王子とおおがらにゃんこ
王子とおおがらにゃんこ(2)



 あれから龍輝は何度か王子と姫と飲むようになった。話題は大抵龍輝の話だ。二人はいまだ龍輝のことが目新しいようで、いろんな話題を振ってくる。
 いつか飽きられるんだろうかと怯えながら、それでも龍輝は律儀に全ての質問に返していた。
「っていうか黒帯ってすげーんじゃねーの? どれくらい強いの?」
 王子もやはり格闘技は好きらしい。
「正確には空手弐段だけどね。でも最近じゃ、中高生で弐段を持ってる子も増えてるよ」
「え〜? 段とか言われてもわかんね」
 王子には常識というものがあまり無いらしい。 それでも龍輝は懇切丁寧に王子に解説をする。王子に何かを教えられるだけでも幸せというものだ。
「最高では空手は十段まであるんだ。 でも八段までが事実上最高位かな。 十段なんて持ってる人は現人神クラスだよ」
「あらひとがみ〜? 何それ?」
 今度は姫が聞いてくる。
「ああ、ごめん。 生きている神様ってこと」
「仙人みたいな爺さんってことか」
 王子が勝手に妙な納得をする一方で、姫は「へぇ〜、龍輝って物知りなんだね〜」と無邪気に笑った。

「っつーか、お前さ、何歳なの?」
 聞かれてドキッとした。
 顔から言うと少し若くは見えるが、24歳だ。龍輝は王子の年齢を知らなかった。王子の風貌は若く見える。もし本当に若かったら、龍輝なんておじさんと思うかもしれない。
「なぁ!」
 促されて答える。王子には誰も逆らえない。
「……24」
「え、タメじゃん」
 嬉しい、と王子は素直に口に出した。
 龍輝は王子が同い年であることに驚いた。龍輝の周りは誰も王子みたいに輝いていない、社会人2年目のダークで先の暗い毎日をすごしている。
「あんた働いてるの? 俺はさ、いろいろ受けたんだけど、結局ダメでさ。 やっぱ顔だけじゃ世の中ダメなんだな〜って痛感した。 今は花屋でバイト中」
 王子は苦笑した。「俺、ここではあんまり素性あかさないんだ。 だってバイトとか恥ずかしいじゃん」と言葉を添える。
「そうかな。 王子は魅力的だと思うけど」
 つい口が滑った。
「え、そう?」
「だって王子って人を惹きつけるもの。 顔もそうだけれど、性格も。 俺は王子みたいな人に本当に憧れるんだ。 俺は自分の意見もろくにちゃんと言えないから、王子みたいにきっぱりと言える人になりたい。 それに、王子に最初に無理やり手引っ張られたとき、すごく嬉しかったんだ。 王子に気に入られるってだけで嬉しい。 王子ってそういう力を持ってるんだよ」
 自分でもなかなか意味が分からないことを言っていたけれど、日頃の恋情が熱意となってあつい言葉になってしまった。
 隣で姫がなんだか腑に落ちない顔をしていた。しかし、王子はその言葉を素直に受け取ったようで
「ありがとう! 俺、褒められるの超好きなんだよ」
 素直すぎる言葉を返してくれた。
 龍輝は王子の笑顔に体の半分くらい浄化され、もう半分でどうにか現世に立っていた。王子はははっと小さく声を出して笑った。
「お前さ、なんか一緒にいるといいな」
「え?」
「うん、なんか気持ちいい。 なんか好きかも」
 恐悦至極。
 思わずそう言ってしまいそうになった。おそらくそれを口に出しても王子は「何それ?」と言いそうだ。
「は? 王子、別にそんなこと言われるの初めてじゃないじゃん? どしたの?」
 姫が横槍を入れた。でも確かにそのとおりだ。王子はきっと賛辞には慣れているだろうに。
「いや、だってこんな男前にこんなまじめな顔して言われるんだぜ。 気持ちよく思わない奴がいるかよ」
 はははっと笑う王子の顔が少しだけ憎らしくなった。
 龍輝は自分の顔が嫌いだ。「男前」も「かっこいい」も嫌いな言葉だ。けれど、この憎い顔のおかげで王子が喜んでいるのだったら少しだけこの顔を許そうかと思う。と思うがやはり憎らしい。
 もっと可愛らしい顔だったらせめて王子に好きと言えたかも知れないのに。
 はぁっとため息を吐くと、王子が龍輝の額を指で打った。
「てめ。 俺と一緒にいる時にため息は許さねぇ」
 あまりにも俺様ぶりに龍輝はくらりとした。酒に酔ったように気持ちの良いくらくら感。
「ごめんなさい」
「よし、許す」
 きらりと歯が光った。
 店の薄暗い光でも王子は一層まぶしく輝いておられる。誰がこの輝きを曇らすことができるだろうか。
 龍輝が王子を眩しそうに見つめると、王子は太陽の笑みを返した。

