いくらでもどうぞ。



カーテンで遮光された暗い寝室で荒い息遣いが聞こえる。
壁に映し出されるシルエットは俺たち二人を一つに溶かしていた。

「…ん、、ぁ、あぁ、ぁ、、、」

激しい律動に俺はただ口をバカみたいに開けているくらいしかできない。不意に俺の上で暴れていた痩躯の男が一際苦しげに息をする。
「敦也…スミ…マセン、俺、、、もう…っ!」
「、、ぁ、、ぁあ、うん、いいよ!!い、、いいからイけって!」
「そ、…そうじゃなくて、…ゴメ…ナサ、俺、もう、ひ、…ひんけ…つ〜ぅですぅ……。」

そう言って、男はゴトリっと俺に覆いかぶさってきて事切れた。

男の名前は雨宮和斗(あまみやかずと)。超貧弱な俺の彼氏である…。

俺の体の上で白目を剥いている和斗に俺はあんぐりと口を開けた。
(…俺、まだイってないんですけど…。)
けれどイくどころか、和斗の気絶顔で急激に萎えてしまったのも事実だ。
くそっとベッドを拳で叩くと俺は大きくため息をついた。
和斗の体を自分のから外すと、仰向けに寝かせる。頭を低くして、服も着せて、布団もかぶせておいた。我ながら慣れたものだ。
白目を剥いたままの和斗の瞼を優しくおろしてやる。
ゆっくり眠るがいいさ。
俺は軽く十字架を切った。

和斗と触れ合うのは実に3ヶ月ぶりだった。
恋人同士の俺たちだが別に滅多に会えないわけではない。むしろ一緒に暮らしている。大学卒業と共に同棲を始めて1年。今じゃ、同じマンションから別々の職場に通っている。
そんな俺たちがなんでこんなにもセックスレスかって?
和斗にさわれずにいたのはひとえに和斗の体調不良が続いたせいだ。
つい先週まで和斗はひどい風邪を引いていた。もちろんその間は俺が付きっ切りで看病してやったさ。
その前は流行の麻疹。そしてその前はインフルエンザ…。更にさかのぼればノロウィルス疑惑…。
(せっかく久しぶりに抱き合えると思ったのに!)
あーくそっと頭をくしゃくしゃにして、起き上がる。
一応和斗の顔を覗く。貧血だってひどければ救急車だ。うちはもう救急車を呼ぶ常連となっている。
頭を低くしただけでもよかったのか和斗の顔には生気が戻ってきていた。寝息がスースーと安らかだ。見れば見るほど憎らしい。
はいはい、よかったね。
風邪も麻疹もインフルエンザも直ってよかったね。ノロウィルスにかかっていなくてよかったね。
俺は心の中でだけ悪態づいた。






和斗と俺が出会ったのは俺たちが大学一年生の時だ。
うちの学部は人数が少なかったから、当然同じ学部の和斗の顔はすぐ覚えた。
元々俺は友達が多くて、明るいが少々怒りっぽくて頑固な性格だった。友達曰く、俺の性格は「近所の雷親父」らしい。けれど、それが「近所のおせっかいばばぁ」や「隣の優しいおばあちゃん」と混同して存在しているらしく、まぁつまりはご近所ネットワークそのものが俺の性格のようなものだ。
うざくて、あたたかくて、幸せな奴。それが俺の定評。
そんな俺は何回しゃべっても何度一緒に飲んでもいまいち他人行儀で居続ける和斗に対していつもイライラしていたわけだ。
和斗が熱中症で倒れたときも肺炎で死にかけた時も介抱してやったのはその頃からしておせっかいな俺の役目だった。なのに、アイツは今も昔も俺に対して敬語だ。同い年だっつーのに。
それでとある日、それが爆発した。俺の雷親父の部分が露見したというわけだ。

「お前なー!!なんでずっと敬語なんだよ!つまんねー奴だな!!」

その頃には俺とアイツはまあそれなりに仲が良いかな?って位にはなっていたのだ。けれどそれでも改まらないアイツの礼儀正しさが癪に障った。
アイツは困ったように笑うと、静かに敬語で話す理由を話してくれた。

