ガチャキス(4)



 その日、学校に行く前にも、亮平は何度も練習した。学校についてからも何度も心の中で練習をした。
 昨日の門田から聞いた話では大丈夫なはずなのだ。大丈夫大丈夫、と怖がる自分を大人ぶる自分で撫で付けてやる。そしてふぅっと誰にも気付かれないように深呼吸をすると、亮平は半ば裏返った声でその男を呼び止めた。
「も、主水!」
「ん?黒木?」
 勢い良く振り返った主水の顔を見て、動揺が走った。クラスでも地味としか形容できない自分がクラス一イケメンの主水に話しかけるなんて勇気がいる。けれど、話しかけたい衝動にかられてしまったのだから仕方ない。
 正直、そんな風に思ったのは初めてだった。もしかしたら門田と話し始めたことで自分の中でも静かに何かが変わっていっているのかもしれなかった。
「あ、あのさ!」
「ん?」
「俺は、ファーストが一番好きなんだ!」
「はぁ?」
 主水は意味が分からず目を瞬かせて亮平を見つめた。
 亮平が期待を込めて見つめ返すと、主水はすぐにあぁっ!とその事に思い当たった。ファーストとはガンダムの話だ。
「も、主水、は……!?」
 しりつぼみな質問の仕方に主水はにやりと笑った。爛爛と目を輝かして、亮平の顔を覗き込む。
「俺もファーストが一番だな!!」
 主水の答えに蕾が開くように亮平が表情をパァっと明るくすると主水は堪え切れないといったようにクツクツと笑い始めた。
「なんなんだよ、黒木。昨日は違うって言ってたくせに……ハハ」
「き、昨日はいいづらくて……ごめん……」
「いや、俺もその話題できる友達欲しかったんだ!嬉しいぜ!」
 亮平は主水と笑いあうと、なんだかホッと肩の荷が降りた気分になった。その瞬間、ポンと誰かに背中を押された。
「何?今日になってカミングアウトしたんだ?」
 門田である。亮平は素直に頷くと、にこっと笑った。高揚感が隠せなかった。
「俺、リアルのヲタ友って初めてなんだ……」
「リアルって?」
「だから、ネット越しじゃない友達ってこと」
「へぇ、良かったじゃん!」
 門田に祝福されて亮平はもう一度頷いた。
 今思えば亮平は自分をヲタだと認識しながら、一線を引いていたのかもしれない。それこそ、自分は誰とも相容れることなんてできないと。けれど、やはり人って話し合ってみなきゃ分からないのだ。どんな人間が本当はどんな奴なのか。派手な奴だからって自分とはあわないと決めるのもおかしいと気付けた。そしてそれは多分。
「お前のおかげだ」
 門田のおかげなのだと思う。
 本人にそう言うと何故か照れくささが襲ってきて、亮平はくるりと主水の方に向き直った。門田は目を大きく開けてその様子を見ていたが、亮平は少しだけ赤い耳のまま門田を必死で無視した。
 ヲタ友にしか話せない話題はいっぱいある。今まで周りにいなかっただけに爆発しそうなほど話題にあふれている。亮平は嬉しそうな顔を隠そうともせず、その日、主水とずっとしゃべっていた。



