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open-and-close(2)



 次に舞川さんと会ったのは会社のエレベーターの中だった。ちょうど舞川さんは営業から帰ってきたところだろう。少し疲れた様子で、小さく息を吸っては深く息を吐いていた。
「舞川さん。 お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です」
 にこりと笑う顔はやはり営業の人だな、と智は思った。
「……あの、舞川さん」
 智は少し考えてから口を開いた。エレベーターには二人しかいなく、その事を話すのにはちょうどいいと思った。がやはりちょっと話しにくい。
「ん? 何?」
 舞川さんは気の良い返事をくれた。智は息を大きく吸ってから切り出した。
「あの、こないだ、hide-and-seekにいませんでした?」
 ぴたり、と舞川さんの動きが止まった。じっと智を見て、5秒くらい停止した。そして。
「……やっぱり分かっちゃった?」
 あははと笑いながら頭を掻く舞川さんは何かをごまかすようだった。そこで智は「やっぱりそうなんだ」と納得した。
 だって舞川さんは一般人だと思っていた。一般人があんなところにいるなんておかしい。でも、もし。
 心の底で、そういう性癖に悩んでいる人だったなら。あそこがどんなところか知っていたことも、智に話しかけてきたことも、またなんであそこにいたかも説明がつく気がした。
「舞川さん、あの、僕で良かったら、なんですけど」
「ん?」
「悩み事があったら相談してください」
 真っ直ぐに舞川さんの瞳を見て、智は言った。
 智はどちらかというと恵まれている人間だ。自分が男を好きだということは幼少期からなんとなく分かっていたし、ろくでもない男たちだったが出会いもあった。それに、今ではママにジェシカや店の皆がいる。ママの事を好きだという気持ちを気兼ねなくまわりにしゃべられる環境があるということはとても幸せなことだ。
 でも、全ての人がそんな環境を持っているわけでは無い。
 舞川さんは智の視線から逃げるように外の景色に目をやった。
「まいったな。 三谷さんには分かっちゃうのかな?」
「舞川さん……」
 舞川さんは視線を智に戻すと、困ったように笑った。初めて見る営業の顔では無い顔だった。
「良かったら、今夜相談に乗ってくれる? 仕事が終わったらあの店で」
「はい!」
 智は大きく頷いた。
 自分が人の相談に乗るなんていう大層な人間じゃないことなんて知っていた。でも、ただ話を聞くだけでも気持ちが軽くなるかもしれない。
 少しでも力に慣れたら、とバカみたいに単純に智はそう思っていた。



