ガチャキス(8)



 夜が明けて、翌日の朝。
 一晩考えると、亮平はやっと結論を出すことができた。答えはいたってシンプルだ。
 主水の言った事は全て勘違いに違いない。門田は亮平を友達としか思っていないし、どうこうなりたいなんて微塵も考えていない、……きっと。
 正直、そう考える事が一番の安全パイだった。
 じゃないと亮平は、例えば門田が本当に亮平を好きだったら、と考えると実に恐ろしい事になることに気付いたのだ。
 そこの分岐路で全てが変わる。行き先が全く別の道になってしまう。だってもし門田が亮平を好きと言えば、亮平の中の答えは決まっていた。



「なぁ、今日は遊びにいっちゃダメ?」
 なんとなく予想していたが、その日も門田は亮平の家に遊びに来たがった。
 昨日、主水に言われたことを考えると胸が異様にドキドキ鳴ったが、それはあえて無視した。
「いいよ、別に」
「やった!」
「主水も誘う?」
「えーいいじゃん、別に」
「そ、そう」
 無視していた鼓動の音がドキンと大きくなった。
 主水を誘わなければ二人になってしまうだろうが!と心の中で罵ったが、そんなの門田には聞こえていない。
 主水は主水で「あ、俺今日無理」とフォローを入れる気は全く無いようだ。自分が言ったことで亮平が困惑しているのをもう忘れているらしい。
 はぁとため息をついたが、昨日行き着いた結論を思い出し、拳に力を入れた。
 門田は自分に興味など無い。好きなんかじゃ……ないっ!
 だから友達が友達の家に行くなんて何もおかしくない。二人きりなんてどっこもおかしくないはずだ。
 そんな鼻息をフンと吐き出す勢いの亮平を門田は不思議そうに見ていた。



 亮平の家まで来ると、門田は何が楽しいのか、亮平の部屋を「へぇ」とか「ふぅん」とか言ってジロジロ見てきた。亮平のフィギュアコレクションにDVDコレクション、そして本棚。挙句の果てにベッドの下まで見ようとするから、それは蹴って阻止した。
「っつーかお前、どんなゲームしたいの?」
「あれやりたい。侍になって敵斬る奴。ある?」
「あるよ」
 門田の為にゲームの用意をするが、やはり門田は落ち着かないらしい。そわそわしながら、部屋を見回している。
「なんだよ、お前。キョロキョロすんなよ」
「え、だって亮平いつもここにいるんだなって思って」
「は?当たり前だろ、俺の部屋なんだから」
「それはそうなんだけど」
 そう言うと門田ははにかむような笑みを浮かべた。
 それに反応して思わず顔が赤くなった亮平はぷいっと顔を背けた。全く心臓に悪い奴だ。


 ゲームで遊び始めてみると、意外と門田が上手に操作するので亮平も途中から本気になってしまった。といっても、5回のうち4回くらいは亮平が対戦で勝っていたが、やりこんでいるゲーマーとしての亮平にとって素人同然の門田に負けるのは悔しかった。しかも、数をこなすごとに門田が上達してくるのがまた困る。
「ああ!もう!!もう一回勝負だ!」
「はは、いいよ」
 いつのまにか声を上げているのは亮平のほうになっていた。
 昨日の夜、悩んでいた事なんてすっかり忘れてゲームに熱中してしまった。
 センターテーブルにはお菓子のゴミがあふれかえっていて、それでもそれに気付かないほどに夢中になっていた。
 何度目かの対戦に勝った後、やっと亮平が部屋の惨状に気付いた。
「うわ、きったね。片付けるか」
「アレやらないの?ゴミ箱にゴミ投げてライフポイントかける奴」
 門田にそう言われて、部屋の片隅にあるゴミ箱を見つめた。確かに立ち上がるのが面倒だと思い、ゴミを手に取ると、亮平は目をつぶった。
 なんとなく心臓の辺りに力を込めると、気が溜まるような気がしてくる。
そう、これは戦いだ。命をかけた戦い。命を懸けて亮平はゴミをゴミ箱に入れるのだ。
 そっと目を開けて、ゴミ箱に狙いを定めた。
 門田が何故か興味津々で亮平を見ているのは分かったがそんなのは気にならない。戦士とは戦っている時は何も見えなくなるものだ。亮平は手に持っていたゴミを勢いよく投げた。

 けれど、亮平が投げた紙くずはゴミ箱のへりに当たって床に落ちた。

「あぁ〜外した!」
 そう言った瞬間、亮平のライフポイントはみるみるうちになくなっていく。ゲージが減り、赤く点滅して、ゼロになる。
 亮平は大の字になって、床に寝転んだ。
 亮平は死んだのだ。
 
 亮平が目をつぶっていると、光がさえぎられる感覚を覚えた。おそらく、門田が亮平を上から覗き込んでいるのだろう。
「亮平、死んだの?」
 楽しそうな声がやはり上から声が聞こえてきて、亮平は首をゆっくりと縦に振った。しわがれた声をわざと出して、助けを求める。
「……うん、死んだ。お前仲間だろ?俺を生き返らせてよ」
 プッと門田が噴き出す音が聞こえた。
「そうはいってもなー」
 きっと門田は亮平の子供じみた小芝居に笑っているだろう。けれど、門田はきっとこのばかげた事につきあってくれるだろうな、と亮平は心の中で思っていた。
 人を生き返らせるなんて、空想上では簡単な事だ。
 フェニックスの尾に世界樹の葉。ザオリクにザオラル。教会にいけば神父がいる。それとも賢者の石だろうか。蘇生術だっていろいろあるんだ、……もちろん、ゲームの中の話では。
 そんなことを目をつぶったまま考えていると、光が更に遮られていった。
 そして唇に何かが触れた。
 まるで人肌のような柔らかな何か。

