ガチャキス(7)



「お前今日いけよ」
「え?なんで俺が!」
「昨日とおとといは俺と黒木がいっただろ?今日はお前の番だ」
「ちぇーめんど」
 門田が仕方なさそうに大きく体を伸ばし、立ち上がった。
 そんな門田を主水は満足そうに見送った。これで、今日のパンを購買まで買いにいくのは門田の仕事だ。
 門田と映画に行った翌日の昼休みになると、亮平はぼけーっと窓の外を見ながら門田の持ってくるパンを待った。その横では同じくボケーっと待つ主水がいる。二人の違う点は、主水に関してはぼけっとしているのではなく物思いにふけっているようにみえるということだ。つくづく顔の良い奴は良い思いをしていると亮平はぼんやり思った。
「あー映画みにいきてぇ」
 不意に腕を窓の外に投げ出している主水は亮平のほうへと振り向いて言った。亮平はぎくりと体を揺らした。
「……観にいきたくない?ドラゴンANIKI・ザ・ムーヴィー」
 目を輝かせて言う主水の目を亮平は真っ直ぐに見られなかった。
「……え、べ、別に?」
「え?なんで?一緒に観にいこうよ!せっかくのヲタ友なんだからさぁ!」
 両肩をつかんで揺らしてくる主水に亮平は困った顔をした。結局、隠し事だって上手くできないのだ。
「俺さ、こないだ実は行ってきたんだ、和穂と」
 言いにくそうにブツブツ言うと、主水は目を開いた。
「え?本当に?なんで俺誘わないの?」
「だって、もらったチケットが二枚しかなくてさ。ちょうど俺がその場にいたから和穂も俺を誘ってくれたんだと思うんだけど」
「…………へぇ」
「え、えっと、決して主水をないがしろにしているわけじゃなくて、本当たまたま……」
「ふーん、そうなんだ」
 無機質な声が降ってきたので、怒ってしまったかと思い亮平は顔を上げた。けれど主水は別に怒った顔をしていなかった。むしろ何かを考えているような……
 と、その瞬間次の言葉が落ちてきた。
「なぁ、それってデートじゃね?」
「は?」
 意味が分からず亮平は呆けた顔をしてしまった。
「門田と二人で映画観たんだろ?デートじゃん」
「え?意味がわかんない……」
「だーかーらー。お前狙われてるんじゃない?」
「ね、ねら……?」
 なんとなく亮平の頭の中で門田がスナイパーの格好をしている姿が思い浮かんだ。黒い装束を着て、いかにもな銃を持って、黒い指なし手袋。うん、かっこいい。……ってそうことではなくて?

「あいつ、多分、バイだぜ?」

 聞いた瞬間、今度は二人の門田のイメージが浮かんだ。自転車に乗る門田と、二ヶ国語しゃべる門田だ。
 おずおずと意味を問う。
「……バイ、シクル?……バイ、リンガル?」
「ばぁか!バイ、セ、ク、シ、ャ、ル、に決まってるだろ?男も好きになれるってことだよ」
「え」
 頭がまず真っ白になった。その後に、「男」「好き」という言葉がぽつんぽつんと降ってくる。
 男も好きになれる?
 意味が脳内に浸透しなくて10秒間くらいフリーズした。男も好きになれるってことは、男を恋人にできるということだ。キスもセックスもできるということだ。
 そして、亮平は……
「ね、ねねねね狙われて!??」
「驚きすぎ」
「だだだだって!」
 亮平が助けを求めるように主水を見ると、主水はプッと噴き出した。
「なんで笑うの?」
「いや、オーバーだなぁって」
「オーバーって!」
 今驚かなければいつ驚くのだろう?
 主水はうーんと悩むように口を噤んだ。そして、言葉を選んで口に出した。
「黒木は男相手じゃ嫌な人?」
「やだっていうか……」
「別にそれでもいいと思うよ?俺は男相手は嫌だから」
「そうじゃなくて、わかんないよ」
 考えた事がなかった、まさに想定外、それである。
 亮平の答えを聞くと、主水は優しく笑みを浮かべた。