***



 ステンレスの扉を開けると、カランとベルが鳴った。
「いらっしゃい」
 と声がしたが、今日はママの声じゃない。
「あれ、ママは?」
 カウンターにいたのはママとこの店の共同運営をしている真治だった。
「今日は遅くに来るってよ。 なんか新しいグラス買いに行ってくるって」
「あぁ、こないだ割りまくってたから……」
 そう言いながら、ウロウロ席を探す。言いづらい事も言えるようにちょっと物陰に隠れた席がいいかな。
 普段は座った事のないような奥のテーブル席を陣取ると真治が声を大きくした。
「おい? てめぇ、恭一がいねぇからって遠くに座りすぎだろ! そんなに俺が嫌いか」
「え、違うって。 今日は別の人と話をするから」
「お、浮気か?」
「もう、それも違う! 大切な話なんだ」
 ふぅんと目を細めた真治はなんだか少し楽しそうだ。どうせまた下世話な想像をしているんだろう。でも智には浮気心なんて少しもない。ママだってそれは分かってくれているはずだ。
 ママはこんな店をしているから、いろんな人の悩みを聞いたりしてあげている。智だって最初はママにいつも自分の男運の無さを愚痴っていた。ママはそんなに口数は多くないけど、真剣に話を聞いてくれる。そんなママを慕ってここに通う人は多いのだ。
 智はただ、ママのように、少しでもここに来る人の悩みを解消してあげたかった。ママの真似事がしたかっただけなのかもしれない。
 カランとベルが鳴り、入り口を見ると舞川さんが立っていた。少し、入りにくそうに扉の前で踏みとどまっていた。
「舞川さん」
「あ、良かった。 もう来てたの?」
 声をかけると舞川さんはホッと表情を和らげた。テーブル席まで呼ぶと、舞川さんは荷物を置き、椅子に深く腰掛けた。
「ここに来るのは2回目だけどね。 なんだかすごく緊張する」
「この間は一人で来られたんですか?」
「うん。 三谷さん、いるかなって思って入ったんだけど、なんだか知り合いの人と楽しそうにしゃべっていたから」
「あ、ごめんなさい。 俺、いつもカウンター席で……」
「うん、そうだ、周りに聞いたよ。 あの時あそこに立っていたママさんとつきあってるんだって?」
「え、はい……」
 モジモジとしながら答えた。ママの事を聞かれた瞬間にママのノロケ話をしゃべりたくなってしまうのは智の悪い癖だ。今日は舞川さんの相談事を聞きにやってきたのに。
「あの、舞川さんは……」
「おい、注文は?」
 突然真治に話しかけられて、智は口を尖らせた。
「俺、今日は飲まない。 ジンジャーエールでいい」
「あ、じゃ、僕はモスコミュールで」
「了解」
 そのままカウンターに戻るかと思いきや、真治はくるりと智のほうが振り向いた。
「あと智ちゃん、恭一が帰ってくる前にちゃちゃっと話済ました方がいいんじゃねぇの?」
「え」
「お前、まだ恭一の事分かってないみたいだな」
「な、何が」
「あとでお仕置きされたいならいーけど」
 にやっと真治が笑った。意味が分からなくて、智はムッとして、しっしっと手で追いやった。真治は忠告してやったのに、と言いながら戻っていった。
「大丈夫なの? 話してても」
 舞川さんが気をつかって質問してきたので、智は手を横に振った。
「あ、もちろんです。 それより、舞川さんの悩みは……」
「あ、うん、実は……」
 舞川さんは終始浮かない表情だった。
 ポツポツとしゃべり始めた舞川さんの悩みは今気になる人がいるということ、それが男だということでとても悩んでいるという話だった。会社の人らしくて、最初はあまり気にしていなかったのだけれど、一度彼が夢に出てきてから頭から離れないという。
「男を好きになったのは初めてで、正直どうしていいか分からないんだ」
 そう言って困ったように笑った舞川さんを見て、智は胸がきゅぅっとなった。これは多分共感の意味での胸の締め付けだ。
 智はダンとジンジャーエールをテーブルに置いた。
「分かります! 俺も最近そういうことがあって……。 その、俺元々ホモなのに、女の人を好きになっちゃって、って言っても結局男の人だったんだけど」
「え、それってこの間のカウンターにいた?」
「そうなんです。 俺、女の人とか好きになったことないのに、好きになっちゃって、なんていうか今までの俺のアイデンティティが崩壊したみたいになんかすごく毎日が心もとなくて」
「うんうん」
「でも、そんなの結局関係無いんです。 好きだって思ったらもう突っ走っちゃえばいいんです。 だって好きなんだもん。 俺、ママが好きなんだもん。 ママに抱かれたかったんだもん」
 酔っ払ってもないのに熱く語ってしまっていた。舞川さんも穏やかに智の話を聞いてくれて、本当は舞川さんの相談を聞くつもりだったのに、いつのまにか智は自分のことばかりしゃべっていた。
「真治さん、ソルティードッグちょうだい!」
 いつのまにか勢いでお酒も頼んでいた。真治さんが呆れながらそれを作る。
「おいおい、今日は飲むのやめるんじゃなかったのか?」
「いいの、せっかく盛り上がってるんだから!」
「そうかい、知らねーからな」
 何故かそんなことを言われたが、気にせず何度も酒を呷った。
 舞川さんは優しく智の話を聞いてくれていて、智のノロケも愚痴も全部聞いてくれていた。智は完全に酔っ払ってしまい、同じ悩みを抱えていた舞川さんにすっかりと気を許してしまっていた。
 それはグラスに何かを入れられたなんて気付かないほどに。



