男が騎士にかわる時 泰丸にその賭けを持ち出されたとき、一番最初に俺の頭に浮かんだのが瀬尾陽正(せおあきまさ)だった。 瀬尾はこの大学の中でもとびっきりに有名な奴だった。なんといっても顔が恐ろしく整っている。顔のつくりが完璧な左右対称で染み一つ無い白い肌。瞳はアーモンド形だが、それが真上からきゅっと圧迫されたようにスッと横に伸びている。身長は高くは無いが、低くも無い。瀬尾を見た人間は瀬尾を心を持たない人形みたいだ、といつも言う。 けれど俺の場合は少し違った。俺は瀬尾の顔を氷で作った仮面のように感じていた。 あれを溶かしたら、どうなるんだろう。 そんなことをいつも考えていた。 泰丸が持ち出した賭けは簡単なゲームのようなものだ。 俺、夏目桐馬(なつめきりま)と泰丸大地(やすまるだいち)は高校からの悪友でいつもたちの悪いゲームをして遊んでいた。二人ともなまじ顔が良いせいで、女に困ったことは無い。性格はこの上なく最悪だっていうのに、女達はまるで気付かない。彼女がいないと知れば向こうから勝手に寄ってくるのだ。まるで光にたかる虫の様なものだ。 それを利用して遊ぶゲームである。 絶対落とせないような女を落として競い合うのがゲームの内容。より陥落しなさそうな女を落とした方が勝ちだ。例えば、人気モデルだったり、誰にも落とせないと噂されている美人教師などは点数が高いわけだ。勝ったほうは相手の持ち物で欲しいものをもらえる。ちなみに俺の今までしてきたこの賭けの戦果は2勝2敗。高校の頃に奴からプレステをぶんだくり、大学に入ってからはアイポッドをとられた。泰丸も俺も高校の時からこんな外道な賭けをしてきたせいで罪悪感も何も無い。ただもう普通の女では相手に太刀打ちができないしつまらないということは二人とも理解していた。 だからこそ、瀬尾陽正が頭に浮かんだのだ。 奴は男だ。ましてやゲイでもなんでもない。更には大学でクール・ビューティーを越してブリザード・ビューティーとまで呼ばれているほどの美人だ。 これを落としたら俺ってすげぇかも。なんて思いながら舌をなめずる獣。それが俺。 俺が瀬尾を狙うと言ったら泰丸には馬鹿扱いされたが俺はいたって本気だった。 賭けの期間は一ヶ月間。 無駄にしている時間は無い。俺はさっさと瀬尾に会いに行った。 最初の頃、瀬尾は、いきなり話しかけてきた俺にかなり嫌悪感を見せていた。どんなに話しかけても「ふぅん。」「へぇ。」「あーそう。」「だから?」くらいの答えしか返ってこない。 人間嫌いっていうのは伊達ではないらしい、と思いながらも俺は瀬尾に話しかけることをやめなかった。やめたらそこで試合終了ですよ、なんて言葉を思い浮かべながら壁が高いほどゲームは楽しいんですよ、と頭の中の誰かに言葉を返していた。 お、と思ったのはそれから一週間後くらいだ。 いい加減俺も瀬尾の半ば無視するような態度にむかついて、イライラした口調のまましゃべりかけていた。 「なぁ、瀬尾ってなんで人の顔見てしゃべんないの?気分、悪いよ。」 言われて瀬尾は初めて困ったように眉をくねらせた。反応があっただけで俺はびっくりした。 瀬尾はちらりと俺の顔をのぞき見てから、そのままのたどたどしい視線のまま答えてきた。 「俺、顔見られるのって嫌いだから。あえて他の人のも見ないようにしてた。」 「顔見られるの嫌いなの?」 「…うん。すげぇ見られるとすぐにでも会話を切りたくなる。分析されてる感じが嫌なんだ。」 「ふぅん。」 どうでもいいような返事を返せば瀬尾は困ったようにこちらをちらちらと見ていた。 いつも瀬尾の返事がそっけなかったのは顔を見られたくないからなのだろう。