死んじゃえばいいのに
死んじゃえばいいのに(7)



あれから二ヶ月以上の月日が経った。

俺は完全に引越しを終えて、今では附属病院に近い眞澄さんのマンションで暮らしている。
眞澄さんとの契約はあくまでも個人での契約だ。附属病院との契約でも良かったのだが、それだと制約がたくさんあって眞澄さんにとっていろいろと面倒らしい。まぁ、つまりは眞澄さんは違法な実験も俺に試みたいっていうことだろう。
そんな眞澄さんとの暮らしだから、俺は自分がどうなるかなんて分かっていなかった。
けれど不思議なことにこの二ヶ月間、眞澄さんは全然俺にそのようなそぶりを見せたことが無いのだ。てっきり毎日注射やら謎の薬やら試されると思ったのだが。一度だけ、血液サンプルを取られた以外ではまるでそれっぽいこと、つまりマッドサイエンティックなことはされていない。
一度、眞澄さんに聞いたことがある。
「なんで、俺に実験しないんですか?」
眞澄さんはおもしろそうに笑いながら答えた。
「あー今はとりあえず胃潰瘍治して、あとホルモンバランスを整えてるんだ。」
そう言われてその時はそんなものなのかと納得したのだが、今になってまた不審感が浮上する。
だって俺の胃潰瘍はもう完治したはずだ。ホルモンバランスだって、何もそんな待たなくてもいいだろう。
とにかく何もやっていないのではなんだか申し訳ないので、俺は家事などの手伝いを全て自主的にやっていた。眞澄さんはどうやら集中してしまうとなんでもほったらかしにしてしまう性格らしく、時々いろんなものが散乱していたりする。研究に没頭している時は食事だっておろそかになるようだ。現にこのマンションに引っ越してきた時、ゴミ箱にいくつものカップ麺が放り込まれていた。
そういうわけで、料理も掃除も洗濯も今では俺がやっている、というわけだ。

ピンポーンと呼び鈴が鳴り、俺はタタッと駆けていった。
夜の九時位にいつも眞澄さんは帰ってくる。それ以降になることも多い。けれど、俺はいつも眞澄さんの帰りを待ち、一緒に食事を取る。
先に食べて寝るのはなんだか悪い気がするからだ。
玄関まで行くと既に靴を脱いでいる眞澄さんがそこにいた。
俺はかばんを受け取り、「今日もお疲れ様です。」と声をかけた。
眞澄さんは嬉しそうに「まるで新妻だな。」なんて意味不明なことを言って部屋に上がった。

食事中、眞澄さんはニコニコした様子で俺の顔を眺めてくる。
「何ですか?」
不思議に思い、質問をすると眞澄さんはそのままの表情で答えた。
「いやー最近、お前、顔色よくなったよな。体重も増えたろ?」
「はい。6キロくらい増えました。」
「それくらいがちょうどいい。前は痩せすぎだったもんな。」
それに対して俺は曖昧に笑った。確かに前は男にしては痩せ過ぎで、顔色も悪かった。毎日ろくに眠れず食事もあまり良いものはとっていなかったからだ。
「まだ実験は始めないんですか?」
俺は不思議に思っている質問をそのままぶつけてみた。眞澄さんは意外にあっさりと返事してくれた。
「うーんそうだなぁ。約束だしなぁ。あとちょっと待てよ。」
「約束?」
「うん、まぁね。」
俺が意味が分からないという視線を向けるが、眞澄さんは笑顔で黙殺した。
こういうところがずるい大人の代表例のようだ、と最近よく思う…。
「あーでももったいないな…。この生活、随分気に入ってたのに…。」
眞澄さんが小さく変なことをもらす。俺はますます意味が分からなくなって、そのまま食事を食べ続けた。

夜になって俺は一人、与えられた自分の部屋で布団に入っていた。
眞澄さんがくれた暮らしは過ぎるほどの快適を俺にもたらした。
けれど、相変わらずジクジク痛むところがある。
胃潰瘍は完治したはずだ。だからもうお腹は痛くない。
けど、今度は胸が締め付けられるように痛かった。
逢坂の言葉を思い出す。
『大っ嫌い』
と言った時のあの怖い顔。
俺を憎んでいた?
それを思い出すとただ悲しくなる。悲しくなって、悔しくなって、切なくなって。
それでももう一度逢坂に会いたくなった。
生活は幾分にも楽になったのに、あの頃、逢坂と一緒に歩いていた頃の時が一番幸せだったように感じるのが不思議だった。
けれどもう関係ないのだ。
(俺は全力で逢坂の事を…忘れる。)
だってもう道は分かれてしまった。
もう交わることは無いだろう。



