ガチャキスその後



 俺と亮平はつきあっている。

 俺が告白して亮平が受けてくれたあの日から三日。自分の部屋の棚に飾った亮平と二人でひいた子分のフィギュアを手に取って、なんだか急にこみ上げてきた。
 そう、つきあっているんだ、今、俺たちは。
 にんまり笑うと顔の筋肉が戻らなくなった。嬉しさを心のうちだけでは表現できなくて自然ときょろきょろしてしまう。俺、今までいろんな女の子とつきあったけど、こんなに嬉しいの初めてかも。遠足の前の夜みたいな高揚感。これから毎日が遠足の前日みたいになるんだろうな。

 亮平を気に入ったのは、ガチャガチャの前で亮平に説教をくらわされた時からだ。
 我ながらなんでそんなところで亮平を気に入っちゃったかはわからないが、俺の分からない言葉を使って俺の分からないどうでもいいアニメについてむちゃくちゃ顔を真っ赤にさせて怒っている様子が何故かすごく可愛かった。というか、ほほえましかった。亮平のそれは頭から湯気が出ているみたいな怒り方だった。その様子を見てなんて楽しそうな奴なんだ、って思ったのが最初の印象だ。
 それからあいつのこと気に入ったからあいつの友達になろうと思った。だから、手っ取り早くアイツの好きな兄貴のフィギュアとやらをガチャガチャでとってお近づきになろうと思ったんだが、それも俺が理解できないことを理由に断られた。
 今までいろんな人に強運をいいことに頼られてきた、もしくは利用されてきた俺にとってはびっくりだ。それどころかそんな俺の心配までしてくるし。変な奴だな、おもしろい奴だな、って思っている頃にはいつのまにか好きになっていた。相手が男だなんて事はなんの障害にもならなかった。俺は本当にストンと穴に落ちるように亮平を好きになったのだ。落ちることに抵抗なんてしなかった。



 実を言うと、あの告白の日以来俺たちはキスをしていない。
 付き合いだした次の日の朝に会った亮平はまるで我に返ったように、恥ずかしがって俺の顔を真っ直ぐに見られなくなっていた。指と指があたるだけで頬を真っ赤に染めてしまうし、目があうと時々上目がちにこっちを見ながらそれでも恥ずかしいのかうつむいてしまう。もう本当に可愛らしかった。もだえ死ぬかと思った。俺が死んだら今度は亮平のキスで生き返らせてもらわないと、とかそんなことばかり考えていた。
 まあ亮平がこうなっちゃった理由を考えると、おそらく途端に恥ずかしくなったんだろう。男同士で「つきあう」って事に、だ。
 そんな亮平を俺は別に気にするわけでもなく、そのうぶな反応を楽しんでいる間に三日経ったというわけだ。
 けれど何もしていないといったら嘘になるかもしれない。主水がいるときに見えないところで手をつないでみたり、子どもみたいに亮平の背中にハートマークをかいたりして、亮平の顔が真っ赤に染まるところを何度も鑑賞させてもらっていた。亮平は困ったような顔をして俺を見つめる。亮平の口って噤むとちょっとアヒル口になるんだ。もう可愛くてつまみたくなる。つまみとって俺のポケットに入れていつでもチューできるように持っていたいくらいだ。
 っていうかキスしてぇな。
 流石の俺もせっかくつきあっているのに手を出せない状態に我慢できなくなってきたかもしれない。そうだよ、俺たちつきあっているんだし、別に我慢する事なくね?うぶな亮平もいいけど、エロい顔した亮平も見てみたいし。
 そんでベロチューしてぇ。
 亮平のあのアヒル口から時々見えるやわらかそうな舌べろ、まさに食べちゃいたくなる。甘噛みして、俺の舌からませて、優しく舐めつくしてやりたい。
 更にいえば往来でベロチューしてぇ。
 亮平が俺の恋人だって全世界に自慢したい。それができないのがホモの宿命なのかもしれないけど。しかも、絶対亮平嫌がるだろうな。嫌がりながら俺の首に手をまわしてきたりして。

『ちょっ、やめろよ!和穂、やめ……んんっ!』

 そこまで考えて、俺の恥ずかしいところがあらぬことがなっていて、俺はふぅっとため息をついた。
 なんだかすいません、と妄想の中の亮平に頭をへこへこ下げるとさっさとそれをおかずに俺は猿へと退化した。