***



 目を開けると、正面に鏡があり、顔色の悪い自分とその後ろに舞川さんが立っていた。
「大丈夫かい?」
「……え?」
 ここは店のトイレだ。
 洗面台に手を突いて立っていて、舞川さんは俺の背中を撫でていた。
「……あれ、俺?」
「きっと飲みすぎたんだね。 気持ち悪い?」
「いえ、大丈夫……あ、」
 変な声が出てしまった。
 気持ち悪いというよりは、興奮していた。下半身に熱が集まっていて、体が熱かった。
 舞川さんが背中を撫でてくるだけでぴくぴくと反応してしまう。
 智は自分の状態に戸惑った。
「あ、あの……俺、ちょっと今日、体調悪いみたいです。 悪いんですけど、舞川さん先に帰ってもらえますか……?」
 なけなしにそんな提案をすると、舞川さんはきょとんとして聞いた。
「えぇ、なんで?」
「な……んでって……」
 はぁはぁと息を荒くなる。こんなの恥ずかしい。ママじゃない人にこんな姿を見られるなんて。
 けれど、鏡に映った舞川さんの顔はまるで人の話なんか聞いている顔じゃなかった。

「なんで? 今からが一番楽しい時間じゃない」

 今まででみた笑顔の中で一番彼に似合っていたその顔は、智がつきあってきたろくでもない男たちと同じ笑い方だった。

 背中を撫でていた手がいきなり智の服をまくりあげる。手を入れられた先にある二つの突起を摘まれた。
「……あ、やぁ、舞川さ、……なんで? す、好きな人のことは……?」
「さっきの話、全部信じてたんだ? かわいいね、三谷さんは」
「ひど、」
「グラスにクスリ入れたのにも気付かないしね」
 クスクスと笑いながら舞川さんの下半身を押し当てられた。固く滾っているものが智に恐怖感を与えた。
「ごめんね、でも気になっていたってのは本当だよ? 男同士のセックスがしてみたかったんだよね」
「そ、そんな……」
「だってすごく気持ちよいって言うじゃない? 後ろに突っ込むの」
 そういいながら、智のズボンを緩められる。両手でお尻をなでまわされて、その奥をまさぐられる。指が探るように一本いれられたかと思うと、すぐに3本に増えた。
「…………や、やめ……」
「うわ、すごい。 へぇ、柔らかいんだ。 毎日、あのオカマに掘られてるんだ?」
 ぐりぐりと指が動かされ、無意識に腰が動いてしまう。息が出来なく、声も上手く出せない。
「やめ、こんな、おかし……」
 鏡にうつる舞川さんは夢中になって智の首筋を舐めていた。耳元で淫らな事を囁かれた。
「ねぇ、三谷さんは恥ずかしい事が好きなんでしょ? あんなオカマに突っ込まれているのに興奮するんだから」
「……ちが……」
「だってそうでしょ? 女の格好している奴に組み敷かれるって考えるだけで興奮するんでしょ?」
「……ん、ちが…う…」
 智は首を何度も横に振った。
 そんなことじゃない。ただ好きなだけだ。ママが好きなだけなのに。
 そんなことしか考えていなかった奴と同じ悩みを抱えているなんて思っていた事が悔しかった。
「男同士でやる時ってさ、突っ込まれる人ってみんなとんでもないMだよね。 支配されたいの? めちゃくちゃにされて、屈辱を感じて、それが気持ちいいんでしょ?」
 分かったように口ぶりで舞川さんは歪んだ顔を更に歪ませた。智は嫌悪感でいっぱいになった。
「ねぇ、どういう気分? ここ、彼氏の店のトイレだよ。 こんなところで浮気だなんてはしたないね。 こんなところをこんなに赤くしちゃって、どんだけ淫乱なの」
「ひっ、」
 入れていた指を強く突き入れられて、智は大きくのけぞった。
「も、やめ……俺、ママ、ママが好きなんだっ、ママが」
 泣きながら、ママの事を呼ぶ。ママ以外に抱かれたくない。ママ以外のものなんて体の中に入れたくない。汚い、汚い、汚い。
「あ、見て、鏡。 ママが好きって言いながらこんなに欲情しちゃってる。 かわいい」
 後ろでカチャカチャとベルトを外す音が聞こえた。
 恐ろしい。鏡に映っているのは化け物だ。
「やだ、やめて、俺、ママじゃないとだめなんだっ!」
 固いものを入り口に押し当てられて、寒気がした。
 今までたくさんのろくでもない男をそこで受け入れてきた。自分の体がすでに綺麗じゃないのも分かっている。
 それでも、今はママのものだ。
 智の全てがママのものだ。

