ピクシーとアーモンド 俺が黄瀬と別れたのは一ヶ月前の事だ。 あいつは俺があいつを好きだと言う言動全てがきもい、つまり気持ち悪い、つまりは虫唾が走る、とそう言った。俺はあいつが好きだったから、あいつに好きとも言ったし、かわいいとも連呼した。抱きしめたり、頭を撫でたり、あいつはその度にきもいんだよ、と言って俺の手を振り払った。そしてその後に少し後悔した顔でごめん、と小さく呟く。最初はあいつも照れてるだけだろう、俗に言うツンデレという奴だ、と納得していたが、それでもきもいと言われ続ければ俺の考え方だって変わる。結局、俺が最後に「もういい」と逆ギレして、俺たちは終わったのだ。 *** 2月12日(水) 摩訶不思議な事が起こったのは2月の中旬のある寒い日だ。 高校という時から人は物資の争奪を覚える。灯油代はクラス委員のじゃんけんによりその量を決められるのだから。そのせいで、うちの教室の中に入っても生徒たちの息は白い。俺の息も白かったし、教室の端っこで他の奴らと笑ってしゃべっている黄瀬の息も白かった。 そして、俺の机の上に小さな白い息が一つ――。 「うわ、どうしたんだ!黄瀬!!」 思わず俺は大声をあげていた。教室の隅にいた黄瀬が俺の方をぎゅるんと振り向いた。 俺は驚いてそちらも見てから、また視線を俺の机に戻した。 ――なんで二人いるんだ!黄瀬が! 俺の机の上には肌が茶色くて小さな黄瀬の姿があった。 丁度消しゴムサイズの黄瀬だ。まるで妖精のような。 「えぇぇえ〜〜、どうなってるんだよ……」 俺が頭を抱えてそのミニ黄瀬を掴む。ミニ黄瀬はいきなり掴まれたのに驚いたのか、足をじたばたさせてから、俺の方をキッと睨んだ。 『サワルナ、キモイ』 「うわ、お前もそれ言うんだ……」 小さくても性格は黄瀬のままらしい。少し前までの俺と黄瀬のやりとりがそのまま再現されて俺は思いがけず傷ついた。ミニ黄瀬の声は体が小さいせいかまるでビデオを早送りした時のような音だった。 「何、俺がどうかした?青川」 突然なじみの深い声をかけられて、俺はまたビクーッと肩を揺らした。 振り返ると今度は本物の黄瀬がそこに立っていた。俺よりほんの少しだけ頭の位置が低い黄瀬が、不機嫌な様子で俺の瞳をのぞいてくる。 ……そんなにしゃべるのが嫌なら話しかけなきゃいいのに 別れてから俺たちはずっとこんな調子だ。 お互いを無視することはできない。俺たちは高校という名の社交場に少なくともいるわけで、同じクラスなのにしゃべらないとクラス全体の雰囲気を悪くしてしまう。 黄瀬は本当は俺となんかとしゃべりたくないのだろう。だっていつもしゃべりかけてくる時はどうにも不機嫌な様子だ。それでも、昔の名残か俺は時々胸がきゅんとときめく。体は正直というか。未練がましいというか。 本当の本当は別れた事を後悔している俺がいるのをその都度知らされている。 「え、な、何だよ、黄瀬?」 俺はびくついたまま、聞きなおした。黄瀬がイライラとした様子で語調を強めた。 「だから、今俺の名前呼んでたじゃん!」 ――そうだった。 ハッとしている間にも、俺が手に持っているミニ黄瀬は『キモイ、ハナセー、キモイ、サワルナー』っとたいして怖くも無い声で叫んでいた。 「……黄瀬、これ、見えないの?」 手につまんだ黄瀬を黄瀬の顔の前につるし上げる。 黄瀬は意味が分からないといった表情で俺を見た。 「はぁ、何が?」 「だから、これ見えないの?