妖精の森から



――今まで恋人に言われた一番ひどい事は何ですか?



 ああ、僕?
 それ僕に聞いているのかい?
 だとしたら、いいさ。答えてみようか。

 あれからまだ1ヶ月も経っていない。
 僕の恋人、と言っても男なのだが、ああそうそう彼は可愛い僕の恋人だった。美しい僕に見初められた彼はそれまた可愛い顔をしていたさ。僕が西洋の人形だとしたら、彼は日本人形だ。おひな祭りの一番てっぺんの左側に座っているようなあの顔。なんだろうね、日本人にありがちの薄いつまらない顔なのかと思えば、味が出てきてしまったら最後、愛しさが止まらないあの顔だよ。僕の場合は曾祖母がノルウェイの人間だから、肌も白く、瞳も髪の毛も光を通すと黄金色に光る美しい色だ。まさに白皙の美青年というか。だが、彼もまたその対極にいる意味で美しかった。くるくる回る表情が可愛らしくて、そう例えばリスみたいな感じだった。そう思うと、王子様のような僕と森の動物という組み合わせもなかなか良かったのじゃないかと思うけど。
 彼は常日頃から身分不相応の念を感じていたみたいだね。
 僕もいけなかったんだろう。僕は自分が大好きだから、彼の顔が曇っていてもその真意まで汲み取ろうとしたことはなかったから。
 ああそうそう、僕は自分が大好きなのさ。自分の顔から体までいたるところ全てが好きだった。自分の品格のある人間性も好きだし、知性も持っていると思うよ。人当たりは悪くないと思うし、おしゃべりだって好きな方だ。自分の言った言葉を思い返してはなんて良い事をいったんだ、と小一時間ひたれるくらいだよ。
 僕は自分のことばかり考えていたよ。だからいけなかったのだね。彼と一緒に過ごす時間のあたたかさというものは、その時は僕の美貌の前では全然眩しくなんて無かったんだ。でも今思うと、彼と過ごした日々の思い出が胸の中からじわじわとあたたかくなってくる。そしてそれは火傷してしまいそうなくらいなんだ。
 彼くらいだったよ。馬鹿だとか変態だとかナルシストだとか、凡そ僕には似つかわしくない言葉をぶつけてくるのは。でも不思議だ。僕がその言葉を嫌だと思ったことは無かったという事に今気付いたよ。彼が言った言葉だったからだからかな。ああ、また見つけてしまったね。最近の僕は彼がいなくなってから新しい事実を発見することがとても多いんだ。
 僕さえいれば成り立つと思っていた世界に綻びを見つけてしまったんだ。

 ああ、そうそう。最初の質問ね。
 まだ答えていなかったね。

 彼は僕にこう言ったのだよ。

――妖精の森に帰れ、このナルシスト野郎!!

 ってね。
 僕はその時彼の表情を見ていなかったんだ。ただ、彼の言う言葉の響きに浮かれてさえいたんだ。
 だって妖精の森、素敵じゃないか。
 王子様のような僕が妖精の森で暮らすなんて、誰よりも美しい光景だと思ったんだ。
 僕はその日から妖精の森にあこがれて、やはり森といえばノルウェイだ。曾祖母が住んでいたノルウェイの森の雑誌を買い込んで、ウットリしてその森の写真を眺めていたよ。
 こんなところに住めたらどれだけ幸せだろう。どれだけ僕の美しさが際立つだろうってね。
 そうこうしているうちに気付いたんだ。
 彼がもう1週間もうちに来ていない、と。
 最後に残した言葉がその「妖精の森に帰れ」だったってことに。

 彼がいなくなったと気付いてからの僕は驚いてばっかりだった。
 彼への携帯電話が通じないのだ。驚いて彼の家に行こうとしたら、さらに僕は驚いた。
 僕は彼の家を知らなかったのだ。

 思えば僕から告白はしたのだ。
 彼の顔を一目見て気に入った。日本人形のような彼の顔が素敵だと僕は思った。
 次第に僕には無いような表情をしたり、僕には無いような躍動感を秘めている彼が愛しいと思った。だからキスをした。彼は照れた顔をしていた。なんとなくもっといろんな顔をしてみたいと思って、彼を抱いた。彼はなきながら僕を欲した。一層他の顔を見てみたいと思った。
 僕はどこかで自分の気持ちの変化に気付いていたが、それを口に出したことは無かった。僕の変わらない美貌に対して、少しずつ変わってしまう心というものはあまり信用できなかったからね。

