死んじゃえばいいのに おまけ 〜俺様ナイト〜 逢坂が勝手に選んだ二人の新居は案外普通の賃貸マンションだった。 逢坂の金銭感覚だからどれだけの高級マンションにしたかと思えばそんなことは無かった。 逢坂は「親父が授業料以外は金一切出さないって言ったから必死で探した」と言っていただけある。1LDKのマンションで8畳の洋室とLDKフローリングが10畳、キッチン、風呂、トイレで7万円。二人で折半すれば十分に生きていける。駅までは少し歩くがそれくらいは文句は言えない。俺から見ても優良物件だった。 しかし、逢坂も案外ちゃんとした感覚持ってるじゃん、と見直したのも束の間、その8畳の洋室を見た時俺は唖然とした。 洋室にどでんと置かれたキングサイズのベッド。八畳のその部屋はそれ一つで大体のスペースが埋まっていた。 「な、何これ…。」 逢坂は嬉しそうに答える。 「俺んちから持ってきた。やっぱ寝るのは広い方がいいだろ?これからずっと二人で寝るんだし。」 「え?二人で寝るって?俺、布団で…。」 「二人でねーるーの!!今夜から!」 「こ、今夜から?」 逢坂の顔はキラキラと輝いていた。 そして俺は気付きたくないものに気付いてしまった。ベッドのヘッドボードに置かれたもの。 新品のコンドームの箱にローション、そしてティッシュ。ティッシュに関しては三箱入りのビニールに包装されたままだった。 「今夜、楽しみだな。」 嬉しそうに笑う逢坂に俺は何も返せなかった。 (どんだけヤる気満々だよコイツ!!!) 俺はどうして何も考えないで逢坂にノコノコついてきてしまったのかを大後悔した。 夜になると逢坂は俺をさっさと浴室に押し込んで、シャワーを浴びさせた。そしてその後かわりばんこで逢坂が浴室から出るのを俺が待つ。 まるで新婚初夜…。いや、最近の夫婦には初夜なんて感覚は無いか…。 俺は早鐘のようにドキドキしながら逢坂を待った。 (このまま、俺本当に喰われちゃうの?) サァーッと血の気がひいていく。 流石にその覚悟は無かった。 大体、今日まで逢坂が迎えに来るなんて思っても見なかったのだ。それなのにいきなり来て、借金を肩代わりしてくれて、もちろんそれは感謝している。 けれど、それにしては展開が早過ぎないか!? 乙女のようだ、と思いつつも俺にはまだ全てをあげる覚悟は無かった。 (どうにかして言い訳を…) ザァーザァーと響くシャワーの音。それが余計に俺の不安を駆り立てた。 (そうだ、乙女といえば…) ハッと思い当たった。 (俺、まだ告白されてないんじゃない?!) それは大問題だ。 確かに俺は逢坂に好きだ、と言った。けど、逢坂は自分に好きだと言っただろうか?そもそも俺たちは付き合いだしたのだろうか? 考えればそれこそおかしいと思う。 告白もしていない男女、否、男男がセックスしていいのだろうか。 いや、ダメだ。ダメってことにしよう。 そうやって俺の心も決まった頃に、逢坂が鼻歌まじりに浴室から出てきた。俺はベッドに正座して考え事をしていたせいで、まるで逢坂を三つ指ついて待っているようだった。 もちろんそう誤解した逢坂はすぐに嬉しそうな顔になってそのまま俺をベッドに押し倒した。 「ちょっ!逢坂、待て!」 「なんだ、郁也?また照れてるのか?」 この会話は最初の頃にした事がある気がする。逢坂が俺を勝手にストーカー扱いしていた頃のかみあわない会話だ。思い出すとむかむかする。 逢坂が首に吸い付いてくるのにぞくりと体を震わして、やばいと思った。 (このままだと奪われる!) その瞬間、俺は行動に出た。 ボスッ!! 逢坂を、枕で殴りつけたのだ。 「な、何?郁也。」 驚いた逢坂はやっと目を合わせてきた。こうでもしないと逢坂は人の話をちゃんと聞くモードに入ってくれない。逢坂のお父さんの言ったとおりだ。逢坂は自分に都合の良い事しか考えない! 俺はわざと何の感情もあらわさない顔で聞いた。 