「ちょっと、和穂、買い物いってくれる〜?」
 しばらくして姉ちゃんの声が一階から聞こえてくると、俺はまたかと思い腰を上げた。
 一階まで階段で降りていくと、母親がメモ帳に買い物リストを書いているところだった。高校生なんだからそれくらい暗記できるっつーの。
「時々は姉ちゃんが買い物いってくれよ」
 母親にメモを渡されてゲッソリした。米と味噌とトイレットペーパーっていじめかよ。
 母親の向かい側にいた姉は相変わらずえらそうに仁王立ちだ。
「今更何言ってんの?今商店くじやってるんだから、ちゃっちゃと一等くじ当ててきなさい!」
 俺の背面から階段を下りてきたのはまた違う姉だ。休日だというのに、部屋着のままで外に出て行く気配は無い。すっかり干物女だ。化粧すれば綺麗なくせに。
「そうよ〜。せっかくのあんたの強運無駄にするなんてもったいないじゃない」
 いつもの言葉なので言い返す気にもなれない。
「それじゃ、和ちゃんよろしくね」
 最後にのほほんとした母親にお金を渡されて頼まれるともう嫌とは言えない。これがうちの魔のトライアングルだ。母親と姉二人でいろんなことを頼まれて、まあ悪く言うと利用されてきたのかもしれない。ブランドものを当ててやったり、旅行券あててやったり、女というのはとんでもない強欲だ。けれど最後にこの少し可愛らしい母親が「和ちゃん、ありがとうね」と言ってくれるわけだ。そうすると俺もまあいっかと思ってしまう。なんという連係プレー。これが昔から続いているわけだから、まあそれなりに慣れたっていったら慣れたのだけれど。
 そんなわけで、女三人に外に追い出された俺は虎落笛が鳴る中、自転車でスーパーに向かった。



 それにしても、やっぱり俺は強運らしい。
 行き着いたスーパーの正面玄関脇に並ぶガチャガチャの前で格闘しているのはマイハニーじゃないか。
 亮平はすっかり夢中になってガチャガチャしか目に入っていない。ってまだ兄貴のフィギュアにこだわっていたのかよ。
「亮平」
 しゃがんでいる亮平の耳に後ろから囁きかけるように声をかけると、亮平は「わ!」と声をあげて尻餅をついた。
 あ、しまった。
「おい、大丈夫か」
 苦笑いながら、亮平の手を引っ張り上げて立たせると亮平はやっぱり真っ赤な顔していた。耳まで真っ赤だ。あーあの耳噛みたいなめたい。
「いきなり声かけるなって」
「ごめん」
 俺が謝ると、亮平は「……別にいいけど」と小声で呟いた。
 まだまだ亮平@うぶうぶモードは続いているらしい。もう本当に可愛くてどうにかしたいくらいだ。
「また、兄貴のフィギュア出してるの?」
「うん、そろそろこのガチャガチャも撤去されそうだから、ラストチャンス!」
 そう亮平が意気込むと亮平はすっと深呼吸した。そして目をつぶって眉間に皺を寄せている。亮平曰く、気を溜めているらしい。よく分からんけど意味のある行動だとか。
「いざ尋常に勝負!」
 気が溜まったらしい亮平は目をぱちっと開けると、手の関節が曲がりそうな勢いでガチャガチャのノブを回した。ガコンと落ちてくるカプセル。
 あ、これって。
「わ、シークレットの兄貴!」
 カプセルから生まれたのは亮平と一緒にみた映画に出てきた必殺技を繰り出している時の兄貴のフィギュアだ。俺がしげしげとそれをみていると、ふと亮平の手がぷるぷると震えていた。
 どうしたのかと思って亮平の顔を覗くと。

「や、やった!やった、シークレットゲット!俺、すごくない、和穂!?」

 俺の瞳めがけて飛び込んできた亮平の笑顔、それはまさに人間兵器だった。
 人間の瞳ってこんなにきらきら輝くんだっけ?ってくらい輝いている。
 ホッペが上気してほんのり桃色で、やわらかそうな唇が「ねぇ、和穂、すごくない!?」と何度も言っている。

 やばい、もうだめ。
 これはだめだろう。
 仕方ないだろう、うん。
 俺、今チューしなきゃ死んじゃうから許して!!