 僕は自分の中の変化なんて気にせず、そのまま彼と過ごした。
 彼とは上手くいっていると思っていたのだ。
 彼がいなくなるまでは。

 しばらくして彼がもうここには来ないと悟ると、僕は森に帰ろうと思った。
 彼が帰れといった妖精の森に。
 自分が生まれ育ったのは東京だったが、帰れと言われれば何故かしっくり来た。思えば東京なんてものは僕には肌があわなかったのだ。セコセコ動く世の中と人ごみ、皆怒っているか、呆れているか、知らん振りだ。美しい僕を見て、女子高生たちは綺麗だ素敵だと言った。一時はそれがブームにさえなっていた。けれど、それはまるで台風のようで、一過性のことだった。変わらない僕の美貌に飽きるだなんて彼女達も頭がおかしいのだ。
 小さい頃にノルウェイに行ったことがある。まだ曾祖母が生きていた頃だ。あそこは良い。本当に妖精が棲んでいるようだった。空気が澄んでいれば、息を吸うことを許されている。光が照らされれば、僕が生きている事が許されている、そんな気になった。あの森は幼かった僕を歓迎してくれたから。
 日本で似た森をいろいろと探して、安曇野を選んだ。
 ノルウェイの森とは情緒が違うが、それでも美しい事に変わりは無い。父が残してくれた財産で一軒家を買った。透き通った川と森に囲まれた白い家だ。
 そこで今は暮らしている。ここにきてまだ一ヶ月も経っていない。






「話題なんですよ!貴方のことが最近、学校でもまちでも」

 ニコニコと笑う女子高生たちに僕は紅茶を振舞った。彼女の右腕にはアズミノペーパーと書かれた腕章がついている。田舎では僕みたいな美男が珍しいらしい。
 彼女達は地方新聞を高校生で作っていて、今回の取材は都会から来た移住者の紹介とのこと。取材という名目で今日はずっとこの調子で質問をされ続けていたわけだ。
「そうなんだ?」
 にこりと笑いかけると、女の子たちは嬉しそうにきゃーっと声をあげた。
 女の子たちの手元にあるノートの中をちらりと覗くと赤の太文字で「ナルシスト」だの「ホモ」だの「でも超綺麗だから許せる」だの書かれていた。一瞬だけ眉間に皺を寄せてから、僕はフッと空を見つめて笑った。眉間の皺なんて僕には似合わないのだ。なんていったって僕は大らかだから。
「それで、それから恋人とは会ってないんですか?」
「ああ、会っていないよ。今思うと彼との時間は幻想だったのかもね」
 僕がそう言うと、女の子たちはまたきゃーっと声をそろえて言った。何を言ってもさっきからきゃーきゃー尽くしだ。
 僕の今の心情を考えると、姦しい子達の相手をするのは少しだけ堪える。今の僕は一人になりたい気分だから。
「……でも、今考えると彼のほうが妖精だったのかもしれないですね。魔法が解けたみたいにいきなりいなくなっちゃうなんて」
 眼鏡の女の子がぽつんとそう言った。僕は目をぱちりと開けて、ああ、と振り向いた。
「君とは気があいそうだな」
 ロマンティックな物言いは好きだ。
 彼女がにこりと笑ったから、僕も力ない笑みを返した。
 彼女のおかげかもしれない。
 きっと僕と彼は別の世界の妖精だったんだろう。今まで一緒に過ごせたのが奇跡に近いのかもしれない、なんて言う風に自分を慰める事ができるようになった。