「なぁ、…なんか忘れてない?」 「へ?」 「セックス…する前に何か忘れてない?お前?」 逢坂はちらりとヘッドボードを見つめた。そこにはセックスに必要な道具がこれ見よがしに置いてある。 「コンドームとかローションじゃなくて!!」 (そうだよな!お前の準備は万端だもんな!) 俺の言葉に逢坂はムッとして、口を閉ざす。きっと何も分かっていないのだ。 「お前がそれに気づくまで俺、あげないから。」 「え?」 聞き返す逢坂の顔は絶望で満ちていた。垂れ下がった耳がなんとなく見えた気がした。 「絶対俺をあげないから!!」 とどめといわんばかりにもう一度枕で逢坂の顔を殴った。 本当は枕に黒い油性ペンでNO!と書いてやろうかと思った。流石にもったいないからそれはやめた。 俺はぷいっとそっぽを向くとそのまま布団をかぶった。 後ろで逢坂がなにやらブツブツと呟いているのが聞こえた。 それを無理矢理意識からひっぺ剥がすとやっと眠ることができた。 (これで当分持つだろう…) それまでに覚悟、決めないとな。 結局最後はあげる事になるだろうことはなんとなくわかっていた。 それから始まったはずの素敵ライフ。 逢坂との生活は案外大変だった。 というのも、この男、普通の生活がままならないのだ。 脱いだものはその辺に散らかしたままだし、ごはんも作れないし、皿も自主的には洗わない。元栓は締めないし、給湯器は夜に電源を消してくれない。 「今までどうしてたんだよ?」 と聞けば、 「うち、お手伝いさん居たから。」 とムカつく発言をしてくれた。だが、そんな事にいちいち腹をたてているわけにもいかない。俺は事細かく逢坂に注意した。ゴミをゴミ箱に!見てないならテレビ消せ!風呂から出たら体はちゃんと拭け! まるで犬にしつけているような気分だった。その場で叱らないと逢坂は動いてくれなかった。 そしてそのまま一週間がたち、逢坂は変な行動に出始めた。 俺がいつも文句を言っている事に対して、やけに局面的にのみ協力的になったのだ。 俺はまたフルール・エ・ショコラで働き始めたのだが、そこから帰ってきたら例えばご飯が作られてあったりする。それが素晴らしく美味しいとまでいかなくてもまあまあ食べられれば嬉しいことかもしれない。けれど逢坂の場合は炊事をしたことを無いのだから、専らフリーダムな味付けで俺をもんどり打たせた。しかも当り前のように作りっぱなしで台所はめちゃくちゃだ。 俺がそれに対して、ハァ…とため息をつきながら片づけをしていると、遠くでそれを見ていたらしい逢坂は「違うのか…。」と呟いていた。 (何が違う、だよ…) また別の日の話だ。 バイト先から帰ると、まだ洗濯機にも触ったことのない逢坂が服を畳むとこまで終えていた。それも全て上手くいっていれば誉めてやるのだが、色落ちするものと一緒に洗濯したせいで他の洗濯物に色がついているわ、畳み方が真ん中を折り目にして左右をくっつけた畳み方だったりしてとにかくひどかった。 しかもそれに対して俺がハァッとため息をついていれば、遠くで逢坂が「違うのか…」と肩を落としている。 (だから何が違う、だよ!!) その後他の分野にも様々な被害が出て、俺はやっと理解した。 どうやら逢坂は俺がセックスさせない理由をその辺りにある、と考えていたらしい。けれどそんなんじゃない。欲しいのはただの、愛の言葉。それだけなのに。 (馬鹿だな、逢坂…) 心の中ではそう思いながらもそれを伝えてやるつもりは無い。 それにしても…逢坂が俺に対してやる言動…。 (母の日に手伝いする子供かよ…) と突っ込んでしまったのは言うまでも無い。 逢坂の機嫌は日に日に悪くなっていった。 二週間を経っても、俺が逢坂に体を許さないで居ると逢坂は目に見えるほど不機嫌な顔をしていた。 逢坂は逢坂なりに頑張っていた。それは分かっている。けれどここまで来たらちゃんと告白して欲しいと思い始めてもいいじゃないか。