黄瀬のミニバージョンみたいなちっこい人間みたいな……」 「なにそれ、きもいんだけどっ!!」 黄瀬はぶるっと体を震えさせた。見覚えのある光景を見て、ちくりと胸を痛む。 いやでも、確かに今の自分の発言はミニ黄瀬が見えていない人から見たら気持ち悪かったかも…… 俺はいつものやっちまったという顔をして、黄瀬は俺を不審者を見るような目で見ていた。俺はそれが怖くなって、「いや、気にしないで、本当はなんでもないんだ」と消えるような声で言った。 黄瀬がチッと舌打ちしたのだけが確かに聞こえた。 授業が始まると、皆やっと席に着いた。 俺も自分の席に座り、手に持っていたミニ黄瀬をやっと机の上に戻した。ミニ黄瀬は相変わらず俺を睨んでいて、でもしばらくすると自分の体と同じくらいのサイズの消しゴムを取り出して、俺の机を綺麗にしだした。 「え、何してるの、黄瀬!」 遠くで黄瀬が俺をちらっと振り返った気がした。慌てて俺は声を抑えた。 ミニ黄瀬は消しゴムを一生懸命操作して、俺の机の上の落書きを消していた。 『アオカワ ノ ツクエ キタナイ、キモイ……』 いちいち口に出している言葉は俺の心臓を上手にえぐってくれる。 それでもミニ黄瀬はごしごしと俺の途方も無い落書きを一生懸命消していた。途中から作業に熱中して、何故か鼻歌まで歌っている。ご機嫌かと思って、ちょっと話しかけるとやはり『キモイ、シャベルナ』だと。 ミニ黄瀬は不思議な容貌をしている。なんといってもまずサイズがおかしい。俺のペンケースに収納できてしまうような豆サイズだ。そして肌色。本物の黄瀬は明るい黄色のような健康的な肌色だ。なのに、ミニ黄瀬は茶色だ。まるでチョコレートを塗りたくったような―― 少しだけ考えて、試しにミニ黄瀬を手に掴んだ。口元に持って来て、クンクンと匂いをかぐ。うーん、これじゃ分からない。ペロっと舌でミニ黄瀬の頬を舐めとると、ミニ黄瀬は『キモイ、ヤメロ―――――』と叫んだ。 口の中によく知っている味が広がった。 あ、ちょっと甘い―― 「って、いたあああだぁぁぁ!!」 ミニ黄瀬ががぶりと俺の頬をかじったから、俺は大きな声をあげた。 顔に洗濯ばさみがついているようにミニ黄瀬は俺の頬に噛み付いてぶら下がっている。 また本物の黄瀬が俺の方を忌々しそうに睨んできた。 もっとも授業中の雄たけびだったせいで、教師も他の生徒も俺のこと睨んでるけど……。 はぁ、ため息が出ちゃうぜ。 「いろいろ考えるだけ損な気がしてきたぞ……」 なんで黄瀬がこんなちっこく登場するのかとか。 なんでほんのりチョコレートの味がするのだとか。 あと、なんで俺の机の上掃除してるのか、だとか。 ……まぁ、いいだろう。 この目に見えているミニ黄瀬はきっと俺が作り出したイリュージョンだ。 明日には消えているのかもしれない。 黄瀬と別れて一ヶ月。まだ未練みたいなものが残っているせいだ。こんな不思議体験を臨場感たっぷりで経験しちゃうなんてな。ははは。 そんなことで自分を納得させ、俺はその日を過ごした。 明日にはきっとなおってる、と信じて。 *** 2月13日(木) 「あ、まだいる……」 朝、俺の席はやたらにピカピカになっていた。 ミニ黄瀬が雑巾の切れ端みたいなものと洗剤のようなものを手に持って机の上にいた。 ちょうど近くにいた本物の黄瀬はそれを見て、「うわ、青川の机どうしたんだよ!黄金色に光ってるよ、なんかきもいんだけど……」と理不尽な言葉をかけていった。 ……ひどすぎる。 