 それから少しして、郵便受けに地方新聞「アズミノペーパー」が届いた。そこにはでかでかと自分の美しい顔がのっていた。新聞の安っぽい紙に印刷された自分の顔はやはり綺麗だった。同封されていた便箋には「記念にさしあげます」と女子高生らしい丸っこい字で書かれていた。
 ベランダには英国で買い付けてきたガーデンファニチャーが置いてある。飴色のアイアンテーブルと椅子一式を美しく配置し、そしてテーブルの上には薔薇を生けて、僕の一人だけのティータイムは始まる。今日はどの香りの紅茶にしようか、と悩みながら選んだその一つで紅茶を入れた。野に咲く苺の香りにつつまれながら、エレガントなティーカップに自分の顔がそっと映る。この瞬間が僕の一番の幸せな瞬間だ。でも、ああ、ここに彼の顔も映っていればいいのに。美女と野獣に出てくる遠くにいる人の生活を覗ける鏡のように彼が映っていたら良いのに、と人生で一番至福な時間を過ごしているはずの僕はついそう考えてしまった。
 アズミノペーパーには「妖精の森の王子様」というタイトルで僕のことが書かれていた。妖精の上に王子様か。ちゃんと的を射ているな、と僕はほんの少しだけ笑った。
 他にも、あの時取材に来た女子高生たちの感想がそのまま書かれていた。「ホモ」で「ナルシスト」で「けどとても綺麗だから許せた」ってそのままじゃないか。彼女達は推敲はしたのだろうか。そしてもう一言。

「世俗と切り離された感じがなんだかちょっと可哀想だった」

 ……なるほどこの女子高生の所感の部分が良い味を出しているのだろう。

 多分この世界と僕とを結び付けていたのは彼だったのだろうな、とまた僕は少しだけ笑った。
 置いておいた紅茶がいつのまにか渋くなっている事に僕は気付いていなかった。




 天気が変わった。安曇野の天気は変わりやすい。晴れたかと思うと、霧がかり、雨が降ったかと思うとまた日差しが射してくる。
 ベランダにポツポツと雨の粒が降りてきて、僕は家の中に引っ込んだ。
 と、同時に家の電話が鳴った。
 僕は彼と連絡を取れなくなって、携帯というものを解約してしまった。もともといらないと思っていたものだ。煩わしさがなくなって、羽根が生えたように軽い気持ちになれた。けれど、もしも彼から連絡があったら、と時々考える。そうすると体は重くなって、僕はやっぱり人間だった事を思い出す。
 電話はこの間の女子高生からだった。おそらく、眼鏡をかけていた子だろう。
『新聞、見てくれました?』
「ああ、よくできていたよ」
 穏やかに答えると、女の子はありがとうございます、と答えた。
『雨降ってきましたね』
「小雨だね」
『貴方の住んでいるところは川が近くにあるでしょう?その地帯は霧が出やすいんですよ。今日みたいな日は気をつけてくださいね』
「ありがとう」
 小さく笑みを浮かべて、受話器を置いた。
 外を見てみると濃霧が小さなこの家をまるごと包んでいた。家の中から見る風景は薄い水墨画のように美しかった。僕は薄着のまま、外に出た。外は寒いが、それでも美しい。ポツポツと雨が天仰ぐ僕の顔にあたり、はじけて溶けていく。この雨の粒のようにこの風景に溶け込めたら僕はどれだけ良いか。
 雨に混じって涙が一筋だけ流れたかもしれない。
 僕は自分がなんて中途半端な存在なのだろう、と嘆いた。
 だって、この森に還れるわけでもないのに。
 還れるわけなんてないのに。
 だって僕は人間だもの。



 しばらくして、遠くで風の鳴る音を耳にした。
 隙間風のように間引いた音。
 鳥かと思ったが、そうでもない。しばらくして、もやの中から人間のシルエットが現れた。
 僕は幻想を見ているのかと思った。
 だってその影は彼の形をしていたから。

 風の鳴る音だと思っていたのは僕の名前を呼ぶ声で。
 彼は僕を見つけると、スッと目を細めた。

 夢の中でならもっと楽しい顔をしてくれたらいいのに。彼の顔は険しいことこの上なかった。
「これは夢かい……?」
 スッと出てきた言葉は僕の心情そのものだった。彼のこめかみがぴくりと動いた。彼の眉間の皺が深くなる。