和斗は随分小さいころに両親を亡くしていて、母方の妹夫婦に預けられていたらしい。そこには二人子供がいて、和斗はその子たちとは一線を引かれた態度で接された。妹夫婦にはもちろん、その二人の子供にも敬語で接しないと叱られたし、和斗の待遇は子供たちと比べたら当然のようにひどいものとして扱われた。
それでも勉強がよくできた和斗は奨学金で大学に通い、バイトをしながら寮から就学した、というわけだった。
敬語は小さいころから厳しくしつけられていて、今更変えようとしても無理らしい。

その話を聞いて、俺は、というか俺の内に存在するご近所ネットワークは号泣した。
雷親父は涙で顔を濡らしたし、おせっかいばばぁは同情で胸をいっぱいにさせ、隣の優しいおばあちゃんはいつでも私を頼っておくれと和斗に訴えかけた。
そんなわけで俺は和斗から目が離せなくなった。
ずっと一緒にいるようになって、世話を焼いていくうちに、和斗の方から告白を受けた。どうやら俺のことが好きになってしまったらしい。
俺も正直和斗といるのが同情なのか愛情なのか境界線があやふやになりつつあって、まぁいいや!どっちにしてもこいつを放っておくことはできないと決断して告白を了解した。
了解したからには、めいっぱいコイツを愛してやろうと思った。
昔から当然もらえる愛情がもらえなかった奴だ。
とろとろに溶かして、俺のモノを突っ込んで快感で鳴かせてやろうと思いきや、あの野郎、「俺は慢性血便だからそんなところに突っ込まれたら死んじゃいます。」って言いやがった。
あいつは病弱なだけじゃなく、体の中までがたついているようだ。
それでも俺はアイツに何かを与えてやりたくて、いろいろ悩んでいるうちに押し倒された。結局俺の処女を与えることになったというわけだ。なんだこれ、今考えれば最悪だな。アイツ。






俺がキッチンにたっていると、もぞりと奥で布団が動いた。
どうやら和斗が目を覚ましたらしい。
俺が寝室に足を踏み入れると、和斗は半身だけ体を起こしてこちらを見ていた。
そろりと目線がかち合う。
「…あの、敦也…怒っています?」
和斗はこちらを伺うようにして少しだけ口元を笑わせた。
ああ、怒っているとも。
コレが女だったら「恥かかせんじゃないわよ!」と叫んでやるところだ。しかし、残念ながら俺は男で、しかもなんだかんだいって和斗のことを本気で好きな人間だ。
むすっとした顔でこれ見よがしに腕を組んでみせたが、さすがに病人相手だし、大人気ない。俺はすぐに態度を改めた。
「別に怒ってねーよ。お前が病弱なのは今に始まったことじゃねーから。」
そう自分に言い聞かせている。和斗はホッとした表情で顔の力を抜いた。
それに、ここだけの話、病弱な和斗は嫌いではなかった。自分をいつも必要としてくれる和斗が愛しくさえあった。
和斗はそのままためらいがちに俺の顔を覗きこむ。
「あ、あの…それで、さっきの続きは…。」
「ってまだやるつもりなのかよ!?」
「だって久しぶりでしたし…。不完全燃焼と言うか…。」
そう言って和斗が顔を赤らめた。
(おいおい、それは誰のせいだよ…)
一瞬悩んでしまったが、俺は欲求不満の自分を精一杯押し込めた。
「だめだだめ!大体、腹の上で白目剥かれた俺の身にもなれよ!」
無理にすれば今度は吐血しかねない。和斗の体はそれぐらいがたにきている。
「でも…。」
「うるせー!それよりもメシだ!メシ!」
そう言って俺はキッチンに戻った。
なんだかんだいって和斗が気絶したせいで大切な休日はもう半分くらいつぶれていた。
和斗がふらふらとダイニングに来るのを見て、俺は慌てて肩を貸した。
「別にもう大丈夫ですよ。」
俺は疑う視線を和斗に向けたが、目が合うとにこりと微笑まれてしまった。
毒気を抜かれて、頭を掻きながらキッチンに戻る。もう既に料理を終えたので盛り付けをするだけだ。
ダイニングテーブルに一つ一つ料理を置いていく。
レバニラ炒めにひじきとごぼうのサラダ、小松菜の煮びたし、そしてあさりの味噌汁もつけておいた。
既に席についている和斗が興味深そうに料理を眺める。
「鉄分いっぱいですね。」
「当たり前だ。」
ニコニコと笑う和斗に俺は仕方なく笑みを返した。
食卓くらい穏やかに過ごしたいものだ。
二人で手を合わせる。