この机をこんなに綺麗にしたのはミニ黄瀬だというのに。 席に着くと、ミニ黄瀬がだいぶ疲れた様子で机の上で横になっていた。 こんな小さな体でこの机全部を綺麗にしたらしい。椅子までも新品のようになっていた。 「頑張ったんだな、お前」 そう言って、ミニ黄瀬を人差し指の腹でなでてやると、ミニ黄瀬は『ヤ、ヤメロ!バカバカ!』と怒った。疲れていて力が出ないのか、反抗は口だけだった。 それにしても。 「お前、何がしたくてこんなに……」 俺は机の上に手を滑らせた。洗剤をかけているせいか、キュッキュと小気味いい音がした。 ふと机の上にあった落書きを思い出す。確か本当に隅っこのところに書いた落書きがあったはずだ。俺と黄瀬がまだ付き合っていた頃に、なんとなく書いた相合傘の落書き。名前を書いたらクラスメートにばれてしまうから、相合傘の下に書かれた名前はブルーとイエローだ。イエローこと黄瀬はあの時も怒っていた。 『おおお、お前何恥ずかしい事やってるんだよ!きもいんだよ!』 『え、いいじゃないか。好きなんだから』 『だだから、そう言うことを平気で言うなってば!』 黄瀬は顔を真っ赤にして「消してやる!」と雑巾を持ち出した。俺は慌ててそれを「だめだだめだ」ととめた。 結局、どうにか消したがる黄瀬をなだめて、あの落書きはずっと残ったままだった。 だが、ミニ黄瀬はそんな落書きがまるであったこともなかったようにこの机を綺麗にしてしまった。もしかしてこのミニ黄瀬は俺と黄瀬の思い出も全部すっぱりと綺麗にするつもりで現れたのだろうか。だから、あの落書きも綺麗さっぱり消してしまったのだろうか。 ミニ黄瀬はやっと力を取り戻したのか、すくりと立ち上がった。 仁王立ちで誇らしげに言った。 『コレデ ジュンビ デキタ!アトハ マツダケ!』 「え?何が?」 ミニ黄瀬の突然の不可解な言葉に俺を聞き返した。 けれどミニ黄瀬は『ウルサイ!オマエハ シラナクテイイノ!』といつもの調子で言っただけだった。何故か顔も高潮していて、なにやらそわそわしている。 どうもミニ黄瀬には何か目的があるようだ。 *** 2月14日(金) 「うわ、なんじゃこりゃ……」 次の日、俺の席を見るとさらに机が光り輝いていた。王室に献上する用かと思うほどの黄金色だ。 ミニ黄瀬を見ると、どうも眠れなかったらしい。目の下にクマを作って、俺の机をまだ磨いていた。 「お前、昨日、準備終わったって言ってたじゃん……」 俺がそう呟くと、ミニ黄瀬は俺に気付いたらしい。慌てて手に持っていたぞうきんを投げ捨て、なんでもないようなポーズで鼻歌を歌った。 遠足の前の眠れない子供、みたいな感じだ…… 俺がフフッと笑うと、ミニ黄瀬は『ワラウナ、バカ、ヘンタイ』とわーわーわめいた。 俺は笑いながら、やっぱりミニ黄瀬は黄瀬と似てるな、と思った。 黄瀬も何かあると眠れなくなる体質だ。で、いきなり部屋を片付け始めるのだ。 前に一度、黄瀬が俺の誕生日に驚かせようといろいろと計画してくれたことがあった。ケーキも作ってくれて、黄瀬がラッピングしたプレゼントもあった。でも当日の黄瀬は目の下にクマがあって、何故か部屋がやたらにピカピカだった。 それがかわいらしくて俺はその場で黄瀬の唇を奪った。あの時は黄瀬は俺に対して「きもい」も「やめろ」も言わずに桃色の頬のまま俺の服をぎゅっと握り締めていた。 昼が過ぎても、ミニ黄瀬のそわそわは止まらなかった。 