なるほど、ここまで綺麗な顔が目の前にあればそれを吟味せずにはいられないのが人の性だろう。だが、それで瀬尾はずっと嫌な思いをしてきたようだ。瀬尾は本当はそんなに人嫌いなのではないかもしれない。 現にブリザード・ビューティーなんて言葉は瀬尾と接する中でどこか遠くに消えていった。それよりも瀬尾は雪山に遭難してしまい困り果てた男のような雰囲気がした。 もしかして、コイツただ不器用なだけなのかも!と気付くと、国宝級の発明を閃いた気分になった。 そして俺は早速それを確かめる為、行動に出た。 今までずっと毎日のようにしつこくしていたのに、いきなり瀬尾を無視し始めたのだ。目があうと意図的にそらした。それが三日も続くと、瀬尾の方から不安そうな顔でこちらをちらちらと見てくる場面がいくつか見られた。俺は心の中でほくそえみながら瀬尾を視界の外に無理矢理追い出した。 五日たつと、我慢しきれなくなったのか瀬尾の方から話しかけてきた。 「…お、俺、なんかした?怒ってるの?」 瀬尾の震えた声に笑い出したくなった。 今まで瀬尾に対して接してきた努力は水面下で意外と効いていたらしい。俺は何も知らないふりをして「別に何もしてないよ?」といけしゃあしゃあと返した。ホッとする瀬尾を見て、いける、と思った。この賭けに勝つ自信が芽生えたのだ。 その次の日から俺はまた平然と瀬尾からくっついて離れないようになった。瀬尾も一度無視されたのが効いたのか、前よりもずっと会話に応じるようになった。時々意味深に見つめてやれば赤い顔をして見つめ返してきた。 そして約束の一ヶ月になる五日前に俺は瀬尾に言った。 「瀬尾、アンタが欲しい。」 言われた瀬尾はびっくりして俺の顔を見てきたが、その瞳が潤んでいるのに俺は気付いていた。 「抱かせてよ。」 瀬尾が頷くよりもはやく、瀬尾をその場から瀬尾が一人で暮らしているアパートに連れこんだ。そのまま有無も言わさずに押し倒して、瀬尾を陥落させた。 瀬尾の体は最高だった。 男は初めてだったが、瀬尾のあそこはぎゅーぎゅー俺のものを締め付けて離さないし、瀬尾の上気した顔は犯罪的にエロかった。声もすごく俺を刺激した。やだやだとか言いながら時々きもちいいなんて小さい声で言ったりするものだから、俺は激しく燃えた。こんなに燃えたのは初めてかもしれない。 それで、今俺は瀬尾のアパートにいるわけだ。 キッチンでご飯を作ってくれていて、短い髪の毛を無理矢理後ろで束ねてひよこの尻尾みたいになっている瀬尾を俺は後ろから抱きかかえた。瀬尾の頭に顔を埋めて、うなじにキスを落とす。 「や、やめろって。料理中だよ。」 「何?今日オムライスなんだ?俺、超好き。」 「夏目は味覚おこちゃまだから。」 「いいでしょ、別に。もうマジ最高だね、アンタ。ご飯も作れてかわいくて、床上手なんて。」 「…夏目っ。」 照れた顔で睨みつけられても全然怖くない。 誰だ?瀬尾をブリザード・ビューティーなんて言ったのは。どちらかというと従順で健気な兎ちゃんじゃないか。まぁ飼いならすまでが大変なのかもしれないが。 「あーもう、俺、我慢できねーかも。」 「ちょっ、やめてよ!」 瀬尾の止める声も聞かずにそのまま瀬尾のズボンを下着ごとぺろりと剥いて、後ろからガンガン攻め立ててやった。馬鹿みたいに毎日やっているせいで中は柔らかくてしっとり濡れていた。結局瀬尾をあんあん泣かせながら俺は何度も瀬尾におねだりさせた。そのおねだりがまた可愛いらしくて、俺はそのまま台所で何度も瀬尾を抱いた。 *** 「いやぁ、マジで落としちゃうなんてな!」 学食で俺は久しぶりに泰丸と会った。 ちょうど一ヶ月過ぎたところだ。賭けの勝敗はどちらに上がるかの話だろうが、俺は自分の勝利を確信していた。 