***



ピンポーン

ハッとして起きたのはお昼を過ぎた頃の時刻だ。
「やば…昼寝しちゃった…。」
いいご身分だな、と自分を軽く戒める。
昼ご飯を作って、部屋を片付け、服を洗濯した後ウトウトとソファで寝こけていた。眞澄さんが俺にわざわざ買って来た淡い桃色と白の縞々のエプロンまでつけたままで、まるで時間を持て余している主婦みたいな格好だった。
「あ、出なきゃ。」
呼び鈴が鳴ったのを思い出し、スリッパをパタパタ言わせて玄関に向かう。
玄関に向かえば、既にガチャガチャと鍵のかかったドアノブが乱暴に開けられようとしていた。
(…誰?)
不審に思い、ドアホールを覗き込む。
そしてその次の瞬間、目を見開いた。

「…逢坂?」

ドアホールの向こうではドアを必死で開けようとしている逢坂の姿がある、ように見えた。
相変わらずの出で立ちで、スマートに雑誌に載っているような服を着こなしている。最後に見た蒼白な顔はもう無くて、きりっとした笑っていない時はむしろ利発に見えるその顔だ。
俺が震える手で鍵を外すと、ドアがバンッと開いた。
驚いて体を一歩下げた拍子に俺は尻餅をついて転んでしまった。

「え?あ!!村井、大丈夫か!!?」

床にある俺の姿に気付いた逢坂は慌てて俺に手を差し伸べる。
俺は呆然としたまま、差し出される手を無意識に掴んでしまった。

逢坂は中くらいのスーツケースを持っていて、それを玄関内に転がし入れた。
けれど俺はそんなことにも気付けないで逢坂の顔だけをぽかんと見ていた。

「…あ、あの?どうしたの?」

俺の鼓動は何故か走った後みたいに猛烈な速さで鳴っていた。
息苦しい。つらい。…でもまた逢坂に会えて嬉しいだなんて。

「眞澄は?」

勢い良く眞澄さんの名前が出てきて、とてもがっくりした。
(俺に会いに来たわけじゃないんだ…)
期待していた自分に腹が立つ。けれどふと思い起こせば、逢坂と眞澄さんは知り合いではなかったはずだ。
「眞澄さんは病院だよ。っていうか逢坂って眞澄さんの事知ってたっけ?」
「知ってるっていうか、無理やり知り合った。」
「はぁ?」
逢坂は何か病気だったのだろうか?と不安に陥る。だって医者である眞澄さんに知り合うなんて十中八九病気関連だろう。
俺が心配な顔で逢坂を覗くと、目があった。
熱気を帯びた目線。目の奥で興奮しているのが分かるほどの。
「え?あの、どどどうしたの?」
激情をぶつけるような目線で見られて、声がどもってしまう。
逢坂はくしゃりと顔を歪めた。俺はついまた感極まって泣くのかと思った。しかし

「無事だったんだな、村井!!」

ぎゅっと抱きしめられてしまえば泣きたくなるのは今度は俺の方だった。
ぎゅーぎゅーに抱きしめられて、このまま逢坂の一部に溶け込めたらと思った。
分かれるのがつらかった。また二つの別の個体になるのがつらかった。不思議な感覚だ。
「よかった!!よかった!!」
抱きしめられままそう言ってくるものだから愛しさが増してしまう。
こういうところが、ああ、好きなんだな、と思う。本当に思うんだ。

「…逢坂、俺に会いに来てくれたのか?」

とまどった声で聞いてみたら、「当り前だろ」とすぐ返事がある。
そしてすぐに俺の格好に気付いたのか、
「なんだこのエプロン…。」
とムッと眉間に皺を寄せた。
俺はカッと赤くなった。
お玉をもっていないだけマシだが、玄関でピンクのエプロンでは「おかえりなさい、アナタ」状態だ。俺は上手く言葉言えずにモゴモゴと「あ、あの、…か、家事やってて…。」と小さく言い訳した。
逢坂は笑い飛ばしてもくれずに厳しい顔のまま言った。
「お前、眞澄に何かされてないだろうな?」
「何かって…?変な実験とか?は、まだされてないけど…」
「そうじゃなくて!!何かっていったらナニカだよ!!」

