ガチャキス(3)



「何?あれ、お前のツレ?」
 案の定、店長に門田の事を言われて亮平は思わず眉間に皺を寄せた。
 亮平がバイトをしているのはむさい親父が顔に似合わず運営している小さな喫茶店だ。その親父というのが今亮平の目の前に立っているえらくガタイの良い店長なわけなのだが、この店長、こう見えておしゃれなものが大好きで何故か店内はこじゃれた様子になっている。そのくせ、亮平と同じヲタク属性なので、トイレとかにはいろんなフィギュアが飾られていたりする。その辺が、亮平が気に入ってバイトをしている所以でもあるのだが。
「っつーかお前、ちゃんと友達いたんだな?」
 安心するように店長が笑うと、亮平はグッと押し黙った。
 正直、亮平には学校には心の許せる友達なんていない。ネットには何人かメッセで交流するヲタ友達がいるが、そいつらだって会ったことは無い。もちろん門田だって友達だなんて思っていない。けれど亮平の隠れた趣味を知っていてもひかないでいてくれる門田はなんていうか、貴重な存在のような気がした。だから、店長の言葉を否定する気持ちにはなれなかった。


「ほら、メニュー選べよ」
 投げるようにメニューを門田に渡すと、門田は臆せずそれをキャッチした。メニューを開けば、店長が自分であのぶっとい指で可愛らしくレイアウトした食べ物の写真やイラストが載っている。あの店長、あの顔でかわいいものが大好きという野郎だ。しかも手先が器用なおかげで店内の雑貨もほとんどのものが手作りというこだわりようである。
「どれがオススメとかある?」
「お前、甘いもの大丈夫なの?」
「うん、結構スキ」
「じゃ、パフェいけよ」
 亮平がにやりと笑うと、門田は目をパチパチとした。正直、門田は亮平がちゃんと笑うのを見た事が無かったのだ。笑った方が可愛いよ、なんて言葉が自動的に飛び出そうになったが、そんなことは亮平は知ったこっちゃ無い。
「パフェできまりでいいよな」
 亮平はニコニコ笑ったままの顔で勝手にそう決めるとメニューを引っ込めてしまった。門田は思わず肩をすくめたが何故か楽しそうな亮平を見ていればまぁいいか、と思った。
 けれど、出されたパフェを見てみてその気持ちも一気に急降下した。
「なんかやたらにでかいんですけど……」
「うちのチャレンジメニューだよ。デラックスパフェ親父スペシャル」
 門田の前に出されたパフェは2gのペットボトルの大きさほどあるガラスの容器にぎっしりと生クリーム、コーン、イチゴ、バナナとチョコブラウニーが混ぜ込んである豪快なパフェだ。
「これ、どうやって食べろっつーんだよ……」
「あ、そうだ。あとこれ、ひいてみろよ」
 門田の憂鬱などどうでもいいことのようにしてスルーすると、亮平は門田の前にキャンディーポットを出した。金魚鉢くらいの大きさのガラスの容器に飴玉が何十個も詰めてあるものだ。
「一個だけ飴、選べよ。飴の包み紙がくじになってるんだ。当たったら店のメニューただで一品だけサービスしてくれるらしいぜ」
 包み紙の一つ一つは親父お手製のもの、ということは多分誰も知らない事実である。
「へぇ」
 そう言って門田は手を伸ばすと飴玉を一つ掴んだ。その場で包み紙を開ける。
「あ、当たりだ」
「え、嘘!?」
 思わず亮平は覗き込んだ。門田の手の上にある包み紙には確かに当たりと神々しいほどの金色で書かれていた。
「親父、ちゃんと当たりくじ入れてたんだ!!」
 バイトのくせに初めて知ったように大声を出すと、ホールから「あぁ!?」と店長の声がした。「いけね!」と口を噤むと、亮平は門田のテーブルから慌てて離れようとした。けれどエプロンを掴まれ、ふと見てみれば門田がへらっと笑った顔で亮平を見上げていた。
「言っただろう?俺、強運だって」
「……これだけじゃまだ分からないじゃん」
「だから試しにガチャガチャやらせてみろって」
「だからそんなん頼んでねーんだよ!あれは自分でとらなきゃ意味ねーの!」
 亮平がそう言い捨てると、門田は「やっぱ変な奴」と笑った。亮平が「変なやつはお前だ!」と返すと、「いやいや、お前だろ」とやたらに極上の笑顔で当然のように言われた。
 亮平はこれだから顔の良い奴はムカつくんだ、と心のうちで呟きながらホールに戻った。最高の笑顔で言えばなんでも自分の理屈が通ると思っている。けれどなんだかんだいって黙ってしまう自分もこまされている人間の一人になってしまうのかもしれない。
「店長!当たりくじ出たぜ?どうすんの!?」
 口を尖らせたまま、亮平がそう叫ぶと店長がおっと表情を変えて答えた。
「お?まじでか?すげーな、初当たりくじだぜ」
「え?当たりくじ出んの初めてなの?」
「まぁな。アレ一個しか当たりいれてねーし、飴玉が減ったらハズレの飴だけ補充してるんだもんよ」
「どんだけケチなんだよ……」
「なんか言ったか?」
 亮平がぷいっと目をそらすと、店長はガハハと笑った。亮平はそらした視線のまま、目を細めた。
(それにしても、初めての当たりくじ当てるとか……)
 もしかして門田は本当に強運なのかもしれない。
 考えてみれば、クラスで委員を決める時とかも門田はじゃんけんで一番になっていた。涼しい顔のまま、悠々と一番楽な委員を選ぶ門田が頭の中に浮かんでくる。
 そんなのを思い出して、だからなんなんだと亮平頭を振った。
 門田が強運だろうとなかろうとそんなの亮平には関係ないのだ。


 結局、当たりくじを当てた門田に店長に言われたメニューを持っていくと、それを見た門田はげんなりした表情を見せた。その顔を見て、亮平はプッと心の中で笑った。イケメンの嫌がる顔ってなんでこんなに気持ちがよいのだろう。
「まさかそれが当たりくじの景品とか言わないだろうな?」
「ピンポン!」
 弾む声で答えて、それを門田のテーブルにことりと置いた。
「デラックスパフェ親父スペシャル……」
 目の前に置かれた巨大なパフェを見て、門田を頭を垂らした。さっき注文したパフェだってまだ半分も食べていないのにもう一つ来てしまったのだから、その気持ちも分からないでもない。
「おれ、当たりくじがこんなに悲しいのは初めてだわ……」
 その言葉に亮平は声を出して笑った。他人事だと思えば楽しいものだ。
 けれどまさかその後に店長に休憩を言い渡され、一緒に食べてやれと命令されるとは思わなかった。結局その日は、何故か男二人で巨大なパフェを食べあうとかいう意味不明な状態が成り立ってしまい、亮平は愚痴を漏らしたが店長は「それがダチってもんだ」と笑っていた。
 亮平はそんなもんだろうかと思ったが、ゲッソリとした様子で食べ続ける門田がそれでも時折亮平に見せる笑顔になんだかどきっとしてしまった。


 全く本当にイケメンというものはずるい生き物だ、と亮平が何度も胸中で呟いた事は門田は知らないだろう。





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また脇役に親父が……。き、気のせいでしょ!
written by Chiri(1/22/2008)