「…で?お前の方は?」 ラーメンをすすりながら、目の前の男に尋ねる。泰丸は悔しいのか、少しだけ口を尖らせるしぐさをした。 「…今年のミスコンの優勝した女。」 あー、そういえばそんなのいたなぁ、と思いながらにやっと口角を上げた。確かに女としては上物だが、瀬尾に比べると美貌も霞むほどだ。瀬尾が女だったら大学のミスコンどころか全国の美人コンテストにでも優勝できそうだ。 「はいはい、どうせお前の方がすげーよ。なんていったって男だし、あの瀬尾だしな。」 「じゃ、HDD内臓DVDレコーダーな。」 「お前、マジかよ!あれ、いくらしたと思ってんだよ!」 「それくらいの価値あるだろう。俺の勝利には。」 「くそっ!」 泰丸は本当に悔しそうな顔をして、そのまま学食を出て行ってしまった。それを俺はおかしそうに笑って見送って、まだ残っていた目の前の昼食を平らげた。 学食を出ると、女に呼び止められた。 「ねぇ、桐馬?男のゲームは終わったの?」 いつも遊んでいる女だ。スタイルが抜群で、抱き心地が良いので何度か抱いていた。性格だってセックスを遊びだと承知しているところが俺も気に入っていた。 そういえば、こいつと遊ぶのも一ヶ月間抑えていたのだ。「一ヶ月間、泰丸と男の沽券に関わるゲームをするから遊ぶのはよす。」とかなんとか言って。その時、女は「なにそれ。」と笑っていた。 一ヶ月経った今、女が自分に話しかけてきた意図を既に汲み取った俺は口の両端を上げた。 「あぁ、やっと終わったぜ。」 「で、勝ったの?」 「勝った勝った。っつーか圧勝。」 「ふぅん、そう?」 女は魅惑的に笑った。 これは、誘っている顔だ。 「じゃ、今度は男女のゲームでもしない?」 もちろん、賭けが終わった今、俺に断る理由は無かった。瀬尾のことだってひとかけらも罪悪に思わなかった。 「望むところだ。」 俺は女が大好きだという少し意地悪な笑みを返した。 それを陰で瀬尾が見ていたなんて俺は気付いていなかった。 最近の俺の家といえば専ら瀬尾のアパートだ。 自分の家よりもよっぽど住み心地が良かった。瀬尾は世話を甲斐甲斐しく焼いてくれるから飯も勝手に出してくれるし、服も洗濯してくれるし、溜まれば性欲のはけ口にもなってくれる。本当にVIP待遇だ。 一つ不満があるとすればベッドが狭いことだがそれくらいは文句も言えない。大体俺が床に寝ればいい話なのだが、なんだかそれはそれでもったいない気がして瀬尾を抱き枕にして狭いベッドに寝ているわけだ。 そんなわけですっかり俺は瀬尾の家の住人だった。 だから俺はつい女と遊んだ後も瀬尾のアパートに帰ってきてしまった。 「瀬尾〜!ただいま〜!」 香水の匂いをプンプンさせながら瀬尾に抱きつくと、瀬尾は困った顔をしていた。 俺は構わず瀬尾の顔にキスを降らす。酒は飲んでなかったが、気分は最高に良くて俺もノリノリだった。 そんな俺の腕の中で瀬尾は戸惑いがちに口を開いた。 「あのさ、夏目、今日さ…。」 「ん〜?」 「女のところにいたの?」 おっと。 「なんだバレてたの?」 平然と俺がそう答えると、瀬尾はひどくショックを受けた顔になっていた。 可愛そうにと心の中で思う。俺ってこういう奴なんだよね。けどそれを治す気にもなれない。だって信念もポリシーもユルユルだから。むしろユルユルなのがポリシーっていうか。 俺は瀬尾に笑いかけた。今度は少年のような爽やかな笑顔で。瀬尾が一番好きな顔だと知っていて使い分ける。 「でも、瀬尾がイチバン可愛い。」 そう言って瀬尾の頭をぐりぐりと撫でて、頬にキスした。 その言葉に嘘は無かった。瀬尾は今までで一番綺麗だったし、一番抱いていて興奮した。