…意味が分からない。
俺が首を傾げていたら、逢坂はイライラした様子で「わかんないならいいんだっ!!」とすねてしまった。
俺はいまだ何故逢坂がここを訪れたかが分からなかった。
「今日はなんでここに来たんだ?」
逢坂がにやりと笑った。俺の大っ嫌いで大好きな笑い方だった。

「金が溜まったんだ。」
「え?」
「正確には四千四十九万。お前が借金してた分の額だよ。」

逢坂は持っていたスーツケースを開く。中にはびっしりと見たことの無い量の札束が埋まっていた。
これ異常ないほど目が開いた、気がした。
言っている意味が分からない。これはどういう意味だろう。

「…それ、どうすんの?」
「あ?眞澄に渡すんだよ。渡して、今回のことは無かったことにさせる。」
「え?」
「お前を実験体にするって約束。全部無かったことにさせるんだよ!!」
「え?」

更にもう一度「え?え?」と返してしまう。逢坂はパッと意味を解さない俺にいらついたのか、「だーーもうっ!!」と頭をかきむしっていた。

「借金全部俺が肩代わりしたから、もうお前はアイツのモルモットじゃないってことだよ!!」

言われてやっと意味が分かった。
逢坂は自分で金を工面して俺の為にそれを使うというのだ。
けど俺はそれが信じられなかった。

「…なんでそんなことするの?」

俺のことなんか大して知らないはずだ。出会ってだってそんなに長くない。
なんでそんなことをしてくれるのかが分からなかった。
分からないことをされても困るだけだ。だってこんな大金。

「もらえないよ…。」
「あげるわけないだろ!!無利息でお前に貸してやるんだよ!!」

フンッと逢坂は鼻を鳴らした。けれど、それでも俺は納得できなかった。
無利息で貸すなんて、そんなメリットの無いことを何故自分にするのか。
分からない。分からなかった。

「…分かんない。なんで俺にこんなことするの?眞澄さんが俺を買うっていうのは分かったよ。俺の体の血液が欲しいって言ってたんだ。じゃ、お前は?逢坂は俺の何が欲しいんだ?」

逢坂はグッと息を呑んだ。言いたいことを押さえているのか、喉が小さく震える。
逢坂はふぅっと息をついてから静かに俺に言った。

「俺はお前の何も欲しくない。けど、ただお前と学校に行きたい。一緒に勉強したい。またフルール・エ・ショコラで会いたい。俺の誕生日を祝ってもらいたい。祝ってやりたい。笑ってもらいたい。一緒にどうでもいい話をしながら歩きたい。お前が怒って俺も怒って馬鹿みたいな喧嘩だってしたい。仲直りしたい。好きっていいあいたい。俺は、お前と一緒に生きたい。同じ道を歩みたいんだ。」

逢坂は優しく俺の頬に手を触れた。

「もう…違う道を行くとか言わないでくれよ。」

そう言う逢坂の顔は寂しげで、でもいつもより大人の顔だった。

「俺はお前に拓けた未来をあげたかったんだ。」

涙腺、崩壊だ。

俺のことをここまで考えてくれていると。
そう思っただけでもう駄目だった。
あふれでる涙を止める手段なんて分からない。だって人前でこんなに泣くなんて普通しない。
ああ、でもこの前はしたけど。あの時も相手は逢坂だった。
俺を揺さぶる感情を与えるのはいつもこいつだった。

嗚咽がとまらないでいて、顔もぐちゃぐちゃになってしまい、逢坂に見られたくなかった。それを察するかのようにまた優しく抱きしめられて、逢坂の胸の中に顔を埋めることを許してくれた。
頭と背中を両手で優しくなでられる。
優しさって何でこんなに嬉しいんだろう。
嬉しい時ってこんなに泣いちゃっていいのだろうか。
そう思いながら、わんわん泣いた。
初めて人前で。
大声で。

あふれんばかりの嬉しさで。






そうしているうちにいつのまにか時間が経っていった。
俺がグスグスと残りカスのような嗚咽をもらしはじめたら、逢坂がふと俺の顔を持ち上げた。そこにすかさずキスされた。
顔全面あちらこちらに撫でるようなキスの嵐。
それを心地よいと思いながら受け止める。