 すると、会話が途切れた瞬間、声が乱入した。
「ねぇ王子ぃ〜、俺らにもそっちの人紹介してよ」
 まるで待っていたかのような割り込み方だった。3人の遊んでいる風貌の男たちが笑顔を張り付かせて王子の傍に寄ってきた。
 そっちの人とは龍輝のことだろうが、当の龍輝は分かっていなかった。王子とのひと時を邪魔されてむすっとしていたが、龍輝の無表情では怒っているか喜んでいるかも判断がつかない。ちらちらと下心のこもった視線で見つめられても龍輝は心あらずと言った様子で酒を啜った。
 王子は酒に酔ったままの笑顔で返していた。
「え、ダメ。 こいつ、俺の今のお気に入りだから」
 思いがけないことを言われて龍輝は顔をあげた。王子が少し赤い顔で龍樹の頭をポンポンと撫でた。
「いいだろ〜。 俺、こいつと超仲良し。 お前らにはあげねぇ」
 男たちは「えぇ〜」と口を膨らませた。
「っつーかその人相手じゃ夜楽しめないんじゃないの? 最近、王子遊んでくれないじゃん。 俺らとも遊んでよ」
 暗に抱いて欲しいと言っている男たちに龍輝は反吐が出そうになった。違う、これは嫉妬だ。龍輝だって軽くそう言えるようになりたかった。
「いいの、俺今そんな気分じゃねーもん」
 そういって王子は龍輝を首ごと抱きしめた。
 龍輝は口をパクパクさせて、王子に「は、離して……」と懇願した。王子は笑いながら「え、嫌〜。 なんか嫌がってるお前ちょっと可愛いもん」
 うわーっと心の中で叫ぶ。
 王子、やめて、それ。好きになっちゃう。いや、これ以上どう好きになればいいのか分からないのに深みに嵌っちゃう。
 吐息が触れられそうな距離。何かに期待してしまいそうだ。
 男たち3人は「も〜じゃ、今日はいいよ!」と言って、そこからいなくなった。姫と自分と王子の3人になると、龍輝は胸を撫で下ろした。が。
「……お前さ、今さっきの3人だと誰が一番好み?」
 次の瞬間、夢は儚く消えた。
「え」
「まぁ、姫クラスの顔じゃないけどさ。 それでもあいつらだって結構可愛いから。 っつーかお前の好み聞いてないよな。 教えろよ。 俺が良い奴見繕ってやる」
 まるで褒美をくれるような言い方だった。
「ちょっと、王子。 俺が龍輝狙いだってこと知っててそれ言ってるの?」
 姫が言葉をはさむ。
「だってお前振られてんじゃん」
「そうだけど!」
 二人のやり取りが繰り出される中、龍輝は口の中で小さく息を吐いた。
 龍輝は王子に掴まれていた腕を軽くねじりあげると、腕の中からすり抜けた。
「え? あれ?」
 王子は驚いて手を見ていた。龍輝がどうやって腕を脱出したか分からないのだろう。
「あの3人の中には好みはいないかな……」
 少し暗い顔で龍輝は答えた。先ほどまで意気揚々としていた気分が落ちてしまった。無邪気な王子の言うことにこうも振り回されるのはなんだか悲しい。
「何? お前って本当はゲイじゃないとか?」
 王子の質問が良く分からない方向に飛ぶ。
「あ、実はニューハーフ希望とか?」
 このバーはいろんな人がいるから確かにその可能性だってある。けれど。
「……そうじゃないけど」
 言葉を濁す龍輝の横で姫がバッと手を耳に当てた。
「やめてよぉ、そんなん聞きたくなぁい! こんな男前の中の男前を女にするなんてもったいないじゃん」
 姫にそう言われて、龍輝は小さく笑った。
 ニューハーフになりたいと思ったことはないけれど、ネコになりたいといつも思っている。けれど、龍輝がニューハーフになるのを周りが嫌がるようにネコになるのだって周りは嫌がるだろう。
 真実を言ってしまえば、今の姫と似たような反応を周りから受ける気がした。
 それはとても怖い。怖いことだ。
 その考えは打ち消して、龍輝は同じ質問を王子にした。
「王子はどういうのが好み?」
 王子はうーんと腕を組んだ。
「王子は王子を王子として扱ってくれる人が好きだよね〜」
 流石に付き合いも長いようだ。なんとなく姫が言っていることの意味が分かった。
「王子はいつでも自分が一番だからね」
 姫の言い草に王子がむっと眉間に皺を寄せた。
「なんかそれ嫌な言い方だな」
「じゃ、違うの?」
「もちろん俺が一番だぜ!」
 無意識に「一番」に続く言葉を考えた。
 一番えらい?一番好き?一番背が高い?一番強い?
 「一番背が高い」とか「一番強い」だったら、王子よりも強くて背の高い自分はダメだけど。「一番好き」だったら、自分は一番王子が好きだ。この店にいる誰よりも王子が好きだ。

 ……「一番好き」だったらいいのにな。
 そうしたら俺だって。

「で、お前はどういうのが好みなんだよ?」
 すっかり話をごまかせられたと思っていたのだが、王子はちゃんと覚えていた。
「え……いいよ、俺のことは」
「いいや、聞く。 聞きたい」
 横暴な言い方だったが王子は龍輝の目をまっすぐにのぞいてきた。
 言葉がするりと出てくる魔術をかけられているようで。
 龍輝はいつの間にか口をあけていた。

「俺、王子みたいなのが好み……なんだ」





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龍輝は体格は男前だけど、中身はウジウジマンですよ。
written by Chiri(6/21/2009)