今日女を抱いてみて実感したのだ。 俺のその言葉に瀬尾の顔は簡単に赤みを帯びた。 「…そっか。」 複雑そうな顔だったが、瀬尾は俺に笑って見せた。 なんだ、許しちゃったよ、この子…。 俺は心の中で少しだけ驚いた。もしかして、別れるとでも言って泣き出すかと思った。そうしたら別れてやるつもりだったのだ。確かに瀬尾のエロい体は惜しいし、この天国のような居場所は捨てがたい。 けれど、俺は一つの場所に執着するような面倒な生き方は嫌だったから。 でも、一回許してもらえばもう後は口出されることも無いだろう。これで素敵な居住空間と素敵な瀬尾の体と外での自由な遊びを勝手に貪れるというものだ。 俺はまさに二兎を追って二兎以上の獲物を捕まえた気になって、更にご機嫌になった。 「今日のご飯は?」 俺が良い匂いに鼻を利かせながら聞くと、瀬尾が答えた。 「ハンバーグだよ。」 「え?ハンバーグなんだ?俺、超好き。」 「夏目は味覚おこちゃまだから。」 「あれ?この会話、昨日もしなかったっけ?あ、さてはまた台所で抱いてもらいたいんだな?」 俺が可愛いやつめと瀬尾を小突くと、瀬尾が恥ずかしそうにこちらを睨んできた。 「ち、違うってば!」 ああ、可愛いなあ。 そのまま今度は玄関先で押し倒しても良いのだが、今日はとりあえずそれはなしだ。 「でも今日はやめようなぁ。大人しくご飯食べて、その後ビデオ借りてきたから一緒に見ようぜ。」 俺がレンタルビデオショップの袋をちらつかせると、瀬尾は目をぱちくりとして答える。 「でも、うちDVDプレーヤー無いけど?」 「それも持ってきた。」 今度はリュックに入れてきたDVDプレーヤーを出した。HDD内臓の奴。っていうか早速泰丸から奪ってきた奴。 「え、これって高い奴じゃないの?」 「んー。まぁな。でも瀬尾と一緒に見たかったから。」 いけしゃあしゃあと言うと、瀬尾はすっかり俺が瀬尾のために買ったのだと信じこんたみたいだ。 「…夏目。」 ウルウルした顔で見てきちゃうんだもんな。 本当可愛い奴だよ。っていうか俺も相当毒されてるのかも。傍から見ると多分冷たそうな顔なのに、今じゃ瀬尾の感情の起伏が手に取るように分かるんだもんな。 「早速、観ようか。」 俺はDVDプレーヤーを持って部屋に入ると、早速設置にかかった。 瀬尾が夕食の用意をすますのと俺がDVDプレーヤーの使い方を理解するのがほぼ同時で、ご飯を食べる時には一緒に映画を観ることができた。 でも結局ご飯を食べ終わって、途中段階で映画が案外つまらないものだと分かると、俺は隣で真剣に見ている瀬尾にちょっかいを出し始めた。 耳を舐めたり、服に手を突っ込んだりしていると、瀬尾が赤くなった顔で時々キッと睨んでくる。けど、映画の続きが気になるらしくて、すぐにテレビに戻ってしまう。それが悔しくてもっと俺は触ってやった。乳首をサワサワ刺激したり、ズボンの上から刺激したり。 っつーか俺、今日女抱いてきて空っぽなはずなのに… 自分の若さに驚いてしまうじゃないか。っていうかコイツがいけないような気がしてきた。横にいる瀬尾の存在が、俺をやたらに欲情させる。ほら、今なんて映画のクライマックスにちょびっと瞳を潤ませている。こんなつまんない映画だって言うのに。 そんな顔を見て俺が我慢できると思っているのだろうか。 この誘い上手ちゃんが! なんて憎らしく思いながら、瀬尾の鼻をきゅっとつまんでやった。驚いた瀬尾がこちらを向くや否や、床に押し倒してそのまま愛撫。瀬尾の反論が喘ぎに変わるまでひたすら舐めてやる。 結局、なんだかんだで今日もイチャイチャでエロエロでネッチョネッチョなことをしてしまった。 