 衝動で動いた。
 兄貴のフィギュアがぼとっと亮平の手から転がり落ちた。亮平がそれに気を取られる前に俺の口で亮平のをふさぐ。
 うん、兄貴より俺を見てね。俺のことをもっともっと好きになってね。
 そう思いながら、口を割って舌を侵入させた。ぷくっとした舌を甘噛みする。亮平の体がぴくりと揺れる。
「か、和……ちょっ、……とやめ、……ろ」
 途切れ途切れに亮平の制止の言葉が入った。けど俺は止まらない。きっとこれが亮平の言う無敵モードに違いない。
「ちょっ、和穂、もうやめ……んっ!」
 ああ、もう幸せ。
 この幸せが続くなら今までもらった恵みを全て捨ててもいい。生まれ持った外見も強運も全部捨ててやる。そんなものいらないから、俺は亮平の全てが欲しい。

 なのに俺が幸せの絶頂にひたっていたその時、
 
 ゴォ〜〜ン

 まるで煩悩を捨てろとばかりに除夜の鐘に似た音が響いた。
 やっと亮平を放してやると、亮平はくたりと俺にもたれかかった。
 俺が音のした方を振り向くと、あ。

 要じゃん。

 中学からの友達である主水要はまるで見てはいけないものを見たようにゲッソリした様子で俺の顔を見つめていた。頭が電柱にのめりこんでいる。あ、だから変な音がしていたのか。地面には目の前にあるスーパーの名前の入った買い物袋が落ちていた。どうやら驚いて落としてしまったらしい。そうだよな、ここって地元の奴が利用するスーパーだもんな、納得納得。あ、でも目撃されたのが要だけってむしろ幸運じゃない?
 要は落ちた買い物袋を拾うと、俺たちの方に歩み寄って低い声で言った。
「てめー、どうしてくれる。今の衝撃波で買ったばかりのイクラの半分は確実にはじけてまざったぞ」
「衝撃波ってなんだよ」
 俺は笑いながら要に気軽に返事した。「要もやっぱりなんか発言が時々ヲタクなんだよな」なんて軽口をたたいていたら、腕の中にいた亮平がぴくりと顔を上げた。要を目で確認するとふらりと亮平の重心が動いたが、そこは俺が支えた。まあ、次の瞬間亮平の手によってべりっと剥がされたけど。
「……主水、今の、見た?」
 青ざめた表情で亮平が要に問う。
 要は無表情のまま、右手の親指をあげた。
「ばっちし。つきあいだしたんだな、おめでとう」
 まるで赤飯でも炊いてくれそうな言い方だった。要が亮平の頭をぽんぽんっと撫でると、亮平はハッと我に返ったように、青ざめた顔を徐々に赤くさせていった。
 やばい。漫画みたいに頭から湯気が出てきた。これは怒っている方の顔の赤さだ。
 亮平はキッと俺を睨むと、
「和穂てんめぇえ!今度あったら覚えてろよ!」
 と亮平の大好きなアニメの雑魚キャラが言ってそうなセリフを残して、走り去ってしまった。
 ああ、でも走り去るフォームまで可愛い。今の俺は確実に亮平ヲタクって言っていいだろう。



「あ〜あ、行っちゃったじゃん、かわいそうに」
 先に声に出したのは要の方だ。土ぼこりをまいて逃げる亮平の後ろ姿を見えなくなるまでじーっと眺めていた。
 多分要は薄々気付いていただろう。俺がバイだという発言はしたことがあった気がする。けれど、ここまであからさまに知ったのは今日が初めてかもしれない。しかも友達同士の男同士でくっついたわけだ。友情に亀裂が入ってもおかしくない。
「ヒいた?」
 少し抑えた口調で聞くと、要がこちらを振り返った。
 要の目は真剣だった。それを見て、ああ、これはだめかな、と俺は思った。
 けど、要は心底許しがたい口調で
「だから、俺のイクラをどうしてくれるつもりなんだ」
 と言っただけだった。

 ああ、本当良い友達持ったなぁ。





おわり





「イクラよ、はじけてまざれ!」(元ネタ:ドラゴンボール) 主水をイクラキャラにしようという試みでした。
160000のキリリクをくださった水様に捧げます。残念なことに返品不可です。のしをつけて捧げます☆

written by Chiri(3/1/2008)