そして俺は何故ミニ黄瀬がそんなにもそわそわしているのかがなんとなく分かってきたのだ。周りの色めき立った雰囲気。はしゃぐ女子に興味の無いふりをする男子。 ……今日はバレンタインじゃないか。 「何?お前、チョコをまっているの?」 俺が笑って、ミニ黄瀬の小さな額を小突くと、ミニ黄瀬はキーッと頭から湯気を沸騰させて怒った。 『チガウ ソンナンジャナイ オマエハ バカダ オマエハ バカ』 小さな体で俺の腕に登りあがってきた。 そしてひじを超えた腕の中腹らへんでとまると、そこをその更に小さな手でつまみあげた。 「いって―――――!!」 俺が声をあげるが、ミニ黄瀬は『フンッ』と鼻をならしただけだった。 「何もそんなつねると痛いところまで登っていかなくてもいいじゃないか……」 ひーひー言いながら腕を擦っていると、グスンとミニ黄瀬の声が聞こえた。 『……ダッテ アオカワ ガ ワルイ』 見ると、ミニ黄瀬の目に大きな涙が溜まっていた。 「えぇ、なんで泣いてるの、お前」 『アオカワ ハ ナニ モ ワカッテナイ アオカワ ハ ムシンケイ』 泣きながら、ミニ黄瀬は俺から背を向けた。体操座りをするミニ黄瀬を俺はどう慰めていいか分からなかった。 もし俺の体がもっともっと小さかったら慰めようがあったかもしれないけど俺はミニ黄瀬に見合うサイズでもなかったし、泣くその理由も分からなかった。 ふと、こうやって俺は本物の黄瀬のことも分かってなかったのかもしれないと思った。だって黄瀬はいつも俺をきもいと怒っていたが、本当の根っこは違うんじゃないかもしれない。イライラしながら、少し我慢している表情。黄瀬は俺の前で泣いた事なんて無いけど、その手前の表情は何度か見たような気がする。俺がどうかしたの、と慰めると決まって「きもい、触るな」と言って俺の手を振り払っていた。その度に俺は気分を害して「ならいいけど」とちょっと怒って黄瀬を放っておいた。 俺は本当の意味で黄瀬の事を知ることができていなかったのかもしれない。 午後になるにつれて、ミニ黄瀬はどんどんと顔を下に向けて、見るからに落ち込んでいった。授業が終わり、窓から赤い夕日が射しこむと、俺はいそいそと帰る準備を始めた。それを見たミニ黄瀬はぎくりとして、跳ね上がった。 『ダメダ アオカワ マダ カエッチャダメ』 「はぁ?何が」 聞き返すと、ミニ黄瀬は何も言わずに首をぶんぶんと振った。そのかわりに急速な勢いで瞳に溜まった涙がぽろぽろと落ちた。 「うわ、お前また泣いてるのか」 『チガウ チガウ』 「どう考えても、泣いてんじゃん……」 本物の黄瀬の涙なんて見たことも無いのに、このちっこいのはよく泣く。小さい生き物は体温が高いというが、涙も出やすいのだろうか。 『ダッテ セッカク オレガ キレイ ニ シタ ノニ……』 ミニ黄瀬は机の上にへたれこんだ。 綺麗にしたというのは机の事だろうか。 『アレガ ココニ ナイト ダメナンダ』 「アレって……」 『イエナイ! ダッテ ソレハ キセガ モッテクルカラ』 「は?黄瀬?」 『キセガ モッテクルカラ』 ミニ黄瀬はそう言うと、俺の服の袖をつかんだまま、座り込んだ。 俺はハッと気付いた。やっと、分かったのだ。ミニ黄瀬が何の為に現れて、何をしたかったのか。 クラスメートはもう皆帰ってしまい、誰も教室にはいなかった。黄瀬だってもう帰ったと思っていた。かばんが無いんだから。 でも、いるのだろう。 この学校のどこかに黄瀬はいるのだろう。 