なんか、俺、毎日瀬尾とヤってる気がするなぁ。 でも瀬尾が俺を可愛くいやらしくそそのかすのがいけないんだと思う、うん。 それからも俺は女と遊んだり、泰丸と派手に遊んだりして、それでも帰る所は瀬尾の家だった。俺が酔っ払ったり香水プンプン匂わせて帰ってくると瀬尾がいつも心配そうな顔で見てくるので、俺はその顔を見るたび「お前がイチバン、イチバン」と言って宥めて抱いてやる。何気にすごい性生活だ。俺ってば絶倫? そんなわけで瀬尾はまだ表立って俺に反論したことは無い。 そればかりか俺に対して現在も最初の頃ばりの世話を焼いてくれる。もうあれから二ヶ月以上経ってるのに。っていうかむしろ前以上に世話をしてくれてる気がする。俺の好きな飯ばかり作ってくれて、求めれば体もすぐに明け渡してくれるし、最近じゃいやらしい体位もやってくれるし、道具を使っても怒らなくなったし、他にもいろんないやらしいことをやらしてくれるし…。って俺はエロエロ大魔人かっ! まぁそういうわけで俺は随分と優雅な生活をしていた。浮気が甲斐性とか言っていそうな欧米貴族みたいな暮らしだ。 しかしやはりこんな腐った事に対しては自然と天罰は下るようにできているらしい。 それは俺が大学で泰丸と話していた時に起こった。 泰丸はミスコンで優勝した女とは別れたらしい。 どうやら賭けの事がばれたようだ。そりゃー普通の女ならキれるだろう。自分が遊びの道具にされていたなんて。 ばれるようなことをするなんて馬鹿だなぁ、コイツと思いつつも、俺は泰丸の妬みにも一応つきあってやっていた。 「くっそー、あの女、最後に俺のこと『腐れ外道』って呼びやがったんだよ。っつーかそれを言うならお前の方がよっぽど腐れ外道じゃねーか!」 「あぁ?」 しばらく聞いてやっていると、女に対する恨みつらみに飽きたのか、泰丸の愚痴の矛先は今度は俺に向いてきた。 「だって瀬尾、今でもお前にメロメロじゃねーか。お前、当然のように浮気してるし。ノンケだったアイツを無理矢理引きずり込んだのもお前なのに!」 「なるほど。」 俺はくっくっと喉を鳴らした。確かに、俺は腐れ外道の代表例だ。 泰丸の方はどうやら相手の女がよほど良かったらしく、何気に途中からは真剣におつきあいをしていたのだ。それをふられてしまったからここまで荒れてるという訳なのだが。 泰丸は続けて俺を罵る。 「流石のお前だって良心とか痛まねーの?あんな健気な子をゲームの一環で騙して、無理矢理モノにしちゃったんだぜ?」 「馬鹿言うな。無理矢理じゃねーよ。」 「でもあんな賭けしなければ、お前だって瀬尾に手を出さなかっただろう?」 「…まぁな。」 「ほぅら!お前はゲームに勝つためだけにあの子を抱いたんだ!サイテー!クサレゲドー!」 「っつーかお前がそれを言うなって…。」 「で?俺のあげたDVDプレーヤーはどうなったの?」 「あぁ、今はアイツんちに置いてある。」 「何?お前、瀬尾と一緒に賭けの戦利品使ってるの?瀬尾を陥れて獲得したものなのに?」 「悪いか。」 「っつーか安心した。やっぱお前の方がひどい奴だ。腐れ外道。」 泰丸はようやくすっきりしたのか、最後に笑った。 っつーか、俺こんだけひどい事言われてるのによくキレないな、と思ったがなんてことはない。全部真実だからだ。 けれど、泰丸と談話室のテーブルで向き合って話していたため、俺は周りが見えていなかったようだ。 「…嘘。」 その小さな声を聞いたとき、流石の俺も心臓がびくりとなった。振り返ってみたそこには瀬尾が立っていて、青ざめた表情で俺を見つめていた。 「今の話、本当?」 あちゃーと泰丸が俺の向かい側で変な顔をしていた。 最悪だ。泰丸に引きずられた。