「「いただきます」」

俺がパクパクと手早く食べるのに対して、和斗はゆっくりかみ締めるように料理を食べる。和斗は前に料理を早く食べすぎて、魚の骨が喉につまって死にそうになったことがある。嘘じゃない、馬鹿みたいな本当の話だ。どこまで病弱な奴だ、と突っ込みたくなる。
他にも飴を噛んでいて歯がくだけたこともあるし、缶ジュースを開けるときに爪がはがれたこともある。和斗は信じられないような伝説をいくつも持っている。

「お前、絶対はやく死にそう…。」

つい独り言のようなものが口からこぼれてしまった。和斗はなんでもないように返してきた。
「そうですね。俺もそう思います。」
ってちょっとくらいは否定してくれ。

俺はモグモグと食べる和斗を目を細くして見つめた。
体が病弱で、両親が死んでいて、しかも引き取られた先では敬遠されていた。大学の支援はしてもらえず、自力で通った。
とんでもなく可哀想だと思った。
俺が愛を与えてやりたいと思った。

「いいよ。お前がたとえどんだけボケて寝たきりになっても俺が絶対看取ってやるから。だからお前は安心して幸せに死ね。」

動いていた和斗の口が止まる。
眉をくねらせて、困ったように笑った。

「幸せに死ねって…。」
「苦しんで死ぬよりいいだろう。」
「そうですけどね。でも俺は一秒でも長く生きていたいです。」
「なんで?」
「なんでって…。敦也とずっと一緒にいたいです。」
「…。そうか、じゃ、コレ食べなきゃな。」
「ハイ、モリモリ食べます。」
「食べろ食べろ。」

和斗は結構簡単に恥ずかしいことを言うからアレだ。照れる。
俺は立ち上がると、冷蔵庫から栄養ドリンクを取り出した。
言わずもがなのマムシドリンクだ。滋養強壮にはこれが一番。

「それ食べ終わったらコレも飲んでおけよ。」

どんと和斗の前に置いておく。
和斗は顔をあげると、子犬の目で俺を見つめてきた。

「全部食べて、それも飲んだら、続きしてもいいですか?」
「…まだ諦めていなかったのか。」
「次いつできるか分からないので。」
「全くだ。」

思わずハハッと笑いがこぼれてしまった。
和斗も病弱なだけに考えるところがあるらしい。

「で?いいんですか?」

病弱なふりして中身は普通の男のようだ。
俺は笑った。

「いいよ。たんと食え。」

言った瞬間、覆いかぶされた。ずるずると寝室に連れて行かれてそのままどすんと乗られる。
この瞬間、どこにそんな力があったんだよ、といつも思わせられる。

「次は気絶すんなよ。」

俺がそう言うと和斗が曖昧に笑った。
どうやら自信がないらしい。


和斗の病弱ぶりは時々役に立つ時もある。

人は生きるとき、自分に可能性がいくらでもあると信じている。
けれど実際は可能性がなくなるという危惧感があったときのほうがより動けるものだ。

和斗の病弱ぶりは俺を恐れさせる。
明日コイツが死んだらどうしよう、と思わせる。
今日、コイツをせいいっぱい愛さなきゃ、と思わせる。

俺は最近よく思うんだ。
人はもっと貪るように愛を求めればいいのに、って。
馬鹿みたいに遠慮するのはやめた方がいいんじゃないだろうか。
和斗は最初の頃は本当に遠慮深くて奥ゆかしい人間だった。
敬語を使うこともそうだったが、何より中身が我侭を言うことになれていなかった。

そんな和斗も今じゃ素直に俺のことを求めてくれる。
俺を欲しがってくれる。

それを今あげないでいつあげるんだろう。
愛は惜しみなく流れてくるもんだ。
出し惜しみする方がおかしい。

だから、和斗。
ゆっくりたくさん喰え。
実は俺、いくらでも持っているんだよ。おまえへの愛情は。

だからいくらでも,貪ればいいさ。

どうぞ召し上がれ。





終わり



特に意味はなかったりする。
written by Chiri(6/22/2007)