「俺、前、門田としゃべってたんだよ」


 主水が言うには、それはとても些細な会話だったという。
 お互いの恋愛対象の趣味をある程度に知りたいと思ってなんとなく聞いた質問だ。
「お前、どんな奴が好みなの?」
 主水の質問に門田はうーんと唸った。真剣に答えてくれる気はあったらしい。
「面白い奴。なんつーか、一緒にいて飽きない奴」
「ふーん?趣味があうとか?」
「そうじゃなくて。別に趣味あわなくてもそいつと一緒にいるのが楽しければそんなのどうでもいいし」
「あーそうだよね。女とは趣味あわない奴多いもんな」
「いや、俺、女じゃなくてもいいし……」
 それが初めて門田がバイだと知った瞬間だった。主水は少なからず驚いたが、自分が男相手が嫌だからといってバイまで嫌うような人間でもなかったので、そのまま気にせずにいた。
 けれど。
「男とか女とか関係なくて、とにかく一緒にいておもしろくてそいつに熱中できる奴。そういうのが好みかな〜」
 門田のその発言を聞いたとき、主水はなんとなくすごいなぁと思ったものだ。何の縛りも気にならない。門田は好きなものは好きと言える人間だ。周りの価値観などには決して惑わされないし、流されないのだ。


 主水のその話を聞いて、亮平は絶句した。その話がいつの話かは知らないが、けれどあまりにも当てはまってしまう。
 門田に何度も面白い奴と言われた。一緒にいて飽きないと言われた。映画館で手を握られた。門田の他に向けるのとは違う自然な笑顔を見れた。
 考えれば考えるほど、主水の推測は当たっているようにしか思えない。
 けれど、それが本当だとしてもどうすれというのだろうか?
 男同士である。世間では許されていない。きっと気持ち悪がられる。ヲタク以上にひどい罵声を浴びせられる存在かもしれない。親だってきっと嫌がる。結婚だってできない。子どもだって作れない。どんなに好きあってもきっといいことなんて無いだろう。
 せめて許される社会だったら。せめて結婚できて、子供がつくれたら。せめて親が歓迎してくれたら。
 そこまで考えて亮平はハッとした。まるで自分がそう望んでいるような考え方だ。
 自分の気持ちが分からなかった。
 そこまで考える必要があるかもわからなかった。
「だって、本当に和穂が俺のこと、好きかなんて分からないじゃないか……」
 それ自体が間違いかもしれないのに。
 教室の喧騒に消えた亮平の呟きを主水はちゃんと聞いていた。
「うん、そうなんだけどな。まぁ、でもお前がヲタクでホモで世間の鼻つまみ者も俺はお前のこと結構好きだよ。もちろんヲタ友としてだけど」
「……」
「俺も門田と一緒にいて、価値観を周りに流されないようになったんだ。黒木もさ、自分の価値観で物事決めろな」
 主水の言葉を飲み込めないまま、亮平は頷いた。
 亮平は、扉を、開けられてきたのだ。
 門田が話しかけてきたことによって、亮平の世界は広がった。門田が扉を外から開いて、新しい空間へと誘っていく。
主水に話しかけることができたきっかけだってそうだったのだ。主水がこんなにも信用できる奴だとも知らなかった。軽薄でいい加減な奴だと見た目からずっと思っていた。でも亮平がヲタクでホモになっても主水は味方で居てくれると言う。
門田は偏見や独自の考え方でぐるぐる回っている自分の中に違う道を提供してくれた。
 それは今までに無く楽しいところで、心地よくて。
 それがまちがいだなんて思えなかった。
(つまり、俺は何が言いたいんだ……?)
 自分の考えに結論を出せないで巡りに巡っていた。いや、きっと結論は一つだ。けど、それがなんなのかベールに包まれてよく分からなかった。きっとベールを暴くのは今じゃないのだ。
「あ、嫌ならちゃんと嫌って言えよ。アイツ、多分手が早いから」
 何も考えず主水の言葉に今一度頷いた……が、手が早い?
 顔を上げてみると、主水の顔は教室の扉付近を向いていた。あれ?と思うと聞きなれた声が聞こえてきた。
「やぁーっとパン買えたよ。並びすぎだよ、あれ!」
 タイミングがいいのか悪いのか分からない頃合で門田が帰ってきていた。主水はさきほどの話なんて微塵も感じられないようなそぶりで門田を笑って迎えていた。
 それを見ながら、亮平はもやもやと心の中に黒い油のようなものを積もらせていった。さっきの主水の最後の言葉が何故か胸にひっかかった。
 手が早いというのは、気持ちが軽いという事に似ている気がした。少なくとも亮平にとってはそう思えた。
 それが何故か亮平にとって何故か腹立たしかった。



 その日の放課後、亮平は門田に「この前言ってた話だけど、今日亮平んちにゲームしにいっちゃだめ?」とデススマイルを繰り出されつつ聞かれたが、亮平は適当に用事を作って断った。
 考え事がしたかったのだ。釈然としない事に対してどう接していけばいいのかという不安、そして意味不明なイライラが混ざり合って、正直遊ぶ気分にはなれなかった。





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主水さんは保護者系ですな。お父さん系。もしくはいらんこと言うお兄さん系。
written by Chiri(2/7/2008)