これでは泰丸と同じ運命を辿る事になる。 別れ、だ。 俺ははぁっと重いため息をついた。心の中ではばれちゃぁ仕方ねぇ、とか言う悪人の気分だ。 俺が瀬尾を見て、何かを言おうとした瞬間、瀬尾は体を翻した。そして声をかける間もなく、逃げ去ってしまった。 「あー兎ちゃん、逃げちゃったよ…。まさに脱兎のごとく。」 「兎ちゃん、言うなよ、お前が。」 俺が泰丸を睨むと、泰丸は小さくゴメンのポーズをした。 しかし本当に仕方ないものは仕方ない。確かに知られたのはこの会話のせいだが、やったのは俺だ。俺がアイツにしてきた不義理が暴露されただけなのだ。 「…結構気に入ってたのに。」 っていうかイチバンのお気に入りだった。 けれど流石にこれでは瀬尾も嫌になっただろう。 俺は息をついた。惜しい気持ちがたくさんあるが、別れてやるしかない。 泰丸が案外心配そうにこっちを見てくるから俺は笑ってしまった。まさか俺が本気で落ち込んでるとでも思っているのだろうか。 「で、次のゲームはいつやる?」 俺が軽い口で聞くと、泰丸はきょとんとしてから、笑った。 「お前、やっぱり腐れ外道だよ。」 ゲームでもしないと間がもたないんだよ、なんて泰丸にはいえなかった。 その日から流石に気まずさもあり、俺は瀬尾のアパートには行けなくなり、自分の家に帰るようになった。 それから何度か大学で瀬尾とばったり会ったが、瀬尾は俺を無視した。 一応すっきりさせようと思って俺も何度も瀬尾に話しかけたが、そのたび不自然な首の振り方で目をそらされる。そして足がエンジン全開になって俺を回避するのだ。 これが一週間続いて流石に俺もまいったな、と思った。 仕方なく、その日の夜に瀬尾のアパートを訪ねた。 あれから一度も行かなかったそのアパート。どうせ、俺の私物がいくつか置いてあるのだから一度は行かないといけない場所だ。 一発でも殴られてやるつもりで俺はその場所に赴いた。 呼び鈴を鳴らすと、青ざめた表情の瀬尾が出てきた。 「いいかげん、話しようぜ。」 正確には別れ話だが。 瀬尾は観念したようにコクリと生気のない人形のように首を縦に降った。 部屋に入って、勝手にカーペットの上に座った。その向かい側に瀬尾が座るのを待っていると、俺は瀬尾の顔を見て驚いた。 既に大粒の涙を流して、ボロボロに泣いていたのだ。 泣くのはやすぎだろう!と思いながらどうすればいいか分からず身じろぎする。 女に泣かれた事はたくさんあったが、瀬尾の涙はいい加減な俺に与えられた制裁のようなものだった。涙が武器とはよくいったものだ。 瀬尾は俺の目の前に座ると、嗚咽を漏らしながら、小さな声で言った。 「…俺、わ…別れたくないからっ…。」 「え?」 小さすぎる声に俺は思わず聞き返した。 「俺、別れないから!!」 大きい声で言いなおされた言葉に、俺はびっくりした。 「え?え?お前、何言ってるの?」 「やだったらやだぁ!!」 「だって、お前の方が…。」 「やだーーーー!!!」 俺の話を聞かずに瀬尾は泣き叫んだ。 俺は初めて戸惑った。こんな別れ話は初めてだった。 だって、お前の方が傷ついたのだろう? お前が別れたくなったんだろう? そういう言葉を言うつもりだったが、言おうとすると瀬尾が泣き声でかき消してしまう。 赤子のように泣き叫ぶ瀬尾の顔は顔面真っ赤で目元も鼻もはれ上がっていて結構ひどかった。 今まで別れ際にたくさんの女を泣かしてきたが、ここまでボロ泣きしている人間は初めて見た。というか、もう人間を捨てているような泣き方だ。 しかも、こいつは大学ではブリザード・ビューティーとまで呼ばれている男なんだぞ? それがこうも顔を崩して俺と別れたくないと泣くなんて誰が思うだろうか。 