王子とおおがらにゃんこ
王子とおおがらにゃんこ(7)



 店裏から階段で降りていき、地下室のドアを開けた。
 閑散とした部屋の真ん中に、王子が臥せっていた。
「王子……」
 龍輝が呟くと、王子がぴくりと体を揺らした。
 ひんやりとした床の上を一歩ずつ歩む。
 王子の横たわるすぐ傍までたどり着くと、龍輝は息を吸った。
「王子、あの、俺、王子に言うことがあるんだ」
 王子の体がまたぴくりと揺れた。
 聞いてはいるのだろう。龍輝はそう判断して、続けた。
「俺、実は」
「黙れ」
 え。
 ばさりと王子の髪の毛がなびいたと同時に王子の顔があらわとなる。
 王子の充血した目は泣き腫らした証拠。そしてその瞳は龍輝は真っ直ぐに睨み通していた。
 あ、王子の口が開く、と思った瞬間、王子の汚い言葉の羅列が。
「てんめぇ、人がプライドも見栄も全部かなぐり捨てててめぇに惚れたって言ったのによくも俺様に恥をかかせやがったなぁぁぁ! 俺が下じゃやる気が起きねぇってか! それならもう誰にも俺をとめられねぇええええ! 本来なら俺はバリタチなんだからな!!! アンアン言わせちゃる!! 俺の下で死ぬほど泣けよ、この野郎!!」
 言葉の勢いと共に王子が迫ってきた。驚いて後ずさりするがすぐにつかまり、王子がのしかかってきた。
「ま、まって! 聞いてよ! 王子!」
「聞くか!」
「好き、俺も好き! 大好きなんだ」
「お前の言葉なんて信じねぇ」
「信じてよ、王子が好き、ずっと抱きしめて欲しかった」
「しらねぇ、きかねぇ、しんじねぇ」
 何その標語!?
 龍輝の一世一代の告白も王子には伝わっていないようだ。王子の目は完全に据わっていて、龍輝のことを見ているのに見えていない。

 ドシィィン

 王子に押し倒されて、そのまま床に落とされる。腰をついた瞬間に王子が縄を取り出す。龍輝が縛られていた縄だ。
「もう逃がさねぇ」
 逃げるつもりなんて無いのに、龍輝の腕は胸の前位置でぐるぐる巻きとなった。幾重にも巻くところに王子の怨念がこもっている。
「ま、待って」
 まるで言葉を理解していないようだった。王子は手早く龍輝のシャツを脱がしていく。
 王子の手元を追いながら、龍輝は内心焦った。
 本気だ。本気で、王子は龍輝を抱くつもりなのだ。
 ずっと王子に抱かれたかったが、こんな状態でそんな日が来るとは思いもよらなかった。
 王子が龍輝の胸にキスを落とす。胸の小さな突起に王子の唇が触れると龍輝は慌てて口を開いた。
「ね、王子……あの」
「はぁ?」
 王子の声は不機嫌だ。
「……俺、セックス初めてだから、や、優しくし」
「つまんねー嘘つくな!」
「はぃぃぃ!」
 やっぱり信じないのか、と思いながら、セックスと言うものが尚更に怖くなる。
 王子はカチャカチャと龍輝のベルトを取り外しにかかった。
 金属音が地下室に鳴り響く。空調も入っていないせいで、夜風を直に当たっているような寒さだ。
 不意に心細くなった。
 ぐるぐるに巻かれた手首のまま、龍輝は王子の服の袖を掴んだ。
 せめて。せめて、だ。
「王子、キスして……」
 王子は一瞬目を見開くと、すぅっと息を吐いた。
「なんかお前……かわいいこと言うんだな」
 言いながら王子が龍輝にキスをした。王子の狂っていた瞳が少しだけ優しく細められた。
 好きな人とするキスってこんなに気持ちいいなんて知らなかった。
 その気持ちを少しでも王子に伝えてたくて、王子、王子と呼びかける。
「俺初めてだ。 されたいって思ってされるキス」
 にこっと笑うと、王子の龍輝を抱く手に力が込められた。
「……っ! もう言うな。 黙れ」
 王子はそのまま、もう一度龍輝の口に王子のそれを押し付けた。舌が入り口を割って入ってくる。
「ん、ん、ぁ……」
 深く口付けをされながら、快楽が近づく。
 王子の片方の手が龍輝の奥の穴に触れる。初めてそこに触れられる感覚はまるで体がふわふわと浮いているような心地にさせる。優しく幾度も幾度も王子の指が侵入する。
 龍輝の王子を掴む手に力が入る。王子は時々、頭をくしゃりと撫でてくれた。まるで真綿を掴むような手つきで、ただただ優しく撫でてくれた。
 十分にそこがほぐされた後、王子のそれがゆっくりと押し入ってきた。
「……痛いか?」
 首を横に何度も降る。
 思わず涙が流れた。
 痛みや苦しみからくるものではなかった。きっとその真逆にあるあたたかいもの。