目を開けた瞬間、逢坂とばっちり目があった。
逢坂は優しく笑っていた。

「迎えに来るの、遅れてごめんな。」

俺はぶんぶんと顔を横に振った。
約束なんかしてないのに。していないのに迎えに来てくれた。

「前にあった時、俺は絶対諦めるもんかって思ったんだ。お前が諦めたって、お前が嫌だって言ったって俺は絶対迎えに来るってあの時決心した。」

だからあんなに厳しい顔をしていたのだろうか。大っ嫌いというのは俺に対してではなく、諦めることに対してだったのだ。

「あの後、眞澄と連絡をつけて、三ヶ月待ってくれって頼み込んだんだ。三ヶ月の間に俺が四千万用意するって。最初は納得してくれなかったけどいろいろ条件出したら、オッケーしてくれた。」
驚いた。俺の知らないところでそんな密約があったなんて思っても見なかったのだ。
「いろいろ条件って…?」
「まあその辺は親の権力使って、だけど…。けどこの四千万は俺が自分でとってきた金だ。」
「え?自分でって?」
こんな大金を?
俺と母2人で何年もかけて返してきた金を逢坂は三ヶ月で?
信じられずに逢坂の顔をじっと見る。逢坂は照れたように笑った。
「株のデイトレードの勉強した。資本金だけは親に出してもらって、利益分だけもらったんだ。」
デイトレードは確かに短時間で荒稼ぎをできると聞いたことがある。しかしその分、リスクも高いはずだ。一日で一億分を得することもあれば一億損することもあるのだ。
そもそも資本金とはどれだけもらったのだろう?俺のような一般人が想像できるような額ではないことは瞬時に予測できた。
俺が疑うような視線を逢坂に向けると逢坂はまいったなぁと呟いた。
「うん、本当は親にその道のエキスパートを外国から呼んで家庭教師につけてもらったんだ。だから二ヶ月ちょっとそいつと24時間べったりでさ。大体の利益がそいつのアドバイスのおかげなんだけど、さ。がっかりした?」
俺はぶんぶんと顔を横に振った。がっかりしたって…なんで?
逢坂はホッと安心した表情を見せるとそのまま続けた。穏やかな表情だった。

「今回、俺本当に自分の未熟さが分かったよ。俺はお前を助けてやれるほど自立しても無くて、力も無かった。けど、これからは頑張る。お前に何があっても、すぐに助けられるような大人になりたい。力が欲しい。」

逢坂の表情はハッとさせるようなものだった。
すごいなぁ、と思う。ストレートで素直な気持ちを全面に出せるところが本当に格好いいと思った。こういう奴ほど成長するのがきっと早いんだ。
この間まで子供のようにわんわん泣いていたのに、今は誰よりも勇ましい大人の片鱗が見える。

俺は逢坂に笑いかけた。

「俺もお前に負けないように頑張るよ。」

次の瞬間、逢坂は当たり前のように俺の唇にキスをした。
しかも深い奴だ。
「んん??あ…おうさ……んっ!」
何度も角度を変えて吸い付いてくるたびに、甘い吐息が漏れてしまう。
「やめ………ん、、くるし…っ!」
キスに慣れていない俺にとっては息もできなくて苦しくて、でも逢坂に与えられる刺激が甘美でつい奴にしがみついてしまう。
逢坂の口元は嬉しそうに端が上がったままだ。
「もう…やめっ…!!」
そう言った瞬間、逢坂の後ろ側の扉が静かにガチャリと空いた。その隙間から誰かが見える。もちろんこの家の鍵を持っている人は俺以外では一人しかいなくて。

…眞澄さん、がにこにこと笑って立っていた…。

ドンッと逢坂を突き放すと、逢坂は不意打ちに弱いのかあっけなく転んだ。
それを眞澄さんがまたおもしろおかしそうに見ている。

「…で、四千万集まったんだ?」

転んだ逢坂を見下ろした形で逢坂に問いかける。
逢坂はブスッとした顔のまま、スーツケースを顔で指した。
眞澄さんはそれを確認すると、「まじか。すげぇな。」と素直に感嘆の声をあげていた。