俺はふぅっと息を吐くと、ミニ黄瀬の顔を覗き込んだ。 『ワ、ナナナニ!』 「あのさ、お前って何なの?」 『エ……』 「妖精か何かの類?それとも……」 俺がじぃっとミニ黄瀬の顔を見つめると、ミニ黄瀬は頭を横に振った。 『――チガウ。オレ ハ キセ ダ』 「……そっか」 やっぱりな。 納得すると、俺はミニ黄瀬を掴んでポケットに突っ込んだ。 『ナニスル!』 「黄瀬を探しに行くんだ。お前も黄瀬なら分かるだろう。あいつは肝心な時に引っ込み思案なんだ」 ミニ黄瀬は黙って俺を見た。俺はにこっと笑ってやった。 「だから、俺が引っ張りあげてやるんだよ」 俺は教室を勢い良く出て行った。夕日が全面に差し込んだ赤い廊下を俺は走った。 黄瀬とつきあいだしたきっかけは、黄瀬が俺をよく見てるな、とある日俺が思ったからだ。ふとした瞬間に目があうのだ。黄瀬とは友達のグループも違ったし、一緒に遊んだことは無かった。けど、席が近かった時は意外に気があって楽しくしゃべったものだ。 あれ?こいつ、もしかして俺のこと好きなんじゃね? そう思ってから俺は1日だけ考えて、黄瀬とつきあうという妄想をその一日をフルに使ってした。そうするとなんだかこっちが舞い上がってしまって結局俺から黄瀬に告白したのだ。 黄瀬は目を点にして、「いやいやいや、俺たち男じゃん!?変だろ!?」と3歩下がった。俺はありゃ、っと思ったのだ。俺を好きだってのは勘違いだったのか。 でも、ま、俺が好きになっちゃったわけだからいいよな! そう思って俺は3歩前に進み、黄瀬を拝み倒して付き合ってもらうことに成功したわけだ。 ――けど。 あの時俺は何も考えないでいたけど、黄瀬はやっぱり俺のことを好きだったんじゃないかと思う。でもそれを言わないでいようとそう決めていたのではないだろうか。黄瀬の本心は分からないけど、なんとなくそれを隠そうとしていたことだけはやっと分かったのだ。 不意に2階の階段のガラスに誰かの陰が見えた。その影は途方にくれたように階段の途中で座り込んでいた。 「黄瀬!」 俺が叫ぶと、影は振り向いた。やはり黄瀬だった。 「ええ、あ、青川?」 驚いた黄瀬は持っていたかばんを後ろに置いて立ち上がった。俺は黄瀬がいるところまで駆け上ると、すぐに黄瀬の腕を掴んだ。黄瀬がびくりと体を揺らした。 「え、何?」 「いや、逃げないように」 「は?何のこと?」 黄瀬は意表をつかれた顔のままだったので、いつもの不機嫌そうな顔は出てこなかった。それとももしかしていつもの黄瀬のあの顔は黄瀬がわざと作った顔だったのかもしれない。 「チョコ!出せよ!」 黄瀬の瞳が大きく見開いた。 「ハ?何言ってるの、お前……」 「だから、チョコだよ、持って来てるんだろう?俺に!俺の机に本当はこっそり入れようと思ってたんだろう?」 「は?え、はぁぁあ?」 驚いた黄瀬の表情は図星をつかれて焦っているように俺には見えた。 これで黄瀬がチョコなんて持っていなかったら、俺は本当に残念で痛いただの勘違い野郎だ。でも俺には確信があった。 だって、ミニ黄瀬はチョコを迎える為にあの机を綺麗にしていたのだ。 「ほら出せよ!チョコがかわいそうだろう!」 「チョ、チョコ擬人化!?えぇ、お前、きもいんだけど!」 きたな、いつもの攻撃。きもいとか変態とか。 でも俺は怯まずに黄瀬のかばんを取り上げた。 「あ、待って!やめろよ!変態!」 俺はかばんを手っ取り早く逆さにして中身を床にぶちまけた。 