「はい、生き返ったよ」
 門田の声にぱちっと目を開けて、亮平はむくりと起き上がった。
 問いたださないと。
 問いたださないといけない。
「今何した?」
 なんとなく想像をついていた。けれど、まさか。
「眠り姫はキスで起きるもんだろ」
 門田はなんでもないことのように言った。
 そうだ、キスをされたのだ。
 キスで生き返らせられた。そんなのは求めていなかったのに。そもそも亮平が考えていたものとジャンルが違う。そんな御伽噺のように生き返らせられるなんて。
 いつのまにか手が先に動いていた。
 亮平が気付いた時には、自分の手が門田の頬をひっぱたいていた。
 パチン
 小さい音しか出なかった。思ったより勢いがついていなかったらしい。
 門田も痛みを訴えるよりもただ驚くように目を見開いていた。
「俺はな!そんなに軽くないんだ!」
 気付けば昨日の夜考えていたことがまた奥底からぶりかえしてきた。頑張ってしまっていたはずの厄介なものがポンポンと破裂しだす。
 門田が亮平を好きなんておかしい。亮平なんてヲタクで地味で絶対一緒にいても楽しくないはずだ。
 けれど、それでも門田が本当に好きというならば。
 それなら、答えは一つだ。
 亮平だっていつのまにか魅かれていたのだ。門田みたいなやつは亮平の世界には今までいなかった。容姿も恵まれていて強運で、それでもなんだか損をしていて、どこか寂しい奴で。そして、亮平に気付いてくれた。亮平をおもしろいと言ってくれた。一緒にいると楽しいと言ってくれた。
 亮平が門田を好きになってしまうのは仕方がないことだった。
 だからこそ、主水の「門田は手が早い」という発言が嫌だった。好きというなら大切にして欲しかった。
 いつのまにか涙がこみ上げてきた。けれどそれは流れ出さないで、瞳の中に溜まってそこを潤ませている。
「……じゅ、順序だててくれないと俺の場合、こ、困るんだ!ちゃんとして、くれないと!ちゃんとほら、キスする前に……言う事、あるだろ!?」
 門田は亮平の顔を真っ直ぐに見てきた。叩かれた頬がうっすらと赤くなっていた。痛々しいけれど、今はどうしてもあげられなかった。
 ただ言って欲しかった。
 門田はゆっくりと言葉にした。
「うん。俺、お前が好き。お前は?」
「ん。俺も好き」
 亮平がすぐにそう返すと、門田は泣きそうな顔で笑った。門田だって好きと言われたかったのだろう。
 ちゃんと門田は言ってくれた、だから大丈夫、そう思った瞬間亮平の瞳に溜まっていた涙がぽとりと床に落ちた。
 門田の顔が自然と近づく。あやすように涙の筋を舐められた。
 そしてまた御伽噺のキスをされた。ゆっくりと大切に唇を重ねられた。だから今回は亮平も怒らなかった。
 唇が離れると門田はそのままの距離で囁やいた。
「良い考えを思いついた」
「ん。……何?」
 亮平が門田を見つめると、門田はふふっと楽しそうに含み笑いをした。



 その後、門田に連れられて、亮平はいつものガチャガチャがある所に行った。
「今日こそシークレット出せよ、お前」
 門田にそう言われて、いきなり何を言い出すのかと首をかしげたが、亮平は言うとおりに財布からお金を出した。銀色に光る銀貨を二枚ガチャガチャへと投入する。
 ガチャガチャのノブに手をのせて回そうとしたそのとき、門田の手が上から覆いかぶさった。見上げると門田の顔が笑っていた。
 そうか、二人で回すのだ。どうやら門田は自分の強運を半分だけ亮平にわけてくれるらしい。そう納得すると門田が突然変なことを言った。
「はじめての共同作業だね」
「おかしな事いうな、アホ」
 けれど何故か無性にドキドキした。触れている門田の掌が熱くて溶けてしまいそうだ。
(な、なんか結婚式の入刀みたいじゃない?これ?)
 だなんてアホなことを考え始めるとドキドキは更に増した。
 グイッとノブを回すとガションとカプセルが下りてきた。
 共同作業の結果、生み出されたカプセルはまるで二人の愛すべき赤子のように思える、……はずもなく、亮平はすぐにそれを開けてみた。
 けれど。
「あれ?子分だよ、これ」
「え、嘘、本当?」
 てっきり強運な門田が手を貸してくれたから、シークレットが出ると思いきやいつものハズレ、もとい子分のフィギュアだった。
「お前、よっぽど運が悪いんだな」
 へらへらと笑われて、亮平は真剣に凹んだ。あれだけ運の強い門田を凌駕する運の悪さ。決して笑えない事だ。
 けれど門田においては随分と嬉しそうだ。
「人生で初めてハズレひいたかも」
 ニコニコとした笑顔で言われて、そうかと亮平も笑い返した。
 そう言われればただの子分も心なしか特別に見えてきた。亮平は愛しげにそのフォルムを手で撫で付けた。作り自体は悪くない。シークレットじゃなくたって十分にかっこいいじゃないか。
 カプセルから生まれてきたその子分は、まるで二人の赤子のよう。
 ……なーんてそんなわけはやはり無いのだけれど。




おわり



最後のケーキ入刀もどきが書きたいがためにここまで来ました。……長かった。
written by Chiri(2/8/2008)