王子とおおがらにゃんこ(3) バッタァァァンと扉が閉じられる音が響いた。驚いた客は残った龍輝と姫に注目した。 王子は怒って、店を出てしまった。 「俺、王子みたいなのが好み……なんだ」 勇気を出して言ったとは程遠い。龍輝は王子の言えという命令に逆らえずつい言ってしまっただけだった。 けれど、王子は口を閉ざし、顔をかぁ〜っと赤くさせた。 照れているかと思った瞬間、ダンと王子の手がテーブルを叩いた。 「てめぇ、ふざけんじゃねぇよ」 王子の美しい顔は龍輝をにらみつけ、これ以上にないほどの怒りを露にしていた。 「俺に下になれっつーのか! この俺に!」 王子の怒った顔が龍樹のすぐ前に近づく。吐息が触れられる距離。なのに王子は先ほどの気の良い王子とは違うかった。 龍輝は王子の機嫌を損ねてしまった。 龍輝は自嘲的に笑った。 そういう風に受け取っちゃうのか。やっぱり。 「うん、無理だよね。 そんなの」 龍輝が泣きそうに呟くと、王子はふんと鼻息を大きく吐いて、その場を後にした。当然のように勘定もせず、店を出ていく。 バッタァァンと店を壊す勢いでドアが閉められると、龍輝の場所にまで風がそよいだ。 ここ数日の寵愛は嘘だったかのよう。 やっぱり幻想だったのだ。御伽噺から追い出されたような心地だ。 残された姫は龍輝の顔を不安げに見上げた。 「ねぇ? 嘘、だよね?」 姫が何度も聞いてくる。 「龍輝が王子を好きだなんて。 おかしいよ。 王子はタチなんだからさ。 あれは無理だって」 答えが決まっているように言われて、龍輝はそうか、と思った。口に出してはいけなかったことだったのだ。当たり前のように決まっていることを少しでも揺らがせることは言ってはいけない。 「龍輝? ねぇ、さっきの冗談だったんだよね?」 姫がもう一度聞いた。 「うん、そうだよ」と答えながら龍輝の右目から雫が零れた。 それを見た姫は小さく「……ごめん」と謝った。 *** その後、毎夜王子は龍輝の見たことの無い男を連れ歩くようになった。王子の横を歩く男たちはどの子も龍輝のコンプレックスを刺激するような愛らしい男ばかりだった。 少し前まではすっかりお馴染みの観葉植物に隠れる席は自分の特等席だったはずだ。けれど王子と飲む時は中央のテーブル席だった。龍輝は王子と喧嘩して、また引っ込むようにこの席に戻ってきた。 けれどそこに姫がついて来た。 「あれが王子の本来の姿だよ」 王子を見る龍輝に言い聞かせるように姫が呟いた。 「龍輝としゃべる時の王子はさ、少年みたいだったけど。 本来、あいつ遊び人だしね」 「……うん」 王子の遊ぶ様子はまるで龍輝にあてつけるようだった。王子はきっと王子が誰よりも攻める方の人間だというのを龍輝にアピールしているのだろう。 あははっと笑い声が中央のテーブル席から聞こえる。王子のも混じっていたし、その横にいる男たちも楽しそうに王子と談笑している。まるであの一帯が眩しいもの以外立ち入り禁止みたいだ。 龍輝ははぁっとため息をついた。王子が一緒にいれば思わず蹴り飛ばされるくらいの盛大なため息だった。 そうだよな。そういうもんだよな。 「王子はさ、一番何が良かったのかな」 「は?」 「この間姫、言ってたよな。 「王子はいつでも自分が一番だからね」って。 王子は自分が一番何だと良かったんだろう」 龍輝の切なくなるような声音に姫はむっとした。 「そんなん決まってるよ。 王子は一番自分が目立ちたいんだ」 「そうなのかな」 「だから、龍輝はダメだよ。 龍輝はかっこいいもん。 友達としてならいいけど、恋人にしたら王子は目立たなくなる。 それにゲイってやっぱり上下関係があるから。 王子がかっこいい男に組み敷かれるなんてありえないね」 きっぱりと言い切る姫はどこか男らしい。 龍輝は姫の瞳を見た。まっすぐときらきらと光っている姫の目を見ると、姫はやはり眩しい部類の人間だということが分かる。王子と似た、自分を貫く強さのある目だった。 そこにすがってしまいたくなる自分は多分性根が腐っている小心者だからだろう。 