王子とおおがらにゃんこ
王子とおおがらにゃんこ(5)



 新しく通うようになったゲイバーは壁が赤と黒で彩られていて更に照明も派手だったせいか、心なしかギラギラした輩がたくさん居るように感じた。
 けれど、流石にすぐに次、という気になれない。
 龍輝は王子のことが忘れられなかった。

 結局、前にも進まず、後ろにも倒れなかった。いいや、倒れるほどまでには龍輝は王子に気持ちをぶつけていないのだ。
 今までの龍輝の生き方そのものがそんな感じだった。

「お兄さん、最近よく見るね」

 テーブル席が埋まっていた為、カウンターに座ってみたものの、龍輝はバーテンに話しかけられるのはあまり好きではなかった。もともと、人見知りな人間だ。
「あ、うん」
「綺麗な顔してるよね。 相手を探しに来たの?」
「いや、ただ飲みに」
 バーテンはふぅんと呟いた。
「じゃ、気の良い奴らを紹介してあげるよ。 飲むならやっぱりにぎやかな奴と一緒がいいだろ? いつもお兄さん一人でさびしそうだし」
 そう言うと、バーテンが店の奥に「おーい!」と呼びかけた。赤い照明に黒いシルエットが二人浮き出される。
「あいつら、俺の友達。 いい奴らだよ。 せっかくなんだし、楽しく飲んでってよ」
 バーテンは右目でウィンクした。どうやら悪い人間では無いらしい。
 一人で王子のことを考えるくらいなら、そうやって楽しむ方が良いかもしれない、と気持ちを改めた頃には、バーテンの友達二人が龍輝の両隣に座っていた。
「わ、お兄さん、かっこいい」
「こんなところで一人酒? さびしくない?」
 二人ともくるくると表情の変わる可愛らしい男の子だった。見た感じ大学生くらいで、一番楽しい時期だろう。
「なんか暗い顔してるね? 嫌なことあった?」
 親身に聞き出されたら涙が出そうになる。年上だし、外見も自分の方がよっぽどがっしりしている。それでも、今の自分はきっと誰よりも弱い。
「いや……」
「いいんだよ! ここでは何言っても。 吐き出しちゃった方が楽でしょ」
「うん……」
 一人でちびちびロック酒を続けて飲んでいたせいだろうか。いつもよりも少し酔っていた。そうすると、今まで背負っていたことが尚更重く感じる。全てをしゃべってみたくなってしまう。
「俺、……し、失恋したんだ」
 言葉にした瞬間、目から一筋涙が降りていった。
 大の大人が190センチもある大きな巨体を小さく折り曲げて、涙をほろほろと流す姿はどんなに滑稽だろうか。それでも涙は次々とあふれてくる。それを隠したくて、右手で顔を覆った。
「お兄さん、我慢しないで」
 促されるとどんどんと深みに嵌る。
 息をするのもつらいほどに、断続的な声をあげて泣いた。
 話を聞いてくれた男二人は龍輝を囲って、背をさすってくれた。他から隠すように龍輝を小さく抱きしめる。
「だいじょーぶ。 だいじょーぶ」
 その言葉に龍輝はホッと息を吐いた。
 カウンターの中にいたバーテンはグラスを磨きながら口元に笑みを浮かべた。