「じゃ、もうこいつ連れてっていい?」

逢坂が眞澄さんに聞くと、眞澄さんはにやりと笑った。

「えーどうしよっかなぁ?俺、結構郁也との生活気に入ってるから、やぁっぱ、渡したくないかな!!」
「な!!お前、約束と違うじゃないか!!」
「でもなんていうの?こう雛を育てる親鳥の気分って言うか、毎日餌やっててどんどん綺麗になってく子を見るのって最高に楽しいじゃん?郁也、前に増して綺麗になったと思わない?俺が素敵ライフを提供したおかげだぜ?」
「う、うっるせーー!!しかも郁也だなんて呼び捨てにしやがって!!ふざけんな!!こいつにはこれから俺が素敵ライフを提供するからいいんだよ!!!」
「しかも郁也ってば甲斐甲斐しく俺の世話やいてくれてさ。本当新妻って感じ。まさに素敵ライフ。」
「うるせーーー!!それ以上言ったら殺す!!俺と郁也との素敵ライフはこれからなんだだよ!!邪魔すんな!!」


(素敵ライフって、なんだよ。)

とか思いつつ、俺は閉口した。なんだか2人の言い争いに入る気がしない。
眞澄さんは逢坂をからかっているだけだろうが、それにしてもまるでガキの喧嘩だった。
(さっき、大人っぽく見えたの、幻だったのかな…)
遠い目をしながら、ガキ全開の逢坂の声を聞いていた。






「よし、行くぞ!郁也!!」

いつのまにか喧嘩を終えたのか、逢坂は突然俺の肩を抱いた。
「え?何?」
「出ていくんだよ!」
眞澄さんの方を見れば、苦笑していた。手をパッパッと振り払うしぐさをして「いけよ」と口で言ってくれた。
「でも、俺、いくところなんて…」
前のアパートは既に引き払ってしまった。
今更戻れるところなんて無いのだ。
「馬鹿!お前は俺と一緒に住むんだよ!!」
「はぁあああ!?」
素っ頓狂な声を出してしまった。それに対してムッとする逢坂。
「一緒に住んで一緒に学校行きたいって言ったじゃないか!」
「ええ?でも、俺、もう学校は退学したって…」
「休学にしておいた。」
「ど、どうやって?」
「権力で!!!」

言い切った!!
ふらっと眩暈を感じれば、逢坂ががしっと掴んでくる。
見上げれば、逢坂はすねたように口を尖らせていた。なんだこいつ、可愛い。

「なんだよ、お前俺のこと好きって言ったじゃないか…。」
「い、言ったけど…。」
「じゃ、いいだろ?」
「えぇーっと…。」

逢坂の顔をちらりと見てみれば、傲慢さと少しだけの不安が入り混じった瞳が見えた。
なんだこいつ、やっぱり可愛い。

「俺、親父に言われたんだ。」

逢坂はやっぱりまだすねたままの口調だ。

「お前は都合の良い方に考えすぎる!それに調子にのるとどこまでもつけあがる!!それじゃ社会に出てから生きていけないぞって。」
「そ、それ!!」
(まさに今の状況!!)
俺がそう言いたいのに、逢坂、ゼンゼン空気よまなーい…。
「だからこれを機に自分だけで生きてみろ!って家追い出されたんだ…。」
「そ、そうなんだ?」
「うん、だからさ、そういうところを含めて、これからお前が俺を正していってくれればいいと思うんだ。」

(ハイィ?)
開いた口がふさがらない。

どうやら2人で暮らすことは既に決定事項のようで。しかも一応成長したいという気持ちも強く持っている、と見た。
そんな男にどうやって文句を言えばいいのですか?
俺は心の中で、大きなため息をついた。
けれど逢坂の顔を見れば、俺はもう反射的に「何コイツ、やっぱり可愛い」って思ってしまうわけで。


話を聞いていた眞澄さんは隣で必死に笑いをこらえていた。
俺と目が合えばその口が「ご愁傷様」と形どられる。
きっと何もかもばれているのだろう、この人には。それに対してもため息をつきたくなる。

逢坂の顔を見れば、もう既にルンルン気分で2人の新居のことでも考えているらしい。
「マグカップはなー、色違いにしたんだー!」
「…へぇ…。」

…どうやら諦めるしかないらしい。
諦めて楽しむしかないようだ。

逢坂と俺。
これからずっと続く、二人の素敵ライフ。





おわり




素敵ライフとか。(笑)
written by Chiri(10/20/2007)