「これが夢かって?そんなに信じられないならこれでもくらいやがれ!!」

 彼の出した大きな声と共に、スローモーションで彼の体が僕に落ちてきた。
 僕は驚いて体をよじったが、かわしきれず……。
 これが世に聞くドロップキックという奴かい?多才な彼に僕は目をひん剥いたまま地面に転がった。僕は彼にKOされたのだ。
 地面に落ちた姿のまま、肩に彼の足を置かれて僕は身動きをとれなくなった。
 彼の肩が激しく上下する。ここまで来るのに大変だったのだろうか。ゼェゼェ息を吐きながら、それでも僕に彼は怒鳴りつけた。
「っざけんなよ!人が旅行中に勝手にいなくなりやがって、てめぇには愛も情けもねぇのかよ!」
「え、旅行って……」
「魅惑のヨーロッパ大周遊12日間with高校ン時の友達!!」
 その言葉に驚いて首だけで彼の顔を見た。
 彼の顔を確認して、僕は一層驚いた。
 小雨に濡れた髪の毛はしっとりと森の色に色づいていて、瞳の色もいつもに増して深い。何よりその瞳がうるうると森のしずくで濡れていた。違う、森のしずくなんかではない。
 ジンジンと蹴られた頬が痛い。自分でも分かる、この痛みは殺人級だ。僕の美しい顔が原型をとどめているはずが無い。
 なのに、僕はそんな自分の変形した頬よりも、彼の流す涙のほうが気になったのだ。僕は自分の顔が世界で一番美しいと思っていたはずだったのに、今だけはそれが一気に捨て去られて、彼の顔しか見えない。
 彼は泣きながら、くそっと舌打ちした。僕は震えながら、声を出した。
「……お願いだ、足をどけてくれ」
 彼はキッと僕を睨みつけたが、僕が彼を見つめ返すとしばらくして諦めたように足をどけた。僕は体を起こすと、彼の前にスッと立った。僕が彼の頬に手を当てると、彼はそれを勢い良く振り払った。怒気はまだやまない。
「僕は君が僕を捨てたかと……」
「ふざけんな。なんで俺がてめーを捨てるんだよ」
「だって、僕に妖精の森に帰れって……」
「そんなん、いつもの喧嘩のたわ言じゃないか」
「電話だってずっと通じなかったから……」
「海外じゃ通じないやつからずっと電源切ってたんだよ」
「だって旅行に行くことなんて僕は知らなかった」
「お前が鏡で自分の顔見てウットリしてる時に俺は何度も言ってたんだよっ!」
 なんということだ。眩暈がしそうだ。全面的に僕が悪いじゃないか。
 僕が言葉に詰まって彼を見つめると、彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「家帰ってきてさ、お前にお土産渡そうと思ったら、お前んちに別の人間住んでるとか意味わかんねぇんだよ……」
 ぐすんと小さく鼻をすする音が間に挟まる。
「携帯に電話してもなんか知らないけど、解約されてるしさぁ……」
 そうだ、あの時の僕は異様に事を進めるのが早かった。彼に捨てられたと信じ込んで、僕はすぐにでもあの場から逃げ出したかった。
「まじですごく探したんだからな。渋谷の女子高生たちに聞きまわって、そしたらやっぱあいつらのネットワークってすごいんだな。東京駅でお前が長野行きのチケット買うのを見た子がいて、そんでここに来たら、良く分からんけど地方新聞にお前の顔がでかでかとのってて……」
 で、その辺の女子高生に聞いたらこの場所を教えてくれた、という事だった。

 彼の涙から僕を必死に探してくれたことはうかがい知れた。
 彼の涙が鉛のように僕の心臓を押し潰すのと同時に僕は死んでも良いような幸せな気持ちになった。紅茶を入れる時のあの幸せなんて比にならないくらいズドンとした幸せ純度100%の塊だ。

 僕が彼の肩におそるおそる触れると、彼は今度は振り払わなかった。そのかわり、僕の顔を見て、屈辱的な一言だ。
「すげ、もう頬腫れてるし。お前の顔、じゃがいもみてぇ」
 あはは、と彼は涙目のまま笑った。その後、小さな声で「ざまあ」と言ったのが聞こえた。
 ここは美しい僕の顔がじゃがいもみたいになるはずないと怒るところだ。けど、僕は彼を怒る気になれず。そんな事を言われている間にも彼のことがどんどん愛しくなる。好きになる。
 腕の中の体温から涙がうつったみたいだ。僕は鼻をすすった。

「……本当はノルウェイに行こうと思ったんだ」
「え」

 妖精の森に帰れと言われて最初に思い当たったのはノルウェイの森だった。曾祖母が住んでいた場所。昔見た記憶は鮮やかな緑と澄んだ青で構成されている。

「あそこは、きっと僕の魂が生まれた場所だから」
「お前の故郷は今も昔も東京ですが……」

 彼のツッコミを置いておいて、僕は続けた。

「でも、ノルウェイにはいけなかった。帰れなかったんだ。だって僕の魂はきっともうあそこには溶け込めない。君とまたどこかで出会いたい、という欲を僕は捨てられなかったから。僕は情欲に溺れて、天に帰れなくなった天女みたいなものだ」
 僕が本気で言っているのに、彼がフッと笑った。
「俺がお前を穢したみたいな言い方だな」
 とんでもない。
 僕は彼を抱きしめた。