 こうされたかったんだ。
 俺はずっとこうされたかったんだよ、王子。
 王子を体の一部にしてしまいたかった。

 それが俺の夢だったんだ。



***



 どこからか光が差しこんでいる。薄暗いコンクリートは光があてられ、キラキラと一部だけ光っていた。
「王子、朝だよ。 王子」
「あ?」
「王子、朝」
 隣で寝ていた王子ががばっと身を起こした。
 目にチカチカとあたっていた光はどうやら部屋の唯一の窓から落されていたらしい。場所は昨日から居た地下室のままだ。それでも片隅にあった毛布をかぶって二人で堅い床の上で一晩過ごしてしまったようだ。
 王子は龍輝を見て驚いた顔をした。

「どうしたの? 王子」

 龍輝はニコニコしながら聞いた。手首には幾重にも巻かれた縄。全身裸。そしてあらぬもので汚れた肢体。
 まるで被害者そのものの容貌だ。それに反して、この満面の笑み。
「どうしたって、お前。 怒ってねぇの?」
 王子は少し声を押さえ気味で聞いて。龍輝は首をかしげた。意味が分からない。
「屈辱だっただろ? 今までタチだった奴がこんな目にあうなんて」
 王子の視線は龍輝とかち合わない。王子は決まりが悪いのか床の汚れた模様を見つめていた。
 龍輝は首を横に振った。
「え、なんで? 俺、王子に夢叶えてもらったのに」
「はぁ?」
 王子が解せない、という表情を作る。
 しかし、次の瞬間、ハッと思い当たったらしい。

「えええええええええええ?」

 地下室に雄たけびが響いた。
「嘘だろ? バカ! はやく言えよ!!!!」
 ごつっと拳骨で殴られても、龍輝の笑顔は崩れなかった。痛いよ、王子と言いながらにこにこと笑っている。
「ずっと、俺、そうされたかったんだ」
「そう……か。 そうだったのか」
 はぁぁぁと王子の長いため息が落ちる。
 龍輝は構わず、王子に身を寄せた。
「王子、俺、王子が好きだ」
 王子にうっとりと魅入られたままの表情で龍輝はそう言った。
 昨夜もずっと言い続けていたのだが、王子の耳にやっと今、届いたらしい。王子はカッと顔を赤らめた。
「……お前って俺以上にめちゃくちゃなんだな」
「え? そうかな」
「そうだよ」
 王子の眉間に皺が寄る。照れている顔だった。
 そのあと、王子はポツリと一言漏らした。
「……道理でなんか可愛いと思った」
 王子は龍輝の手の縄を解くと、龍輝を抱きしめた。手足の長い龍輝は王子の胸に収まることは無いが、それならば、余った手で王子を抱きしめ返せばいいのだ。そんなことにも今までの龍輝は分かっていなかったのだ。
「王子、このままずっと抱きしめててね」
「え?」
 王子が聞き返す前に、龍輝はへへっと笑った。
「やっとちゃんと言えた」
 自分の気持ち、伝わっただろうか。
 龍輝が王子の顔を確認すると、王子はくにゃりと表情を崩した。なんだかあきれた表情だ。
 そして、王子はやはり少しだけため息を吐いてから

「なんか、お前って最強だな」

 勝負に負けた顔をして、笑ったのだ。





おわり



王子の襲い受けってのも捨てがたかったのですが……。まるくおさまっちゃいました。残念。
written by Chiri(6/30/2009)