとって余計に苦しかった。最後には春海は気を失ってしまい、その後義父がどうしたかは分からなかった。 体は綺麗に拭かれていて、両手を戒めていたものは既に解かれていた。そのかわりに義父が自分を逃がさないようにか、とても強い力で抱きしめていた。 義父は静かに寝息をたてていた。逃げ出すなら今だ、と春海は思った。 しかしふと自分の手元を見ると義父が今日着ていたジャケットが強く握り締められていた。 何かにすがりついていなくては絶えられない屈辱だったのだ。 ふと春海はそのジャケットのポケットに何かが入れられているのに気づいた。封筒の中に紙が折られたようなものが入れられていた。 春海はなんとなくそれを取り出して、見てみた。 そして目を大きく見開いた。 ぼくのおとうさん ぼくのほんとうのおとうさんはちいさいころにしんでしまいました。 だけどさいきんあたらしいおとうさんができました。 みためはむくちでこわそうなんだけどおかあさんはそんなところがかっこいいといっています。 ぼくもそんなおとうさんがすごくかっこいいとおもいました。 あたらしいおとうさんはぼくとたくさんあそんでくれます。 ぼくはおとうさんができてとてもうれしいです。 おとうさんがだいすきだし、これからもずっとだいすきだとおもいます。 みさわはるみ それは、春海が昔義父にあげた作文用紙だった。授業参観の時に読まされたものだったが、「お義父さんにそれあげたら喜ぶわよ。」と母に言われて、はにかみながら義父に手渡したのだ。その時の義父はやはりいつもと同じ無愛想な顔のままだったが、それでも少しだけ口元が緩んでいたかもしれない。 母親が隣で義父のことを「本当に不器用な人ね。」と笑っていたのを覚えている。 これを義父はずっと大切に持っていたのだろうか。 用紙はもう既に黄ばんでいたが、それでも文字はまだ読めた。 春海は作文用紙をまた綺麗に折りたたんだ。そしてそれをしばらく自分の手の上で遊ばせてみる。 春海は義父が許せなかった。 初めに殴られた時は、確か義父に対して反抗心が芽生え始めた頃だった。特に理由があったわけではないが、表情をあまり変えないし何もしゃべらない義父にひどく苛立って一言も口を聞かなかった。しかし苛立っていたのは義父も同じことだったのかも知れない。 ある日、春海が女の子と一緒に遊びに出かけて、思いのほか帰りが遅れてしまった時。その時に義父は溜まりに溜まったものを殴るという形で解決させた。 最低な父親だと思った。 もう会いたくないと思っていた。 なのに、義父はこうやってわざわざ会いに来て、しかもまた違う形で春海を傷つけた。 犯されているときは悔しくて仕方が無かった。殺してやるとも思った。 なのに、どうすればいいんだろう。 部屋の中は義父に対する憎しみで渦巻いていた。 なのに、まだ一口もつけられていないフルーツケーキがぼんやりと優しさをかもし出していた。 春海はハァッと息をついた。 やはり義父に向ける思いは憎しみ一つではなかった。 小さく綺麗に光るものがポツポツとその周りに転がっていた。 どうしよう、どうしよう。春海は頭を抱えた。 答えはそんなに簡単に出るはずもない。 ただ、春海の手に握られた作文用紙が次第に体温に包まれてあたたかくなっていくだけだった。 終わり 自分、不器用ですから… written by Chiri(4/22/2007) |