 ああ、あの客、なんていい顔をするんだい。



***



 なにかが擦り切れて肌を痛めつけている。
 これはきっと夢だろう。夢だろうが、手が痛い。足が痛い。何故だろう。

 ハッとして、目を開けると、眩しい蛍光灯が目に飛び込んできた。首を曲げて、あたりを見渡す。見たことの無いところだ。壁一面がコンクリートの打ちっぱなしになっていて、ボルトや骨組みがところどころそのまま見えている。
「ここ、店の地下なんだよ」
 龍輝は目を見開いた。
 目の前にいるのは、さっきまでバーテンをしていた男だ。そしてその後ろに酒の相手をしてくれていた男たち二人も立っている。
「な、何で?」
「いやー、お兄さんがあまりに良い男だからさ。 みんなで分け合おうと思って」
 意味が分からず、龍輝は首をかしげた。手足が何か縄のようなもので縛られているせいで立ち上がれないし、心なしか頭がくらくらする。何か盛られたのだろうか。
「大丈夫。 お兄さんはそこで寝てるだけでいいから」
「え」
「俺たちが勝手に楽しんでいくだけだからさ、協力してよ。 お兄さんだって気持ちよくなれるんだから一石二鳥じゃない?」
 驚いて体を動かそうとするが、身動きがとれない。
 バーテンが龍輝の体の上に乗りあがる。
「な、何するんだ?」
 汗が伝って、コンクリートの地面に落ちる。気持ちが悪い。
「何って、まず勃たせないと。 俺たちに入れられないじゃん」
 背筋がぞぞっと凍る。
 話を聞いてくれていた男たち二人もいつの間にか龍輝を囲うようにして近づいてきた。
「いいじゃん、失恋したんでしょ? 気持ちよくなって忘れちゃえよ」
 そう言いながら一人目の男が龍輝の唇を奪う。
 あ、男に奪われるのはこれで2回目。
 そもそも奪われそうになっているのはキスどころではない。
「や、やめて」
「ふふ、お兄さん可愛い」
 バーテンは目を細めながら龍輝のズボンのファスナーをおろす。縮こまっているそれを取り出すと、ふふっと笑った。
「意外に可愛い」
 自慢じゃないが、龍輝はそこを使ったことが無い。
 一人で出す行為はしていたが、それでも自分には縁の無い部位だと思っていた。龍輝の夢は龍輝を愛し、慈しんでくれる人間に抱かれることだ。決して、こんな軽い男たちに上に乗られる為じゃない。
 もう一人がもぞもぞと龍輝のシャツのボタンをはずす。空いた隙間から手をもぐりこませると龍輝の胸の突起をもぞもぞと撫でた。
「あ……や、やめ……」
「お兄さん、本当良い顔するよね」
 そう言いながら、触っている本人も自分の胸をいじりだしていた。
「不思議な人だね。 こんなにかっこいいのに、なんだかいじめたくなる」
 龍輝の股上にいたバーテンがフッとそこに息を吹きかける。龍輝は思わず吐息を漏らした。反応したくないのに、そこはぴくりと反応してしまう。バーテンは「あ、勃った」と嬉しそうに声をあげると、右手でそれをこすり始めた。
「ふぁ……や、やめ」
「だーめ。 これ俺に入れるんだから」
 バーテンは右手で龍輝のそこに触れる一方で、左手を後ろにまわした。四つんばいになって、その左手を自分のズボンの中で動かす。もぞもぞと衣類がこすれる中で、バーテンが気持ちよさそうに口を開く。
「あ……んぁ、……」
 喘ぐバーテンを見て、龍輝の背に冷や汗が走る。
「も、いい……かなぁ?」
「ダメ!」
 思わず叫んだが、バーテンには聞こえていないようだ。龍輝の体の上で前のめりになると、己の尻と龍輝の中心をあわせようと視線を向ける。
 バーテンが少しだけ高度を下げると、龍輝のそれにバーテンの入り口が当たった。
 龍輝は縛られた手を動かそうとしたが、肌が赤く擦り切れるだけだった。
「だ、ダメ! やめて!」
「あは、強姦してるみたい」
 実際そうなのだが、本人に自覚は無いようだ。
「ダメ! お願い、やめてよ! お願い!」
 声が枯れるまで叫び続ける。髪の毛を振り乱して首を振るが、バーテンの笑みは崩れない。
 もし縄がほどければ、殴ってでも、投げてでも逃げられるのに。
 こんなときに限ってずっと学んできた武術は意味を成さないなんて。

「もう入れちゃおっ」

 バーテンの軽い声が地下室に響いた。
「う、嘘、や、やめ」
 他の二人は暴れる龍輝を地面に縫いつけた。手も動かせないし、脚はバーテンに押さえられている。
 −−もうダメだ。
 龍輝が天井を仰ぎ、バーテンの体がゆっくりと動いた。

 その時。

「てめぇら、それは俺の男だ!」

 バン!と暗闇にあった扉が開く。光の差さない地下室に一筋の光が生まれる。

 凛とした声。
 くっきりとした眉と切れ長の瞳。
 鼻筋には骨がしっかり通っているのが分かる。
 本来なら傲慢なほど美しく、見るものを魅了するその顔はとてつもない怒りに支配されていた。

「お、王子!」
 龍輝の瞳からぶわっと涙がこみ上げた。





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王子、流石☆タイミングもばっちりだぜ!(鉄則)
written by Chiri(6/28/2009)