「やだぁぁぁぁ!」

 智がそう叫んだ瞬間、鏡に映っていた舞川さんが不意に消えた。
「え」

 ズガァンッ

 遅れて大きな音が届く。振り向くと舞川さんが壁に叩きのめされていた。
 鏡にはもう一人影。男子トイレのはずなのに、今日も女性の格好だ。
「ママっ」
 ママが鬼のような形相で立っていた。智は泣きながらママに抱きついた。肩に手を添えられてハッとした。
 ママの手は震えていた。その震えた手は抱きつく智を静かに押し戻した。
 ゆらりと揺れながら、地面に横たわる舞川さんの元へと向かう。
 舞川さんは殴られた頬を擦りながら、ゆっくりと起き上がった。
「ってえな! 何すんだよ、このオトコオンナがよっ」
 舞川さんの口調は今までと全然変わっていて、これが本当の姿なのかと思うと自分は本当に見る目が無いのだと智は悟った。
 舞川さんは顔だけ起こすと、ママに罵詈雑言をぶつける。
「気持ち悪いんだよ! 男の癖に女の服着やがって。 お前らがどうあがいたって女服を着たゴリラにしか見えないんだよ! お前ら全員気持ち悪いんだよ!」
 ひどい言葉の羅列だ。この店に似つかわしくない差別的な言葉ばかり。
 ママの殺気が一層増した。後ろにいる智はひぃぃっと心の中で叫ぶ。
 ママは黙ったまま、舞川さんの服の首根っこを掴んだ。そのまま、持ち上げて立つとママと舞川さんの体格さで舞川さんが吊られる形となった。
 ママはゴミを持つような手つきで、舞川さんをトイレから放り出した。ズボンを半分脱いでいたせいで、あられもない格好のまま舞川さんは店内に捨て置かれた。
「兼三」
「あら何? その汚いのは」
 ママに呼ばれるとジェシカはゴミを見るような目つきで舞川さんを見下ろした。
「しかも、貧相」
 どこを見て言ったかは知らないが、舞川さんの顔は真っ赤に染まった。
「そいつ、オカマは全員気持ち悪いってよ」
「なんですって――!」
 どたんと大きな音を立てて、ジェシカが立ち上がった。
「オカマは女服を着たゴリラだってさ」
「「な―ん―だ―と――!」」
 更にリエゾンしたのはジェシカの後ろに座っていたニューハーフの軍団だ。いつもきゃぴきゃぴした黄色の声は今や柔道教室から聞こえてきそうな声ばかりだ。
 舞川さんはあっという間にその人たちに囲まれて、蟻地獄のようにその中心に埋もれていった。何をされたのか、長い長い悲鳴だけが店の中でこだました。
 ママはそれを見届けると、トイレの中に戻った。清掃中の札をつけていったのを気付いたのは多分ジェシカだけだ。





 ママはトイレの入り口に立つと、智をじっと見つめた。
「ママ、お、怒ってる……よね?」
 言わないでも分かる事を聞いて何が楽しいのだろう。情けない気分で智は自分で自分を笑った。
 ママは何も言わないまま智のすぐ側までツカツカと歩を進める。
「……なんか飲まされたのか?」
「わ、分かんない」
「どこまで触られた?」
 そう言いながら、ママはさっきまで舞川さんに弄られていた場所に指を突き入れた。
「あ、だめ、汚い、よ……」
「ああ、汚いな。 はやくまた俺のモノにしてきれいにしないと」
「……俺はずっとママのものだよ」
「そう。 なら、お前の自覚が足らないんだな」
 そう言いながらママが智の尻をパシンと数回叩いた。
「ひっ、」
 その後、もみしだかれる。痛みを帯びた箇所がじんじんと腫れて、触れるところはいつもより増して感じてしまう。
「もっと奥まで触られたか?」
「や、あ、そんな奥は……あ、っあ」
 ママの長い指が奥を突き進む。ぐちゅぐちゅと恥ずかしい音がなり、智の羞恥を煽る。
「ママ、も、いれて……」
 おねだりをするとママが智の額にキスを落とした。怒っているとは思えないような優しいキスだった。
 目を見ると、ママの目は泣き出しそうだった。
「……良かった、本当。 間に合って」
 そう言うママの声は本当に穏やかで優しくて。本当に心配をさせたのだな、と自分でやっと深く反省をした。
「ママ」
 智は泣きながらママの首に手をまわした。ごめんなさい、ごめんなさいと謝る。迂闊な自分を許して欲しかった。
 ママが智の頭を撫でた。
「ちゃんと、聞こえたから」
「え」
 ママがフッと笑った。
「『ママじゃないとだめなんだ』って」
「あ」
 智が言葉を詰まらすと、ママは智の脚を抱えて、ゆっくりと腰を進めた。
「あ、あ……ん、あ」
「智、かわいい」
 額を撫でられて、そこにキスを落とされた。
 幸せで満たされて、智はすぐにイってしまった。ママは笑いながら、続けて何度も智を抱いた。
 何度も何度も抱かれているうちのママの内側の情熱を突きつけられている気がした。
 “好きだよ”と”離さない”の連続。
 ママの支配欲はきっと果てしなく続いている。智をまるごと包み込んでどこまで行っても智を離さないだろう。
 けれどそれは、智にとってどこまでも心地よい空間なのだ。