「ねぇ」 姫が囁いた。 「王子は諦めて、僕にしなよ」 「え」 姫の唇は言葉をつむいだ次の瞬間には龍輝のものを覆っていた。 龍輝の今までのキスの歴史は奪われ歴と等しい。ファーストキスはまだ小学生の頃に、隣の女子高生に唇を奪われた。それから中学では担任の女教師、高校では同学年の女子に有無を言わさず奪われた。自分が好きだと思う人間にされたことは無かった。好きな人間にされないのなら誰でも同じ事だと思っていた。 しかし、思えば、男からキスを奪われるのは初めてだ。 姫の唇は柔らかかった。男のものと思えないほどに。 姫はぺろりと龍輝の唇を舐めると、「隙だらけだよ」と笑みを浮かべた。 龍輝はほのかに湿った自分の唇に手を触れた。 姫は龍輝のどこがいいのだろうか。本当の龍輝なんて知らないだろうに。龍輝の心の中は王子に抱かれたくて仕方ないのに。 「龍輝、恋って戦争なんだよ」 姫はにこやかに笑った。 その向こうで誰かと目があった。 王子だ。 −−王子が静かに龍輝と姫を見ていた。 王子の隣にいる男の笑い声がフロアに響いている。なのに、王子は笑わず、ただ龍輝と姫をひどく冷たい表情で睨みつけていた。 *** 「命令だ」 久しぶりに王子に話しかけられたのはその次にその店で会った時だった。龍輝がいつもの席で酒を飲んでいる時に、王子がいきなり向かいの席に座ってきたのだ。 龍輝を睨む顔は未だに王子の憤怒を物語っていたが、それでも龍輝は王子に話しかけられたということだけでも嬉しかった。 たとえ、その言葉が龍輝をいかに傷つける言葉でもだ。 「なぁ、命令だ。 お前、姫とつきあえよ」 それを言われた時、龍輝の頭は混線しすぎていて、逆に冷静になった。 「……なぜ?」 「なんでもだよ。 お前、この間姫とキスしてたじゃねーか」 やはり見えていたらしい。 けれど龍輝は奪われただけだ。見ていたなら分かっているだろうに。 「俺は、姫とはつきあう気は無い」 胸を締め付けられながら、言葉にする。多分こんなことを言っても王子には関係ない。 「いいから、姫とつきあえ。 そうしたらまた一緒に遊ぼうぜ」 「……嫌だ」 思わず口から出た。 また王子と一緒に遊ぶことができると言われているのにすんなりと拒絶の言葉。自分でも驚いた。 王子はむかっとしたのか、 「俺は言っておくけど絶対お前には落ちないからな」 と念を押すように言い切った。 そんなの知ってる。分かりきっていることは龍輝にそこまでダメージを与えない。 「別にいい」 今までだってそうだったのだ。ずっとこのモンステラな葉の間から王子を見続けていた。それが龍輝にとって唯一の幸せだった。 「お前怖いよ」 「え」 王子の言葉に龍輝は身じろいだ。 「お前、いつも俺みてんじゃん。 俺、いつお前に無理やりケツ掘られるかとか考えると、まじ怖い」 掴んでいたグラスにじっとりと熱が移る。 −−ショックだった。 自分が王子を襲うだなんて。そんなこと考えたことも無かったのに。 「俺はそんなことしない」 「だろうな。……でも」 王子は目を逸らさなかった。王子の目の中で自分のシルエットが歪む。 「他の奴なら俺だって怖くない。 けど、お前は、怖い。 お前なら俺のことめちゃくちゃにできちゃいそうで……」 まるで熱に浮かされているような気分だった。 拒絶の言葉なのに何故こうも甘美なのだろう。 王子、王子。愛すべき王子。 王子は続けた。 「なぁ?俺は自分が一番なんだよ。 一番かっこよくありたいんだ。 お前の前だと俺、なんか格好悪いもん。 ほんとやだ」 あ、姫正解だ。 王子のその言葉は「一番目立ちたい」と似ている。 それは龍輝を遠ざける考えだ。 王子は首を小さく振った。 「ほんとやだ。 もーやだ」 子供のような口調で王子は龍輝を拒む言葉を平気で放ったのだ。 next 「まじ勘弁」とか「ほんとやだ」とか「本気でやめて」って言うせりふって本音を語ってるよね。故に傷つくという……。龍輝ドンマイ☆ written by Chiri(6/26/2009) |