「違う、君が僕を人間にしてくれたんだ」

 僕の心が情欲にまみれていて良かった。純粋な子供には見えるはずの妖精たちが今ここで見えなくてよかった。
 この森にまるで僕たちが二人きりのように感じる。
 きっとそこら中で本当の妖精が僕らを見て噂している最中だというのに。






 それから僕たちはその場でいろいろと話し合った。彼がいなくなってから見つけたたくさんの新しい事を僕は彼に話した。
 雨はいつのまにかやんでいて、今まで雲の蓋をされていた森に光が差した。僕の髪の毛は黄金色に光り、彼の瞳からはしずくが消えた。
「僕は君ともっと対話をするべきだったんだと気付いたよ」
 石に腰掛けた僕たちはそんな話をした。
 僕が穏やかに彼の顔を見つめていると、彼は居心地悪そうに僕の目をそらした。
「今更、対話って言われてもな……」
「恥ずかしいのかい?今のそれって君の恥ずかしいと思っている時の表情なのかい?」
「てめーぶっ殺すぞ」
 赤い顔の彼は僕を叱った。
 会話って楽しいのだな、と初めて思った。僕が言った言葉に対して彼が顔を赤くして怒る。このやり取りは僕しかいない世界では成立しなかった。
 僕はウキウキしながら彼に尋ねた。
「ねぇ、根本的なところから聞くよ。君は何故僕が告白した時にオーケーしたの?」
 安曇野に来てずっと考えていた事だった。
 僕は最初、君の顔を気に入った。それから君の中にある美しさにも魅かれた。けれど、君は?君は何故今までずっと僕の側にいてくれたの?
「外見が綺麗だったから」
 なんでもないように答えた君に僕はがっくりとした。
「なんてひどい!」
「……お前が言うなよ」
 心底呆れた顔で彼が言った。それもその通りだけど。
「でも僕は君の内面の美しさも知っているよ?君が笑った顔も好きだし、君が泣いた顔も好きだ。僕は君の外見だけが好きなわけじゃないって今ならはっきり言えるよ」
「お前ね、またそんな恥ずかしいことを……」
 彼は耐え切れずそっぽを向いた。
「ねぇ、それが君の照れちゃった顔なの?覚えておきたいから、こっち向いてくれない?ねぇ」
「お前、まじでぶっ殺す」
 そっぽを向かれたまま言われた。耳たぶまで赤かった。
 僕がそれを見て笑うと、彼がぽつんと呟いた。
「……だってお前、いつも言ってたじゃん」
「何だい?」
「この世で変わらないものが一つだけある。それは僕の美貌だ、って」
「うん、そうだけど?」
 当たり前のように返す。
 そう、僕はずっとそう思っていた。この無常な世の中で僕の美しさだけはきっと色あせない。今もまあそれは概ね真実だとは思っているけど。

「だからお前の美貌が変わらないなら俺がお前を好きだってことも変わらないってことだろ」

 きゅん、

 となった。

 この美しい森の中で僕の胸がきゅんきゅんとうるさいなんて。
 思えば「きゅん」なんて言葉、なんてまぬけな響きだ。僕の美貌に似つかわしくない滑稽な音だ、なのに僕はそれを心地よいと思った。

「まぁ、今のお前の顔はじゃがいもなんだけどな」
 彼はふふんと意地悪な顔をして笑った。
「またひどいことを」
 僕は拗ねる口調で腕を組む仕草だけ。

 あーもう何でもいいよ。
 君になら煮て焼いて食べられても結構だ。
 どうかおいしいじゃがいも料理にしておくれ。

「じゃ、今度こそ妖精の森に帰ろうか?」

 彼がぴくりと反応して、僕の顔を見上げた。
 僕は笑った。

 ――今度はちゃんと二人一緒に。





おわり





以上、妖精の森から変態ナルシストの実況中継でした。スタジオにお返しします。
written by Chiri(1/7/2009)