教科書にノート、筆箱、そして…… 「……ほらあったじゃないか」 ……チョコだ。 しかも丁寧に黄瀬の字で俺宛のカードがついていた。 慌てる黄瀬を押さえて、カードをめくると、俺はなんだか涙が出そうになった。 ――ごめん。本当はずっと好きだ 黄瀬 カードをたたむと、俺ははぁっとため息をついた。 黄瀬は顔を赤くするどころか真っ青だった。小さく小刻みに震えている。 長年ついてきた嘘を見破られたみたいで、まるで今にも捨てられてもかまわないといった表情だ。 「……お前、これどうするつもりだったんだよ」 俺が黄瀬に問いかけると、黄瀬はそれでも首を振った。 「違うんだ、青川、これはその……渡すつもりはなくて……」 「なんで渡さないんだよ。俺は欲しかったよ。だって俺、まだ……」 黄瀬はハッと顔をあげた。 俺は口の中に残っていた言葉をそのまま吐き出した。 「お前が好きだもん」 俺が黄瀬を腕の中に引き寄せると黄瀬はビクッとした。俺より少しだけ体が小さな黄瀬はしばらく大人しく俺に抱かれていたが、少しすると弱弱しい力で俺を押し離した。 「や、やめろって」 「なんで?いいじゃないか、お前も俺が好きなんだろ」 「ち、違うって、本当。男同士とか本当きも……」 黄瀬がそう言いかけた時、黄瀬の瞳から涙が転がった。 「え……」 俺が呆然とそれを見つめると、黄瀬は慌てて自分の涙を制服の袖で拭った。 俺は驚いた。黄瀬の涙を見たのは初めてだったから。ミニ黄瀬はすぐ泣くと思ってたが、本当は本物の方もよく泣く奴で、俺が気付かなかったということなのかもしれない。 「き、黄瀬?泣くなよ、俺、今そんなにきもかった……?ご、ごめんって」 黄瀬は次から次へと涙が出るのかそれを必死に拭っていた。そしてしばらく息をとめると、自分を落ち着かせる為か大きく深呼吸した。 「……違うんだ、青川」 俺がおろおろとしていると、黄瀬が自嘲的に笑った。 「俺の方がよっぽど気持ち悪いんだよ、分かるだろ」 「へ?」 黄瀬は俺からバレンタインカードを取ると、それをぐしゃりと握りつぶした。 「ちょ、お前何して」 「こんなカードとチョコ作っちゃうくらい、お前が好きなんだぜ?俺、ちょーきもいじゃん」 「え、いいじゃん!俺は嬉しかったんだから」 俺は黄瀬からカードを取り上げると、その皺を伸ばした。黄瀬は暗い顔のまま、俺を見つめていた。 「……よくなんかない。お前だって気付いてないだろうけど、本当きもいんだからな、お前は!お前が思っている以上に、俺に対して!」 「えええええ!」 何その本音ポロリ! 照れてたんだと思ってたけど、本当に俺のこと気持ち悪いって思ってたんだ! 黄瀬は上気した赤い顔で続ける。 「他の人から見たらお前なんて本当変態なんだからな!男に簡単に好きとか言いやがって!でも、俺はそれが嬉しかったりして……だから俺も大概きもいんだよ!」 開き直った黄瀬は八つ当たりのように俺にがなり立てる。 俺は混乱した頭で黄瀬の言葉を追った。 「お前もきもくて、俺もきもくて、そんな二人がずっと一緒で、きもさ倍増じゃねーか!なのに、お前はずっと俺に対してそんな態度で……」 「きもさ倍増って、おい」 きもいの連呼に俺は眩暈がして口を挟んだが、黄瀬には俺の言葉は聞こえていないようだ。 黄瀬は口がまわる、まわる。 