俺も逢坂から好きだとか愛しているだとか言われたかった。 一緒にご飯を食べていても、逢坂はじっとりとした嫌な視線でひたすら俺の方を見てくる。 俺はテレビを観て、その視線を見ないようにしていたが、内心はヒヤヒヤしていた。 (俺、そろそろ強姦されるかも…) なんだかんだいって二週間も時間が稼げたし、そろそろいいかとも思う。でも告白して欲しい気持ちもある。 今の逢坂はまるで獣だった。獣と一緒に住むのは怖い。いつか喰われるならばいっそ今喰われたほうがいいかも、と思うようにもなっていた。 ふとテレビからドキッとする単語が流れてきた。 ドキュメンタリー番組『セックスレスカップルの実態』。なんつーものを流しているんだ、ご飯時に!と思ったが、案の定逢坂はガン見していた。まさかチャンネルを変えようなんていえず、俺も無言でそれを見ていた。 テレビには目に黒線を入れた女性がインタビューに答えていた。 『何故セックスを拒むのですか?』 『やっぱー、雰囲気作りって大事だと思うのよ。旦那も昔はすごく尽くしてくれてたのよ?例えばお姫様抱っこしてベッドに連れてってくれたり、全部脱がしてくれるのは当り前だったし。でも今は「お前、早く脱げば?」とか言うのよ!信じられない!私はアンタのダッチかってーの!』 画面は切り替わってまた別の女性にフォーカスされる。 『今更ときめきとか欲しいわけでもないんだけど、やっぱり言葉が欲しいのよね。やるだけが目的かよ!みたいな。男って直情的で嫌だわ。』 そしてまた別の女性。 『もう結婚してから随分立つから、どうも異性として見られなくなってしまったのよね。最近では好きとかそういう言葉も出すのも億劫になっちゃって…』 その番組を見ながら俺はそろりと逢坂をのぞき見た。 逢坂のその番組へのくいつきは尋常ではなく、それを見ながら頭の中で何かがカシャカシャカシャと鳴っているように見えた。 そして次の瞬間ピーン!という音が確かに聞こえてきた。多分逢坂の中で何かが合致した音だろう。 いきなりぷつんとテレビを消されて、逢坂がすごい勢いでこちらを振り向いた。 ぐるんとこっちを向いた顔はキラキラ満面の笑顔だった。 「郁也!!」 俺は渋々と答えた。 「…ハイ。」 意気揚々と逢坂の口から出た言葉は。 「愛してる!!」 (あぁぁ〜〜〜言っちゃった…) 俺は小さく頷いた。逢坂はそんな俺の反応に気を良くしたように更に続けた。 「日本一愛してる!!」 「…うん。」 「それだけじゃ足りない位だ!!世界一愛してる!!!」 「…うん…。」 「宇宙一愛してるぜーーーー!!!!」 俺は負けたと言った風に眉を寄せたまま、笑いかけてやった。すると逢坂は嬉しそうに 「よし、お姫様抱っこだーーーー!!」 と嫌がる俺を抱き上げそのまま寝室へと向かってしまう。 宇宙一愛されてしまった男には「流される」という選択肢しか残っていないのだ。 *** そして数時間後。 キングサイズのベッドの上で裸の男が二人。一人は大満足そうにニコニコ笑っていて、その横で腰に手を当てた男が文字通り屍と化していた。 「それしても郁也ってば何気に女々しいな!!」 俺は逢坂に返事する体力さえ残っていなかった。 精液が生気そのものだったのなら、俺は今間違いなくミイラだ。 「愛してるって言われないと抱かせてくれないなんてどんだけだよ!!」 ワハハハと上機嫌に笑いながら俺の背中をバンバン叩いてきた。 その度に俺は死ぬほどの激痛を味わっているが、逢坂はそんなことさえ気付いていない。 (お前に足りないのはデリカシーだ…) と言いたいがそれも声になってくれない。もう既に喉はガラガラで、しゃべりたいという気さえおきない。 結局宇宙一傲慢な男に愛された宇宙一災難な男は、ベッドの中で泣き寝入りする外無かったそうだ。 おわり え、この話ひどいね。何気に…。 written by Chiri(10/23/2007) |