世界で一番ママが好き



天国にいるママへ

お元気ですか?
ママはその後、天国で楽しくやっていますか?

ママが突然交通事故で死んでしまった時は、僕は本当にどうしようかと思った。
世界にいる誰よりもママが好きだったから、ママがいない世界なんて僕にとっては何でもなかったから。
あの後、仕事も何も言わずにやめちゃったんだ。
最初は電話がたくさん来てたけど、電話線を抜いてからはどうなったかわかんない。
ガスも水道もいつのまにか止まってた。
ポストは溜まりっぱなし。
ママの後を追おうと何度も手を切ろうと思ったんだけど、僕は怖くてただ自然に衰弱していくのを待ってた。

そうしたら、タケが助けてくれたんだ。
タケだよ?ママも覚えてるでしょ?
高校の頃からずっと友達の。無愛想なんだけど優しい奴。
僕は友達はタケくらいしかいなかったから、きっとママも分かるでしょう。
高校の時の子はみんな、僕のことをマザコン野郎って言っていじめてたけど、タケはそんな僕をかばってくれたんだ。
今回もタケは僕を救ってくれた。
僕がママが死んでからろくな生活をしていないのを見かねて、毎日僕のうちに通うようになったんだ。
僕はそれが嫌で、何度も死のうとするふりをするんだけど、タケったらこんなこというんだよ?
「お前のママにはなれないけど、ママ以上にお前を愛してやる。」だって。
笑っちゃった。
だってママ以上に僕を愛すなんて不可能だよね?
僕がママを一番に愛していたと共に、ママは僕のことを一番に愛していたものね。
僕が「そんなの無理だよ。」って言ったら、「無理じゃない。」ってタケは怖い顔で言うんだ。
仕方ないから、タケの好きなようにさせておいたんだ。

タケと過ごす毎日は、ママほどではないけど、穏やかで楽しかったよ。
ママの作る細かく刻まれたカレーライスはもう食べられないけれど、タケが作るじゃがいもが丸ごと切らずに入っているカレーもなかなかおいしいんだ。
ママと毎日おしゃべりしたティータイムを過ごすことはもうできないけど、タケがいつも一緒にゲームの対戦に付き合ってくれるんだ。
最初は僕のほうが上手だったのに、今じゃタケのほうが上手なんだよ。嫌なやつだよね。

途中でね、気づいたんだけど、どうやらタケは僕が好きみたいなんだ。
友達の好きじゃなくて、多分恋愛感情の。
ママは覚えてるかな?高校の時、僕にも一度だけ彼女ができたよね?
その時「私のこと一番好き?」って彼女に聞かれたから、僕は「僕はママが一番好きだよ。」と答えたんだ。
そうしたらその日に、彼女は怒って帰って、次の日には僕は振られていた。
それ以降、彼女なんてできなかったから気にしなかった。
ママがいれば僕はいいやって思ってた。
僕はタケに同じことを言ったんだ。
「僕はママが一番好き。」って。
タケはいつものあの無愛想な顔のままで、「あっそう。」って言うんだ。
僕は不思議になってもう一回言ったんだ。
そうしたらタケは「分かってるよ。別にそれでいい。」だって。
変な男だよね。
だって今までは僕がママが一番好きって言ったら、周りは皆どこかへ行ってしまった。
タケだってそうだと思ったんだけど。
結局、タケは気にしていないみたいだったから僕も気にするのをやめたんだ。

タケはね、毎晩一緒に寝てくれるんだ。
僕は時々悪い夢を見ることがある。
ママが死んでしまう夢。それまであった幸せがゼロになる夢。
そういう時、タケは優しく僕を起こしてくれるんだ。
「またママが死んだ時の夢か?」
僕が癇癪を起こしてワンワン泣くと、タケは僕を両手に包んで、背中をぽんぽんと撫でてくれる。
昔、ママによくされたみたいに。
その時にキスとかもされるけど、まぁその辺はいいや。
「ママはもういないけど、俺がずっと側にいてやるから。」
タケはいつもそう言う。
僕はママが一番好きだから、いつも嫌だ嫌だと顔を横に振る。
「タケなんかじゃ嫌だ!」
「我慢しろよ。」
「ママが良い!」
「分かってるから。」
僕がしまいに泣き出すと、タケはナデナデしてくれる。
ママが僕を撫でてくれるのとは少し趣が違う。
タケの手を大きくてごついんだ。
でも慣れてしまえばそれはそれで結構気持ちが良い。

タケはもうほとんど一緒に住んでるようなもんだ。
仕事も忙しいのに、タケはいつも定時に帰ってきて、僕が寝た後にこっそりと仕事をしている。
僕はご飯が作れないから、それもいつもタケが作ってくれる。
ママみたいにおいしくはないから、僕はいつも文句を言う。
そうするとタケは口を噤んでしまって頭をぽりぽりと掻くんだ。
その後でこっそりと「おふくろの味・再現!」とかなんとか書いてある料理本に目を通しているんだよ。

ママが死んでからもう二年経つね。
タケはね、あれから本当にずっと僕の世話を見てくれているんだ。
自分でも分かってるんだよ。
ママは僕を産んでくれたからワガママを許してくれてたんだよね。
でも、タケはそうじゃないのに、本当に僕の馬鹿みたいなワガママに付き合ってくれるんだ。
キスは数えないくらいしちゃったよ。ママにはいえないこともされちゃったよ。
僕が絶対寂しい思いをしないように、ずっと側にいてくれたんだよ。
僕もやっとママが死んだってことから立ち直れそうだと思ったんだ。
新しい仕事も探そうと思うし、できるだけ自分のこともやんなきゃって思ってる。
でも、その前にタケに一つ何かプレゼントしたいんだ。

あのね、僕のいちばんをあげたいんだ。

ママ、怒らないでね。
ママのことは今でも大好き。
他の人たちとは全然比べ物にならないくらい。
でもね、もうそれにとらわれていちゃダメかなって思って。
ごめんね、ごめんね。
でも僕ね、タケに言いたいんだ。

一番好きだよって。

今まではずっとママのことが一番好きだった。
ずっとこれからもそうだと思ってた。
でも、ごめんなさい。
ママ、怒らないで。こんな僕を許して。
ママの存在は、一番好きっていうところじゃなくて、僕の心のとても奥にある大切なところにしまうことにしようと思うんだ。
ママは嫌かもしれないけど、ごめんね。

でも一番はタケにあげたいんだ。

ママのことはずっと好き。
絶対忘れないよ。

ママ、ママ。
僕は元気です。
タケのおかげで元気です。

タケのおかげで、ママがいなくても幸せになれるってことを初めて知りました。

ママ。
もし怒ってなかったら。
怒ってなかったらでいいから。
どうかタケと僕の仲を見守っててください。



羊路

written by Chiri(3/29/2007)