「俺はいろいろ考えて、俺とお前が一緒にいると俺たちきもくなるばかりだ、とか考えちゃって、でも俺もやっぱりきもい考えしかできなくて、お前が好きだからもう仕方ないとか思ってたりもしてて……でも、お前が別れるって言ったから、ああその方がいいかもって思ったけど、やっぱり俺はきもい奴だからやっぱりお前が好きって思っちゃって、チョコ作っちゃってカード書いちゃって……」 「おいおいおい、まてまて」 「うるさい、なんだよ、ばか!!」 ――お前ってそんなにしゃべる奴だったっけ? 興奮した黄瀬が俺を殴る手を振り上げた。俺は慌ててまくし立てる黄瀬の口を俺はふさいだ。 俺の口で。 「あおか……んん……」 黄瀬の口から甘いため息が漏れた。掴んでいた手の力が弱弱しくなっていく。そして最後には俺の手を優しく握り返した。 唇が離れると、いくらか大人しくなった黄瀬が小さく呟いた。 「……こういうところがきもいって言ってるのに……」 「でもそれを嬉しいと思ってる黄瀬もいるんだろ?」 図星が突かれたのか、黄瀬の顔が桃色に変わった。俺はそれが可愛らしくて、黄瀬の髪の毛に口付けた。黄瀬はまた赤い顔で「きもいよぉ」と泣いた。 「……分かんないけど、お前いろいろ抱えてたんだな」 黄瀬をまるごと抱きしめて、背中を叩いた。 俺が黄瀬の頭を左手で撫でると、黄瀬もおそるおそる手を俺の背中にまわした。 それが俺には嬉しかった。 「ずっと気付かなくてごめんな」 「……うん」 そう小さくかえしてくれた黄瀬は多分俺をまた受け入れてくれるだろう。 きっと俺がお前を困らしていた事がたくさんあったのだろう。 それをもっとこうやって話し合えばよかったんだな。お前が嫌がることも嬉しがることも全部分かってあげれば良かったんだ。 そして、それはこれから話し合っていけばいいのだろう。 『……フザケルナ セッカク オレガ キレイニシタ ツクエ ノ イミ ハ ナンダッタンダ』 不意に聞こえたのは早送りしたテープの音。 ……ではなく、そうだこれはミニ黄瀬の声だ。忘れていた。 俺はミニ黄瀬をつっこんだはずの右ポケットの中を手で探った。 「あれ、いない……」 「どうしたの、青川?」 黄瀬が不思議そうに俺を覗き込んだ。俺は「いや、なんでもないんだ」と言った。 ミニ黄瀬は確かにポケットの中に入れたのだ。なのに、ポケットの中は空だった。 空? いや、違う。 ポケットの底に何かが入っている。 手を奥までもぐらせてそれを俺は取り出した。 手にあったのは小さくて茶色い木の実。 「アーモンドだ」 「あ、それ」 黄瀬がそれを見て、目をぱちくりとさせた。 「俺が作ったチョコレートに入ってるのと一緒の奴だ」 驚いて俺が黄瀬を見ると、黄瀬はよく意味が理解していないだろうに、にこりと笑った。 「そっか、そうなんだ」 俺も黄瀬に笑いかけると、そのアーモンドをパクリと口に運んだ。 ごくごく普通のアーモンドだった。 でもチョコレートとあわせるときっと格別だ。 ふと考える。 あの小さい黄瀬は結局何だったのだろう。 バレンタインの妖精とかチョコレートの妖精とか? いや、でもあいつは自分の事を黄瀬だと言っていたんだ。 だから、きっと。 きっとあいつは俺にチョコをあげたいと想ってくれた黄瀬の心のほんの一部だったのだろう。 もっともこんな話を黄瀬に話したら、きっときもいと連発されるので確認なんてできないのだけれど。 おわり 今度はバレンタインから一週間以上過ぎてアップです。どんどん面の皮が厚くなっていきます。(私の) written by Chiri(2/22/2009) |