「黒木がこんな面白い奴だとは思わなかった。お前も知ってたならもっと早く紹介しろよー」
 昼休みになって亮平と門田と主水で昼飯を食べていると、主水が突然そんなことを言って門田の頭を小突いた。
「悪かったなー」
 門田は口を尖らせて小突かれた場所を撫でた。不満があるように唇をつんつんに尖らせていると思いきや、次なる言葉に繋いだ。
「でも言っておくけどな、俺が先に友達になったんだからなー」
 門田の言葉に亮平は瞳をぱちくりと開けた。まるでヤキモチを焼いているみたいだ。というより自分のものをとられた小さな子供のよう。
 主水がなんだか笑っていたので、亮平もつい小さく笑ってしまった。主水は門田をからかうように軽口を叩いた。
「いや、それはどうかな?ヲタ同士の方が分かりあえるよなぁ〜。な、黒木?」
「そうかもね」
 相槌を打った亮平をブスッとした顔で睨んでくる門田はまたイケメンのくせに顔を大きく崩している。そんなところも亮平はいいな、と思った。結局、門田や主水はかっこつけているなんて自分が勝手に思いこんでいた事だったのだなぁとつくづく思った。
「あ、そうだ。俺、主水とあの話もしたいんだった!」
「え?なになに?何の話?」
 すっかり意気投合してしまった亮平と主水の二人を門田はじっとりとした視線で眺めていたが、ヲタク道を突っ切っている二人にはその視線は攻撃ですらない。
「主水ってフィギュアとかも結構集める方?」
「あぁスキスキ。っつーかハマルとどうしても集めたくなるんだよな〜」
 全く同じ気持ちの亮平はうんうんと頷きながら、はしゃいで話を続けた。
「今さ、スーパーの前でドラゴンANIKIのガチャガチャやってんじゃん!」
「ああ!シークレットの兄貴だろ?俺もさ、どうしても欲しくて、つい4000円出して中古の奴、買っちゃったぜ!」
「え……」
 その言葉を聞いて、亮平の燃え盛る炎の勢いがシュンと消えてしまった。
「……なんだぁ。主水、中古でいいから集めちゃう奴なんだ……」
「へ?何?なんかおかしい、俺?」
 亮平はまさにショボンといった感じだ。咲きかけた花が蕾に戻ってしまうように、ぷいっとそっぽを向いてしまう。いきなり拗ねてしまった様子の亮平に主水はえ?え?と頭をかしげた。
 それを傍から見ていた門田はプーッと噴き出した。主水が意味が分からない様子で門田に説明を求めると、門田は何故か自慢げにそれを教えてやる。
「黒木はさ、ガチャガチャでじゃないとシークレット出す意味無いって思ってんだよ」
「はぁぁ?変な奴だな、別にいいじゃん、手に入ればどっちでも」
「ヨクナイ!なんか嫌なんだよ!ズルしたみたいな感じで!」
 子供のように反論する亮平に主水は頭を掻いた。そうなのかな?と亮平流に考え直してもやっぱり主水にとっては中古屋で買った方が効率も良いし、金の無駄遣いにもならないと思った。
「やっぱ黒木って特殊なヲタクなんだ?」
 笑いをこらえながら、門田が主水に聞いた。
「っていうか特殊ってなんだよ!?」
 憤慨したように亮平が声を上げると、門田はまぁまぁと両手を広げて亮平を宥めつける。
「いや、安心して。大丈夫、俺はお前の味方だから!」
「味方って何がだよ!?」
 亮平は意味が分からなくてそう叫んだが、何故か門田は笑い出した。さっきの仏頂面はどこにいったんだろうか?何故か一気に機嫌がよくなった門田は嬉しそうに肩を揺らし続けた。


 しばらくすると、不意に門田の頭の上に影が出来た。見上げれば、三人の男子生徒に囲まれていることに気付いた。門田はその影の主に視線を向けると、気軽に尋ねた。
「ん?園原たち、どうかしたの?」
 囲んできた奴らは皆クラスメートである。その一人は園原(そのはら)という。どちらかというと亮平が避けていた派手な方の奴らだ。しかしこの三人の場合は亮平が避けていても不思議ではなかった。何故なら向こうが亮平を避けてくるのだから。
 門田と主水は大体は二人でつるむことが多いが、時々園原たちともつるんでいたりしていた。
 園原は心底不思議そうに、そしてどこか不快そうに口を出した。
「……お前らこそ、今日どうかしたの?」
「はぁ?何が?」
「なんで黒木みたいな超地味な奴とつるんでんの?こっちまで地味になりそうじゃん」
 その言葉に亮平はハッと息を呑んだ。
 今日一日で随分打ち解けて、主水とも門田とも本当の友達のように接していたが、やはり周りにはおかしくうつるらしい。かっこいい奴と地味な奴の境界線はやはり存在するのだ。
 けれどそんな境界線も門田と主水には見えていなかったようだ。

「「そんなん楽しいからに決まってんじゃん!」」

 二人して声をあわせて言われて、亮平はなんだかすごくくすぐったい気持ちになった。





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び……びぃえる?
written by Chiri(1/28/2008)