***



「え、ママ、もう女の格好しないの?」
 次の水曜にhide-and-seekに行くと、今度はバーテン姿のママが立っていた。ストイックな制服姿も断然格好良い。けれど、女の格好をもうしないというのはもったいない。
 この間のことがあるまでは水曜に女装してくれていたのに。
「もう、智君もカナちゃんを説得してよ」
 カウンター席に座るジェシカは呆れ顔だった。
「どうもこの間、服着たゴリラって言われたのを気にしてるみたいでね〜」
「兼三、黙れ」
 確かに舞川さんがあの時そんなことを言っていたなと思い出す。でもあまりにもママに似合わない言葉だったのにするりと聞き流していた。
 まさかママがそんなに気にしているなんて。
「ママはゴリラじゃないよ。 あんな綺麗なのに」
「ほら! 智君がこう言ってるんだからいいでしょ〜」
 ジェシカがそう言うと、智もうんうんと頷いた。ママは少し言葉を詰まらせた。
「う、うるさい、智の目は節穴なんだよ」
「え、ママ、ひっどぉい!」
 確かに俺の男を見る目は無いけどさ、と智はブツブツと漏らした。
「でも、ママに関してだけは見る目はあったと思うよ」
 智がそう自信ありげに言うと、ジェシカはプッと噴き出した。
「あら〜、そんなこと言っている時点で智ちゃんの男の見る目の無さがうかがい知れるわね」
「ジェシカもひどぉい!」
「兼三、ぶっ殺すぞ」
 智とママが同時にジェシカを反論すると、流石にジェシカは「や〜ね、冗談よ」とごまかした。
「でもまぁ、ニューハーフの期待の星は残念だけどバタフライちゃんに決まりよね」
「バタフライちゃん?」
 目をぱちぱちとさせて聞くと、ジェシカが懐から写真を出した。
「なんかこの間のことで、新しい世界に目覚めたらしいのよ」
 写真にうつっていたのは、え、舞川さん!?
 舞川さんがあられもない服に羽根をつけてショーで両手を開いて踊っている写真だった。満面の笑顔で全てを開放し切っている。そういえば最近会社で見ないと思ったら、住む世界を変えていたのか。
 あんぐりと口を開けて、智はママを見た。
「ママ、これ知ってたの?」
「まぁな」
 ママは今更舞川さんのことなんてどうでも良いかのようにグラスを磨いてその光沢を確かめていた。しかし、次の瞬間、ぽろりと漏れた本音が。
「智に手出した奴のブツなんてとっぱらっちまえばいいんだよ」
 きゃーっとジェシカが黄色い声をあげる横で、智は乾いた声で苦笑した。
 そういえば前にもそんな事を言っていたな、と思い出す。実際にそうなったのが偶然か必然かは分からないが、とにかくママはすごいなと思った。

 愛されているのだなと思う。
 今までこんなに愛された事なんてあっただろうか。
 そしてここまで愛したいと思ったことはあっただろうか。

「ママに会えて、俺幸せだよ」
 そう笑うと、ママはフンと鼻をならした。
「やぁね、カナちゃんのおかげで一番世界が拓けたのはバタフライちゃんよ〜!」
 ジェシカがけらけらと笑う。

 ま、それもそうかもしんないけど。
 でもやっぱり一番幸せなのは俺だよ。

 智は子供のように張り合って言った。
 ママは穏やかに「そうだな」と一言言って、優しく微笑んだ。





おわり




ママは自分の女装姿って結構いけるかもと心の底でちょっぴり思っていたので、中傷に深く傷ついたようです。(笑)
written by Chiri(4/28/2009)