ああ、そうか。 俺はやっと分かった。 ああ、観念する時が来たんだな、って。 瀬尾の顔を見れば、もうなんていうか心の奥の方から温かいものが這い上がってくる。ひどい顔だけど、何故か今までで一番愛しい顔だった。 泣き続ける瀬尾のあやし方を思いついた。 抱きしめてあげればいいんだ。 俺が震えるその体をふんわりと抱きしめると、瀬尾は思ったとおり、泣く声を小さくした。 「瀬尾、顔、あげて。」 言われて瀬尾は顔をあげる。 真っ赤な目が俺を見つめる。口元はあどけなく小さく開いていた。 全部が可愛くて食べちゃいたくなった。 瀬尾の口がぱくぱくと開く。 「俺、今まで、あ…んなに優しく、されたの、初めてだったんだ…。」 俺はたどたどしくしゃべる瀬尾の言葉に耳を傾けた。 であった頃の俺のことだろうか? 「俺、…会話下手、だから、いつも…みんな…離れていくの、に…、夏目は離れてかなくって…」 「うん。」 「だ、から…俺、夏目が…大好きで…。」 「うん。」 「好き…好き、なんだ…。」 「うん。馬鹿だな、お前。」 俺が笑って瀬尾の赤い唇に口付けると、やっと瀬尾はしゃべる事をやめた。 本当に馬鹿な奴だ。 よりにもよって俺みたいな人でなしを好きになるなんて。 俺はそのまま瀬尾を床に押し倒した。 瀬尾は不安そうに「…最後に、するの?」と聞いてきた。 俺は優しい声で「違う、ここから始めるんだよ。」と答えた。 瀬尾は意味が分からないようで、俺の真意を確かめるようにじっと見つめてきた。俺は愛しげに瀬尾の髪を顔からのけるとまた何度も深い口付けをおとした。 「ん…んんっ…。」 瀬尾の口から甘い吐息がもれる。それさえも逃がさないように俺は口の中で瀬尾の全てを飲み込もうとした。 そのまま瀬尾の体の全てを愛してやって、俺たちはまた一つに溶け合った。 きっと瀬尾は何も分かっちゃいないだろうが、俺にとっては儀式のようなものだった。 今までの俺と決別する儀式。 そして生まれ変わった俺は。 俺は瀬尾だけを愛することに決めたのだ。 狭いベッドの上で俺は眠ってしまった瀬尾を愛しげに見つめた。兎のように丸まって眠っている姿は可愛らしくていつまでも抱いていたかった。 耳元でささやくような声で瀬尾の名前を呼んだ。 「瀬尾、瀬尾。」 ぴくんと反応した瀬尾が薄目を開けてこちらを見ていた。 「なぁにぃ?」 幼い口調の瀬尾はきっと寝ぼけているのだろう。俺はフッと笑って、誓いを立てた。 「俺はもう他の人間は見ない。これからはお前だけにする。」 瀬尾は眉間に縦皺をよせた。 「うそつき。」 「それがお前の本音だな。」 俺はははっと苦笑した。 寝ぼけている瀬尾はきっと思考回路が正常に動いていないのだろう。 今の言葉の方がいつもの瀬尾よりもよっぽど本音に近いような気がした。 それでも俺は良かった。 そのまま、俺が何もしゃべらないでいると瀬尾はまた寝息を立て始めた。 お前はきっと明日になったらこの誓いを忘れているのだろうな。 けれど、それでいい。 誓いは本来他の人間に立てるものではないのかもしれない。 自分の胸に立てるものなのだろう。 そうしないと誓いとはいえないような気がした。人に聞かれていないと破られる誓いなんて誓いじゃないのだ。 瀬尾、俺はお前が誰よりも好きだ。 これからはキスするのもセックスするのもお前だけだ。 誰も聞いていない部屋で俺は自分の心にだけ誓った。 こうして今まで平気で人の心を踏みにじってきた軽薄な男は誰よりも大切なものを守るための騎士へと変わったのである。 おわり 多分「腐れ外道が騎士にかわる時」が本当のタイトル。 written by Chiri(11/16/2007) |